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25 8級冒険者


「「いやあっ!」」


祈りというのは捧げる対象があって初めて意味を持つ。

俺のような信じるものも持たない者が漠然と祈ったところで叶うべくもないのが道理である。

なので祈り叶わず俺の可愛らしい悲鳴を聞き逃さなかったシニスとトーラさんが嬉しそうに俺の声真似をしているのもまた必然と言えるのだろう。

ムカつく。


「リオ……気にするな」

「……リル」

「あれはその……とても良いものだったぞ?……可愛くて」


くっそおぉおおっ!




王弟殿下のカゲモノが塵となって消えた直後から、二の関の前の広間への新たな魔物の流入は激減した。

グラザの語っていた、カゲモノが迷宮氾濫のための装置という説はあながち間違いでもなかったようで……正直ここまで劇的な変化が起こるとは思ってもみなかった。

もちろん俺の状況としては魔物の群れの只中にいることに変わりはなかったので、それはもうひたすらトカゲを狩りまくっていたわけだが。そして気づけば魔力切れのスバンを除いた全メンバーが俺の周りで魔物を狩り始めていて、広間は掃討戦の様相を見せていた。


「いやなんでみんな出てきてんの?」

「リオくんのーかわいーヒメーが聞こえたから助けにきたー」

「ぐっ……」

「んフッ、石壁もあれだけ大穴が開いてしまっているからね、応急処置をするにしても多少の猶予は欲しい、リオもそう思ったから撤退せずに戦い続けているのだろう?」

「このくらいの相手なら僕でも戦えるから、リオは下がってもらっても大丈夫、だよね?」

「そうだよぉ!リオくんのあんな声を聞いて黙って見てなんていられなぐふぅ」

「笑い堪えすぎて語尾おかしくなってんじゃニャいかっ!」


うん。ムカつくシニスのおさげにはクッサいスバンの抜け毛を編み込んでやろう。


「こんなになって……本当に、リオには負担ばかりかけているな」

「リル……」


申し訳なさそうに眉尻を下げ、焦げて斑らになった俺の尻尾の先を優しく包むように手にとるリル。

あ、そんな風にさすさすされると性的に興奮するのでやめて……やめないでください。

あと俺の尻尾を愛でながら片手間に風魔法で魔物の眼球を切り裂くのはどうだろう?怖いのだが。うん、「矢が勿体無い」ってのはわかるんだけどね、金玉がひゅん、ってなるのだが。


トーラさんの雷撃とシニスの重力魔法が魔物どもの動きを止め、それをクラムの槍が貫きグラザの棍棒が血煙に変える。

リルは風魔法で皆のサポートをしながら隠形を使う魔物を弓矢で射抜く。

そして手持ち無沙汰になった俺は魔石狩りに勤しむ。

あれ?さっきまでエースで四番な感じだったのに、いまの俺、補欠感が半端ないな。


「おろッ?ンだよォ、カゲモノいなくなってんじゃねえかよォ」


魔力がいくらか回復したのか赤毛のオッサンが起きてきたようだ。俺の尻尾を焦がした犯人である。ウザい。ずっと眠っていればいいのに。


「あれれェ?もしかして俺様の大魔法でやっちゃいましたァ?ピンチの小僧を間一髪助けてア・ゲ・タってかァ!?」


うん。眠らせたよ。拳で。




二の関に領軍の先行部隊が到着したのは、王弟殿下のカゲモノを斃してからおおよそ5日ほど後のことだった。

補給物資の運搬を依頼していた『黄金旅団』とは、中層で合流して同道したそうだ。

ギルドからの連絡で俺たちが深層に潜っていることは把握していたようで、全員が無事に迷宮氾濫を切り抜けて生存していたことに驚きを隠せなかったようだ。

関所の内部の見分の際に分厚い石壁に開いた大穴を見た時には、先行部隊の部隊長が「よくぞ無事で……」と目を剥いて固まっていた。

まあ、疲労は酷かったけど大きな怪我もなくよく乗り越えたなあ、とは思う。

一番重症だったのが俺に殴られたスバンだったくらいだし。

そして心配で仕方なかったのであろう、シニスの従兄弟である『黄金旅団』の魔術士セイルは


「うぼおおおぉおっ、いぎでてよがっだあぁああっ」

「シニスぢぃやあぁぁあん」

「じんばいじだヨォ」

「うおーん」


やっぱりどれがどれだかわかんねえな。

野営続きでいつにも増して茶色い四人組がシニスの周りにへたり込んで全員号泣。逆に獣が外敵に向かって吠えてるようにすら見えるな。

「ちょっと邪魔なんだけどぉ」とか言ってるシニスとの温度差が酷い。

あれだけの補給物資を抱えた状態で迷宮氾濫に巻き込まれたわけだから大変だったと思うよ?やさしくしてあげなさい。

これ来たのが『白兎組』の姉さんたちだったら全然対応が違ったんだろうな。抱き合って泣いたりして。

旅団の連中なんて伸ばした手を叩き落とされたりしてるし。シニスさん、塩対応が過ぎる。




「そりゃ俺が一人で戻るのが最速だと思うけど?」


領軍や『黄金旅団』からの情報で浅層と中層の状況が落ちついていることがわかった今、1日でも早く解呪の薬を作りたいシグルヴァード王国組の意向もあって、俺を含めた少数で先行してダンジョンを出る方向で話し合った。

後発メンバーは義足が壊れてしまったスバンをフォローしながらの移動となる。虫だらけの中層で速度が稼げないのならば、トーラさんの電撃結界で守りながら進むべきだろう、と。


「わたしならば風魔法で幾らかは魔物から探知されづらくなる。リオの陰魔装とは比ぶべくもないが、トーラの結界抜きで進むのであれば、やはりわたしが適任だろう。リオはわたしと二人では嫌なのか?」

「嫌なわけないだろ。ただ、俺一人なら2日は早く出られると思うよ?」


今の俺は平気で睡眠時間を削れるからね。

控えめに2日とは言ってみたけれど、それどころじゃないと思う。

なんだろうな?別に俺が焦るような話じゃないのはわかっているのだけれど……色々と片付いてあとは帰るだけってなると急にミルヴァさんのこととかが心配になって胃が痛くなってきたんだよね。

戦っているとアドレナリンが出てるせいか全然そういうのは気にならない、というか、周りの仲間のことで精一杯っていうかさ。

まず自分たちが生き残ってナンボだろう、って思いが強くてその先のことまで考えられなかったんだけどね。

今は……俺が1日遅れたせいで命を落とす人がいるかもしれないと思うと、こう、胃がキューっと。

ミルヴァさんはともかく顔も知らない人たちのことまで……って思ってたはずなんだけどなぁ。

なんていうか、気が急いて。

この辺りの小心さ、っていうか雑魚メンタルなところは前世のままなのかもしれない。

不思議だね。

魔物はおろか、人すら平気で殺せるくせに。


「いやァ、そりゃ駄目だろ。せっかく犠牲なく金瞳を手に入れる、なんて望外の利を得たんだ。数日稼ぐ程度のことで博打は打てねえよ。それに小僧一人で国境を越えさせるってのもな。いくら商業ギルドに入ったからってなァ、ちぃと不安があるからよォ」

「だよねー?関所でおとなしく並んで待つとかできなさそーだよねー」

「いや、森を突っ切っていくから関所とか関係ないよ?」

「「「やめて!?」」」


そんな必死な顔しなくても。


「いやマジでよォ、急ぎたいと思ってもらえんのはそりゃ有難いンだけどよォ……届かなかったら元も子もないんだからな?小僧が無事に着いてナンボなんだから。魔物だらけの森を突っ切るとか勘弁してくれよなァ?」

「リオはわたしと初めて会った時のことは忘れてしまったのかな?あんな泥の魔人のような姿を軍の哨戒部隊が見つけたら間違いなく戦闘になるぞ?」


まあ、リルにも射たれたしな。


「グリムが商会で大速を手配してるからー」

「オオハヤ?」

「走竜だよー。でかくて速いのー。短距離なら馬の方が速いけど長距離移動なら大速が一番速いんだよ。ほとんど休まなくて大丈夫だから。二人乗りもできるよー、って知らない?大速」

「知らない。走竜って、あの荷車引いてる小さいのしか見たことない」

「えー?あ、リオくんってキーラス伯爵領の出身だっけ?あー、じゃー知らないかー」

「なんでよ?」

「大速って高級品だから」


ああ、うん。

確かにどの町も寂れているというか、貧乏臭かったけれども。

やっぱりそんな扱いなんだ、伯爵領って。

そしてそんな高級品を当たり前のように手配できてしまうケルノン商会。

トーラさんがダンジョンに潜るって話の時のアトグリムの情けない姿を思い返すとちょっと信じられない感じなんだけど。


「大速なら二人が最適だなァ……やっぱエイルと二人っきりか」

「わたしと二人では都合が悪いのか?」

「いや、小僧は眠らなくても平気だろォ?エイルの貞操が、なァ?」

「ニャッ!?スバンてめえ!」

「「それは大丈夫」」

「……なんで言い切れるよォ?小僧だって男……」

「「ヘタレだから」」


ぐ、ぐうっ……


「「凄くヘタレだから」」

「お、おう、そうか、それなら、まァ……」


そんな憐れみの目で俺を見るんじゃない。




本当にリルとはなんのイベントもないままにダンジョンを出た。

ノーエロ。微エロすらない無エロ。

実のところ期待していました。

ちょっとくらい、ほら、ありそうじゃない?最近ほら、親密さも増した感あったし。俺も活躍したし。

なかったです。

いや、拒絶されたとかそういうことではなくて。

淡々とやるべきことをこなしていたら出口に着いてた感じ。

二人とも、特にリルの能力値が上がりすぎてて、えらく簡単に中層を踏破してしまったからねえ……。

あれ?もう浅層?じゃあもうさっさと出ちゃう?って……まあ、いいけど。


ブワッてなった。

驚いた。いつもクールなシールアさんが、俺とリルの姿を見た瞬間に、涙を溢れさせて、ブワッて。

シールアさんは黙ってリルを抱きしめて……黙って俺を殴った。なぜ?あと体感的にHP半分くらい削られた気がするのだが。意外と細腕ゴリラなシールアさんなのだろうか?

迷宮氾濫が始まった時点で俺たちの生存は絶望視されていたらしい。統計的に、だそうだ。

シールアさんが駆け回って領軍の速やかな出動を働きかけてくれていたようで、こうもケロッとした感じで戻ってしまったのがなにやら申し訳ない感じだ。

そしてリルの「全員無事だ」の言葉にギルド中で歓声が上がる。

俺は号泣する白兎さんたちに抱きしめられ揉みくちゃにされる。助けて。いや待て誰だよ耳の穴舐めたのだからどさくさに紛れて握ってんじゃ「ウニャーッ!」


帰還早々に公衆の面前で貞操の危機に瀕するとは。

狂騒の帰還報告が一段落したところで、シールアさんに魔石の納品手続きをお願いする。

魔石は二の関を発つ前にざっくりと頭数で割っている。ギルドに納めるのはモブカップルとグラザの受け取り分だけだが、シールアさんでさえ暫く目を剥いて固まるほどの量だったようだ。


「ハドリーさん、あなたの魔石も出しなさい」

「へっ!?」


恐喝!?カツアゲされてる?


「この量であれば8級に昇級が可能です。先日9級になったばかりですので少々無理がありますが可能です。可能にします。ハドリーさん、トーレアノンさんに伺いましたが、シグルヴァード王国へ向かわれるのでしょう?ご存知でしょうが、9級では30日間連絡が途絶えると登録が抹消されます。シグルヴァード、それも王都までですと往復だけでもこの日数では厳しいかと思われます。ここで8級に昇級していれば倍の60日間の猶予があります。今回に限ってはギルドに納めていただくのがよろしいかと……トーレアノンさん、あなたからも」

「そうだなリオ、今まで協力してもらって感謝しているが……今回はわたしとスバンとトーラの分でも相当な量になる。ギルドで売って昇級できるのならばそうしたほうがいい」


斯くして、一時は生涯10級から抜け出せないのではないかと危惧した俺の冒険者人生もついに8級に届いたわけだ。

うん。なんの感慨もないな。

正しくシールアさんが言うように、ギルドに顔を出さないと登録抹消される期間が30日から60日まで延びたというくらいしかプラスがないし。

7級になると結構違うんだけどね、そこからは中級冒険者だから。

中級からようやく職業としての冒険者、プロと見なされるわけだ。下級はなんというか、バイト?フリーター?そんな感じだ。

いやまあ、俺まだ16歳なわけだからさ、一人前扱いされなくても構わないんだけど。


「こちら新しい8級のタグになります」

「あー……あざっす」


このくだり、記憶に新しい。


「登録抹消になる前に帰ってきてくださいね」

「あ、はい、って60日でしょう?さすがに大丈夫だと思いますけど」

「間に合わなかったら殴りますよ?」

「え?あ、え?」

「本気で」


え、それ……死……

  


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