22 迷宮氾濫1
「チッ、ヤワな義足だぜッ!」
「師匠っ!殿は僕がっ!」
「ったくよォ、一回後ろの魔物連中纏めて魔法でブッ飛ばしちまったらダメか?」
度重なる戦闘にスバンの義足がそろそろ保たなくなってきたようだ。
魔装で支えるのも限界か。
そもそもスバンは『魔術士』の上級職である『魔闘士』だ。『戦士』と『魔術士』両持ちと比べると筋力と回復力が劣る。この長丁場の戦闘は相当にキツいだろう。その分、火力に勝るのだが。
「駄目に決まってるからねー!スバンは魔力を温存して!火力が必要な場面があるかもしれないんだからっ!!」
「お前ェがいるんだから大丈夫だろうがよォ!」
「あたしは魔法を小器用に扱えるだけっ!あたしの魔法は冒険者向き!アンタの魔法は戦場向き!そしてここは戦場っ!!」
トーラさんの言う通り、これは冒険者パーティの手に負える状況じゃない。領軍が出張る事態だ。正しく、戦場。
ならば俺たちは戦うのではなく逃げるべきだ。
「後ろから追ってくる連中はあたしが雷で怯ませる。蹴つまずいて転びでもすれば勝手に渋滞してくれるからね。シニス!クラム借りるよっ!クラムはあたしの援護、シニスは右、グラザさんは左からの横湧きを警戒、スバンは移動に専念っ!エイリー!矢の残数はっ?」
「大丈夫だっ!リオに補充してもらった!」
トーラさんが仕切っている。なんだかハキハキ喋っててデキるオンナ風だ。見た目は痴女だが。
まあ、冒険者としてのキャリアでいえばグラザの次に長いということになるんだよね、彼女。
シグルヴァード王国でも成人年齢は15歳、成人とともに軍に入ったトーラさんは早々にスバンを焼いて除隊。ブチ切れた勢いのまま出国、レスタス侯爵領に入り冒険者として6級まで上がったらしい。
領都で出会ったアトグリムと結婚して、テスルに店を出す折にここに居を定める。そしてリルたちと再会したと。
ここテスルでは冒険者活動はしていなかったものの、一度7級以上の中級冒険者になるとそれ以下にランクが下がることはそうないからね、今回は再発行した7級の冒険者タグを下げての参加だ。
いや、「足手まとい」とか言って申し訳ありませんでした。主戦力でした。
「手に負えない、足止めできなさそうな敵が現れたらエイリーを呼ぶっ!エイリーは呼ばれた時以外はリオのフォローと隠形している魔物の警戒をっ!リオっ!!」
「おぅ!」
「オッパイばっか見てんじゃねー!」
それは見る。ガン見する。
強行軍。
眠る間もなく続く戦闘。
疲れすぎて、言葉も表情も、ない。
いや、俺はわりと元気なんだけどね。『超順応』で順応しちゃってるから。なんかもう眠らなくても全然平気になってきた。というか眠くならないし。ヤバい?普通の生活に戻れる気がしない。
問題は俺以外の皆さん。息も絶え絶え。シニスなんかマジでさっき呼吸止まってなかった?ってくらいの弱りっぷり。クラムとスバンも、それ杖でしたっけ?ってくらいに槍にもたれかかって歩いてるし。
殿にはゆらゆらと謎のコンテンポラリーダンス状態から雷魔法を放ち続けるトーラさん。
「あー、もー、限界ー、乳が重たいー」
なんだって!?
「その乳、よければお持ちしますよ?マダム」
「焼くぞエロ猫」
エロ猫が定着しかけている。
「……リオはなんでそんなに元気なんだ?あぁ……そこを左に曲がれば二の関の前の広間だ。様子を窺ってきてもらえるか?」
「了解リル。顔色悪いぞ?」
「この状況では悪い方が当たり前、だっ!」
弓を引き絞る力もそろそろ限界のようだが、狙いを過たず一撃必殺はさすがはリルだ。命を失い隠形の解けたソベウメクが壁にブラ下がる。
「くれぐれも気をつけろよ、リオ」
「任せろ」
進路に残る魔物どもを片付けながら二の関の前の広間に出る。いや、出られなかった。混みすぎ。ほら、ちゃんと並ばないからこんなことに。
金目鰐のホールと同様に、壁面には広間から枝分かれする通路への穴が開いているが、違うのは中層に繋がる唯一の開口部の前に堅牢な防衛施設が造られていることだ。
中層側から見た二の関はゴツい木造の建築物だが、深層側から見ると完全に石造りの城塞だ。狭間を備えた堅牢な石壁、その前に設けられた逆茂木のようなバリケードも石と金属で造られている。火魔法を警戒してのことだろう。
そしてバリケードの手前の地面には魔輝岩が敷かれていて、本来は結構な明るさがある。本来は、と言ったのは、今はもう、広間全体に魔物が敷き詰められているような有様になっているからだ。魔輝岩の光も魔物の隙間から僅かに漏れるだけで、広間はすっかり暗くなってしまっている。
見える限りでは魔物はゲイル7割ゲイロン3割。今の俺たちにとっては雑魚いトカゲどもだけど、これだけみっしりと詰まっていると突破はなかなか難しいと思われる。
「って、感じなんだけど。なんか範囲攻撃的な魔法で吹き飛ばせたりしない?」
「……リオくんがー、広間の真ん中にー、スバンを置いてくるー。そんで『ごーえんかせーん!』ってすればいい!」
「冴えてるな、トーラ。頭が良すぎる」
「いやッ、エイルッ!全然冴えてないからなッ!?疲れてンのはわかるけどよォ、今のお前ェら、俺よりアタマ悪いからな?」
うん、こればっかりはスバンが正しい。もう少し考えていただきたい。
「それだとまた俺が逃げ遅れて尻尾焼けるじゃん。それよりさ、俺とグラザで赤毛を魔物の群れの中心に投擲しちゃえばいいんじゃないのかな?空中で『豪炎渦旋』発動したほうが意外と広範囲にダメージ与えるかもよ?」
「あははー!爆スバンー!」
「冴えてるな、リオ。頭が良すぎる」
「いやいやッ!マジでお前ェら、ホントにアタマ悪くなってっからなッ!?しかも人の心まで失っちまってるからなッ!?」
「そんな魔法あるんならさっさと言えよな。無駄に頭を使っちまったじゃん」
「頭使ってアレかよォ……」
なんでもスバンには指向性のある高火力範囲攻撃魔法もあるらしい。滅多に使用しないのは、火力の調整が難しい上に、使うと高確率で魔力が空になるからだそうだ。今回みたいに思い切りブッ放せばいいだけの場面にはうってつけな魔法だな。
「先ずはスバンの魔法。グラザ氏を先頭にクラムとシニスが二の関へ先行。シニスは手順に沿って仕掛け扉を開ける。二人はガード。わたしとトーラは後方で迎撃しながら二の関へ向かう。リオは姿を消して遠めの敵を削り進攻を遅らせる。トーラの合図で撤退。大丈夫だな?出るぞ?3、2、1、スバンっ!」
「おうッ!『爆炎烈波』ァーーーッ!!」
「「ぶふぉーっ!」」
吹くわ。トーラさんとダブルで吹いたわ。「波ァーーーッ!!」って、ねえ?
魔物が吹き飛んでできた道をグラザが先導して駆けていく。
必死でついていくクラムとシニス。シニスが疲れすぎてお婆さんみたいな顔になってる。いや、元々はっきりとは顔を憶えていないのだが。モブ顔すぎて。
ただ、あのよく喋るシニスの声をしばらく聞いてないくらいだから、相当な疲れっぷりなのだろう。
クラムもシニスを支えてんだか支えにしてんだかわからないようなヨボヨボ振りだ。まぁ、らしい、とは言える。
疲弊しきった二人を守るようにリルとトーラさんが周囲の生き残った魔物を片付けていく。余力はないだろうが、あれならまだ大丈夫。そう判断した俺は、後方の魔物の群れに飛び込む。
「死んどけっ!!」
「グギ■ッ!」
知性のないトカゲ面を黒鋼の長槍で殴り砕くように突く。深くは突き通さない。引く手間が惜しい。絶命させるに至らなくとも、転がしさえすれば後ろから来る連中が踏み潰してくれる。そして積み重なっていくトカゲの死骸が防壁を築いていく。
「リオっ!!」
「撤退ー!」
リルとトーラさんの声。どうやら無事に二の関へ
「って、おいっ!落し物っ!スバン落として行ってんぞっ!!」
どうやら魔法発動後に魔力切れで倒れ伏したようだ。ぴくりとも動かない。魔装も切れたようで外れて転がる義足が哀しい。
「ごめんリオくーん!忘れてたー」
いや、トーラさん?忘れる?ワザと?
「えーと、拾って……来る?」
「なんで躊躇いがち!?拾うよねえ!?見殺しとかしないよねえ!?って臭えっ!!」
「だよねー」
だよね?だから?臭いから放置?
「いやアンタこの臭いのに抱きついてたよねえ!?」
歳をとったら身だしなみに気を使う臭くない中年男になろう。臭すぎたせいで命を失うなんて最低だ。最低な赤毛のオッサンを担ぎ上げながらそう思った。うわマジ臭い。捨てたい。トーラのヤツが「うひゃー!くさそー」とか言ってるのが余計腹が立つ。
「急いでっ!」
「誰のせい!?」
間近に迫るゲイロンの頸にリルの矢が突き立つ。
歯を食いしばって矢を放ち続けるリルに向かって、身体強化をフル稼働しながらダッシュする。
呑気に「うあー、魔力切れたかもー」とか言ってるトーラさんを石壁の仕掛け扉に蹴り込み、続けてスバンを投げ込んだ。なんか悲鳴が聞こえたけど気にしない。
「リルも入ってっ!!」
「はいっ!」
え?「はい」って言った?やだ、可愛いんだけど。
「ギィ■■ーッ!」
「うるさいわ」
追い迫るゲイルの群れをスバン直伝の槍の連撃で打ち散らす。
「閉めるぞっ!」
石の扉を全力で引き込み、閉じる。
「閂をっ!」
「はいっ!」
ほんと可愛いんだけど。
「リオくんっ!」
「ん?」
「よくも蹴り落としてくれたわねっ!まー、それはいいけどね」
いいんだ。
「上から汚れ物を落とすのはやめてよねっ!」
汚れ物と呼ばれる亡き両親の親友。
「ちょっと触るの嫌なんで建屋まで運んでおいてね、ソレ」
「……ハイハイ」
わかっているんだけどね。もう、立っているのもギリギリなくらいに消耗してしまっているからね、トーラさんも。そりゃあ、そんな震える脚でこんな大荷物は運べないよな。
「……リオくんさー、普段はやたらと露悪的なわりにさー、いざという時には常識人というか、いい子だよねー」
「なっ!?ちょっ、トーラさん?」
「トーラ……リオは少々偽悪的なだけで優しいいい子だぞ。ちょっと拗らせているだけで」
え!?
俺、拗らせている?
……転生以来最大の精神的衝撃を受けているかもしれない。
いや、ないよ?それは、ない!ナニ言っちゃってんのかな、この人たち?拗らせるとか、そんな、青くさいコト……俺、人生二周目だからね?合計したら30オーバーだよ?あ……でも十代を二回繰り返してもガキはガキ?ていうかそもそも記憶を取り戻してから一年も経ってないから……ってヤメて?「エイリーそんなはっきり言っちゃダメだよ思春期なんだから」とか言わないで?いや、マジで、リルの視線が生暖かすぎて居た堪れないっ!拗らせてないからねっ!!
石壁の内側には石畳の庭があり、そこには万が一壁が破られた時に備えて砦柵が設けられている。この分厚い壁すら破られることがある、という想定なわけだ。そしてその奥の一段高くなった木造の宿舎がいわば最終防衛線ということになるのだろう。
スバンを放り込んで俺が最後に建物に入った時には、すでにモブカップルは板張りの床に転がって爆睡していた。
「ごめ……リオ……もう……む、り……」
「ねむ……」
崩れるように床に転がり眠りに落ちていくリルとトーラさん。
意識を保っているのは俺とグラザだけか。
「これ、俺ら二人で見張りを回す、って感じかな?」
「ンっ?いや、警報は設置してあるから大丈夫ではあるが?まあ、時折石壁の外の様子を窺う程度で良いのではないかな」
宿舎の堅牢そうな壁面に備えられた矢狭間から庭を覗く。石壁の外の狂乱が嘘のように静かだ。警報のことは知らないが、グラザが大丈夫というなら大丈夫なんだろう。なんにせよ、自由になる時間が取れるのならばありがたい。
「じゃあ俺、風呂入ってきてもいいかな?」
もうね、血濡れなんだよ、全身。髪も尻尾もガビガビだし。臭いし。しかし魔物の血と臓物の臭いに負けないスバンの臭さってなんだろうな?まあ、それを言ったらグラザの
「ああ、リオ、それは構わないのだが、一つお願いが」
振り返るとそこにはグラザの全裸。いや、隠せよその小振りなそのそれなんでまた膨らみかけてんだよっていうそれ。
「わたしの縄を出していってもらえないかな。縛っていないと、どうにも落ち着かなくてね」
この際だから一度キレイに洗ってみたらどうかなあ?できればそこの汚い赤毛のオッサンごと。
という気持ちを込めてスバンの屍(死んでない)を埋葬するようにグラザの縄で埋めてみた。
まぜるな危険、な激臭が立ち込めた。
逃げた。




