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20 テスルダンジョン4


「アレだよなぁ……」


深層第一中継地をベースキャンプにして3日目、今日の探索が空振りならば一度引いて二の関で仕切り直そうかというタイミングで、先行して索敵中の俺はその鰐の魔物を発見した。発見しちまった。

黒い軀、眠っているのかほとんど閉じられた瞼の隙間から僅かに覗く金色の光。

間違いなさそうだ。


「俺がサクッとヤっちまったら駄目なのかねえ?」




「駄目に決まっているだろう」


そうなんだ。


「金目鰐の眼球は生きている間に取り出さないと効果がなくなるからな」


おう、ヤバかった。

というか、いきなり難易度上がってない?


「それでリオ、不用意に近づいたりしていないだろうな?50歩以内には」

「心配しすぎだよ、リル。言われた通り発見次第すぐに戻ったさ」

「本当だな?その、身体に魔法陣が浮かんだり、痛みが出たり……」

「大丈夫だって。って、魔法陣?呪われるとそんなもんが身体に出るの?なあ、グラザ、呪い、ってなんなの?」

「んんっ、そうだな、リオも年頃なのだから、ほら、避妊魔法は知っているだろう?娼館などでも使用しているが」

「リオは「「リオくんは童貞だから」」ねー」


……そう、だけども。なぜ、知っている?言ってないよ?そんな話、したことないよ?そりゃ彼女はいないけどさ、娼館とかほら、俺、結構お金持ってるよ?


「見ればわかるというか」「雰囲気?」「童貞臭いよね」


え?ディスられてる?いや、童貞はべつに悪くないと思うんだ。でも「童貞臭い」は悪口だよね?


「んっ、まぁ、あの避妊魔法というのは元々『妊娠できない呪い』なのだよ。こう、下腹に簡易的な一種の魔法陣を……ああ、そうだ、我々が今も使っている排泄を抑える魔法、あれも『排泄できない呪い』の転用だったな。臍の周りに指で円と直線を描くだろう?解除するときにも、ね。簡単な生活魔法には呪いの転用は多いのだよ。翻って、此度の金目鰐のような強力な呪いの場合は呪いの強度に応じた触媒が必要でね、それが金目鰐の発する呪毒であり、解除に必要な金眼の眼球であるわけだが」


へえ。

あれも呪いなんだ。へえ……、っとぉ


「任せて、僕が」

「止めるっ!」

「しっ!」


ゲイル程度の中級魔物だとクラムとシニスで気負いもなく簡単に処理できるようになっちゃったな。

オッサンもグラザも立ち上がりもしないし。余裕だね。


「しかし今日も魔物どもが多いよなァ……鬱陶しいぜィ。それで小僧、確認できたのは一頭だけなんだな?」

「姿が見えたのはね。気配はまだあったよ。距離は……リルじゃないとわかんないんじゃない?」

「ふむ……周囲の魔物の密度はどうかな?」

「不思議なくらい少なかったよ。こう、段差があってね、やや上から鰐を見下ろしてる感じだったんだけど、少なくとも俺がいた辺りに他の魔物の気配はなかったな。鰐がいた下の方はわかんないけど、って、ん?」


頭を撫でられてる?なんで?


「リオくんはー、ほんとーに優秀だねー。見つけちゃったかー」

「トーラ……よし、リオ、先導してくれ。クラムとシニスで殿を頼む。……スバン」

「おゥ」


真っ直ぐに見つめるリル。小さく頷いたスバン。


「行こう」




「間違いない、金目鰐だ。確かに他にも気配はあるが……どれも眠っているのか大きな動きはないし、距離もある。絶好の機会だろう……決行する」

「ンじゃ、弟子ども、あンがとな。感謝してるぜィ」

「え?な……なん、ええ?どういうことですか?スバンさん……」


そりゃクラムも泡食っちまうよなあ、あのオッサンから感謝の言葉だぜ、ただ事じゃねえよな。

鬱陶しい。


「グラザ、説明してくれ」

「リオ!?グラザ氏、これはわたしから」

「金目鰐は全身から常に呪毒を放つ。無論、あのように眠っている時もだ。呪毒の有効範囲は30歩で10拍、10歩以内だと3拍で、この範囲内で呪毒を受け続けると呪いが発動する。ただ、これは『金眼』により直視されていない場合の話で、目が合えば一瞬でも高い確率で呪いを受けるし、至近距離で真正面から見合うようなことがあれば、即死する」

「即死?距離と時間と……視線か……それが呪いの発動確率だけじゃなくダメージにも比例する?」

「ふむ、『金眼の呪い』は死に至る衰弱だが、受けた呪いの強さによって進行速度も重篤さも変わる。当然、その場で命を落とす者も少なくない。ほとんど昔話の類になってしまってはいるが、我々と同じようにあの眼球を手に入れようとして、その結果、百人を超える奴隷の命を使い捨てにした、という王家の話もあるくらいだ。現在ではありえないことだが」

「ああ、まぁ今のギルド憲章批准国じゃあ無理だよな。女神教の国なら亜人を使ってやりそうだけどね。そんで?グラザの見立てでこの二人が死なずに済む可能性は?」

「ほぼ、ない」


だよな。


「そんなっ!?「しっ!声がでけェ!」だっ……だってそんな……うそ、エイルリルさんが、やだよぉ」

「……シニス、すまないね、こんな思いをさせて」


むぅ、シニスの涙と鼻水まみれの顔がリルの美乳に埋まっておる。俺が埋まりたかったのに、なんかベタベタしそうで厭だな。


「俺らも馬鹿じゃねえんだ、それなりに準備はしてんだよ」


スバンが取り出したのは紐の付いた2本の金属製の筒?なにそれ?


「荒縄が言った通り、呪竜は勿論、金目鰐から目玉を奪うのにも人死にが避けらんねェ。だから陛下は目玉を手に入れようとすることそのものを禁じられた。だけどよォ、ハイそうですか、って奴ばかりじゃねえんだよ。工房の連中だってよォ、なんとかできねえかって」


そうして王命に逆らってまで製作されたのがこの筒。目にぶち込めば自動的に眼球を取り込んで密閉すると。エグいなあ。


「俺が先行する。エイルは後ろだ。視線の直撃は避けられるだろ。この筒が上手いこと一発で決まりゃあ時間も短く済む。荒縄に耐性魔法もかけてもらうし、助からないと決まったわけじゃねえ」

「そんな魔法あんの?」

「気休め程度だ」


いやいや、さすが4級、だね。


「で、でも、それじゃ師匠は」

「いいんだよォ、俺はァ。もう十分生きた、ってオイ、臭えんじゃねえのかよ」

「……ぐざいー、ひぐっ、やっば、やらー」


スバンの腰にしがみつくトーラさん。いや、マジで臭いんじゃないかな?臭いというか苦そう。


「わかってンだろォ?助けてえんだよ。アイツが、アイツらが助かるんなら安いモンなんだよ」

「すまない、トーラ。後のことは頼むよ……そしてリオ」


リルの右手が俺の頬を撫でる。冷たい。平常心ではいられない、よな。


「本当に、本当に感謝している。出会えてよかった、ありがとう」


平気なフリしてんじゃねえよ。瞳が揺れてるぜ。

そういえば、こんな真正面からマジマジと顔を見たことあったっけ?すげえ、近いし。そんで近寄ってもアラがないし。ホントに白磁のような肌。これが柔らかいんだぜ?

そしてその冷たい両の手が優しく俺の頭を抱き寄せ


「ひあっ!なっ?やっ?揉んだ?」

「うん、揉んだ」

「ちょっ!リオくんっ、なにやって」

「いや、そのリルの胸元、シニスの鼻水とかでベタベタしてるから顔はちょっと、って思って」

「酷くないっ!?」

「ついでに揉んでおいた」


うん。素晴らしかった。この深層の暑さで胸当ても外してたからね。最高。想像を超えて柔らかかった。あと、びっくりしすぎたリルの顔が可愛かった。


「約束したんだよ、ミルヴァと。リルは死なせない、そう請け負った。だからその筒をよこせ。俺がやる」

「「「!?」」」

「小僧がエイルの代わりをやるってか?」

「オッサンもいらねえよ。邪魔だ」

「ザけんな小僧ッ!なんのつもりだっ!「声がでけえよ」……チッ、あのなァ、お前ェみてえなガキの命を犠牲にするなんざァ認めるわきゃあねえだろがッ!そもそもな、お前ェが動けなくなった時点でこの話は終いなんだよ。素材の劣化を防いで工房に届けるにはな、『盗賊』の『亜空庫』が必須なんだ。目玉ァ手に入れるのはよォ、小僧なら一人でやってのけるだろうがな、運ぶ奴がいねえんじゃあ、命の捨て損、犬死なんだよォ」

「死なないよ、多分」

「あのな、仮になんとか命を拾ったとしても呪いを受けちまったら動けやしねえんだって」

「大丈夫だよ、俺に呪いは効かない。多分」


グラザの語った呪いの話。

排泄を抑える魔法が呪いであるなら、俺は呪いにも『超順応』できる。残念なことに『超順応』してしまう。

もう、効かないんだよね、あの魔法。

幸い俺の場合は姿を消せるから、その、なんていうのか、その辺で済ませられるんだけど。


「時々ありえない場所で臭いがしたのは……」すまん、リル

「気配は感じていたのだが……そういうプレイなのかと」変態仲間にしないでくれないか、グラザ

「汚ねえなァ」いやオッサンには言われたくねえよ?


問題は避妊魔法も効かなくなりそうなところだな。……うん、必要ないけどね。


「そういえばぁ、前にアタシたちにもそんな話を、中層の蠅の毒が効かなくなったって話をしていたけど……痒くない、もう慣れたって。アレも」

「ああ、毒は元々効かない。ほら、アトグリムのところで最初に売った魔石、上級魔物のものもあっただろう?あれは全部毒持ちなんだけどさ、毒が効かない俺には難しい相手じゃなかったってハナシでね。まあ、効かないというよりも、効かなくなってくるってことなんだけど。死ぬ前に慣れる、って感じ。だから大丈夫。多分」


だからリル、そんな顔しないで。可愛いけど。


「いや、お前ェ、さっきから多分ばっかじゃねえかよ」

「冒険者に絶対大丈夫なんてあるわけないだろ。ここで無事に金目鰐の眼球を手に入れたところで、無事にダンジョンを出られるって決まってるわけじゃないんだし。迷宮氾濫で全滅、って未来もあり得るんだぜ?」

「だから怖いこと言わないでっ!」

「不吉すぎるって!」


モブカップルの声がデカい。

フラグを立てまくっておきながら何を今更。


「まあ、初めからもう一人『盗賊』持ちを連れてきてればよかったんだろうけど。どうする?やり直す?」

「そんな簡単に見つかりゃあ苦労しねえんだよォ。この深さまで潜れる『盗賊』持ちなんざァ国中探してもそうはいねえよ」

「そうだね、わたしの知る限りでも北の辺境伯領に二人、どちらも遠出はしないからなかなか難しいのではないかな。だからこそ君が現れるまで動けなかったようだし、ね。それにわたし自身も、次に君たちの依頼を受けられるのがいつになるのかという問題があってね」


ならもう、やるしかないよな。


「筒の使い方は……ああ、これ突っ込むだけか。リル、顔を上げろよ。まだ何も、始まっても終わってもないんだぜ。油断していいような状況じゃない、集中しろよ。トーラさんもそんな汚いオッサンに抱きつくくらいなら今から頑張る予定の可愛いリオくんのことを優しく抱きしめ、うぷっ」


抱きしめられた。爆乳に顔が埋まった。鋲を弾き飛ばすほどの乳圧があるくせに蕩けそうな柔らかさ。天国か。大きく息を吸って人妻の香りを


「ぐふぉっ!がふっ!?くっさ、これ、オッサンのくっせえ臭いが移ってんじゃねえかっ!」




「で、小僧、手順はどうするんだよォ?」


移り香で人を殺せる赤毛の男が俺に問う。こいつ自分が先行するみたいなコトを言ってやがったけど、こんなの近づいたらさすがに臭いで魔物も目を覚ますんじゃない?


「隠形で30歩まで接近、呪毒を受けて呪いを発動、しばらく身体を慣らす。動けるようになったら、とっとと目玉をいただくから合図をしたらリルが矢を打ち込む。足らなきゃ俺の槍でトドメを刺してから離脱。そんな感じ?」

「簡単に言うけどよォ……って、エイル、ボーッとしてんじゃねえ、集中しろ。そんなじゃ小僧に矢を打ち込むことになるぞ」

「あ、うん……ごめん」


やだ、なんかリルリル可愛い。いや、ずっと可愛いんだけど、弱った感じの女子ってのも格別だよね?泣き腫らした目がそそる。


「ふむッ、それでリオ、君は『死ぬ前に慣れる』とは言ったが……ダメージで動けなくなったり、一時的にでも意識を失ったりする可能性はないのかな?」


あー、あるねー。毒ガスメロンの時は完全に意識を失ったからねー。


「矢で脚とか貫いてもらえれば気がつくかと」

「わたしにそんなことっ、させないでっ!」


泣かんでも。そうか……嫌か。なら


「もし倒れたらロープかなんかで引き戻してもらえれ、ば……や、いや」


しまった。

違う。

時を、時を巻き戻したい、違うんだ、ちが


「ロープならわたしに任せてもらおうか」


ロングコートのボタンを外しながら、奴は言った。


「ちょうど身体に巻いていてね」





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