19 テスルダンジョン3
「スバンは軍人として王弟殿下の護衛をしたこともあったそうだし、わたしも、まだ子供の頃だったが街で殿下とお会いしたことがあって、お姿は……一目見ればわかるくらいではあったんだ。大変な美丈夫だったな」
「気さくなお人柄でなァ、よく街をうろつ……ご視察されることがあったんだよ。だから民にはよく知られた顔でよォ」
「あたしも抱っこしてもらったことあるよー」
少数の供回りを連れて王弟が出奔した時、行き先や目的を知る者はいなかったそうだ。だからこそ、王弟のカゲモノと出会した時の衝撃は余計に大きかったらしい。しかも丸出し全裸である。「どうしても不敬って言葉が頭をよぎってなァ」と正視しづらい状況の上に、カゲモノとしては面倒な部類の魔術士、それも超一流の水魔法使いだったそうだ。そう聞けば、なるほど苦戦を強いられても不思議はない。
並みの魔術士のカゲモノならば散発的に周囲に魔法をばらまく程度の話だが、高レベルの魔術士になると魔法の効果範囲が広過ぎて、ただ暴発しているだけで十分な脅威となる。
しかも王弟の場合は水魔法だ。スバンにとっては合い口が悪過ぎる。
エイルリルさんの風魔法もそもそも人間や大型の魔物を両断するような威力があるものではないし、撒き散らされる水流に矢の勢いも殺される。
手詰まりな状況のなかで半ばパニクった(本人は否定)スバンの火魔法が大量の水を水蒸気に変えてしまい、ただでさえ高い深層の気温に湿度まで爆上がりして熱帯化。おまけに蒸気で視界も失いかけたところでミルヴァさんが先導して戦域から離脱を図ったものの、大量の水流に乗って追いかけてくる全裸のプリンス様。そりゃ、怖いわ。マッピング?ふざけんな!状態にもなる。
そしてようやく振り切った、というか水に流されて滑り落ちた先で、金目鰐の群れが待ち構えていたと。
「リオに期待する最重要な仕事はシグルヴァードへの素材の輸送だ。だけどわたしは……不甲斐ない話だとは思うが、このカゲモノ対策もクラムとシニスとともにリオに頼りたいと考えている」
「それはもちろん。頼ってくれて構わないさ。シニスの魔法で動きを抑えてクラムはシニスの前でガードと挑発。そんで俺が後ろに回るか壁を走って上をとるかしてアタック。まあ、いけるだろ」
「今回はあたしもいるしねー」
「いや水浸しのところで電撃とかやめてね!?」
あれ?雷魔法も電気だよね?感電しちゃうよね?雷の精霊だから大丈夫だったりするの?
「やだなー、やらないよー。やってもちょっと痺れるくらいだよー」
「ザけんなテメッ!部隊丸ごと行動不能にしたことあンだろッ!!」
ああ、やっぱり感電するんだ……そして前科もあり、と。
「まー、あたしには火魔法もあるしね」
「それはスバンの水蒸気祭りの二の舞「うるせェよッ!」では?」
「チッチッ!あたしの火魔法はどこぞのロートルみたいに無駄に「無駄ァ!?」炎を撒き散らしたりはしないのだー」
「いやでもさ」
火魔法だろう?炎を
「あたしの魔法は直焼きなのだー」
「……トーラの火魔法はその、対象をそのまま焼くというか……燃え上がるというか、そういう魔法、なんだ」
エグ過ぎるだろう。
「アタシが止めるからっ!……今っ!」
「ハッ!」
シニスの重力魔法での足止めからクラムの槍。
この深層で最もありふれた魔物と言っていいだろうゲイルと呼ばれる2メートルほどのトカゲを斃すモブカップル。息が合ってるね(興味薄)。
中級魔物であるこのトカゲは単体で現れる分には脅威度は低い。が、エリマキトカゲ的に二足歩行で、しかも結構な速さで走ってくるので視覚的に気持ちが悪い。
総じてダンジョンの魔物は自分の命に無頓着というか、基本捨て身だ。中層の突貫してきて自爆死するカナブン然り。何がしたいのかわからない。いや、目的なんてないのだろうな。自動的に襲ってくる感じ。
「あっ!おっきいのきたぁ!」
「や、これ僕じゃ無理かも」
「止めてみるぅ!」
四つ脚でドスドスと走ってきたのはゲイロン。体重にしてゲイルの5倍はありそうな大型の魔物でこちらは上級だ。ゲイルと名前が似てる?顔がほぼ一緒なんだよ。意味がわからないよ。
「止まんないっ!って、ひいっ!?」
「トカゲ焼きー!」
突然燃え上がるトカゲの顔。だからエグいって。
「せいっ!」
「ホイッとォ」
いきなり顔面が焼けたゲイロンが止まることもできずたたらを踏んだところにクラムとオッサンの師弟コンビでトドメと。
ふむ、なかなかどうしてパーティらしい連携を見せるではないか。頑張りたまえ。
ん?俺?
いや、ちゃんと仕事してるよ?警戒とか監視とか観察とか、いろいろ。
ほら、あの辺りとかなんとなく怪し「そこっ!」うん、そこ。
エイルリルさんが矢で撃ち抜いたのはソベウメクとかいうカメレオン的に隠形を使う鰐っぽい中級魔物。
さすがの魔力探知だな、俺のリルってば。きっちり鰐の頭をダンジョンの壁に縫い付けている。
うん、頑張れ。
んあ?いやホント、目が離せないんだよ、こう、いつ先っちょが飛び出るか「エロ猫の視線がオッパイに突き刺さってる気がするのだー」って、ねえ?
「んんっ、皆がこうも優秀だとわたしの出番もなかなかないね。勿論、怪我がないのは良いことなのだが」
「グラザも殴ってくればいいじゃん」
「フッ、さすがにこの深さで遊ぶわけにはいかないだろう。わたしにしかできない役割もあるのだから、ね。リオ、君が自重している理由もそういうことだろう?」
いえ、トーラさんの双丘観察に専念しておりました。先っちょ待ちとも言う。
「それでトーレアノン、野営の予定地はこの辺りではなかったかな?」
「ああ、そのつもりだったのだが……魔物の出現数が予想よりも多い。この状況で野営は無理だろうな……一旦、二の関まで戻って出直すか、強行軍でこの先の深層第一中継地を目指すか」
整備されたダンジョンには、階層の狭間に築かれる関所とは別に、比較的安全な場所に中継地という名の野営場所が設けられている。基本は簡単に柵で囲んだ程度のものだが、場所によっては逆茂木なんかのバリケードがあったりもする。
ここテスルの場合は、浅層に1箇所、長く続く中層には5箇所の中継地があって、中層の方は今回も利用した。
そしてこの深層では深層第一中継地と呼ばれる1箇所だけが設置されているようだ。
浅層が1箇所なのは単純にそんな浅いところで野営をする必要がないからなのだが、深層の場合はどうやら難易度というか危険度というか、そういうリスクが高すぎて第一までしか造れなかったということらしい。
まあ、ランクはともかく、実力で俺たちの上をいく連中がそうそういるとも思えないなか、このパーティでも結構な忙しさになっている現状を鑑みればこの階層で土木作業はキツいよな、とは思う。
その深層第一中継地までは二の関から丸一日の距離、眠らず直行はキツいはキツい。だけど
「これが今日たまたまなのか?ってコトだよな。二の関に着いた時にさ、埃すごかったじゃない?相当長いこと冒険者も兵士も来てないわけで、魔物が間引かれてないからこそのこの状況、ってのはない?」
「んフッ、黒森のような外の環境では間引かないと溢れるというのはよくある現象だが……少なくともダンジョンで間引かないと魔物が増えるというのは聞いたことがないな。ただ、一定数よりは増えないが、分布の変動によって見かけ上は増えたように感じることはあるね」
「氾濫の兆候ってことは?」
「どうだろうね……んんっ、このダンジョンの氾濫の周期は……」
「明確な周期はありません。過去の記録では最短で3年、最長で72年、直近だと21年前になります、ってリオくん、なにその信じられないものを見たって顔。アタシだってこのくらいは答えられるよぉ?学校でも習うしぃ」
「学校で?クラムも?」
「いや、僕の村には学校なんてなかったから」
なんかゴメン。
それにしてもダンジョンでのシニスのお役立ち度が高い。さすが市内育ちの地元民、と言うべきか。名誉白兎だしな。
「まあ、前回よりは明らかに魔物の数が多いが……グラザ氏が言った分布の変動という可能性が高いのではないだろうか。いくらなんでも迷宮氾濫は……まさかね」
そういうフラグっぽいのはやめろリルリル。
「2年ぶりに深層に下りてきてその日に氾濫なんざァ偶然が過ぎるぜ。ンなコトあるかよ」
だから赤毛も黙ってろ。
「あたしー全部が無事に済んだらグリムとシグルヴァードに帰ろーと思ってるんだよねー。残してくお店のこともあるからダンジョンの氾濫とかは勘弁だねー」
おい!痴女!
「えー!?トーラさん、いなくなっちゃうのぉ?じゃあさ、せめてアタシたちの結婚式まではいてくださいよぉ」
「「「えっ!?結婚!?」」」
「今回はダンジョン攻略が長くなりそうだったのでシニスの実家に僕の荷物も預けに行って、まぁ、その時にシニスのご両親からもそういう話を、はい、なので」
「「ダンジョンから戻ったら結婚します!」」
もうコレ、全滅するんじゃね?
強行軍でなんとか無事に到着した深層第一中継地は、大きく露出した魔輝岩の層に照らされていて、これ眠れるの?レベルの高カンデラなスペースになっていた。どこのショールームだよ。
関所とは違って中継地には建屋はない。建物の中や陰に魔物が潜む危険性があるので見通しをよくする必要があるからだ。
なので眠るのには……って、モブカップルがいきなり爆睡してやがる。行き倒れかよ。
「二人にはさすがに厳しかったようだね。申し訳なかったな」
「あたしも限界かもー」
テントと呼ぶのも微妙な感じの簡易な天幕を張って影を作る。眠りながらも眩しそうに顰めていたシニスの表情が緩む。うん、可愛くはないな。
「俺さ、全然疲れてないからこの二人の分も見張りの当番やるからさ、こいつらはこのまま寝かせといて残りは四人で割り振ってよ」
「そんなリオだけに負担をかけるようなことはできないぞ?」
いや、全然平気なんだよね。『超順応』で超回復するし。
大裂谷の後半辺りからどんどん睡眠時間短くなっていって……正直、夜の時間を持て余すというか、そんな長い時間寝てらんねえっていうか。
「ホントに平気なんだけど」
「フッ、確かにここまでの様子でもリオの睡眠時間は短そうだが、んっ、何れにしても二人ずつならば一人余るわけだからね、ならば一人分だけ余計にリオにお願いするということで良いのでは?」
「ああ、じゃあ最初に2回分続けて当番やってから交替ってことで。それと……今から食事の支度をして、って雰囲気でもないよね?とりあえず簡単に食べられるものを出しておくからいいようにしてよ」
「あぁ、すまない……ありがとうリオ」
どういたしまして、リル。
モブズやトーラさんだけじゃない。残りのメンバーも疲労の色が濃い。
こうまで疲弊しているのは度重なる戦闘によるものだけではなく、特にシニスとクラムでは顕著なんだけど、謂う所の経験値を得たこと、魔力を大量に喰ったことによる心身のダメージも大きいのだろう。
上級にトドメを刺した時なんかは、スバンでさえ僅かだが表情が歪んでいた。あの独特の痛みを平然と遣り過すことはなかなか難しいんだよね。クラムなんて内股で半泣きだったし。
皆、俺みたいにすぐに回復するわけじゃないからね、結構辛かったと思う。
それでも次に起きた時にはきっと、自分が間違いなく強くなっていることを感じられるから。
今、隣に座っているリルも。
「……なに?」
「ああ、いや」
見惚れていた。
やっぱり、綺麗だ。
強い魔輝岩の光が逆光になって、リルの緑銀の髪のエッジを輝かせる。
うん、人はこんなにキラキラしないんじゃないかな?妖精さんだと思うんだよね。
「ふふっ……変な顔してるぞ?……リオ」
ああもう、可愛い。微笑むと、可愛すぎる。
こんな可愛いものが見ていられるのなら、俺、一生見張り当番でいい。
可愛いを見張るんだ。
「オゥ、小僧ッ!じゃあ、先ずは俺と当番なッ」
チェンジで。
「そんで次が荒縄なッ」
チェン……




