17 テスルダンジョン1
「ぬうんっ!……んフッ」
挨拶がわりに、と一行の先頭を進む荒縄グラザ。
得物はまさかの棍棒。蛮族?
グラザ曰く、たとえ魔物相手だとしても回復士が大量の血を流すことは推奨されていない、と。故に、撲殺する、と。
いや、血を流す流さないってそういうことではないのでは?
「ムンっ!ふぅ……」
うん、一振りで魔物の頭部が血煙に。こういうのも撲殺というのかな?血濡れの首無し死体が量産されてるんだけど。
あと、変態だと認識すると途端に息遣いがキモく感じられるようになるのね。
テスルダンジョン浅層の魔物は基本下級時々中級な感じなので、このパーティ(しかも先頭が豪華に4級)で足を止めるようなことはまぁ、ない。
地上の魔物とは微妙に見た目が違うゴブリンっぽいのとかローパーっぽいのとか時々オークっぽいのとかを粉砕しながら、ほとんど小走りに近い感覚で通り抜ける。義足の炎槍スバンもこの程度の速さなら魔装と身体強化でついてこられるようだ。むしろ「白兎組」の方が息が上がって辛そうなのがいる。こうやって見ると、平然としているシニスとクラムは7級でも上澄みの方なのかもしれない。トーラさん?うん、ばるんばるんしてるよ?
俺がなにもしていないのはいつも通りだ。隠形で姿は消したまま。
そしてこれもいつも通りなんだけど、万が一の事態に備えて先頭にこっそり並走。クラムが先頭の時はアイツ全く気づいてなかったんだけど、さすがは4級、時折俺の方へダンディな笑顔を向けるグラザ。目線から割と正確に俺の位置を把握してるっぽい。ちょっと厭。
そして気づけば浅層の終点、「一の関」に。
いつもは通過するだけの関所だが、今日は「白兎組」をはじめとしてグラザにトーラさん……赤いオッサンもいたな……と、大所帯になっていることもあり、一旦ここで遅い昼食込みの休憩とすることになった。
大荷物の中から白兎の一人が引っ張り出してきたのは、うん、またもやの腸詰、ですか。流行り過ぎだろ。
関所には冒険者の休憩所の役割もあるので、寝床や炊事場といった施設が備えられていることがある。あとトイレとか。いや、大事よ?トイレ。魔法で止めてることが多いのだけれど、止めっぱなし、というわけにもいかないしね。
深い層の関所だと、白兎さんたちが目を血走らせてた風呂とかもあるみたいだけど、ここは浅いから簡単な設備だけだな。
サクッと火を熾してソーセージを炙る。
白兎さんたちがキャピキャピ(1オクターブ下げ)と楽しそうだ。キャンプファイヤーかよ。
例によって地味過ぎて気づくのが遅れたのだけれど、いつの間にかシニスが兎さんチームに混ざっていた。白ケープまでしてるし。借りたのかな?
ソーセージを手にこちらをチラチラ見ながら兎さんたちとヒソヒソ密談。不穏。なんだかまた兎さんたちの目が……いや、なんで目線が下がってんだよドコ見てんだよ怖いよ。
「話には聞いていたが、驚くべき陰魔装だな。わたしは今回のように臨時のメンバーとして参加することが多いのでね、ランクの高い『盗賊』持ちと仕事をした経験もそれなりにあるのだが……んフッ、本当に驚かされたよ。君ほどの陰魔装の使い手には会ったことがない」
近いよ。いきなり耳元でイケボはやめてください。
大裂谷で魔力が激増して以来、身体強化をすると、っていうかほぼ常時発動中なんだけど、聴覚とか嗅覚もやたらと強化されちゃってね、コートの下で軋む縄の音とか、滲む血の臭いとか、彼の隣にいるとなんか落ち着かないんだよね。そもそも変態だしね。
だけどこの人4級なんだよ。あと一つランクが上がって3級、上級冒険者になると士爵様扱い。4級の現時点でも一般的には冒険者としての上がり、本当に上澄みなんだよなぁ。いいなぁ。変態なのになぁ。
「グラザの知っている『盗賊』持ちで一番高ランクなのって?上級冒険者の『盗賊』持ちとかいるのかな?」
「知る限りでは4級が最高だな。聞いた話でも少なくともこの国で現役の4級は彼だけらしい。そして……わたしもそうだが、彼もそこが限界だろうね。それより上に行くためには、最低条件としての単身での戦闘力が絶望的に足りないのさ……んフッ」
「いや、その人は知らないけど、グラザって相当強いよね?そんな足りない?」
「ふむ……そうだな、どんなに優れたパーティのメンバーでも、チームの一員としての評価で上がれるランクは5級までなのだよ。4級との壁は、ソロで上級魔物の領域に入り、そこから生還できるか、というあたりでね。斃せるかどうかではなく、生き残れるかどうかが問われるわけだ。わたしの回復能力や彼の隠形は生還率の高さに寄与するだろう?だから我々は4級冒険者たり得るのだよ。しかしながら3級はね、当たり前のように上級魔物を単独で討伐し得る、大前提としてその程度の強さは持っていなければならないのでね……んんっ、わたしにそんな非常識な強さはないよ」
上級をソロで斃すのは非常識と?そんな?
「上級魔物って……別に竜種を斃せなんて話じゃないんだよね?」
「フッ、竜種の単独討伐なんて2級や1級でもやらないさ。できるできないではなくて、そんな馬鹿なことはやらないよ。まぁ、もしソロで竜種を斃すようなことがあれば資格は十分と見なされて上級への推薦もされるだろうが」
意外とハードル低いのかな?中級はともかく上級冒険者なら竜種くらい斃せなきゃいけないくらいに思ってた。いや、俺も竜種は毒ガスメロン抜きで斃せる気はしないけどね。
竜種以外の上級なら毒物抜きでもいけそうなんだけどなぁ。
ただ大裂谷の魔物は毒持ちばかりだったからね、毒が効かない……毒は効くけど致命傷にはならない俺にとっては、ランクの割に斃しやすい相手とも言えるんだよね。
毒なしの上級魔物って火竜くらいしか知らないからなぁ……ここの深層の魔物が楽しみではある、って俺、ナニ戦闘狂みたいなコト考えてんだよ。傷が治るのが早いと死にかけたことも忘れちまうのかな?
「んムッ、リオならば現時点で間違いなく4級上位の力を持っていると言えるぞ?まだ若いのだし、闘う力を鍛えれば上級に届くやもしれんな」
いや、戦闘能力云々の話ならグラザももう少しまともな武器を持てばいいのではないかと。
「あれ?そういえば、その4級『盗賊』持ちの得物は?」
「無手だな」
「へ?」
「異常なレベルの探知能力の持ち主で君には及ばないが隠形も優れていた。単独で上級魔物の領域での活動という4級としての条件は満たしていたが……んっ、武器はなにも持っていなかったから攻撃力は低かったね」
「いや、武器を持たないって」
「そもそも全裸だったからね」
全裸。
「……ナルシストで鍛えた肉体を見せつけたい、とか?」
「小太りだったね」
小太り全裸。
あ、こっそり話を聞いてたらしい白兎の一人の瞳がキラリと光った。需要はあるということか。いや、ニッチ過ぎるだろ。
「はーい!それじゃー焦げたオッサンとエロ猫くん以外はあたしの周りに集まるまーす!」
「いや焦がしたのお前だよなァ!?」
「え!?エロ猫?俺なんかした?……あぁ、色々した、な」
虫だらけ中層。俺とスバンを外した8人を周囲に集めるトーラさん。パチパチと……火花?魔力を探ると集団の周りを囲むようにしながらゆっくりと回っている。
「出発進行だよー」
うん、バリア。雷の結界だね。触れた虫がボトボト落ちてるな。電撃殺虫器?
「なんで俺たちは外?」
「えー?リオくんは必要ないよねー?消えちゃうでしょー?」
まぁ……そうだけどさ。
「オッサンは嫌いだから」
「なっ!?てめェ」
まぁ……そうだろうけど。
「ああ、リオ。『二の関』までの魔石は『白兎組』の報酬になるから拾っておいてもらえると助かるんだが」
「了解リルリル。そうだ、スバン。痺れてるだけで死んでないヤツ結構いるからトドメ刺していってよ。燃やしちゃっていいからさ」
「っチッ……」
先頭は雷の結界に守られながら進む9人。翠嵐ナイン、高校野球っぽいな。グラザの周りに白兎たちが張り付いて楽しそうだ。そしてシニスはまだ白兎に混ざったまま。いいのかクラム?
その後ろを進むのが火の結界を纏った炎槍スバン。落ちた虫どもを燃やしながらトボトボ歩く。切ない。
殿に俺。姿を消してひたすら魔石を拾う。切ない。寂しい。
トーラさんの雷は、魔物が彼女の展開した魔力の壁に触れた時だけバチッと火花が出るんだけど、スバンは自身の周りを薄い炎で囲んでる状態なので明るい、というかもう眩しいくらいなんだよね。当然、目立つ。
そうするとだ。ここの虫どもは魔物とはいえやはり虫。飛んで火に入る、なわけですよ。
集中砲火。
高速で突っ込んだカナブンらしき魔物の焼け残りがスバンに次々と着弾、汚いオヤジの悲鳴が響き渡る。それはいい。
「痛えっ!!オッサン!火ぃ消せよっ!目立ちすぎだっ!」
よくないのはオッサン目掛けて四方八方から飛んでくる虫どもが俺に気づかないまま誤爆して「んガッ!!くそっ」ふざけんなよまた後頭部かよ毛根がっ!
「……ムカつくッ!どいつもこいつも言うこと聞きゃあしねェしよォ!こんなクソったれな虫どもなんざァ、全部燃やしちまえばいいンだよォ!ガアアアアアァッ!!」
「ちょっ!スバンさん!?落ち着いて!?俺ホラ、すぐそばにいるんだからそんな魔力込めたら」
ヤバい。オッサン目がイってる。オッサンを中心に広がる魔力の渦に俺も飲み込まれ中なんだけど。あとで殴る。絶対、殴る。
「虫は嫌いだって言ってんだろうがよォ!!食らいやがれッ!『豪炎渦旋』ッ!!」
え!?技名?いま、技の名前叫んだよねえ!なんなの?必殺技なの!?技名叫ぶ大人なんて初めて見たんだけど!いやそれ恥ずかしくないの『やだー!恥ずいー!!』ほらトーラさんも恥ずかしがって、って彼奴らえらい遠くまで逃げて
「あああぁっつうぅぅっ!!ざけんな赤毛っ!」
膨張する炎の渦から慌てて逃げるも尻尾が、またしても尻尾が焦げてるし!くそっ!許さん!!
「スバンっ!てめえっ!!……ん?」
ザアッと強い雨のような音を立てて魔石が落ちる。何個あるんだよ……これ、全部拾うの?俺が?
「……あー、ちっとはスッキリした、なァ、っとォ」
スバンが必殺技(笑)に満足したように伸びをする。いや、笑い事じゃねえよ。なんだよ、あの火力。
公式にはスバンの冒険者ランクは7級だ。娘ミルヴァが病に伏してから、冒険者としての活動はほぼ無くなったため、ランクもそこで止まっているそうだ、が。いやいや、こんな7級が存在していてはダメだろう。俺もそうだが、このオッサンも十分ランク詐欺だよな。この火力なら上級魔物はもちろん、竜種相手でもやれるんじゃないの?ヤバいんだけど。
辺りから虫が姿を消したのは、しかしほんの僅かな時間で、またぞろブンブンと羽音が響いてきた。
俺はスバンにブチ切れて解除していた陰魔装を再び纏い姿を隠す。
誘蛾灯状態だった必殺技(笑)発動前とは比ぶべくもないが、それなりに顔をしかめたくなる量の虫どもがオッサンに群がっていく。
まさか『豪炎渦旋』(笑)連発とかないよね?と思いながらも遠巻きに眺めてたんだけどね。
「ホイ、ホイッと。よっとォ。はァン?こんなもん、槍で足りるじゃねえかよォ」
一振りで、一突きで、何匹もの虫が魔石に変わっていく。うそやん。
俺もクラムも、シニスの重力魔法で速度を落としてもらってようやく当てられた虫どもなんだけどなあ。なんだかなあ。
散歩でもするようにダラダラと歩いているくせに、繰り出す槍先は激しく飛び回る魔物たちを的確に突いていく。
目を凝らすと突き出された槍の穂先に薄らと炎。狡い。槍だけで斃しているように見せながら、しっかり魔法じゃねえか。
しかも、ただ穂先を纏うだけじゃなく、魔力が鞭のようにしなり、逃げる獲物も追尾して焼いている。
どんな魔力操作技術だよ。
『炎槍』かあ。俺も『なんとか槍』みたいな二つ名には憧れるんだけどねぇ。
遠い、なあ。




