15 トーラ・ケルノン
ケルノン商会の威光だろうか。
怪しげな「ねこまじり」であっても咎められることなく無事に商業ギルドの玄関をくぐることができた。
というか、扉を開ける二人の男たちの視線はトーラさんの胸元に釘付けで、俺の姿など陰魔装を使うまでもなく消え去っていたようだ。
いや、仕方ない。こればっかりは、彼らを責めることはできない。トーラさんの格好がね、なんでそうなった?っていうかね、殆ど犯罪的というか
「リオ、見過ぎ」「いや、あんなの野放しにしていいの?」「う……むぅ」
なんのつもりなのか、いつもの異国風の上着の下に、革鎧?らしきものを着込んでいるのだけれど、いやそれサイズアウトしていませんかね?平時ですら半端ない存在感の北半球が、寄せて、上げられて、こう、大変なコトに。ていうか、鎧の下、ナマだよね?生乳だよね?なんか鎧の胸元が留まってないから、谷間の主張が激しすぎるんですが?
「普通はさ、鎧の下には鎧下とか着るもんなんじゃないのかな?」
「チッチッ!甘いねリオくん!こいつぁー竜種の革なのだー!竜種の革は素肌に直接装備するものなのだー!どやっ」
いや「どやっ」って……「マジ?」とエイルリルさんに顔を向けると
「まぁ、竜種なら全部が全部、というわけでもないし、それなりの魔法処理も必要なのだけれど……間違ってはいないし、その鎧が竜革なのも確かではあるな。久しぶりに見たよ、懐かしいな」
「ほらー、どやどやぁ」
「ただ、わたしの知るその鎧は、そのようなはしたない胸元ではなかったように思うのだが」
「弾け飛んだのー」
「「!?」」
「鋲が、パーンって」
「……危うく死にかけたんだよ……わたしの髪を数本切り飛ばして寝室の壁を突き抜けて、ね。あと少しズレて直撃していたらと思うと……」
アトグリムが青い顔で呟く。
弾けた鋲で人を殺せるほどの速度を生み出すとは……さすがの乳圧だな。
しかし鋲が弾け飛ぶとかどんだけ「ふとっ」
「違うのっ!太ったんじゃないのっ!これはっ、その、そう、育ったのっ!」
「「……」」
「そう、なんなら、実った、と言ってもいいのっ!」
いや、実らんだろ。
「実ろうが太ろうが「太ってないー」それは構わないのだが、そんなことよりも「そんなこと!?ひどいー!」なぜトーラがここに鎧を着て」
「お待たせいたしました。ギルド職員のテーリアムと申します。リオ・ハドリー様はこちらで……これはケルノン様、お取り込み中でしたか?」
「いや、構わない。始めようか」
うん、そうして。
話が進まないもの。
テーリアムと名乗った若い男性職員は、長身痩躯に砂色の髪と碧眼で、って、これ、クラムと丸かぶりじゃん。糸目でわかりづらいんだけど、実はクラムも青い目の持ち主、水属性持ちなのだ。クラムの場合は、青い、というより、まあ、青黒いかな?という程度なので魔力量もお察し、なのだけれど、このテーリアムという男のそれは、もうなんかピカピカしちゃってるレベルの宝石のごとき碧眼で、髪が青くないのが不思議なくらいの魔力圧を感じさせる。ぱっと見は目力強めなイケメン優男なんだけど、こいつもドアマンたちに負けず劣らず相当強いと見た。
改めて、磨かれた石の床と白い漆喰の壁面が眩いギルドのロビーを見渡してみると、やたらと仕立ての良さそうな制服を身につけた職員たちは皆、男女問わず戦闘能力の高そうな奴ばかりだった。
冒険者ギルドの職員の得体のしれないツワモノ感と比べると、ここの連中は軍人っぽいというか、真っ当に強い、鍛えた人間の姿勢の良さ、みたいなものを感じる。そして男女を問わず見目が良い。ちょっとイラっとするな。
「ここまではよろしいですか?」
「ええ、まあ、大体は」
嘘です。聞き流してます。
俺が商業ギルドに加入するという普通に考えるとあり得なさそうな話なのはわかった。
あとここが半分前世の銀行みたいなもんだってのも、まあ、理解した。
そりゃあ職員も強そうなの揃えるわな。
ちなみに今は規約?的なコトを延々と語ってらっしゃるわけだが、なんかもう、外国語の物語を子守唄代わりに聞かされているようなわけのわからない感じになっている。マジ、寝そう。
今日のエロコス的トーラさんを俺の目の前に置いてくれれば目覚ましにもなりそうなものなのだけれど、残念ながら彼女はエイルリルさんとともに俺の後方、視界の外だ。
俺の隣にはアトグリム。しけたツラしてんな。
「説明は以上になりますが……駆け足で申し訳ないのですが、いかがでしょう?」
「とりあえず俺が何かやらかしたらアトグリムがケツを拭くから大丈夫、ってコトだよね?」
「いや大丈夫じゃないよ!?」
「その認識で概ね間違いありません」
「間違ってるからね!?」
そもそもなぜ俺が商業ギルドなんぞに加入することになったのか。
当然ながら今回のダンジョン深層探索と大きく関わる話だ。
エイルリルさんも炎槍のオッサンもはっきりとは口にしないが、おそらく俺の最も重要な役割は、入手した素材を『盗賊』の『亜空庫』に収納、そして速やかにシグルヴァード王国へ運ぶことだ。
予定ではエイルリルさんに同道してシグルヴァードに入国することになっている。
しかしながら『不測の事態』によりエイルリルさん抜きで俺一人で入国、となった場合に、冒険者ギルドの存在しないシグルヴァード王国では俺の身分の証が難しい、故に商業ギルドの会員に、と。
いや、予定された『不測の事態』なんざ不測でもなんでもないだろう、と思わなくもないんだけどね、俺が全てをうまく切り抜けたところで本当に不測の事態がないとも限らない。まあ、ここは言われる通りに加入しておこうかと。
俺が損をする話でもないし。
で、損をするかもしれないのは、なぜか俺の保証人を引き受けてしまっているケルノン商会会頭アトグリム・ケルノンな訳だ。
さすがにご立派な店舗を構えていらっしゃるだけあって、ケルノン商会というのは商業ギルド内でも相当に顔が利くらしい。こんな信用のカケラもない「ねこまじり」の9級冒険者をギルドに加入させられるほどに。すげえな。
「いや、本当に、限度はあるからね?無茶は勘弁してね?フリじゃないから、これ。店潰れたりしたら、さすがに泣いちゃうからね?」
泣くくらいで済むのか。じゃあ、あまり気にしなくてもいいな。
「や、ちょっ、その表情は何?不穏、不穏な、剣呑な気配を感じるよ?やめて、本気で、やめてよね?」
「失礼な。人をなんだと思っているんだ。大体そこまで怯えるくらいなら保証人なんて断ればよかったのに」
「いや、だってね、トーラがさ『お願いなのー(むぎゅー)』だよ?断れないだろ?」
「トーラさんアンタの嫁だよね?揉み尽くしてるよね?むぎゅー、で陥落とかドコの童貞小僧だよ!」
ちなみに、ここでいう「童貞小僧」とは俺のことだ。先っちょが触れただけでも秒で陥落する自信がある。というか、1メートル以内の距離で「お願いなのー」とか言われたらもう、即「イエス、マム」って答えちゃうと思うの。
「わかってないなぁ!揉んでも揉んでも揉み尽くすなんてことは「グリム下品!」って、ええ!?下品の化身みたいな人を目の前にして、わたしが下品!?」
誰が下品の化身だよ。自覚はあるが。
「と、とにかくだね、わたしがフォローできる範囲も無制限ではないというのは」
「そもそも身分証に使うだけだが?」
「え?そうなの?……それはそれで、ええ?そんなのアリな……の?」
「アリでございます。お待たせいたしました、こちらがリオ・ハドリー様のギルド会員証となります」
ちゃんと説明くらいしてあげてよトーラさん。むぎゅー、の前に。
というかアトグリムは俺が本気で商売やるとでも思ってたのかな?そしてそれは、そこまで怯えさせるようなことなのか?いくらなんでも失礼過ぎると思います。
戻ってきたテーリアムは、やたらとギラギラした会員証を、これもまたギラギラとしたトレイに載せて俺の前に差し出した。
俺が会員証に軽く指を触れさせ『亜空庫』にしまうと、一瞬だがテーリアムが驚いたような表情を見せた。そりゃあ『盗賊』持ちと商業ギルドって縁がないよな、普通。どうする?商業ギルドに『盗賊』加入させちゃったよ?
「世話になった」
「いえ……せっかく会員になられたわけですから身分証だけ、などと言われずに存分にご活躍を。大丈夫です、かのケルノン商会が付いてますから」
「そそのかさないで!?」
「楽しくなりそうな予感がします。人生には刺激が必要ですよ?」
「死に至る刺激とかはいらないから」
「アトグリムが俺のことをどう評価しているかはよくわかった」
「あ……いや、ちょっ」
「思い知らせてやろう」
「やーめーてー!」
商業ギルドの正面玄関を出ると、目の前には城塞都市テスルの目抜き通りが走っている。ラドア通りと名付けられた石畳のこの広い道は、田舎者の俺には前世以来の光景なのだが、車道と歩道に段差があり縁石で分けられている。そして歩道が広い。都会、って感じ。
車道には走竜と呼ばれる二足歩行の小型の竜種が引く一頭立ての竜車がトコトコと行き交っている。荷車を引くロバ的な扱いだ。ちょっと可愛い。
秋の朝の爽やかな空気を台無しにする辛気臭さのアトグリムと並んで歩道を歩く。前を行く二人の揺れる尻を眺めながら。うん、とても良いものだ。長めの上着に隠れてはいるものの、柔らかな生地に浮かび上がる二人の尊い丸みに心と視線を奪われる。
「ちょっと見過ぎじゃないかな?」
アトグリムが鬱陶しい。
いや、君の奥さんね、すれ違うほぼすべての男にガン見されてるからね?例の破廉恥北半球。しかしトーラさんも、いったいなんのつもりであんな
「トーラ、一体何のつもりでそんな格好をしている?」
「……あたしも一緒に行く」
「そんな冗談は聞きたくない」
「冗談でこんなこと言わない。グリムにも許してもらった」
正気か!?思わず隣を歩くアトグリムの顔を窺う。
「……だって『お願いなのー(むぎゅー)』って……」
「いや馬鹿だろお前そこは止めろよ。命懸かってんだぞ?」
「そんなことは君に言われるまでもなくわかっているさ」
あれ?アトグリムくん、痩せた?今朝会ってから小一時間ほどで5キロくらい痩せてない?顔色も悪過ぎるよ?
「しょうがないだろう?『行かないまま全てが終わるようなことがあれば、あたしは多分、二度と笑えない』って言うんだよ?いつも……明るく笑ってくれるトーラが……泣きながら……」
死ぬよりマシだろうに。そんで笑えるようにするのがお前の役目だろうに。
っと、前の二人が立ち止まって振り向く。
眩しい秋の日差しを浴びて緑に光る銀と金色に輝く紅、本当に絵になる二人だ。おかしいな?アトグリムも初めて会った時は羨ましくなるくらいに優雅な印象があったような……なんかもう落ち武者感すら出てきたな。
「リオくんも、あたしが一緒にダンジョンに潜るのには……反対かな?」
「トーラ!リオには」
「反対だよ」
真っ直ぐにトーラさんのローズゴールドの瞳を見据えて答える。賛成するとでも思っていたのかな?眉間に小さく皺を寄せる。そんな顔も可愛く見えるから参っちゃうよな。
「理由を訊いてもいいかな?そんなに大事に思われるほどの付き合いじゃないよね?エイリーには逆らいたくない?」
「そんなんじゃねえよ。ついでに言えばそこの死にかけの野良犬みたいになってるアンタの旦那との付き合いも関係ないね」
「じゃあ」
「足手まといは御免なんだよ」
お前らの感傷には付き合うつもりはないし、どんなに大切な目的があるのかにも興味はない。
命懸けで助けなきゃならない人間が増えるのは正直勘弁してもらいたい。
「足手まとい?あたしが?なにも知らないくせに」
「ホントに今からダンジョンに潜るつもりにしては得物も見えない。身のこなしを見ても真職は魔術士系だろう?金髪金瞳に赤の属性色……炎槍のオッサンと同じ火属性。だけどスバンみたいに黒髪が真っ赤になるほど属性色が強く出ているわけではない……魔力量的にはそれほどでもない。その上、間違いなく結構なブランクがあるだろう?それで俺たちに同行すると?」
「ふふっ……甘いなリオ坊!」
誰だよリオ坊って……
「確かにあたしの真職は『魔術士』のダブル!だけどあたしの属性はあの汚いオヤジとは違う!火と雷の2属性持ちなのだー」
バチッ
「ちなみに両親は黒髪黒目だったのだー!」
バチバチッ
「ちょっ!毛が逆立っ」
「そしてリオくん」
「な、なん……」
「ちょっと待てトーラ!雷精が」
バチバチバチッ
「人と話すときはー胸じゃなくてー目を見ろなのだー」
いやそれは無理だろ。




