14 腸詰
「リオくん、セイル兄ぃと模擬戦したんだってぇ?」
「誰だそれ」
当然のように朝から肉肉しい種蒔き亭の食卓である。だが今朝は
「……腸詰、だよな」
「おや、リオはうちで腸詰食べるのは初めてだったかね?なかなか珍しいだろう?」
そう、マーナさんの言葉通り、腸詰は珍しい。実は今世では食べるのはもちろん、見るのも初めてだ。
俺の生活圏では、食肉イコール魔物肉プラス時々野生の小動物、って感じだったからね。
魔物は死ぬとすぐに内臓が腐る。腸なんて使えない。そもそも腸があるのかもよくわからない。
なのでソーセージ文化がないんだよね。
魔物素材のケーシングに詰めた類似品もあるそうだけど形状は全然違うらしいし。
「サンダハル王国で流行ってたのが領都でも扱われるようになったらしくてね、そろそろこの辺りでも出回るようになってきたんだよ。こういうのも悪くないだろう?」
「……まあ、いつもよりは朝飯っぽい?かな?」
うん。朝飯にソーセージは普通。これにパンとか目玉焼きとかスープとかあれば、普通。ぶっといソーセージがひたすら山盛りな時点で、普通が、遠い。「っぽい」に疑問符が付かざるを得ない。
「リオはこの辺りの国の位置関係はわかるんだよね?サンダハルはほら、黒森と接してないだろう?そうすると魔物が少なくなるわけで、足らない分の食肉は……なんていうの?畜産?そういうので賄ってるみたいな?だから肉料理はこっちと随分と違うらしい、って。あれ?でもあの国じゃ魚がメインなんだっけ?」
クラムが使えない。いつも通りだな。
引っかかるのは山と盛られた腸詰の横に、申しわけ程度だがキャベツっぽい野菜の漬物が添えられていることだ。憶えのある酸味と香辛料の風味。
「これ……」
「ああ、その漬物はね、なんでもサンダハルじゃあ腸詰の付け合わせの定番らしくてね。本場のものは食べたことがないからデザライが手に入れてきたレシピ頼りなんでさ、ちゃんとできているのか怪しいもんだけどね、まあ、食べとくれよ」
いや、ちゃんとできているよ。ザワークラウト、だよね?前世じゃビールを飲みに行く年齢でもなかったし、あまり馴染みのあるもんでもないんだけど、まぁ、こんな感じだったと思うんだよね。そりゃ、ソーセージにザワークラウトは定番だけど……これって、なんだか転生者の気配が、ね。
俺がいるんだから他にいても不思議じゃないけど、まぁ、用心、っていうほどではないけど心に留めておこう。
「ふぇえ、リオふんっへばぁ」
「なんだよ、うるせえな」
そしてソーセージを咥えたまま喋るのはやめろ。若干、公序良俗に反している感が、いやだから舐め回すな。
「むぐ……だからセイル兄ぃと模擬戦したんでしょ?って訊いてるんじゃないのよぉ」
「だから誰だよそれ。兄ぃ?シニスの兄貴?」
「従兄弟だよぉ。『黄金旅団』ってパーティの魔術士」
「えっ?あの茶色の……どれだ?って、どれでもいいか」
「雑っ!」
「いや、わかんねえって。どいつも地味で茶色くて」
「あー、だよねぇ。セイル兄ぃも残りの三人もホント地味だからねぇ」
「「……」」
「なにぃ?」
おまい……いや、言うまい。クラムの微妙な表情が全てを語っている。いや、その地味なの君の彼女だからね?
「従兄弟ねえ……ちなみにシニスさんはそのセイル兄ぃから『黄金旅団』に誘われたりはしなかったのかな?」
「冒険者を始める前に声かけてもらったけどぉ……地属性が二人って、ねぇ?セイル兄ぃの土魔法とアタシの地魔法とは使う術が被ってないから、組むのもなくはないんだけどさぁ」
「……土魔法と地魔法ってなんか違うの?」
「違わない。ニュアンス?」
「ええ……?」
「土そのものを利用するか大地の力を利用するかとかね、まぁ、好み?はっきりとした区別とかはないよ?地属性のなかで得意なことがわかるように言ってるだけだねぇ。火や水と比べるとできることの種類が多いからさぁ」
まあ、組み合わせとしては悪くないんだよな。足場を緩くしておいてからの重力。動けない、いい的になる。大型の魔物にも使えそうな戦術だ。敵を捕らえるなら、網より使い勝手はいいと思うぞ?
「ただほら、若い女の子がおじさん四人と組むってどうなの?って」
「……あいつら全員20代らしいじゃん」
「見た目おじさんだもの」
ですよね。
「それでどうだったのよぉ、模擬戦は?アタシも観たかったのにぃ!そんなイベントあるんだったら、エイルリルさんのお使いで街を離れるの一日くらい遅らせればよかった」
「だよね。5日ぶりに帰ってきてみれば、リオがすっかり時の人になってるし。僕も観戦したかったな」
「見世物じゃねえ……って、いや、見世物だったけどな。まあ、茶色いオッサンたちはさ、それなりに準備はしていたみたいだったし、俺も少し慌てさせられたよ。2度は通用しない戦い方だったけどさ」
「へえ……リオくんを慌てさせた?意外とやるじゃなぁい?」
「いや4対1だぞ?」
「いやリオくんだよ?」
おいおい
「……シニス的に俺の階級評価って?」
「最低4級。中級最上位以上」
「即答かよ」
「上級は知らないからねぇ。戦闘力に関して言えば、アタシの知ってる5級の人たちよりは確実に上。リオくんの負けが想像できない」
「そこは僕も同意見かな。リオに勝てそうな冒険者は僕の知る範囲にはいないからね。リオってさ、なんでもアリなら師匠にだって勝てると思ってるだろう?逆に考えるとさ、『炎槍』に勝てる中級冒険者って、ちょっと想像し難いじゃない?」
確かに、あのオッサンと闘っても勝つ目はあると思っている。それに、斃した魔物基準で考えれば上級相当の戦闘力があると評価する方が普通だろう。自分的には俺様上級当たり前、くらいは思っている。そこはシニス同様に、実際に上級冒険者を知らないだけに断言はできないが。
ただなー、俺、火力ないからなー。
傍から見て、とても強そうには見えないだろうと思ってたんだけどね。
「そもそもの話、そういう評価だからの4対1、だよね?『白兎組』とか森でかち合った時にリオの動き見て愕然としてたし、『ギニースの剣』は僕と出身が同じだからさ、まあ、いろいろと訊かれてたんだよ。だからほら、噂にはなっていたわけで」
「ギルドの酒場じゃ『ランク詐欺』って言われてるよぉ?10級再スタートなんだから仕方ないのにねぇ」
「リオを引き抜きできないか?って、結構な数のね、打診っていうのかな。まあ、あるよね。露骨な勧誘はシールアさんに止められてるみたいだけど」
「マジ?……俺の話とは思えないんだけど」
テスルに来る前の冒険者ギルドでは、基本、無視。嫌がらせもされたけど、関わると不吉、くらいの扱いだったからね。
「まあ、俺も弱かったからな。冒険者なんて、やっぱ強さだよな。強くなったからこそ、人並みに扱われる」
「いやぁ、強さは重要だけどぉ、そもそもキーラス伯爵領の田舎はホラ、民度が低いから。リオくんがどうとかじゃなくってさぁ」
「キーラス伯爵も無能だしね」
「「滅べばいいのにね」」
……辛辣ゥ。
「まぁ、そういう話もあるわけだから、リオは今回の探索から戻ってきた後のこと、少し考えておいたほうがいいよ」
そう。
俺たちは今日、深層を目指してダンジョンに潜る。
これで
「これで『翠嵐』も解散かなぁ」
「やっぱり淋しいよね……いや、駄目だな。そういうのは終わった後に考えることだよね。テスルダンジョンの深層は、そんな甘いもんじゃない。リオはともかく僕たちの実力じゃ厳しいかもしれないわけだしね」
「死人が出るかもしれないしな」
「「やめて!?」」
仲良いな。
「準備は良いかな?」
「エイルリルさぁん!えっ?やだ!?素敵ぃ!」
「そろそろ肌寒くなってきたからね」
そう言って照れたように微笑むエイルリルさんは、いつもの斥候らしい軽装の上に、アトグリムやトーラさんのものとよく似た異国風の意匠のハーフコートを纏っていた。
シグルヴァード王国の民族衣装のようなものだろうか、薄らと魔力を帯びた美麗な刺繍文様が施された上着を羽織り、翠の光を湛えた銀の髪を揺らすエイルリル・トーレアノン。
その姿は、とても今から魔物だらけの昏い地の底に潜るなど信じられないほどに、美しく、華やかで、そしてなぜだか儚さまでも感じさせた。
彼女にダンジョンは似合わない。
森ならいいんだ。たとえそこが黒森の深層であっても、森であればきっと、居るべき場所に居る、そう思えるはずだ。
あんな、饐えたような臭いの漂う光のない洞穴は、潜る度に彼女の輝きを削り落としていく陰鬱な闇の世界は、どうしたって似合わないんだよ、俺のリルリルには。
「素晴らしい刺繍ですね。銀糸?ですかね?髪色とも合ってとても映えますね」
「これでダンジョンに?勿体ないよねぇ。でも、すごく似合ってます。ねえ?リオくんもそう思うよねぇ?」
「尻が隠れて見えねえな」
「「「……」」」
死装束にするつもりかよ。笑えねえんだよ。
「リオくん最低」
気に入らねえな。
種蒔き亭を出た俺たちは二手に分かれることになった。
クラムとシニスはシニスの実家へ。
今回のダンジョン深層へのアタックは、順調に進んだとしてもとても10日程度では足らないだろう。さすがに荷物のために部屋を借りっぱなし、というわけにもいかないわけで、クラムの荷物は城塞都市内にあるシニスの実家に預けておくということらしい。親公認ですか。仲良いことで。
「ご機嫌斜めだな。やっぱり尻が隠れているのが……捲ろうか?」
「いらねえよ」
テスルダンジョン深層で素材を手に入れる。そのために命を懸ける、それはいい。こんな世界だ、そんなこともあるだろう、否定はできない。
だけどさ、違うんだよな。
どうやらね、彼女は自分が生きて地上に戻れるとは信じていないようなんだよね。
いやいや、命を懸ける、ってのと、命と引き換えにする、ってのは全然別のハナシだぜ?
ふざけんなよ。死なせねえよ?
そんな辛気臭い話に付き合うつもりはないんだよ。
俺と出会ったから死ねる?俺は死神じゃねえよ。
「やっぱり似合わないか……若くもないのにこんなもの着てはしゃぐなよ、って感じかな」
「へ?……いや、ナニ言ってんの?エイルリルさん、若いじゃん!」
「いや、リオに比べるとね……『20代でもオッサン』と叫んでいたらしいじゃないか……なら、20代でもオバ」
「いやいやいやいややめてお願いやめろくださいナニそれドコ情報よそんなこと俺」
「シールア・ケイ、がね、ほら、先日の模擬戦のときの話らしいのだが、『トーレアノンさんはまだしもわたしなんて……ねえ』と」
「いや、それ、ちがっ!その、解釈がね、そういう意味でなくてね、いやマジ、え?シールアさんが、え?」
「ああ、着いたぞ。ここが商業ギルドだ」「ちょっ」
そう、俺たちが向かったのは商業ギルド。
重厚でありながら装飾的で、「金かかってます」感が半端ない石造りの建物。
玄関の両サイドには高級ホテルのドアマンっぽい制服の、多分、警備員的な男たちが立っている。いや、これ、強いな。
二人とも真っ直ぐに正面を向いてはいるが、見るともなくこちらを窺っているようだ。八方目っていうの?観の目、的な?意識しているのは、どちらかというと魔力のほうかな?
まあ、こんなご立派な場所に「ねこまじり」だからね、そぐわないよね。警戒するのは、わかる。
わかるんだけどさぁ……気に入らないよなあ。
……陰魔装、オン。
「「!?」」
わはは。ビクッてなった。すげー顔。いい気味。
そして、オフ。
「警戒レベルが上がったな」
「リオ……入る前から出禁になりそうなのだが……勘弁してくれないかな」
うん。凄い見てるな。というか、睨んでるな。これ、帰ったほうがいいんじゃないかな。
「あー!リオふんほエイリーふぁー!」
「食べながら叫ぶのはやめなさい」
振り返るとそこにはアトグリムと……ぶっとい腸詰を咥えたトーラさんが、って、え?腸詰ブーム?
というか、そのソーセージに棒をぶっ刺したそれは、いわゆるお祭りフランクフルトですよね?そんなものまで?
「だっへ、ほへ、ほいひーはや、はひゃー」
なにを言っているのかはわからないが、ふっくらとした桃色の唇を肉汁でぬらぬらと光らせながら腸詰を咥え、豊かな双丘を激しく揺らしながら飛び跳ねるトーラさんの姿態は、なんというか、15禁ではちょっと……な破壊力だなあと思った。




