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11 影刃


「まァ、アレだ。色々と混ざってはいるがそこそこだとは思うぜィ」

「適当過ぎんだろ」


正座させられています。庭を燃やしかけたオッサンはともかくナンデ俺も?全裸になったから?うん、まあ、普通に捕まるよね。


「アレだな。基本的にはこの国でよく見る冒険者流ッつうーの?対魔物槍術だな。うちの軍のに比べるとやや守り寄りだわな。あとは足捌きに西の方の古い流派の癖がある。こっちは対人寄りの流派なんだけどよ、その割りには対人慣れしてねえ感じだなァ」

「あー、二番目に師事したギルドの指南番の人に無理に直さなくていいって言われたからなあ。癖、直した方がいいのかな?」

「いや、流派を継ぐとかじゃねえなら直さない方がいいぜ。相手にしてみりゃあ正体がわかりづらい方が厭なもんだからなァ」

「ふうん」


ギドさんもそういう理由で癖を直さなかったのかな?守り寄りなのは……結構言われたもんなぁ……「命を大事にしろ。危なければ迷わず逃げろ」ってさ。


「とりあえずフェイントだな。使えねえわ簡単に引っかかるわだからなァ。対人を重視しないにしてもだ、ダンジョン潜ったらなにがあるかわかんねえからよ」

「承知」


それは身をもって知っている。法の届かない場所。死人に口なし。それがダンジョンだ。


「じゃあそんなところだな」

「そっすね」


ふう、足が痺れたぜ。帰るとするか。


「わたしの話が終わってないのだがな」


誤魔化せませんでした。




すごい叱られました。まさかの「歯を食いしばれ」スタートでした。さすが元軍人。

終わったあと、足の感覚がなくなってて二人とも地面に転がるハメになりました。オッサンが「義足に正座させるかァ?生理でイラついてんのかァ?」とセクハラかまして顔面踏まれてました。ブーツで。生足だったらご褒美なのにな。


「それでリオ。ミルヴァが会いたいと言っているのだが、良いだろうか?」


それはもう、仰せのままに。


エイルリルさんの尻を眺めながら二階への階段を上がる。かつてない距離感。萌える。

案内された先は南東に向いた陽当たりのいい寝室。カーテンを開けた窓の下にはさっきの稽古場があるはずだ。なるほど。全裸を見られたということだな。

今はクラムが稽古をつけてもらっているようで、時折「ぐえっ」だの「むぐっ」だのオッサンの下品な笑い声だのが聞こえてくる。


「わざわざすまないね。リオくん、でいいのかな?」


声の主は窓に寄せたベッドの上で、半身を起こしてこちらに微笑みを向けていた。

エイルリルさんよりも短いベリーショートの黒髪に暗い虹彩のアーモンドアイ。前世が日本人の俺には馴染み深い東洋風の顔立ちなのだけれど、なんというか、シグルヴァードには美女しかいないのだろうか?


「ボクはミルヴァ・ソールリーク。よろしくね」


ボクっ娘!?


「一応、あの赤毛の親父の血を分けた実の娘、ということになるんだけどね」

「うそやん」


聞いてはいた。聞いてはいたけれど、これほど納得のいかないことはそうそうない。


「ということは、お母様が大変お美しい人なのですね。……それはそれで納得いかねえなぁ」

「ぷっ……そうだね、とても美人だったよ。ボクも幼い頃はなんであんな凶悪な顔の親父がこの美しい母様と、って思ったもんだけどね、親父もあれで格好良いところもあるんだよ?」

「それはそれで尚更腹が立つ」


声を立てて笑うミルヴァさんだったが、すぐに喉を詰まらせるように小さく咳き込む。


「いや、失礼。こんなみっともない姿を見せるのは心苦しいのだけれど、どうしても一度会っておきたくてエイリーにお願いしたのさ。酷い見た目だろう?すっかり窶れてしまってね」


そう言って切れ長の目を伏せながら自らの痩せた身体を両腕で抱く彼女はいやまてその両腕で寄せられて盛り上がるそれはプルンとしたそのデカい「痛え!」


「視線が無遠慮すぎる」


エイルリルさんに殴られた。今日はよく殴られる日だ。


「あっはっは……ごほ、っと失礼、いやいや男の子だねえ。こんな萎れたモノ見て喜んでいただけてなによりだよ」


それで萎れてる……だと?シニスの立場は?

両の手でその重量物をタプタプと揺らすミルヴァさんから無理やり視線を外し……外せないし。


「ほら、すっかり張りがなくなっちゃってさ。おばさん気分だよ。どう?揉んでみる?」

「はい!揉みますぅぅぅうえぇん」


怖い。怖いよエイルリルさん。弓を引くパンチはダメじゃないかな?溜めが怖いって。


「ミル、巫山戯過ぎだ」

「いやぁ、悪い悪い。しかし変わった子だね。視線はエッチでしつこいんだけど妙に乾いているっていうのかなあ。そんなドライに視姦されても困るんだけど」

「視姦って……いや、なんか、すみません」

「いやいやボクも君のサービスシーンを堪能させてもらったからさ。そのあとの『陰魔装』もね」

「ああ、やっぱり見ていたんですね?」

「見ていたというか……見えなかったというか、ね」


その瞬間、ミルヴァさんの気配が薄れ、目の前にいるはずの彼女との距離感が掴めなくなった。


「これは……『陰魔装』?」

「……ボクも君と同じ『盗賊』持ちなのさ。これでも軍では特殊部隊のエースでね、二つ名は『影刃』さ」


え?カッコいいんだけど?自慢?自慢されてるのか?


「盗賊持ちが中心の部隊でね、その中でもボクの隠形は頭一つ抜けていたんだよ。病いで衰えているとはいえ、陰魔装の効果はそこまで落ちていない。まだ一流の枠内にいると思っている。そんなボクの隠形でもね、できるのはこの程度なんだよ」


ベッドの上にいるはずの彼女の存在感が希薄になり、「確かさ」がなくなっていく。その柔らかそうな唇から発せられているはずの言葉が、どこか不安定に漂っているように感じられる。彼女はその在り処を定かにしないままに俺を見つめて、言った。


「君の隠形は異常だ。あんなものは見たことがない。恐怖すら感じたよ」


異常。恐怖。……ねぇ?


「って言われても……いや、そもそも自分の隠形とかどんなもんかわかんなくない?他人の隠形を見たのも今日が初めてだからあんなものと言われてもどんなもの?っていう」


ミルヴァさんの陰魔装をショボいと思ってしまったのは内緒。


「……確かに冒険者やってて自分の隠形を客観視する機会なんてそうないかもしれないけれどね。ボクの場合は部隊内で相互に評価し合う環境があったけど、まあ、その方が珍しいのだろうね」


陰魔装を解除したのだろう、ミルヴァさんの姿が急に現実感を伴って現れてきた。なにとは言わないがフルフルと揺れるソレもようやく触れそうな「確かさ」を持ってイヤ触らないから待ってリルリル拳を下ろして!


「でもほら、仲間うちでの評価とかあるじゃない?」

「ミル!それ以上はいけない!」


うん。


「リオには仲間も友達もいない」


はっきり言いすぎ。


「いや、いなかった、だな。今はわたしたちが仲間だからな」


いいこと言ったようなドヤ顔されても。


「……仲間、ね。リオくん、ボクが言いたいのはね、君は『盗賊』として一流のラインをすでに超えたところにいるということだよ。あの『陰魔装』を見せれば、軍はもちろん、上位の冒険者パーティにも引く手数多だよ?わかるかい?隠形だけでその評価なんだ。それに槍の業前も相当なものだ。クラムには悪いけど、あんな楽しそうな親父の顔は久しぶりに見たよ。エイリーの話じゃ、どうやら『亜空庫』の容量も非常識だそうだし」

「……それが?」


なにが言いたい?


「君もわかっているのだろう?再登録したての10級冒険者とはいえ、君の実力ならどこででも通用する。それはもう高く売れるさ。こんな他国の事情を引きずった訳ありパーティなんかに関わらないで、もっとまともな『仲間』とやらを探しなよ」

「ミル!?」

「俺のためを思って、ってことはないよね。知り合ったばかりだと思うんだけど、そんなに俺が気に入らない?俺、何かしたかな?」 


全裸になったな。あと、乳を凝視したね。ああ、してるわ。


「なんで君みたいなのが現れてしまうかな……君が……君が一流の『盗賊』持ちでなければ……君にならできてしまうからっ!エイリーがっ」

「ミルっ!そこまでだ」

「だけどっ!だって……ごほっ……ぐすっ」


泣くほど嫌か。美人は泣いても絵になるから得だね。うん、こんな風に考えてしまうから「ドライに視姦」とか言われてしまうのだろうな。


「エイルリルさんに脱けろと言われればいつでもそうするよ。来るなと言われればもうこの家には来ない。話はそっちでつけてくれ。嫌われるのには慣れているけど、面倒は御免なんだ」

「リオ……」

「あぁ、違うんだ、嫌っているとか、そういうことではないんだ。……これは八つ当たりみたいなものなんだ。こっちの事情さ。本当に、ごめんなさい」


クラムが静かになったな。シニスが騒いでいるから気を失ったんだろう。オッサン容赦なしか。


「ただ……その、勝手な話だけど、頼み……そう、頼みがあるんだ」


っていうか、あのオッサン、結局俺の師匠になっちゃうの?そんでクラムが兄弟子?……なんか、やだな。


「エイリーを、死なせないで欲しい」

「ミル!それはっ!」 

「わかった」


彼女たちの事情は知らない。知るつもりもない。


「……随分簡単に請け負ってくれるんだね?」

「エイルリルさんを死なせろと頼まれるよりは請け負いやすい話だからな」

「そっ……うん。そうだね。そうなのだろうね」


エイルリルさんが命を落とすような何かがある?いや、明日をも知れないのが冒険者だからねえ。

その時が来たら俺の命を投げ出すだけだ。

多分、投げ出しても死なないし。

万が一失敗した時は俺も死んでるから文句も言えねえだろ。


「頼む……頼むから……」


俯いたまま呟き続けるミルヴァさんをエイルリルさんがそっと抱きしめる。

その後ろ姿の光沢のある翠の髪に、なんかちょっとカナブンみたいだなぁ、と思った。




「カナブンみたいとか思ってスミマセンでしたあっ!!」

「なにを言ってる!?」


テスルダンジョン中層。最悪。

虫しかいねえ!虫だらけ!


「やだっ!痒いよぉ!」

「シニス!落ち着いて!僕の後ろにっ」


メインはこぶし大の蝿っぽいヤツ。これが毒持ち。痒くなる。

足元にはデカいGっぽいのがカサカサ走り回る。時々身体を登ってくる。鳥肌。泣きたい。


「痛えっ!!」


トドメがこれもこぶし大の甲虫。頭の尖ったカナブン。猛スピードで特攻かましてくる。

後頭部にくらって軽く脳震盪気味に。なんか削れて血も出てる。よくも俺の大事な頭皮を!

報復しようにもカナブンはすでにぶつかった衝撃で爆散している。ナニがしたいのかわからない。


「これ赤毛のオッサン連れて来て燃やしちまえば早いんじゃねえの?」

「虫は嫌いだそうだ」


女子かっ!?あの強面で虫が苦手ってか?


「あの足でここまで来るのもなかなか大変だしな」


そう言いながら風の刃で蝿の群れを切り刻むエイルリルさん。

ここでの主戦力は明らかに彼女だ。

シニスは「痒い痒い」と騒ぎながら奇妙な踊りを踊っている。

あいつ、地属性だよな。なんか役に立つのか?

クラムは当たらない槍を振り回している。

俺も当たらない槍を振り回している。

このパーティ……どうよ?



「今日はここまでだな。魔石を回収して撤収しよう」


夜明けとともにダンジョンに潜り、浅層の最短ルートを駆け抜けるように中層までやって来た。

そして虫。ずっと虫。


「これ、どのくらい続くの?」

「中層か?急いで3日、普通は5日だな。ここはまだほんの入り口だ」

「ずっと虫?」

「ずっと虫、だな」


そして魔石……小せえ。

不人気なわけだわ。


「あぁ、もぉ、痒すぎるよぉ」

「シニスはよく頑張ったな。毒消しを飲んでおけよ」

「……シニス、なにしてたんだ?なんか妙な踊りを……」

「妙って、失礼な。あちこちに地魔法飛ばしてたんだよぉ。大地の力を強めて飛んでる虫を下に引っ張るんだよ」

「おかげで風を当てやすかったよ」


な……重力か?地属性ってそんなことできんの?シニスのくせに俺より役に立っただと?


「リオはやたらと甲虫に狙われていたようだが……なぜ隠形を使わないんだ?かなり長い時間使えるのだろう?」

「え?いやだって、俺を入れたパーティの連携を試す、って」


そう。隠形使ったら消えちゃうらしいからね。そしたら連携もなにも


「消えたリオとの連携を試さないと意味がないだろう?」

「あ、でもリオが甲虫を引きつけてくれたから助かったよ?」

「リオくん意外と丈夫そうだから囮役もありかもねぇ?……あ、消えちゃった」


テスルダンジョン攻略は始まったばかりなのです。


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