10 炎槍
「昨晩の失態のことは忘れてくれ」
「可愛かったですよ?」
「ああーっ!あれはっ、あんなのはわたしではっ!」
「おやおや、また飲みすぎたのかい?まあ、害はないんだから気にするこたぁないさ。それより坊や、随分な大盤振る舞いだったようだけど、金は貯めなきゃダメだよ?冒険者なんて生業、いつどうなるかわかんないんだからね」
「ういっす」
昨夜と同じテーブルに朝食の皿を運んできたのはマーナさん、『種蒔き亭』のおかみさんだ。
8人産んだだけはあるなというどっしりとしたデカい尻を揺らしながら、山と盛られた薄切りロースト肉と豆のペーストを配膳していく。朝から肉肉しい。マジでこれ朝飯?
「リオくんさぁ、いくらエイルリルさんがかわいくなっちゃうからってアレは飲ませすぎだよぉ」
うん。銀貨2枚半分はエイルリルさんが飲み干したな。
「いっつも翌朝は自己嫌悪?みたいな感じでヘコんじゃうんだから。あと昨日はアタシたちだけだからよかったけどさぁ、ほかの男の人たちがいる時は飲ませちゃダメだよ?暴動が起きるから」
暴動。
酔ったエイルリルさんが可愛いすぎて?わかるが。
「酒瓶持って集まってきた連中がその酒瓶で場所取りの殴り合いを始めるんだよ。気がつくと店の外からも大勢入ってきてそれはもうなかなかの地獄絵図でね」
「クラムもさぁ、とばっちりで吹っ飛ばされたりコブつくったりしてたもんねぇ」
「すまない。そのくらいにしてもらえないだろうか。少々辛いものがある」
朝から頬を染めて恥じ入るエイルリルさん。眼福である。
「それでリオ、今日はパーティとしての予定はないわけだが、どうする?どこか行きたいところがあるようなら案内するぞ?クラムが」
クラムかよ。
「キリーアのギルドに所属していた頃はギルドの指南番に槍の稽古をつけてもらってたんすよね。可能ならここのギルドでも修行できたらありがたいんすけど」
「ああ!じゃあ僕の師匠にお願いして一緒に指導してもらおうよ!エイルリルさん、大丈夫ですよね?」
「そうだな。何れにせよ紹介しようと思っていたからな。ああ、それから、昨日から言おうと思っていたのだけれど、リオは丁寧な言葉遣いは苦手なのだろう?同じパーティの仲間なんだ。わたしと話す時に口調を気にすることはないぞ?」
「そうか。わかった。よろしくな」
「「少しは躊躇おうよ!?」」
仲良いな。
「二人にも戦闘中はエイルでもエイリーでもとにかく短く呼ぶように言っているのだがな。リオも好きに呼んで構わないからな」
「了解リルリル」
「それはやめろ」
「聞いてないよっ!!」
「往来で大声を出すな」
聞いてない。エイルリルさんが男と同居しているだなんて。許すまじ!
エイルリルさんの家に行くというからウキウキピンクな頭になっていたのに、クラムに槍の指導をしているのがエイルリルさんの同居人だと?男だと?
「この怒りをクラムとなににぶつければいいのか」
「僕にぶつけるのは確定なんだ……」
「リオくんが考えているようなことじゃないと思うよぉ?」
ひどく残念なものを見る目でわかったようなことを言うシニス。生意気だな。今度おさげに虫の足を編み込んでやろう。
「おまえに俺の頭の中がわかるとでも?」
「8割エロだと思ってる」なんだとぉ!?
「それはもう魔物のようなものなのではないか?」エイルリルさん!?
こちとら16歳健康優良男の子なんでね、そりゃあ頭ん中で18禁フェスが開催されることもしばしばではあるが、8割は、ない。
「せいぜい5割だな」
「ふーん。それも相当だと思うけどさぁ、残りは?」
「食欲と……この世界の全ての幸せな人々への渦巻く妬み?」
「完全に魔物ではないか?出会った時の対応は間違ってなかったのかもしれないな」
いや、笑ってるけどアナタ、射殺そうとしたからね?間違ってるからね?え?間違ってない?
「だからさぁ、エイルリルさんが男の人と二人で住んでるわけじゃなくてさぁ、その人の娘さんも一緒に住んでるんだってば」
「……連れ子か」
「そうじゃなくってさぁ」
「彼女はわたしの友人だよ」
エイルリルさんの表情が翳る。ああ、これはふざけちゃいけないところだな。さすがに心ない俺にもわかる。
ふと周りを見ると、気づかない間に随分と景色が変わっている。
ギルドのある商業区域の喧騒はすでに遠く、集合住宅や小さな商店に挟まれた石畳の街路は人通りも疎らでやけに静かだ。俺は口を閉じて彼女の言葉を待つ。
「病気でね、ベッドを離れられない。彼女とその父親は言わばわたしの元同僚で……そうだな、話しておいた方が良いな。ケルノン商会でシグルヴァードの冒険者ギルドの話が出ただろう?」
シグルヴァード王国に冒険者ギルドはない。理由は「それでは足りない」からだ。
王国の北は全て魔物の領域である『黒森』だ。森との間にも国境線があるとすれば、実に国境の総延長の三分の一以上が『黒森』と接していることになる。
『黒森』との境界には城壁、いわゆる長城が築かれ、北からの魔物の侵入に対する防衛線となっている。要所に設けられた監視塔や兵舎を備えた要塞と連携して、危険箇所に迅速に兵員を配置するのが長城での防衛網構築の基本だ。必要なのは、常駐する訓練された兵員と一元化された指揮系統。そしてそれを持つのは国軍のみだ。
冒険者ギルドにはその代わりはできない。数も練度もまるで足りない。なにより冒険者の行動は各々の裁量に委ねられている。階級もない。指揮系統が機能しない。
もとよりシグルヴァード王国にとっての『黒森』の脅威は国民全てにとっての重大事だ。
セロナルス王国のように、近づかなければ危険はない、冒険者が間引けば事足りる、という程度のものではない。危機感が足りなければ国も民も滅びるのだから。
それゆえシグルヴァードでは戦える者はイコール軍人なのだ。職業の選択は自由であるし、徴兵制などないにもかかわらず、商人であれ農民であれ、多くが自分の意思で予備役として軍に籍を置く。国を守るために。魔物と戦うために。
なにより王城が長城の一部なのだ。王族が最前線に住まう。そしてそれは長城それ全てが王の居城の城壁でもあることを意味する。信用の足りない冒険者が足を踏み入れるなど許されざることだ。
そんな国で彼女は、エイルリル・トーレアノンは、職業軍人として前線で戦っていたのだと。
「わたしたち三人は、所属は違えどシグルヴァードの軍人として共に戦った戦友だ。軍を離れたものの、王国のために働くことに躊躇いはない……望んでさえいる」
「昨晩話してくれた目的ってのもそれに繋がると?」
「……そう、そうだな。わたしは君に、セロナルス王国民である君たちにシグルヴァード王国のために手を貸してくれと言っているようなものだ」
うん、そんな表情をさせたいわけじゃないんだけど。
「シグルヴァードのために働く気はないね」
「リオくん……」
「……そうか」
「自分をセロナルス王国民だなんて思ったこともないけどな。俺は冒険者だ。国なんて知るかよ」
「リオくん?」
「シグルヴァード?セロナルス?ふん、関係ないね。俺は俺のために、俺のためだけにやりたいことをやるだけだ」
「うわぁ……」
「……そうか、ならば君のやりたいこと、とはなんだ?」
そんなこと決まっている
「エイルリルさんの尻を眺めることだ」
「……」
間違えた
「違う。ええと、あれ?違わない?」
あれ?おかしいな?ついさっきまで何かこうカッコイイ台詞が浮かんでたのにな?
「……ぷっ……ははっ!そうか、わたしの尻かっ!」
「リオくん……最低」
「ふふっ、わたしの尻も存外役に立つものだなっ!こんなもので良ければいくらでも眺めてくれて結構だ」
よし。言質はとった。
「それに……その話だと今から会うクラムの槍の師匠って人もシグルヴァードの元軍人さんってことだよね?そういう人に教えてもらえるのも『翠嵐』に加入したからこそ、ってことだろ?俺にとってはイイ話だ。その人、強いんだろ?」
「強いどころじゃないよ!軍でも槍の教官だったらしくてね、教え方もすごくうま……うーん、なんだろ?とにかく僕は強くなれたと感じてるよ」
なにその微妙に不安になる返し。クラムはこの辺が残念というか、ねぇ?
「強さはわたしが保証しよう。魔物との戦いで片足を失いはしたが、失ってなお国軍屈指の槍使いだった人だ」
石畳の街路でさえコツリとも音を立てずに歩く彼女の言葉だ。強い、そうなのだろう。
「元シグルヴァード王国軍百卒長スバン・ソールリーク、二つ名は『炎槍』。きっと君の糧になる」
「ふぐニャッ!?」
「ヌルい。ヌルいぞォ小僧」
「げぶニャッ!?」
「フェイントに弱すぎるなァ、オイ」
くっそ……ムカつくオッサンだな。確かに強えけどよ。
槍の技量を測る。ゆえに魔力は使うな。理屈はわかる。けどよ?
「てめぇ身体強化してるよなぁ!?」
「当たり前だろォ?左足無えんだぞ?強化しねェと動けねェだろうがよォ。ホレ」
「ニャウッ……こんの」
生粋の軍人。ビシッとした感じの。俺が勝手に想像した二つ名持ちの槍使いの姿。
全然違った。
ダルそうに庭石に腰を下ろして鼻毛を抜く、場末の娼館の用心棒がそこにいた。
上背はない。俺と同じくらいのはずなのだけれど、盛り上がった首回りの筋肉と太い腕がその体躯を一回り大きく見せている。
見た目は槍使いというより喧嘩屋。殴れば済む、的な。
なにより人相が悪い。反社とか非合法組織とかいう言葉が似合いすぎる。
思わず「これ、合法的に入国できたの?」と言ってしまった。殴られた。
そんな見てくれでおまけに燃えるように赤い髪と瞳。どんだけ魔力あるんだよ。剣呑すぎる。
回れ右してとっととこの場を去りたい気持ちを押し殺して槍を合わせた。
上手い。なにもさせてもらえない。
その場から一歩も動くことなく最小限の動きで俺の槍を受け流し引き落とし、気がつくと打たれている。なんだこれ。
よく固められた土の上に俺の足跡だけが無様に増えていく。
「って、いや、魔装も使ってるよなぁ!?手応えおかしいんだけど?」
「当たり前だろォ?義足だぞ?使わねえと繋がりが悪くなるだろうがよォ。ホイ」
「ニャぐっ!?」
いやいやテメェなら下半身だけ魔力を纏わせるくらい簡単なことだよなあ?なんで槍にまでゴリゴリに纏わせてんだよ。
「あのさ、実戦で魔装も身体強化もなしでヤることなんてないわけじゃない?だったら俺も魔装くらい」
「小僧の陰魔装はエグいらしいじゃねえか。エイルに聞いたぜ?アイツが見失うんだろォ?やらせねぇよォ」
「なんだよ。それなら隠形使えば実戦は俺の勝ちかよ」
「アホか。周りを全部燃やしちまえばいいだけじゃねえかよォ。アン?」
庭ごと俺を焼く気か?物騒にも程がある。
「試してみるか?ン?」
オッサンの周囲を火の粉が舞い始める。大人げない。馬鹿だ。付き合ってられない。
「……小僧、なにを……やって、る?」
「見りゃあわかんだろ。服、脱いでんだよ。買ったばっかだしな」
「だからなんで脱い、いやおい全裸って、ハァ!?」
「火傷は治せても服は燃えたら終いなんだよ。そんなことも知らねえのか?」
「やだっ!?また裸に……すご……」
「シニス!見ちゃいけないっ!」
火竜のブレスにも耐えられたんだ。いや、あれを耐えたと言っていいのかは疑問だけど、とりあえず死にはしなかったわけだ。
オッサンの火魔法がアレより上、ってことはないだろう。なら我慢すりゃイケる。隠形使って飛び込めば届くだろ。
大人げなさじゃ負けてないぜ。大人じゃないからな。
「マジか……ホントに捉えられなくなるってかァ?」
視線が外れた。踏み出す。槍先が火炎の渦に触れる。
「ちっ」
「展開してる魔力に触れられてわかんねえわけねえだろォ」
それは予想してたよ。予想外なのは足捌きだよ。本当に義足なのかよ。
なんで触れた瞬間に身体がこっち向いてんだよ。なら
「小僧ッ!?」
亜空庫にしまってあった魔輝岩のカケラを撒き散らす。同時に突っ
「二人とも射殺すぞ」
叱られた。




