1 10級冒険者
「……ひッ、クソッ!オラッ!ねこまじりッ!な、なんとかしろよッ!」
「痛ッ!う、うで……腕、やられたッ!」
やられてねぇよ。かすり傷だろうよ。
孤児院の婆アの折檻よりヌルいわ。
「ねこまじり」と呼ばれた俺は、冒険者ギルドのニルミナ支部に所属する10級冒険者、リオ・フラマノル15歳。
希少な人族と獣人族のハーフだ。
希少なのでどちらの種族からも人扱いされていない。
見た目は人族に猫の耳としっぽをつけた感じ。毛色は灰色。
泡食って怒鳴っている長身で赤毛の猿顔は8級のトナン。泣き言がウザいチビで黒髪の鼠顔が9級の……なんだっけ?
猿獣人も鼠獣人もこの世界で発見されていないので不細工なだけなのだろう。
木っ端ランクの冒険者とはいえ、『戦士』の真職持ち二人で槍持ちゴブリン一匹にこの体たらく。
槍持ちだけどさぁ、槍のカタチしてるだけというか、見た目もう、刺さるのソレ?ってくらい鈍ってんだけど。
ほぼ、棒。掴んじゃえばいいのに。
「こ、この……グウッ」
「ちょっ……ヒッ!」
……殴られてるし。って、逃げんなよ!
「■■■ッ!」
「ひぃ……やああぁ」
ほら、矛先変えやがった。
そりゃ小汚い小僧どもより、可愛い女の子だよね。ゴブだもの。
一瞬で下腹部が臨戦態勢になっててドン引き。
標的は『魔術士』サニアちゃん15歳。
おそらくは農作業で日焼けした小麦色の肌に、クリクリとした目が愛らしい俺の嫁(予定)。
肩口で跳ねた暗めの青髪と、今は涙で滲んだ青い瞳が、この小柄な少女が水属性の使い手だと教えてくれる。
水を出すわけだ。サニアちゃん水。
みんな飲みたいよね?駄目。俺の(予定)。
「ギィ■■ヒ■ーッ!」
ドタドタとサニアちゃんに迫るゴブ。足遅いからね、ゴブ。走って逃げればなんてことは……って!
怯えて固まるサニアちゃん!
駆け出し冒険者女子にありがちな地味な膝丈農民ワンピースの足元には、出来立てホヤホヤな感じの水溜りが……これはっ!サニアちゃん水!?飲め……いやいや飲め!っとぉ
「せいッ!」
「ギ■■……ブッ……」
間一髪サニアちゃんの前に飛び込み、安物だけど手入れは欠かしていない、俺のほぼ全財産とも言える短槍でゴブリンの喉を突く。
最初の槍の師匠の教え。
『あー魔物の急所とかなー、わかんねぇだろぉ?まーあれだ、身体の中心線っていうか正中線?あたりを突いときゃなんとかなる。はず』
教え……かぁ?
『引き戻すまでが突きだからよぉ。肉締まって抜けなくなったら無手だからなー』
そこは教え通りに素早く槍を引き、激しく吹き出す赤黒いゴブリンの血から身を躱し「いやああぁ」「あ」
……うん、後ろで固まっていたサニアちゃん、全身血濡れだね。
まあ、ほら、粗相もごまかせるし……「ごめんなさい」「ひぃいん」
「ねこ!テメェ、とどめ残しとけよコラ!」
「トナンさんの経験値、横取りしてんじゃねぇよッ!」
凄いな。
あの醜態を晒してこのセリフ。清々しいほどの小物っぷり!
『経験値』ってのはここ最近流行りだした言い回しなんだけど、要は魔物を殺せば魔力を喰って強くなれるって話だ。
何かの間違いで竜種を単独討伐でもしちゃったら、それこそ人生変わるくらいに強くなると思う。
魔力量しかり身体能力しかり、だ。
だけど普通に雑魚い魔物を狩ってるくらいじゃ大した強化にはならない。
こう、年齢とともに成長したり魔力を使い続けているうちに魔力量が増えてきたり、そういう積み重ねで人はだんだん強くなるもんなんだけど、それにオマケがつく程度。
ゴブリンとかの小物だと……ね?
確かに倒した時に下腹の奥の方がピリッと痛んで『魔力を喰った』感じは、まぁ、する。
そんだけ。
100匹くらい倒せばそこそこ強くなった感があるかもしれないけど、騒ぐほどのものじゃない。
「そんなことより魔石取ってさっさと埋めないと」
「あ?いや、そいつは埋めねぇ」
手早くゴブの胸を割き小さな魔石を取り出す俺を見下ろしながら猿顔が言う。
倒した魔物は必要なものを剥ぎ取ったら残りは首を切り離して埋める。冒険者のルールだ。
「はぁ!?ニャに言って」
しまった。噛んだ。
なんというか、人族と獣人族では頭蓋骨の造りが随分と違うそうで。
そもそも混血児が産まれることが滅多にないのだけれど、稀に産まれた場合は両種族の骨の構造の違いのためなのか発声に難があることが多い、らしい。
多分そういう理由で油断するとこう、なぜか発声が猫っぽくなる。猫っぽく噛む。
遺憾ながら、ニャアニャア、なことになる。屈辱。
鼠顔がニヤニヤしながら「にゃに?にゃんだって?」とか言ってやがる。ムカつく。お前もこの場で埋めてやろうか。
「その死体はこの後使うんだからよ。担いで運べや」
「……俺にこの臭え血塗れゴブを担げと?」
「下っ端の10級の仕事だろうがよォ?」
「……いいけどさぁ、こんな血の臭いついちまったら、もう斥候働きできないよ?」
何をするつもりなのか知らないが、わざわざこの仕事のために嫌われ者の『盗賊』持ちに声かけたんだ。
斥候がいらない、なんてことはないだろう。
ちなみにもう一人の下っ端10級であるところのサニアちゃんは絶賛水浴び中である。
光の消えた眼で何事か呟きながら、頭上に上げた両の掌からチョロチョロと水を出しゴブリンの血を洗い流している。
ちょっと話しかけられる雰囲気ではない。
しかしアレだな、ああいうポーズをとるとわかっちゃうけど、ないな、胸。
大丈夫。俺、サイズはそんなに気にしない……から。……うん。
まだ15歳だし、これから……いや……アレは……どう……かな?
「チッ……仕方ねぇな、ラシオ!担げ!」
「うええぇっ!?マジぃ!?」
鼠顔はラシオという名らしい。ちゃんと覚えておこう。
名前は大事だからね。
ニルミナの街の西、というか、このセロナルス王国の西側に広がる森林地帯は『黒森』と呼ばれ、魔物の領域だ。
この辺りはまだ魔素が薄いから、ゴブリンのような低級な魔物がちらほら現れるくらいだ。俺たち程度の下級冒険者でもなんとか入っていける。
少し北へ行くと厄介な黒狼の群れが現れたり、南に行くとオークのような中級の魔物が多くなる。ちょっと、俺たちには無理。
俺の斥候としての役割は獲物を探すんじゃなくて、南北から流れてくるヤバい魔物と会敵しないようにすることだ。
トナンやラシオのような『戦士』持ちは魔力を身体に纏うことで防御力を上げることができる。『魔装』だ。ゴブの槍で叩かれたくらいで悲鳴を上げるんだから全然できてない訳だけど。下手くそめ。
『盗賊』の俺の場合、纏った魔力で気配を消したり認識を阻害したりできる。『陰魔装』と言われる、いわゆる隠形だ。
この隠形と同時に身体強化を発動しながら三人に先行して森を走る。
いや、ほんと大変なんだよ、これ。
『盗賊』なんて魔力量少ないし。常時発動なんてしてたら、すぐに魔力が底をつく。できれば節約したい。
だけどホラ、こんなへっぽこパーティじゃオーク一匹と遭遇しただけで命取りだしね。
俺抜きだとゴブリン一匹で全滅しそうな有様だったし。
だからこそ、慎重かつ素早く、足音を消し木々の間を走り、耳をすまし目を凝らす。
ああ、うん、久しぶりに緊張してるな。
手に厭な汗をかいて、やけに粘つく。
ヘマをやらかしたら、俺はともかく、あの三人は多分生き残れないからね。責任は重い。
あ、いや、猿と鼠はどうでもいいんだけど、ほら、まぁ、一応パーティだし。
厭な奴らだけど、死ねばいいとまでは思ってな「あーッ!もおおぉッ!重いし臭えよおぉッ!」……ラシオは死んでもいいかもしれない。
馬鹿鼠が大声で騒いだせいで、余計に辺りを駆け回って警戒する羽目になる。手汗どころか全身汗濡れだ。
さすがに頭にきて詰め寄ったら「え?なにが?」だとよ。
残念なことに残りの二人も「え?なにが?」って呆けた顔してんだよね。
マジか?と。なんでこんな連中と組んじゃったんだろう、俺。
うん。
サニアちゃんが可愛かったからだね。
呆け顔も可愛いよ、サニアちゃん。
……なんか口の端からヨダレ垂れてんだけど、大丈夫かな?サニアちゃん。
「とにかく黙れ」と言い含め、森の中を歩く。
ぐずぐずしているうちに太陽が天辺に近づいたんだろう、足下の草や葉をチラチラと照らすようになった。
ああ、今日は晴れていたんだなぁ、と思う一方で、マジかよ、もう昼かよ、と腹も立つ。
早春、日没は早い。陽が落ちたら森なんて歩けない。帰れない。
トナンはまだ余裕がありそうだけど、ラシオとサニアちゃんはもう、なんか、表情がない。ヨダレも垂れてる。ナンデ?
……急げ、ってのは言えないなぁ。
この体力で森の奥まで入るのが間違いなんだけど、これは連れてきたトナンのやらかしだよな。
「トナンさんよぉ、どこまで行くの、これ?」
「……うっせいなァ……黙って斥候仕事してろや……」
「いやでも後ろの二人そろそろ限界くさいよ?」
柔らかそうな薄桃色の唇の端が緩んで、ヨダレで濡れ濡れとしたサニアちゃんの魂の抜けかかったような顔。苦しげな吐息。なんかエロい。ずっと見ていたいんだけど、このままじゃ本当に魂が抜けそうだ。
「なぁ、小休止してから引き返した方が……」
「ざけんな……今日を逃したら……」
「なんて?」
「いや……あ……」
トナンが指差す方を振り返ると、ようやく深い森が途切れるのか木々の間に眩しい光が……って、なんかギラギラしてるんですけど?
「着いたぜ」
どこに!?
「これって……」
「ああ、『大裂谷』だな」
巨大な裂け目があった。
切り立った崖はどこまでも森を裂き、対岸は長弓でも矢が届くか怪しいほどに遠い。
「お、おおさけだにィ!?」
「ふぇええ!?」
遅れてきた汗だくの二人も驚愕の声を上げる。なんか顔色が粘土みたいになってるな。大丈夫かな?
それにしても……
「……なんでこんなギラギラしてんの?」
「あっ!た、たぶん、その、魔輝岩の層だと、お、おもうですぅ」
サニアちゃんが「はい!はいっ!」っと、小さく右手を挙げながら答えてくれた。可愛い。
「魔輝岩?」
「は、はい、あの、ダ、ダンジョンみたく魔素が濃いとことか、魔力を込めたりとかすると、ひ、光り、ますぅ」
「物知りだね」そして可愛い。小動物みが堪らない。
いや、あー、なんかダンジョンで見たことあるな。休憩場所的なところで。わりと脆いみたいでカケラがゴロゴロ転がってたような。
魔力を吸う性質があるから周りの魔力濃度が少しだけだけど下がる。そんで魔物は魔力の濃さに敏感だから若干だけど出現率が下がると。ほんとに若干だけど。
明るいし休憩するのには助かるんだけど、戦闘時なんかは魔術の光が乱反射してわりと鬱陶しいっていう。
今も真昼の太陽を反射してギラギラ眩しいし。
ただ、日陰のところも結構光ってるのをみると、ここ相当魔素が濃いってことだ。
ダンジョン並み?ヤバくない?
「これ幾らくらいすんのかな?大儲け?」
さすが馬鹿鼠。こんな剥き出しで放置されてるものに大した価値があるわけがないだろう。
あったらゴリゴリに掘られてるわ。
「あの……価値、ないですぅ……ウチの村、この岩いっぱいあって……土地の魔力吸っちゃうから作物の育ち悪くて……みんな、お腹空いてて、痩せてて、税も払えなくて、ウチも……村、居られなくて……」
ほら、どんより。
サニアちゃんの一人称ウチなんだね、と思いながら神妙な顔をしてみる。
「ラシオ!こっちにゴブリン運んでこい!」
「はいッ!って、うええぇッ!?いやッ、こわッ、怖いんですけどぉ!」
「オラッ!そこのッ、ほら、色変わってんとこあんだろッ、そっから下に投げ落とせ!」
「いや、ちょっ、怖い怖い、ベルト、ベルト後ろから持っててよおぉッ!」
あれは、怖い。
谷に突き出した岩の先からゴブリンを投げ落とそうとしてるけど、見てるだけで股間がゾワッとする。
幾度も繰り返されてきたのだろう、岩の先端辺りは魔物の血で変色していて、いや、あれ、踏みたくないな。ズルっといかないのかな?二人とも落ちたらサニアちゃんを抱っこして森を突っ切って帰ろう。
「い、いひゃあぁッ!」
屁っ放り腰で放られたゴブリンの死骸は、魔輝岩の岩肌で一度跳ね、下の地層に生えた灌木の茂みを揺らしながら姿を消していった。
灌木や突き出した岩が遮り暗い谷の底は見えない。
というか、足下の魔輝岩がギラギラ眩しすぎて暗いとこ見えねえよ。どんだけ深いんだか見当もつきやしない。
「そんで……この謎の儀式の意味は?」
脚をガクガクと震わせ腰にまとわりつく鼠顔を引きずりながら猿顔が答える。イラつくドヤ顔で。
「フン。稼がせてやるから下っ端10級は黙ってついてこい」
また、それか。
まぁ、確かに10級だけどな。
3度目の。




