どうも変だ
宿題も終わり、へきるが大の字になって寝転がる。
「終わったぁーーーーっ! やっと終わったよぉーーーーっ!」
「お疲れさん」
へきるにとって勉強は結構辛いものらしいからひと仕事終わったような感じを出しているが、それほど時間がかかる宿題でもない。
今の時間は夕暮れ時。そろそろおなかも空いてくるころだった。
「んーっ、疲れたからもーお風呂入ろっかなぁー。ひよくん、一緒に入る?」
「ん」
俺は風呂場に移動し、服を……。
と思って服に手をかけた瞬間手を止める。なぜ俺は断りもせずすぐに了承しちまってるんだろうか。いつもなら馬鹿言うな男だぞ俺と否定するはずだった。
夢に引っ張られてるのか俺が……。いや、でも……。
へきるのほうを向くと、へきるはすでに素っ裸になっていた。
じろじろ見ているのがばれ、へきるがニヤニヤしている。
「お~、ひよくんも男の子だねぃ。私の裸が気になりますかぁ」
「いや……なんか見慣れてるなって思って」
「そりゃ昔は一緒に入ってた仲ぢゃん? 最近はひよくん入ってくれなくなっちゃったけど! 今日は珍しく入ってくれるんだ!」
「あ、あぁ……」
どういうことだ。
俺だって思春期の男子高校生だ。いくら幼馴染といえど、こんな見た目のいいへきるの裸を見て見慣れてるっていうことはあるのか?
どうも変だ。俺はあの夢が現実のものだと思えない。だって魔法とかありえないが……。
だがしかし、そういう感覚はあった。妙に慣れ親しんだ感覚。あり得ないと思っていた魔法に慣れ親しんでる感覚。
「クッソ、なんだ、俺は一体どうしちまったんだ……」
俺の記憶があの出来事は嘘ではないと言っている。
存在してるかどうか怪しい記憶は嘘ではないと告げているような気もする。
「ひよくん」
「んだよへきる……」
俺はへきるの方を向く。
すると、俺の足元に包丁が転がってきた。へきるは優しく微笑む。
「ひよくんは聡いからもう気づいてるよね。じゃあ、ここで究極の選択」
「…………」
「ひよくんが目覚めたいならその包丁で私を殺して」
クッソ……こうなんのか。
やはりあれは嘘じゃない。夢でもない。今俺がいるこの世界が夢なのだと認識してしまった。
へきるは間違っても俺に殺してなんて言わない。第一……。
「俺にへきるの姿をした何かを殺せってのか……?」
「そういうこと。ひよくんが目覚めるのは私を殺してから。今この場で……。どうする? このままずーーっと過ごしやすいこの夢世界で暮らしていくか、それとも辛くて苦しい現実世界に戻るか……。二つに一つだよ」
俺はへきるに包丁を握らされた。
い、嫌だ……。俺はどっちも嫌だ……。
元の世界には戻りたい。けれど、へきるを殺したくはない……。
俺は手が震えてしまう。素っ裸のへきるは殺されるのを待っていた。
ここで俺がへきるを殺せば元の世界に戻れる。けど、俺はへきるを殺したくはない……。
「い、いや、いやだ……」
「じゃあずーーっとこっちってことでいいんだね?」
「それも、いや、だ……」
「わがままだなぁ。でも違う方法は与えないよ? 私は厳しいから、今この場でどうするかしか選ばせてあげないよ」
「…………」
選ぶ方は決まってる。こっちで殺してもあっちのへきるは死なないというのは知っている。
けど、姿形がへきるの姿なのを俺は殺せない。へきるの可愛らしい容姿が自分の手で傷をつけてしまうというのは嫌だ。けど、選ぶしかない……。
俺は包丁を構え、へきるの胸を突き刺した。
「ふふっ、やっぱ殺すんだね。分かってたよ。おめでとう、このまま帰れるよ」
「…………」
「これは全部夢。異世界で頑張ってねぇ」
へきるの身体から血が流れてくる。
夢だというのに、妙に生温かかった。




