猫は膝の上
「だぁあーーーーっ! 第一席になったはいいけどやること多すぎっ!」
「頑張れよー」
へきるは第一席の仕事に頭を悩ませている。
俺はというと、浮遊魔法の練習と転移魔法の練習に励んでいた。浮遊魔法は人や物にかけられるけど転移は俺が触れていないとだめ、そして、転移先のことを知らないと俺がダメらしく、行ったことのない地方の風景とかの絵や写真を見てもそこに転移は不可能らしい。
俺が直接触れてないとだめなので、容器の中とかにあるものはまだしも、俺に直接触れてない人とかは無理なようだ。
10人くらいで手をつないで輪っかになっても転送されるのは俺の両隣で手をつないでるやつのみとなる。
「ひよくーーーーん! 癒してぇー!」
「癒すってどんなんだよ」
「猫」
「はいはい」
俺は変身魔法を使い猫に変身してへきるの膝の上に乗っかる。
へきるはにへらっと笑い、俺の毛を撫でる。こうしてみると普通の女子なんだが、パワーがゴリラだからちょっと怖い。
「ひよくんってこっちの世界来てから変わったよね」
「まぁ、物理的にな」
「精神的にもだよ。なんていうか、楽しんでる感じがする。日本にいた時は毎日つまらなさそうにしてた」
「そうか?」
「うん。少なくとも私にはそう見えたよ」
へきるは俺を撫でながらそう呟いた。
まぁ……魔法というものに触れて面白いと感じてたのは事実だし、日本でも代わり映えしない現実に少し辟易してた面もあった気がする。男の子は未知のものとかそういうのに好奇心を抱くんだよ。
「……なんかこの光景、ちょっとエモい!」
「エモ?」
「ふふ、迷い猫かなー? 首輪してないし野良ネコちゃんかなー? じゃあ、うちにくる?」
「え、なに急に」
「そっかー。来たいかー。じゃ、君の名前は今からひよちゃんだ」
「何寸劇はじめてんの?」
「こういうのあるあるだと思って! 猫とOL、一人と一匹のゆるっと日常譚……。こういう深夜ドラマありそうじゃない!?」
「ありきたりだからあると思うけど」
多分手垢付きまくった物語だと思うぞ。
というかいつまで抱き上げてんだ。いい加減降ろせ。
「私も猫ちゃんになってみたいなぁ……。変身魔法使えたらな……」
「使えなくもないと思うけど魔力量が魔力量だからすぐ切れるぞ」
「だよねぇ。くっ……動物になってみたいって常々思う」
そういう体験してみたいというのは理解できる。
そういう非日常を味わってみたいという気持ちはファンタジー世界に来てみて思うのだ。現実じゃ考えられないことも、魔法の力を使えば……。
「あ、そうだ! 人格を入れ替える魔法とかないかな!? 私とひよくんが入れ替わって私がひよくんのような膨大な魔力を手に入れて、ひよくんは私のパワーを手に入れるの! よくない!?」
「よくない。俺にフィジカルはいらない」
むしろ運動音痴気味な俺が圧倒的なフィジカルを手に入れても宝の持ち腐れだろうが。運動神経抜群のお前が持ってるからそのフィジカルの力が発揮されてるわけで。
俺がお前の体を操ったとしても本来の力を引き出すことは無理だよ。
「それにそういうのあったらいろいろ悪用できるじゃねえか。変身魔法とかよりよっぽど危険だよ」
「というと?」
「入れ替わった相手が死んだらどうなるんだよ。戻れなくなるのか?」
「かもね?」
「じゃあ、国王と無理やり入れ替わってもとの体を殺せば国王となって実権握り放題とかできるじゃねえかよ」
「言われてみれば!」
古代魔法は学園長が言った通り、基本面白おかしいものばかりだった。
そういう悪用できるものがあったらだめじゃないかと。戦闘とかに適したものもあるとは思うけれど、今のところ古代魔法は分類的には日常生活であったらめちゃくちゃ便利だよねっていう魔法でしかない。
「で、お前そろそろ手を動かせよ。仕事だろ?」
「うっ……」
「俺はそろそろ部屋に戻って……」
と、俺が戻ろうとするとへきるが尻尾をがしっとつかんだ。思わず飛び跳ねる。
「何すんだよ! 尻尾も一応感覚あるんだからやめろ!」
「終わるまで膝の上にいてぇ……」
「えぇ……眠たいんだけど」
「そのまま寝ちゃえばいいよ!」
「やだよ……」
なんで寝てる時も猫のままじゃないとだめなんだよ。
しばらくゆるっとした日常が続く……カモ?そういうの好きだから……。




