弱音
湯煙がお湯から舞い上がる。
ちゃぷんと水に浸かる音。俺はなるべく違うことを考えながら湯船に浸かる。
「さてと。で、どうするひよくん」
「どうするって……何がだよ」
「私たちの身の振り方だよ」
「身の振り方?」
「そ。だって今代の魔王は人間に友好的で、戦う必要性は今のところ皆無、戻る術はないからこの世界で暮らさなきゃいけない。私たちのこの世界での役割って何かな」
「…………」
へきるはこういうところ真面目だ。
役割か。
「私は勇者だけど、戦闘技術はないし、魔王討伐もない。ひよくんは聖女だけど、聖女の力の使い方なんて分かってないでしょ?」
「……まぁ」
「じゃあ私たちがこの国のためにしてあげられることってないよね。だったらどうする?」
「力の使い方を学ぶしかないだろ……。だが、俺たちがこの世界に来たのはこの世界の古くからの契約の破棄を履行してなかった。いわばこっちの責任でもある。なら、責任取ってもらうのは筋じゃないのか?」
「かもね。でも、予想はできないでしょ。今代の魔王は優しくおとなしいかもしれないけど、先代の魔王はとても凶暴的で私たちに害をなした。だったら勇者は必要じゃない? 誕生してみるまで魔王がどんなのかわかんないんだからさ」
「そうだけどよ……」
へきるの言う通りだ。
今代が害はないからといって、先代はそうではない。
また、次代もそうではないかもしれない。必要なことと言うのだろう。
「だからさ、私思うんだよ。この国の王様も、私たちを召喚したことを思い詰める必要ないって。責任は誰にもないんだよ。昔から、魔王の討伐は人類の願いだった。いわば、私たちは願われてこの世界に来た」
「…………」
「願いを叶えるためには力が必要だよね。私はさ、明日から戦いの稽古をつけてもらうつもり。勇者だから」
へきるは俺に目を向けないでそう語る。
「この世界には魔物がいて、魔物は必ずしも魔王に従順じゃない。魔物を統治する存在が魔王だけれど、反発する魔物も存在する。となると、私たちも戦える力は必要」
「…………」
「地球では、ひよくんにたくさん守ってもらったけど、こっちじゃ私だね。ひよくんは戦わないでいいよ。私は勇者として強くなる」
……へきるは強いな。
この世界に来たことも、全て受け入れている。でも俺は? 俺はなんだ。
まだ受け入れられずにいて、地球を引きずってる。情けない。男としてダサい。
「……わかった。俺も聖女としての力を学ぶ」
「ひよくん?」
「へきるばかり強くなってたまられるか。俺も、受け入れなきゃな」
俺は頬を思いっきり叩いた。
「……で、へきる。本音は?」
「本音?」
「不安なんだろ。だから、俺と二人きりになった。お前は昔から……弱音は俺の前以外では吐かないもんな」
「…………」
へきるは溜め息を吐く。
俺に近寄ってきて、俺を抱きしめた。
「不安だし、帰りたいよ……。お母さんのあまり美味しくない料理とか食べたい、戦うなんて嫌だよ……」
「そうか」
「なんで、この世界に来ちゃったの。なんで、私なんかが勇者なの……。嫌だよ、荷が重いよ」
「だよな」
「さっきは偉そうに語ったけど、私に言い聞かせてただけ……。ひよくん、ちょっと泣いていい……?」
「いいよ。気が済むなら」
「ありがと……」
へきるは大声で泣く。
さっきのは自分に言い聞かせてただけ。だから俺の顔を見なかった。それぐらい長い付き合いなんだから理解している。
へきるは、大声でわんわん泣いていた。扉の奥には多分泣き声を聞きつけた侍女の人がいる。なんとなく気配がする。
でも、何かを察して入ってこないのだろう。随分と気がきく国だ。
「誰が悪いってわけでもないのが辛いところだな」
「うん……」
「ま、がんばってこうな。俺も頑張るから」
「うん……」
「んでさ」
「うん?」
「なんでどさくさにら紛れて舐められてんの?」
「…………てへっ」
「変態はお前じゃねえか!」
この変態幼馴染がっ!!!