#Ⅲ:残滓の箱
町の一画
夜になると、華やぐ場所。
一夜を共にする場所もあれば、小雨交じりであろうとも夜の食事処として賑わいをみせた。
外に出歩くモノたちは、防水の外套やお洒落な雨着を着飾っていたり、普段の衣装のまま、軒下を借りて呼び込みをしている者たちもいる。
そんな情景を上階の完全個室となっている部屋の窓口から、酒と食事を嗜むために訪れた一人に男が、その外の情景を眺め見ていた。
「また雨か。まったく、この時期の田舎は嫌になる」
町の中もろくすっぽ石畳にもなっておらず、土だけの道。
そんなところはすぐにぬかるんで、着ている服がすぐに汚れる。
さらに、出てきた食事も食べ飽きたモノばかりであるために、主菜などには手をつける気がなく、ただただ酒と肴を口に運んでいくだけであった。
その些細な事でも違う、田舎にホトホト嫌気がさしてきていた。
その嫌気を再確認した後に視線を変える。
視線の先にあるのは、普通にみれば何の変哲もない"ただの箱"。
普通の力のないヒトが見れば、本当に何も変哲もない。
だが、力ある選ばれたヒトからみれば、その箱からは僅かに漏れ出る力を感じるであろう。
その力とは、教団にて使われれる法術の上位の代物。
自分も洗礼の儀の後、その力によって連れていかれた場所で経験している代物の力に近い代物で、まさに神力と思われる残滓が残っている物はそうお目にかからない。
その残滓が残る物が、この先の辺境の地にて発見されたという。
その辺境で、今起きている事件といえば、辺境伯が住むという領主館が消滅した事。
そして、それは、ちょうど先遣が向かった先かつ、その後の連絡が途絶えたという事。
「何かがある事は確定はしている。あとは、何があるかだ」
選定の任に加え、何かしらの事が起きた場合、情報を持ち帰る事も含まれている。
行き先で、何が出てくるのか。
いや、何が出てきたのか。
「まぁ、情報よりも素晴らしいモノが出てきたため、予定を変更する算段にはしたが……」
このまま、"残滓の箱"を聖都まで"護衛"として持ち帰る事も悪い話でもない。
その為、上に話をつけるために、専用の手立てで連絡を出した。
その結果は……いまだ返ってこなかったが
「失礼します」
「ああ、入れ」
「聖都より、連絡が来ました」
「おお、おお!!やっと来たか」
付き人で、この地に来ている人物が持っている筒を受け取る。
専用の封蝋印にて封印がなされてはいるが、法術による開錠を行えば……粉となって消えていく。
中に入っているのは、一つの石。
そして、その印が記されている布が一枚。
「おい、下がっていろ、そして、誰もこの部屋にいれるな?」
「かしこまりました」
そう言っては、付き人を部屋の外へと追い出す。
テーブルの上のモノが邪魔であるため、 払ってどかしては、空いた場所へと布を敷き、法術のこもった石を真ん中へと置く。
最初は何も起きないが、酒が一瓶なくなるぐらいの時間が過去ったとき、反応が入る。
映し出されたのは、白い法衣を着た数人の人物。
そのどれもは、自身よりも上位の存在たちである。
「"連絡がようやく"届い"たか"」
「"設備が無い場所は、不便極まりないな"」
「"たしかにな"」
「"それで、ラホルスよ。"して、残滓の箱とやらは?""」
「はい、こちらになります」
「"ふぅむ……みすぼらしい箱だな"」
「"本当にこれに神力が宿っていたと?"」
「"些か、訝しいものではあるな"」
三者三様の反応を見せるが、そのどれもが信じることができないといった表情だった。
そして、発言の機を得られるまで、待つ……下手に口をはさむほど、馬鹿なことはしない。
機嫌を損ねると、ろくなことにはならないからだ。
「"だが、ラホルスよ、それは本当な話なのだな?"」
ようやく来た、こちらへの問いかけ。
一語一句、想定した文面を間違える事もなく対応する。
「間違いはありません。私自ら確認を行った結果でもあります」
「"ラホルス程の人員がそう判断するモノか……"」
「"教導師クラスでの判断がそれというと、間違いはあるまいか"」
「"ふむぅ……信じられん。今までその様な物が見つかったなどというのは"」
「"辺境伯たちが、洗礼での結果はどうだったのだ?"」
「"「否」だな。"」
「"なれば、偶然手に入れたとしても、判断もできぬか"」
「"だが、これは選定よりも、重要度は"」
「"それでは、奴らに出し抜かれても?"」
「"それはそれで、ハラ立たしいであるな"」
たった一言レベルの回答で、再び三者三様に話が進む。
ここからは、自分が口を入れる事できないだろう。
早く決めろクソ野郎ども、俺をこの地からとっとと聖都へと引き戻せ。
結局は、映し出される上役の人たちの動向次第の自分の立場に歯噛みするが、それよりも、なかなかに決める事をしない上役たちに苛立ちを覚えはじめた。
「"またせた。ラホルスよ"」
「はっ」
そうして、しばし待ったのちに出された結果は
「"その、残滓の箱、聖都で検証する必要がある"」
「"いかなるモノであろうとも、神力に関連するモノには、調査が必要"」
「"そのため、聖教団の本殿へと持ち帰る必要があると判断した"」
"よしっ!!"
表情には出さないが、心の中でこの地から、今すぐにでも離れられると。
「"残滓の箱の警護として、聖殿騎士団を派遣する。しばらくその地にて待機せよ"」
「"その護衛派遣団へと、"残滓の箱"を渡すのだ"」
「"貴公は、それまでの間、その残滓の箱を警護する様に"」
「はっ、ではその後は、一緒に警護役と合流し……」
「"その必要はない"」
「"貴公は、その後、選定の任へと戻れ"」
「は?何と?」
頭の中で、思い描いた事とは異なる言葉が紡がれていた。
「"選定の任へ戻れ言った"」
「"選定の任とは、いかなる事が起ころうとも"重要"である"」
「"それは理解しているだろ?"」
「も、もちろんです。ですが、私でなくとも」
動揺を隠しながら、慌てて問い返す。
それが失策であったと気づかぬまま。
「"貴様、事の次第を理解していないな?"」
「"選定の任が必要であるのは、十二儀で決定された事"」
「"これは、いかなる事があろうとも、必ず遂行せねばならぬ事"」
「"その為に、一定のチカラを持つもので行うのだ"」
「"教導師ラホルス。そのためのチカラを貴公はもっておる"」
「"故に選定の任の大義を与えたのだ"」
「"そのため、貴公は、引き続き選定の任として辺境地区の担当を続けろ"」
「"これは、十二儀の決定である"」
「は、はっ」
これは、もう覆らないと悟る。
「"それとだ、いいか?"残滓の箱"しっかりと補完でせよ"」
「"別の派閥がキナ臭い動きがあると報告もある"」
「"くれぐれも気を付けるのだぞ"」
「わ、わかりました」
「"では、吉報を期待している"」
そういうと、映し出されていた人物たちが消え去っていく。
そして、個室に一つの人影だけが魔道具の明かりに照らされていた。
「クソがっ!!」
近くにあった魔石を掴んでは、壁に向かって投げつける。
それだけでは、苛立ちが収まりそうにない……
何か、何かナニカナニカ……
「オイ!いるのだろ!!入ってこい!!!」
「はっ、失礼します」
「オモチャを準備シロ!!メスでいい!!!」
「それは……」
「捨てるホドに、いるだろウ!!とっとト連れてこい!!!」
「は、はっ!!」
その放たれる気質に圧倒されるかのように、付き添い役は踵を返しては個室を後にした。
嫌な仕事を押し付けてくる上司の下にいる人みたいなの書きたかっただけ。