#Ⅰ:晩餐
加筆と修正しています。(2/27)
夕暮れ時から賑やかとなる街の一角、そのひと際煌びやかともいえる建物、その上階の窓のそばに裸の恰好の男がいた。
「選定ねぇ……こんな辺境で行わなくても、ヒトはいるだろうに」
優男ともいえる人物は、くだらないという表情と共に、視線を街の中にむけてそう愚痴ていたが、入室の合図と共に、その表情が消えうせて入室を許可する。
「失礼します」という声と共に入室してきたのは、一人の男性。
白い服を着てはいるものの、世間一般的に見れば執事然とするその佇まい、そして、年期が入っているという立ち振る舞いでもあった。
その執事然とする男は、部屋の状況を一瞥しては確認しつつも、主人となる優男へと口を開く。
「ラホルス様。ご報告に参りました」
「ああ、それで、どうだった?」
「辺境向けの道は、雨季の影響で交通が止まっており、近日中での出立は困難かと思われます」
「つまり、ここで足止めという事か?」
「そうなります」
「はぁ、さっさと終わらせて、こんな田舎からは離れたかったんだがな」
優男は、嫌になるなという表情をする。
「……。それと、この街の支部長から食事を一緒に、という報せが来ておりますが、如何いたしましょうか?」
「こんな田舎の?冗談じゃないな」
「では、お断りの伝を……」
「いや、断るとまでは言っていない。これも職務だと割り切って参加するさ」
「了解しました。脚の準備をしてまいります」
「ああ、頼むよ」
そうして、その一室から男がでていくと、再び街の様子に視線を向ける。
小さな雨がポツリポツリと降ってはいるが、本降りになる様子もない。
そもそも、雨が降ろうが、その事を気にする気もない。
それと同様に、その足元に二つの女性だったものも気に病むことも無く、白い法衣を着飾っては支度を澄ませていった。
* * *
「ようこそおいで下さいました」
歓迎の晩餐を広げている主催者となる肥え太った支部長からの挨拶で始まる。
その会話も、他愛もないオベッカという内容ばかりで、中央に羨望があっては、そちらに移動したい故が、アチラコチラへと次いででてくるほどであり、優男は聞き流しているだけでもホトホト飽きてきてしまう。
だがしかし、支部長が耳打ちするように話す言葉で、そうは言っていられなくなる。
「それで、ラホルス様は、やはり選定者としてこちらの地へ?」
「……どこでその話を聞いた?」
優男の目が急に鋭く変わる。
自身が命ぜられた任は、下位院にすら通達されていない秘匿された物である。
ましてや、このような地方支部は下位のさらに下ともいえる立ち位置、情報が回ってくるはずもない。
一緒に同道しているモノに対しても、視察という名目で動いているぐらいである。
だが、目の前にいる肥え太った男は、下卑た顔をしながらも、続ける
「い、いえ、ワタシも、上位院にツテを持ってまして……あとはラホルス様をお手伝いするという実績さえあれば、中央へという話をつけております」
「……上位院、そういう話か」
上位院。
その中でも派閥的な争いがある。
今回の任に関しても、どこの派閥が手柄を得るのか?が重要となっているのは明白である。
他を出し抜いて、手柄を得れば、それだけ内部での発言力を得られる形となる。
「はい、そのため、ご協力は惜しみませんので、何なりとご用命を……」
「ならば、何かしらの情報を出せ」
そう言われて、肥え太った男は手を払う動作を行う。
それに伴い、部屋にいた給仕を行っていたヒトたちは、部屋から一斉に出て行く。
部屋の中に二人だけとなることを確認できたとき、肥え太った男から声が発せられた。
「辺境の情報を集めました。まだ、どこへと伝えてはいない話となります」
「……続けろ」
グラスに入っている酒をあおりながら、つづきを促す。
「辺境伯の居は、すでに何もなかった。ここまで話があったとは思います。ですが、続きがありまして……
「もったいぶらずに、速く話せ」
「それでは……「聖鎧」それを封印していたと思われる"聖櫃"が見つかったと」
「なんだと?それは本物の話だろうな?」
「はい。少しお待ちを……」
「聖鎧」
魔王と勇者の物語で出てくる、勇者が神より授かったと言い伝えられる鎧。
勇者にしか身に着けられず、この鎧を含めた武具を扱いきれたヒトこそが、歴代最強の勇者であるともいわれる代物。
現在は、中央の聖殿内の奥深くに、厳重に管理され安置されている代物である。
だが、その安置されているものは、創作物の話の中で作られた類似のモノ。
ただ、類似といっても、その性能は高く、扱えるヒトも限られる代物であり、代替としては十二分すぎる能力を秘めており、現に数代前の勇者が魔王を封じることに貢献していた。
もちろん、類似というからには「元」になった物が存在している。
……といわれている。
それが、今現在では一部のヒトにしか知られていないことでもある。
肥え太った男は、壁の方へと移動する。
すると、壁をすり抜ける形で消え去ったと思えば、手に持てるサイズの箱を持ってきた。
「こ、これが聖櫃……中身は……無いか」
「はい、中身は無くなってはおりますが、この神力の残滓、間違いなくそうであると思われます」
そのみすぼらしい木箱からは、自身たちが使う"法力"の上位の存在。
優男でも、その神力といえる残滓をマザマザと感じさせられた。
「これは、まさに間違いない、だろうな……」
「はい、これを報告すると……私めでは、手柄を取り上げられるのが目に見えておりまして……」
「……私がそうするとは思わないのかな?」
肥え太った男は、困り顔になりながらも説明を続ける。
「もちろん打算もあります。例えば、選定にも人手もご入用でしょうし、今の雨季では移動も困難でありましょう。そこは、私めのツテを使いましては、対応させていただけて、"箔"をつけていただけれるならばと存じます」
「ふむ……」
確かに、現在の足踏み状態を打破できる事があるならば、その方法を使うのもやぶさかではない。
「いえいえ、そこまで大層な手柄をいただきたいとは思いません。下位……少なくとも中位ほどへの口添えをいただけたらと。私めの様な分際で大きな手柄を取りますと、恨みを買いかねないので、一言そえていただくだけでと……」
これほどの手柄をたやすく手放すという行為に、疑問符が沸かない分けでもあるが、目の前の肥え太った男は、欲はあるが分不相応、大きな欲は身を亡ぼすという言葉も理解しているようでもある。
「……了解した。一言、付け加えておこう」
「ははぁ、ありがとうございます」
そうして、優男と肥え太った男の晩餐は、幕を閉じた。
* * *
優男が宿へと帰っていった後の執務室。
そこには、肥え太った男と、やせ細った男の二人が会話をしていた。
「……よろしいので?聖櫃と思わしき手柄を」
「いいに決まっている。あのような厄介事なぞ、中央の役人に任せておけばいいのだ。下手に立身出世を願ってみろ、あっというまに身を亡ぼすぞ?」
「ですが……」
「やめておけ、地方の院程度、何事もなく消されるか、飛ばされるのがオチだ。私の様にな」
「……」
それでも食い下がろうとするやせ細った男を咎める様に、肥え太った男は続ける。
「そもそも、残滓があるからまだいいものの、聖櫃と決まったわけでもなかろう?あの大きさで入っているものなぞ、短剣ぐらいしかあるまい」
「確かに、伝え聞く"盾"や"鎧"が入る大きさとはいいがたかったですが」
「まぁいい。本物であろうと、偽物であろうと、大きい問題の片はつけれたと思えばな……」
ふぅ、と大きい溜息をついて、椅子へとギシリと音をならしながら背をもたれる。
「あとは、あの中央役人の手伝いだけでいいんだ、それだけでな。それでだ、街道の方はどうなっている……
二つのヒトは、深夜に及ぶまで、議論を繰り返していた。
ワンドロで仕上げてみた。(もう二度とやりたくない。)