#イ:もう、終わってもいいよね……
石壁に囲まれている薄暗い部屋。
外から差し込んでくる光は、小さな窓口から入ってくる程度のもの。
いや、部屋と呼べる代物とは言えないソコは、鉄の格子によって閉ざされていた、一つの区画。
すくなくとも、木の床が存在している石牢とでもいえる場所に、一人の少女が横たわっていた。
"ワタシはいったい何時まで、いられるのだろう……"
少女の表情は、すでに感情というモノを損なわせ、流れだす涙というものは、とうに枯れ果てていた。
何もすることができない、何もすることもない、身体を動かす気力さえ削がれてはいたが、その中でも、何かをする気力すら無いために、過去の思い出にふけるしかなかった。
思い出、それは懐かしくも、温かった──
それは、冷たくも、悲しかった──
そして、そこから考えていく。
自分という存在が、如何して生まれたのだろうか?
私という存在は、何故に存在し続けているのだろうか?
それらを何度も、繰り返すしかなかった。
少女は、同じ事を、何度も思い出していた。
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少女は、代々、炎神に仕える一族の長の"手付き"の、妾の娘として生を受けた。
母は優しく、そして少なくとも炎神の一族としての役割として、その愛くるしい容姿と、生まれた時の一族のならわしによる儀式で、直系よりも優れた能力を持っていると分かれば、多大に期待された。
そして──妬まれた。
また、少女が育っていくと、当初、期待されていた視線は次第に消え、侮蔑ともいえる視線へと変わっていった。
それは、少女の身体が問題になったからだ。
生まれ出た時は、一族とかわらぬ肌の色をしていた。
だが、それが年齢を重ねる度に、徐々に青紫にかわっていったのだ。
それに釣られる様に、目の色も黒地に蒼い目となり、見た目は一族とはまったくかけ離れた、異なる存在、まるで異種族の亜人の姿へと変わっていったからだ。
その姿が顕著になってからは、周囲からの視線は、ただただ"侮蔑"を含むだけになっていく。
なにしろ、現代当主、つまりは現在の本家に連なる血筋には、その様な身体的な特徴を持ったものが記載されていない。
一族の血が流れていないとさえ言われるのに、もう一つの理由もあった。
それは、一族が持っているはずの"血の力が使えない"事も、その証左の一因にもなった。
母は、確実に父の娘であると訴えた。
それ以外に、関係を持ったという事も無いとも、強く訴えた。
だが、"異種族の種による子だ"という正妻の言葉により、その言葉を信じた父と周りの者たちから、母の地位は追いやられた。
そして、実父とその正妻、そして実子達から疎まれていく事となった。
本家の父……頭首たちからは、自分たちの家族は下人という扱いとなったが、その対応が子供心に普通だと思った。
いや、今ならわかる。思い込まされたと。
自分は、一族とは違う存在であると、正妻やその実子の息子たち、果ては父であるはず存在からも、そういわれ続けた。
だが母は、一族の血筋である、現当主が実父である事は間違いないと、強く強く教え解いていた。
だが、その肌の色が問題になってからは、本家からは家族共々に虐げられる恰好で、与えられた仕事に従事する事で日常をすごしていった。
年中、手にアザを作り、体中を酷使し、それでも生きていた。
いや、"生かされていた"と言えなくもなかったが、その与えられる仕事を、辛いと思わない訳はなかったけれども、そばにいてくれた母親が、いつも自分に優しくしてくれたので、辛く思うことはなかった。
『"サグア"には、必ず光が当たるわ。そう、温かい光を差し伸べてくれる方が必ず現れるから『
そういっては、優しく抱きしめては、身も心を慰め、暖めていてくれた。
それが、サグアの心を救っていた。救われていた。
サグアは、温かい光を差し伸べてくれる人って、どんな人だろう?と、幼少の頃、読み聞かされた物語に出てくる、魔王を倒す勇者様の様な、悪い相手を成敗してくれる存在なのだろうか?と、思いを馳せていたこともあった。
けれども、歳が上がるにつれ、仕事の量は増やされ、辛い日々が続いてはいたが、母親のあたたかな愛情で、そこまでつらくは思わなかった。
つらい日々が続いていたが、それでも二人は幸せだったと思う。
そして、サグアが16歳の成人を迎えた年、母が他界した。
原因は、過労による病死と言われている。
私が成人を迎えるにあたり、些細なお祝いにと、余計な仕事を受けていたらしい。
その無茶が祟ったのか、私が成人を迎えて一月後に、この世を去った。
最後の言葉は、
"一緒にいられなくて、ゴメンナサイ。私の分まで"幸せ"にね……"
謝罪と子の事を願って、去っていった。
葬儀といえるモノはなかった。
一族の墓地にすら入れてもらえず、追いやられるかの様に隅の方に埋葬されるだけだった。
それからは、サグアは母の分まで働かされる形になった。
雑務をこなし、寝る間もおしみ、働いて働いて、働き続け……ついには、倒れた。
『もう使えんか……やはり、どこぞの奴の種を仕組まれたのか使えん奴だ。処分のしどきだな』
その声は、父の声だったと思う。
『それで、どれぐらいになる?』
『魔人族の亜人ですか?勉強させてもらいますかね……。─────これぐらいでどうでしょうか?』
『娘のプレゼント代になるのか、まぁいいだろう』
『ありがとうございます。では、これらもこのまま持ち帰っても?』
そう言っては、首から吊り下げたペンダントが零れ落ちる。
それは、母からもらった、最後のプレゼントのモノ……
『かまわん。その様な汚いものなど一緒にな、処分の手間が省ける』
『了解しました。おい、運び出せ!ではでは、今後とも、ごひいきに』
『……もっと高く買い取ってくれるならばな』
『うへぇ、これは手厳しい』
最後に見た父親は、ようやく処分できたとでも言った感じで、こちらを見下ろしていた。
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そして、ふたたび思いにふける……
私という存在が、何故に生まれたのだろうか、私という存在は、何故に存在し続けているのだろうか……。
その深い考えに、何度も何度も繰り返すしかなかった……
けれども、その繰り返もとうにつかれた。
思い出すことにつかれた。
考えることにつかれた。
存在することにつかれた。
"もう、終わってもいいよね……ごめんなさい、お母さん……"
そう思っては、目を閉じて意識を手放すかのように眠りについた。
まるで、その魂が眠りにつくように……
そんな折、部屋の外から騒がしい声が流れてくる。
「ちょ、こんなとこに入れるの?マヂで?トイレとかどうすんの?」
「うるせぇ!そこの壺にでもいれとけや、クソガキが!!」
「マヂで?嘘だろ?!衛生観念どうなってんだよ!」
「ゴチャゴチャとうるせえんだよ!だまって入ってろっていってるだろうが!こんのクソガキ!」
小脇に抱えられて連れてこられる存在とのすれ違いによって、その世界が終わる時が近づいていると知らないままに──