出会い 前
「それは、一人の不幸な男の願いから始まりました」
男の名はレルー。レルー=アンクロチエス。稀代の名君といわれる現王の本妻であるプロシエリア=アンクロチエスの兄だった。
レルーは妾の息子の上にうだつのあがらない二流の魔術師、プロシエリアは本妻の娘の上に皇后陛下、二人は明らかな差をもってアンクロチエス家に遇された。しかし、レルーはそんなことを苦にも思わず彼の愛する魔術研究へと没頭していた。プロシエリアとの仲がそれほど悪くなかったのも作用して、つい数年前まで本人にとっては幸福な人生を送っていた。
そんな折、レルーにも愛する人ができ、結婚という運びとなった。レルーは今までも好き勝手にやってきたから、妻も自分で決めれるものと思いアンクロチエス家に報告した。
途中まで、そう、メイドや執事たちには祝福され、意気揚々と向かった父親と義理の母親の元。そこで突如、猛反対を受けた。
「如何ともしがたいですね、人間というものは。これまで放置しておきながら一人息子という絶好の駒を逃すわけにはいかないと思ったが故の行動だったそうですよ」
セエレは一息ついて、また1年前へと繋がる話を紡ぐ。
家の権力の前に成すすべもなく愛する人と引き裂かれ、それからの彼は人が変わったようになる。
食べるものも食べず、最低限度しか眠らず、彼が求めたのは愛する人の下へと向かう方法。
愛する人の行方はわからない。死んでいるかもしれない。それでも会うにはどうすればいいのか。
考えて考えて、レルーは一柱の悪魔に目をつけた。
「それが僕、セエレでした」
セエレはある一点において他の追随を許さない能力がある。
それは、【移動】だ。
召喚者の望む場所へと連れて行く、というその一文に、レルーは一筋の光明を見出した。
悪魔族の貴族、それも王子級など滅多なことでは呼び出せるものではない。それでもレルーは研究を続けた。
そうして、彼はついに禁術に触れる―――。
『いけにえを、いけにえを、いけにえを、魔力の強いいけにえを、遠い遠い世界からのいけにえを、俺が俺のために殺すいけにえを』
『 ヨ コ セ 』
いけにえを捧げて不足分の魔力を補うため、レルーは界距離理論、というものに目をつけた。
界距離理論とは、召喚者の住む世界と被召喚物の世界の距離が遠ければ遠いほど強い魔力が付与される、というもの。さらに奇妙なことに、召喚するために必要な魔力は被召喚物の元々の魔力と見合っていれば問題はない、という理論だ。
それらの理論、禁本、更には遥か伝説の域を出ないものにまで手を伸ばし、理論を構築し、実現にまでこぎつけた。
その時点で、レルーの理論は完璧だった。彼がたった一点を見落としていたことを除けば。
「人の体には、魔力の許容量というものがあります。それを超えた魔力を突然大量に浴びればただではすみません・・・」
レルーが召喚した晶には、尋常でない魔力が宿っていた。それこそレルーには耐え切れないほどの魔力が。そして、それは魔力の余波で魔方陣から自動的に召喚されたセエレも同じく。
「僕らは許容量こそないものの魔力の衝撃を直に受けます。あの時のことを例えるならば、不意打ちで凶悪な嵐のど真ん中に放り出されたような状態でしたよ」
結果、レルーは命の危機に瀕し、セエレも重大なダメージを負った。そこで、レルーは瞬間にセエレと契約をした。
「彼の肉体と魂の殆どを僕に譲る代わり、彼を彼の愛する人の下へ。そういう契約でした」
セエレは即座に願いを叶え、レルーの肉体と魂の殆どを手に入れた。そして出てきた魔方陣からしか帰れないという世界の盟約に則り塔に戻ってきたところ・・・晶が半ば眠っているような状態で、魔方陣に座っていた。
そこで、晶を退けようとなけなしの魔力を行使しようと腕を振り上げたとき、晶がセエレを指差していったのだ。
『あー、本物の召使だぁ』
意図せず晶が指に乗せた魔力は、小悪魔程度にまで魔力が下がっていたセエレをいともたやすく縛り付けた。
そこでセエレは考えた。悪魔族の住む地はかなり危険な場所にあり、今の状態で帰ってもそうとうに危ない。ならばいっそ―――。
『ええ、僕が今日からあなたの召使いです。お給金はあなたの魔力でかまいません。僕の魔力が戻るまでよろしくお願いしますね・・・我が主』
・・・そんなやりとりがあって、今に至る。
過去が明かされたものの・・・晶が無双過ぎる