『昔々あるところにお爺さんとお婆さんがおりました』から五十年前の話
東京2020──オリンピックの開会式を、オフィスの窓から遠く眺める二人がおりました。
「俺は残業で……世はオリンピックかぁ」
「はいはい、早く終わらせて帰りましょう」
栄養ドリンクは既に五本目を開けるところでしたが、出されたコーヒーに切り替え、青年は眠気を吹き飛ばしました。
「あ、追加のFAXが流れてきましたよ」
今時FAXかよ、とため息を漏らしながらも、青年はそれを手にパソコンへと向かいます。
女子はそんな青年の肩を優しくたたき、そっと頬をすり寄せました。
「ねえ」
つぶらな瞳が何かを訴えるように、光を纏っておりました。
「ピザか?」
「んーん」
「ラーメンか?」
「んーん」
「……牛丼か?」
「ばーか」
女子がそっと目を閉じました。おねだりです。
「終わったかー」
青年が目を閉じかけた瞬間、オフィスのドアが開かれ、鬼のように厳しくて有名な上司が現れました。
「遅くまですまんな。これ、差し入れだ」
「ありがとうございます」
「なす」
女子は頬を少し膨らませ、差し入れのピザに手を掛けました。そして一瞬で全てを食べ尽くしました。
「あとどれくらいで終わる」
「……一、二時間くらいですかね」
「そうか。なら俺は先に上がるぞ。すまんな」
「いえ、お疲れ様です」
「なす」
鬼上司が居なくなると、二人はのびをしてくつろぎ始めました。
「芝刈り残業なんて、ったくやってらんねーな」
「私も洗濯残業が60時間を超えちゃったわよ」
二人は会社の不満を次々に口にしました。
「会社のなんか辞めて、何処かのんびりした場所で暮らしたいなー」
「そうね」
「山奥でさ、自給自足で暮らすのって憧れないか?」
「いいわねそれ」
「川の傍なら水にも困らないし、空き家でも買ってさ、二人で暮らさないか?」
「なにそれ、プロポーズのつもり?」
ふふっと女子が笑いました。その顔はとてもにこやかです。
「ああ……プロポーズだな」
「なにそれ」
「暮らそうぜ。二人だけで」
「フフ、どうしようかなぁ?」
深夜のオフィスに、二人の笑い声が響きました。
それから間もなくして二人は、あるところに家を建てて暮らしましたとさ。