最終話 世界最速の男
「グガアァァァッッ!!!!」
開戦の合図とばかりに咆哮を放つ紅闘鬼に対して、最初に動いたのはテオだった。
「――うるせぇ」
テオはスキルと身体強化の魔術を発動し、地を這うようにして駆ける。
そして相手の懐に潜り込むと、がら空きの脇腹めがけて巻き込むように拳を振り抜くが、
「なかなか速ぇなァッ!」
放たれた攻撃は紙一重で躱される。
「グガァァァッ!!」
さらに紅闘鬼はそれだけでは終わらず、攻撃後を狙って真上から叩きつけるように右腕を振り下ろす。
直撃すれば魔力の防壁ごと相手を粉砕するであろう一撃。
しかし、テオはその豪速で迫る拳に対して後ろには引かず、タイミングを合わせて前に出た。
「――オラッァァァ!!」
「ガハァッ!? グゴアァッッ!?」
ぎりぎりまで引き付けて炸裂した腹部へのカウンター。
そしてその流れを利用し、刈り取るようにして放たれた回し蹴りは、だらしなく落ちた相手の下顎を打ち抜く。
これには屈強な紅闘鬼も思わず数歩後ずさり、テオはそれを追うようにして苛烈に攻め立てる。
『闘心鬼宿』によって放たれる金色のオーラが、紅闘鬼の赤黒い魔力を食らい潰す勢いで膨れ上がっていく。
「嘘だろ……」
「学生がAランクの魔物を圧倒するなんて……」
目の前の戦いを呆然と見つめる兵士たちを、副隊長が一喝する。
「ぼさっとするなっ! 下手に加勢するとかえって彼の邪魔になる! とにかく我々は他の敵を殲滅するんだ!」
兵士たちもここが正念場だと悟り、追うようにして現れた闘鬼たちに切り込んでいく。
そんな激しい乱戦の中、一人の生徒がそれの存在に気が付いた。
「おい、あれって!?」
悲鳴を上げる生徒。
その視線の先、そこには新たな紅闘鬼が投擲するため大槍を構えていた。
「――二体目だとっ!?」
副隊長はすぐさま生徒たちを守ろうと相手との間に割り込もうとするが、それを阻むようにして闘鬼たちが襲いかかる。
そしてその隙に、漆黒の魔力を纏った大槍が――放たれた。
「――させないよッ!!」
「ミリア君!?」
「ムムゥッッーーー!?」
ミリアは恐怖で動けない生徒たちを庇うように立ちはだかると、無詠唱で術式を組み上げ、防御魔術を展開する。
魔術によって現れた半透明の大盾が、術者を守るようにしてそびえたつ。
しかし、放たれた大槍は敵を穿つため射程を食い破るように突き進み、盾に直撃してからもその勢いは衰えない。
「く、うぅ……!」
ミリアは全力で魔力を流し込み、必死で槍を食い止めようとするが徐々に盾に亀裂が入り出し――――
「――やらさせるかよォォッッ!!!」
防御を突破した矛先がミリアに触れる直前で、駆けつけたテオの拳によって間一髪で軌道が逸らされた。
生と死。
その瀬戸際での攻防は制した。
けれど、そのために生じた隙――代償はあまりにも致命的なものとなる。
先ほどまで撃ち合っていたもう一体の紅闘鬼が、瞬時に間合いを詰める。
そして、その巨体が一回り小さく見えるほど身体を捻り込むと、その反動を利用して拳を突き上げた。
「――ゴハァッッ!?」
大技を防いだ後の無防備なテオの鳩尾に、籠手に包まれた拳がめり込む。
かろうじて魔力と『闘心鬼宿』のオーラを集中させて腹部を守るが、打ち込まれた場所からは骨を軋ませるほどの重い打撃音が響いた。
「ッガァァッッ!!!」
さらにその衝撃で身体が宙に浮いたところを狙い、とどめとばかりに蹴りが放たれる。
テオは頭部を庇うように腕を差し込むことで、なんとか致命傷だけは避けるが、そのまま吹き飛ばされると受け身も取れず跳ねるように地面を転がった。
「――テオッ!!!」
「グギャギャギャァァァッ!!!!」
紅闘鬼は、治療のためすぐさま駆け寄ろうと焦るミリアの行く手を阻み、その姿をあざ笑うかのように勝利の雄叫びを上げる。
「あ、あぁ……」
そして恐怖で震える彼女に向け、魔力を集約させた右腕を薙ぎ払った。
迫りくる必殺の一撃。
頼りになる幼馴染は自分を助けるために倒れ、対抗する手段はすでに失われている。
そんな絶望的な危機を前にして、ミリアにできたのは――祈ることだけだった。
「助けて…………アクセルっ!」
風を切る鋭い音が耳に届く。
紅闘鬼の攻撃を前に、瞳を閉じたミリアが最初に感じたのは、ふわりと身体が浮く感覚だった。
あれほどの強烈な一撃を受けたはずなのに痛みはなく、むしろ抱きかかえられているような優しいぬくもりを感じる。
そんな戦場において場違いな感覚を受けた彼女に、心配げな声が掛けられた。
「大丈夫か? ミリア」
「えっ…………アクセル?」
「ああ。遅くなって悪かったな」
ミリアは自身を抱きかかえるもう一人の幼馴染を見て、信じられないといった様子で首を振る。
なぜなら、アクセルはこの場所とはかなりの距離がある王都にいて、助けに来ることはできないはずだからだ。
「……もしかして、ここって天国?」
「ミリアの天国は、鬼だらけでずいぶん騒がしいんだな……」
「うっ、確かにそれはないね。でもどうやって――アクセルッ! 後ろ!!」
言葉の途中で、背後から迫る敵に気が付いたミリアが叫ぶ。
しかし、紅闘鬼が振り下ろした拳を背にしたアクセルは微動だにせず、避ける気配すらない。
そして、そのまま放たれた豪速の一撃は――――空を切った。
「えっ……?」
ミリアは思わず声を漏らす。
その理由は確かに相手の攻撃は自分たちを捉えていて、あそこから躱すのは不可能な距離だったからだ。
それにもかかわらず、まるで最初から当てるつもりがなかったのではと思うほどの空振りだった。
さらにそこにもう一体の紅闘鬼も加わって攻撃を繰り出すが、それも先ほどと同じようにアクセルを確実に捉えたところから空を切る。
「――ミリア、テオの治療を」
「えっ! う、うん。ムーちゃんも手伝って!」
「ムムゥーー!!」
いつの間にか倒れ伏すテオのそばに移動していたことに驚きつつも、ミリアはすぐさまムーちゃんと一緒になって回復魔術を発動していく。
「……助かったぜアクセル。けど、どうやってここに?」
「いい情報提供者がいてな」
「【星灯の癒し】!」
「情報提供者?」と首をかしげるテオの身体を、ミリアのオリジナルの回復魔術とムーちゃんの月光から放たれた淡い癒しの光が包み込む。
「……っし、これでもう一戦やれそうだなァ……」
「な、何言ってるの! まだ絶対にだめだからね!」
テオはゆったりと起き上がり、身体強化の魔術を再度発動しようとする。
スキルと魔術による二重の治癒効果によってある程度の回復はみせているが、制服の腹部には血が滲み、頭部を庇った右腕はだらりと垂れ下がって力が入っている様子はない。
「これくらい平気だ。アクセル、俺が一体引き付けるからもう一体を頼む――ってうぉ冷てえっっ!!」
ミリアの制止を振り切って立ち上がろうとしたテオの頭に、アクセルはいつの間にか取り出していた小瓶から液体を浴びせかける。
「急に何すんだ!? ってかこれめっちゃ煙が出てるんだが……!」
「変なものじゃねえよ。古龍の生き血。そいつに聖水をブレンドした特製の秘薬だから傷によく効くし、回復魔術の効果も上がってるだろ?」
「すごい……いつもより回復効果が断然上がってるよっ!」
「ムムッ!」
秘薬の効果に興奮気味なミリアたちと困惑の表情を浮かべたテオ。
アクセルは、そんな幼なじみ二人に言い聞かせるように言葉を続ける。
「大丈夫だ……あとは俺に任せろ――」
その宣言と同時に、アクセルは【影遊び】を無詠唱で発動。
自身の影からせり上がってきた黒手が持つ二本のナイフを受け取る。
そして、それを手で遊ばせるように数度回転させると、身体強化の魔術を発動させていく。
「…………綺麗」
ミリアたちの感じたアクセルの魔力の流れは、紅闘鬼とは対照的なものだった。
放出される魔力の量は最小限に抑えられていて決して多くはない。
けれどそれを扱う魔力操作の技術は極限まで磨き抜かれ、流れに一切の淀みを感じさせず、見た者に清らかな流水を連想させた。
そんな魔術師なら誰もが目を奪われる、魔力操作の極致と言ってもいいほどの技量を見せつけたアクセルは、さらにスキル――『ブルーライド』を発動する。
スキルによって両足から吹き出る蒼炎は静かに燃え上がり、透き通るような白みを帯びて揺らめく。
「……鬼たちがおびえてる」
強大な存在を前に動きを止めていた紅闘鬼たちが恐怖で後ずさり、戦場の闘鬼たちの中にはすでに逃走する者も現れている。
そんな敵を前にして、この場での絶対強者が動く。
両足の蒼炎が爆ぜるように膨れ上がり、その姿がかき消える――――
「――ガ、ガ」
そして次の瞬間、アクセルは紅闘鬼たちの背後に現れ、ナイフに付いた血を払う。
――瞬殺。
屈強な巨体から鮮血が舞い、なすすべなく崩れ落ちる。
さらに、再び蒼炎が爆ぜると、その姿がもう一度消え…………
「――っし! 終わったぞー」
ミリアたちのもとに少しの間をおいて現れたアクセルは、ナイフを影に落とすとのんびりした口調で肩を回す。
「…………嘘だろ。あの一瞬で……」
「えっ? えっ? 何が起きて……あっ――」
テオは瞬時に何が起きたのかを理解し、愕然とした様子で声を絞り出す。それに遅れて、ミリアも何が起きたのかを理解した。
「鬼の咆哮が……」
あれほど鳴り響いていた鬼たちの咆哮が止み、戦場は一転変わって静けさに包まれている。
「じゃあミリア、俺はそろそろ行くからこれ治療用の秘薬。遠慮せずどんどん使っていいからな」
「えっ、ありがと……じゃなくてっ!! も、もう行っちゃうの……?」
アクセルは影の中から取り出した数本の小瓶をミリアに手渡す。
「ああ。補習の途中で抜けてきたからそろそろ次に行かないと――って、ん? あの盾ってもしかして……」
そして言葉の途中で、少し離れた位置で浮き上がる複数の盾に気が付いた。
「あれは『イージス』だね」
「おっ! やっぱりか、懐かしーな。ってかシドのやつ倒れてるけど……」
「大丈夫。闘鬼の咆哮で気絶してるだけだからケガはしてないと思うよ」
秘薬を持って駆け寄ろうとしたアクセルは、ミリアの言葉でそれをやめた。
そんないつもと変わらずマイペースな幼なじみに、テオは何が起きたのか確認をする。
「アクセル……あの一瞬で全部やっちまったのか?」
「ああ。この辺りにいた奴は全部片づけといたぞ」
「……マジかよ。ほんとにめちゃくちゃな速さだな……」
「言っただろ? 世界最速だって」
「ハハッ、確かに違いないな」
そう言って二人が笑い合う中、ミリアは興奮気味に胸をそらすと、腰に手を当てふんぞり返る。
「アクセルは世界最速! それにやっぱり私がピンチの時は助けてくれるんだねっ!」
「…………今朝は全く信じてなかったのはどこのどいつだよ」
相変わらずの切り替えの速さに、アクセルは一度呆れように笑う。
そして遠くを見据えるように虚空を冷たく睨みつけると、ブルーライドを再度発動し、
「じゃあ、高みの見物決め込んでる奴らにも挨拶してくるわ――」
言葉の終わりを待たずして姿を消した。
「――副隊長! 王都との念話が繋がりました!」
慌てた様子でやってきた兵士が、副隊長に報告をする。
「救援部隊と回復魔術師を派遣してくれるみたいです!」
「そうか。妨害は突破できたのか?」
「それが……敵が殲滅されたと同時に突然妨害も無くなって……」
困惑気味の兵士とは違い、副隊長は納得した風にうなづく。
「これもあの学生がやったんだろうな」
「……あの暴力的なまでの強さ。彼は一体何者なんでしょうか?」
その疑問に副隊長もしばし考え込む。
しかし、答えは出ずに首を数度横に振ると、表情を引き締めた。
「――上に報告だ。すぐに空間系スキル保有者の確認を協会へ要請するようにと」
「協会? それに空間系……ですか?」
「あの速さは通常では絶対にありえない。おそらくスキルによるものだろう」
「し、しかし、空間転移の魔術の可能性もあるのでは……?」
「空間転移を無詠唱で発動できるほどの魔術師はごくわずかだ。それに転移の魔術ならば発動のタイミングで魔法陣が必ず現れるはずだ。けれど、彼にはそれが確認できなかった」
「で、ではもしかして……」
兵士も事の重大さに気が付き、固唾をのんで副隊長の言葉を待つ。
「そうだ。彼は王国では現在確認されていない稀少な空間転移系のスキル保有者。その可能性が高い――――」
◇ ◇ ◇
後日。
王立魔術学園の生徒たち――未熟なスキル保有者――が狙われた今回の事件の一報は、瞬く間に王国中を駆け巡ることとなる。
王国軍の一部隊に対して百を軽く超える闘鬼、そしてAランクの魔物である紅闘鬼までもが複数体投入されたこの事件は、世間の関心を引くには十分過ぎるものだった。
さらに事件の首謀者である犯罪組織の壊滅が遅れて報じられたことで、その関心の熱量は増し、世界規模で取り上げられる話題となっていく。
そんな中、王国が公表した事件の詳細について特筆すべき点は二つだった。
一つ目は、王国軍の精鋭部隊と一部の学生たちの活躍もあって、大規模な事件にもかかわらず死者が一人も出なかったこと。
そして二つ目は、投入された戦力の大部分の殲滅、さらに事件の首謀者であった犯罪者組織の壊滅、そのいずれもが一人の学生によってなされたということだ。
その学生――アクセル・ライドマンの名は、今回の事件によって世界に広く知れ渡り、これを機に次期魔王候補の一角として頭角を現していくこととなった。
完
最後まで読んでいただきありがとうございました!
活動報告にイメージイラストを追加したので、興味のある方は良かったらそちらものぞいてみてください。




