カとノの子
「おめでとうございます。 元気な女の子ですよ」
暑い暑い夏の日その子は生まれた。
「がんばった。よくやったなぁ」
寛治は涙を流しながら喜んだ。
「かの子だ!」
「え?」
驚いたように丸い目をしながら、信子は顔を上げる。
「寛治と信子の子だからかの子
女の子ならそうしようと思ってたんだ」
母親の胸に抱かれてすやすや眠る我が子の頬を、ちょこんと人差し指で突きながら言った。
「ちなみに男の子だったら慎太郎だったんだけどね。大好きだったおじいちゃんの名前なんだ。かの子っ。立派に元気に育つんだよ。お父ちゃんがんばるからね」
何かを決意したような鋭い目をしながら寛治が続ける。
「名前っていうのはとても大事な物だ。
一生身につける物だ。
かの子がかの子であり続けるかぎり、寛治と信子の大事な大事な子なんだ。」
そう言い終えると、ふと優しい眼差しに戻り、初めての赤ちゃんに少々緊張を覚えながら、ゆっくりお腹の辺りをぽんぽんと撫でた。
「がんばってよ」
信子はそう言いながら眠る我が子を起こさないようにそーっと、感じの腕の中にかの子を託した。
誰にでも名前がある。そして、そこにはつけてくれた人の想いがある。
その想いと同じくらいに大きい名前は本当に大事なものだ。
同じ日、三階の病室で田中かの子という92才のおばあちゃんが食事の味にケチをつけ、看護士に食器を投げた。
近所でも評判のがめつく意地汚い婆さんらしい。
刀でも農具でも何でも操れる強い子になってほしいと名づけられたらしい。
その後、生まれた赤ちゃんの名前を聞いたその看護士は、泣きながら早退したという。
名前って本当に大事だ。
きっと、きっと、この娘が健康ないい子に育ちますように。
病室の窓からのぞく大きな太陽に、2人は心の中で手を合わせ祈った。
「うんうん、いい子に育つよ」
そう言うかの様に眩しい日差しが、新しい宝物を見守るように3人を照らしてくれていた。
真夏の昼間に見る太陽は、任せとけと言わんばかりに力強く誇らしげに光っていた。