おでんな日
「おっ、お父ちゃんね、みんなの事が大事なんだよ」
庭の隅で何かをつついてたスズメが二羽、フーッと吹いた風と共に彼らの家へと帰っていく。
春の柔らかい日差しが優しく心地よい、そんな何もない休日のひと時。
夕日がゆっくり落ちていく夕食時に、お酒の缶を片手にほろ酔い気分の寛治が家族に語りかけた。
「みんなが元気でいてくれるからお父ちゃんはがんばれるんだ。
みんなが意味なく一緒にこうしている事が幸せなんだよ」
寛治は家族一人一人の顔や頭を眺めながら続けた。
温かい陽気に気分がよくなり、お酒も入ったせいか今日は語りたい気分なのであろう。
「なーに、いきなり、それよりこんな温かい日におでん?」
それぞれの場所に箸を置きながら次女のかの子が聞いた。
「お父さんが食べたいんだって」
信子が出汁の具合を小皿で一口確認しながら言う。
「例えばさ、このおでんを御覧よ。ほっぺがプニプニしたかの子は玉子、いがぐり頭の慎太郎はじゃがいも、母ちゃんはみんなを優しく包む巾着だね」
一つの鍋で所狭しと重なり合うおでんを、狭い家でほのぼの温かく暮らす家族に例えた。
「まあ、慎太郎はじゃがいもでも里芋でもいいけどさ」
「じゃあ、おひげがじょりじょりしたお父ちゃんはゴボウだね」
「あははは」
末っ子の慎太郎がそう言うとみんなが笑った。
「でもさ、おでんにゴボウは入ってないから、お父ちゃんだけきんぴらだね」
「ほんとだ、あははは」
長女のかの子が言うとまたみんなが笑った。
「ちょいちょいっ、きんぴらとおでんは家族じゃないだろ」
寛治が慌てて言った。
「じゃあ大根にしてあげようか?」
「ううっ、ああっ、いいの?ありがとう」
信子が優しく言うと、半泣きの様相で寛治が答えた。
「じゃあ、いただきますするから大根もそこに座って」
「はい、大根が大根いただきます」
信子の足を大根に例えようかと思いながら、それを言えるほど酔いが回ってない寛治がゆっくり座布団に腰をかけた。
「では、いただきます」
どこにでもいる家族を温かく見守るように、空では満月が優しく顔を出し始めていた。
自分は中身がいっぱい詰まってるがんもだと言いたかったが、今日のところは大根で我慢する寛治であった。