産怪
冷めた親子丼をつつきながら、何もない岡山の田舎にうんざりしていた。さびれた食堂で、妻は愚痴をべらべら吐き捨てた後、トイレに向かった。「田舎の空気に癒されて、いろんなものから解放されたい。」と言い出したのは、妻の方である。都会人らしい発想だ。そんなもの幻想にすぎないのに。
娘と二人きりになるなんて、いつぶりだろうか。仕事に追われていた私は、娘と過ごす時間はほとんどなかった。私は少し緊張しながら娘に話しかけた。
「みいちゃん。それおいしい?」
暗く冷たい目がこちらを睨んだ。
「うん。おいしいよ。」
7歳になる娘は、顔に持病があり、顔の右側が異常に腫れ上がっているのだ。しかし、私と妻は初めての子供という事もあり、しっかり育てようと決意した。この娘には、なんとしても幸せに生きてほしいのだ。
「最近、お母さんはどう?優しい?」
「わかんない。スマホばかりいじっているから。お母さんは、あまりすきじゃない。」
どうやら妻と、ぎくしゃくしているらしい。
「お父さんのことはよく話すよ。」
「ん?なんて言ってた?腕が毛深いって?」
私は少しおどけて見せたが、娘は笑ってくれなかった。
「なんだか、お父さん。口先ばっかで何にもしてくれないって。」
何も言い返せなかった。
「育メン?目指すって言ってたけど、きれいごとばっかり言って何もしてくれないって。」
私は娘の顔をひっぱたいてしまった。
「誰のために仕事をしていると思っているんだ!母さんと、気の毒なお前のためだろうが!」
その場で泣き崩れる娘を見てますます怒りが込み上げてきた。私の妻はどうやら、うまく子育てができないらしい。何かを察したのか、この店の店主らしき男がこちらに来た。
「すみません。すぐに帰りますんで。お会計よろしくお願いします。」
すると男はものすごい形相をしながら怒鳴り散らかした。
「やっぱオケツじゃ!オケツが生きとるぞ!」
なにがなんだかさっぱり分からなかった。オケツとは一体何なのだろうか?
「アレもってこい!包丁!」
男はひょいと娘を持ち上げ、食堂に向かった。
「なんなんですか!一体!」
私は男を追いかけようとしたのだが、別の店員になだめられた。
「まずいけん。じっとしとき。」
食堂をのぞいてみると、男は巨大なミキサーの電源を入れた。
「お父さん!助けて!助けて!」
娘の悲鳴もむなしく、ぽいっと、足からミキサーに放り込まれた。
「きゃああああああああああああああああああああああああ!」
ミキサーの中が真っ赤に染めあがる。男が私に叫んだ。
「始末しとくけん!!」
妻がトイレから戻ってきた。
「あんたち!なにしてんのよ!」
娘の上半身が妻のもとへ、猛スピードで這ってきた。
「お母さん!助けて!」
男が大慌てでこっちへ向かってきた
「ああ!あんごうが!見てないスキに逃げ出した!」
上半身だけの娘が妻に助けを求めながら、力いっぱい妻に抱き着いた。妻は苦しそうにこちらを見ている。
「げげえええええええ!あんた・・助けて!」
娘の腕が、妻のあばらにめり込んでいた。妻は吐血しながら助けを求めてきた。
「もう駄目じゃ!どっちもやれ!」
男が、娘と妻を抱き上げミキサーに投げ入れた。
「ぎゃあああああああああああああああああ!」
娘と妻が肉片になってしまった。男がニヤ付きながら私に話しかけた。
「アレはおえんで。おまえ殺されとったよ。な!」
私は状況がつかめず、その場に座り込み、冷めた親子丼に目をやった。なぜか可笑しくなり、いろんなものから解放されたような気がした。