自転車置き場に行ったらサドルの代わりにブロッコリーが生えていた
俺「何か書きたいんだが面白そうなネタある?」
友「面白そうなネタか。町中の自転車のサドルがブロッコリーに変わってたとかどう?」
俺「お、おう……それで書いてみるわ」
そして出来たのがこの作品。
俺の名前は北村敏明。何処にでも居そうなごく平凡な中学二年生である。
俺にはこれといった長所はないが、何が起こっても動じない……というか、自身の人生に無関心であるがゆえに、自分の身に何が起こっても他人事で済ませてしまう浮世離れした一種の悟りの境地に達している所が長所と言えなくもない、かも知れない。
とまあ、何でこんな性格になってしまったのか自己分析したことがあるが、それは恐らく家の都合による度重なる転校の連続で今の学校に落ち着くまで友人らしい友人が一人も出来なかったことが原因ではないかと結論付けた。
さて、閑話休題。本題に移ろう。
俺は今、変な事件に巻き込まれていた。
「これは、ブロッコリー……?」
学校に向かうべく家の自転車置き場にやって来た俺を待ち構えていたのは、サドルの代わりにブロッコリーが生えた俺の自転車だった。
周囲を見渡してみると、よその家の自転車にもサドルの代わりにブロッコリーが生えていた。
嫌がらせだろうか。いや、ただの嫌がらせならサドルを抜くだけで済む話だ。ブロッコリーを生やす意味が判らない。
まあ、いいだろう。それ以上考えたところで犯人以外に真意を知る術はない。ならば、気にせず受け入れるまでの話。
俺はブロッコリーを潰さないように立ちこぎで学校に向かった。
学校についてから気付いたのだが、別にブロッコリーを生やしたまま来る必要性はなかった気がする。
そして昼休み。
「ねぇ、今朝の話聞いた?」
「自転車にブロッコリーが刺さってた話?」
「そうそう、その話。皆にも聞いたけど、どうやら町中の自転車にブロッコリーが刺さってたらしいよ」
俺の隣の席でそんな会話をしている女子生徒達。
成る程、俺の周りだけではなかったようだ。
「あ、北村君も自転車通学だったよね? どうだった?」
不意に隣で話をしていた女子生徒の一人が訊ねてくる。
「ちゃんとサドルがあった場所に生えてたよ。これが現物ね」
そう言って手にしたブロッコリーを女子生徒達に見せる俺。
「え? わざわざ持って来たの?」
「サドルの代わりに生やしたまま学校まで来てしまったからね」
そこまで言ってふと、考える。明らかに俺の行動はおかしいな、と。
俺の返答にどう答えるべきか女子生徒達は悩んでいる様子。まあ、放って置こう。
と、またしても不意に背後から声がかかった。
「やあ、とっしー。元気してる? ん、それが噂のブロッコリーか?」
「これはまた見事なブロッコリー♪ 今すぐ家庭科室で調理しない?」
そう話しかけてくるのは、我がクラスの女子委員長さん。俺の数少ない友人の一人である。
そして、その後ろで食い意地を張ってるのが我がクラスきってのトラブルメーカー、通称電波ちゃん。
因みにとっしーとは俺の名前である敏明を簡略化した呼び名であるのだが、まあ、悪い気はしないので突っ込みははしない。電波ちゃんはノータッチの方向で行こう。
「それにしても、何でまたブロッコリーなんだろうな」
そう言って首を傾げる委員長さん。彼女の意見はもっともだ。というか、それは俺も数時間前に考えたことだ。
「それは俺が聞きたいですよ。嫌がらせならサドルを抜くだけでいいのに」
「確かにその通りだな」
「あー、きっと犯人は革命家さんですよー」
俺達の話に急に割り込んでくる電波ちゃん。何が言いたいのかさっぱり判らん。
「つまり、どういうことだ?」
冷静に突っ込み返す委員長さん。それに対する電波ちゃんの答えは、
「これは現代人の食生活の乱れに憂いを感じた革命家が手始めに始めた世界救済計画だと思いますー。皆でブロッコリーを食べて元気になろうー」
意味が判らん。
しかし、彼女の言う通りだとすれば町中の自転車にブロッコリーを生やした革命家の行動力は大したものだ。
流石は革命家というところか。
それなら外したサドルをその場に置いといてくれると有り難かったのだが。
「だからー、皆で犯人探ししません? 革命家さんのサイン貰いたいしー」
いきなりそう言い出す電波ちゃん。何故そうなる。というか、皆の中に俺は含まれているんだろうな……。
因みにそれまで俺の隣で話をしていた女子生徒達は電波ちゃんが現れたと同時に姿を消している。何という危機察知能力……これがいわゆる女の勘という奴か。
「じゃあ、放課後集まろうねー。あと、これ貰って行くねー」
一方的にそう言い残し、電波ちゃんは俺のブロッコリーを持って教室を後にした。恐らく家庭科室に向かったのだろう。
「まあ、そういうことだ、とっしー。長いものには巻かれるのがお前の性分だろ?」
「そうですね。別に断る理由もありませんし」
そう答えると同時に授業が始まるチャイムが鳴った。
因みに電波ちゃんはその次の授業まで帰って来なかった。
そして放課後。
「お待たせ」
「革命家さんのお陰で私のお腹は救済されましたー」
学校の駐輪場に集まった俺達。
「で、集まったはいいがどうやって犯人を見付けるんだ?」
俺の問いに答えたのは電波ちゃんだった。
「これを使いますー」
そう言って彼女がかばんの中から取り出したのは……
「それは……自転車のサドル? 何故、君はそんなものをかばんに入れているんだ」
突っ込みは委員長さんに任せよう。「うふふ、ミステリアスでしょー」などと言っている電波ちゃんは放置の方向で。
彼女たちは一先ず置いておき、作戦は何となく判った。
つまりは囮作戦だ。
町中の自転車にブロッコリーを生やす程の行動力と強い意志を持った犯人ならば、サドルのついた自転車を放置しておく筈がない。……ということだろう、多分。
「作戦は概ね把握した。しかしながら、本当に現れる保障はないな」
委員長さんの意見はもっともだ。しかし、電波ちゃんは自信たっぷりに、
「大丈夫ですよー。なんたって、相手は革命家さんですー。この程度で屈する筈がありませんよー」
とのこと。まあ、作戦が成功しようが失敗に終わろうが正直なところどうでもいいと思っている俺。家の門限までに帰れたらそれでいい。
「まあ、物陰に隠れてのんびり待つか。俺は夜までに家に帰れればそれでいい」
「じゃあ、作戦決行だな」
こうして、俺達の犯人誘き寄せ作戦は開始した。
物陰に隠れて様子を伺う俺達。まあ、どうせ骨折り損のくたびれ儲けで終わりだろうと思っていたが、作戦開始五分にしてそれは唐突に現れた。
「……何あれ?」
訝しげに呟く委員長さん。まあ、俺も同じことを思ったが台詞を先に取られてしまったので黙っておく。
「あれが革命家さんなのねー。……あ、サイン貰わないと」
「待て、決定的瞬間を押さえてからだ」
色紙とマジックペンを手にしている電波ちゃんが飛び出しそうになるのを委員長さんが制止する。
俺達の視線の先には一台のサドル付き自転車と、どう見てもでっかいブロッコリー……というよりも、色や形状的にはカリフラワーとしか形容出来ないきぐるみを来た謎の人物。そして、その人物の手には白いブロッコリー? いや、あれはカリフラワーだな。
きぐるみの人物は自転車のサドルを外し、代わりにカリフラワーを差し込んだ。
「あれが犯人で間違いないな……」
「でも、あれはカリフラワー……」
「じゃあ、サイン貰って来るねー」
「あ、待てっ」
「いや、だからあれはカリフラ……」
「私達も追うぞ、とっしー!」
「……はいはい、了解ですよ」
委員長さんの制止を振り切り、電波ちゃんがきぐるみの人物に向かって駆けて行く。
俺は、もうどっちでもいいやとか考えながら彼女の後を追った。
「革命家さーんっ、サインお願いしますー」
その声にこちらを振り向くきぐるみの人物。駆け寄って来る電波ちゃんの姿を見て、有無を言わさず全速力で逃げ出した。
「あー、待って下さいよー」
逃げるきぐるみの人物。それを追い掛ける電波ちゃん。その後に続く俺達。何ともシュールな光景だ。
委員長さんも同じことを考えているのだろうかと振り向くと、
「こちらα-1。不審人物は校門方面に向かって逃走中。α-2、α-3は退路を塞ぎ警備員の元へ誘導しろ。繰り返す、不審人物は校門方面に向かって逃走中……」
委員長さんはいつの間に手にしてたのか、トランシーバーを片手に何やらお取り込み中らしい。放って置こう。
その後、きぐるみの人物は学校の警備員に取り押さえられ、そのままパトカーに押し込まれて学校から去っていった。
何とも呆気ない幕切れ。
犯人と思しききぐるみの人物は警察に連行され、事件は解決した。
「さて、帰るか」
俺は駐輪場に停めていたサドルの無い自分の自転車を引っ張り出し、帰路に着こうとしてふと思い出した。
サドルならさっきの奴があるじゃないか。
そう思い立った俺はその場に放置されていたカリフラワーの生えた自転車の元に行き、地面に落ちていたサドルを拾った。後はそのサドルを俺の自転車に装着すれば……いや、待て。何か違和感がある。何だ……この言い知れぬ違和感は……。
「……な、これは!?」
そこまで来て俺は違和感の正体に気が付いた。残されたサドル……その側面についた傷跡……見間違える筈が無い。これは俺の自転車の"本物の"サドルだ。それをあいつが持っていたということは……
「気付いちゃったんだね」
「……っ!?」
不意に後ろから掛けられた声。振り向くとそこには夕日に照らされ、儚げに微笑む電波ちゃんが居た。彼女の手には一塊のブロッコリー。
「これは全て、あの憎きカリフラワーを陥れる為の罠。町中の自転車のサドルをブロッコリーに変えれば、それに対抗してカリフラワーも行動を起こす筈。そして、その予想は当たったわ」
「やっぱりカリフラワーで合ってたんだ、あれ」
「彼と私は全く瓜二つ。でも、カリフラワーはブロッコリーが突然変異して出来ただけなのに、世間ではカリフラワーが重宝される。だからかな……それがとても許せないの」
「近親憎悪か」
「ええ、そうよ。だから、彼にはサドル盗難の罪を被せて消えて貰った」
とまあ、何となく流れに身を任せてシリアス風な会話を続けているが、俺には彼女が何を言っているのかさっぱり判らない。とりあえず判るのは、電波な彼女の方ではなく今の彼女の方が素であることと、ブロッコリー事件の真犯人が彼女だということだけだ。
「本来ならここでおしまいだった。でも、貴方は真実に気付いてしまった……ごめんね」
「それはどういう意味だ」
「私は計画を完遂する為に貴方を消さなければならない」
成る程、どうやら俺はピンチらしい。
「最期に言い残すことはある?」
電波ちゃんは手にしたブロッコリーを俺につき付けながらそう訊ねてきた。
俺の人生もここまでか。……彼女の凶器がブロッコリーではなくナイフとか拳銃であればの話だが。
「言い残すというより質問なんだが、カリフラワーを陥れるのが目的なら最初からブロッコリーではなくてカリフラワーを刺して置けばよかったんじゃないか?」
「……じゃあ、さよなら」
俺の質問は無視かよ。
俺は自らの死を覚悟……する筈も無い。大体、凶器がブロッコリーの時点で問題ありだ。
そして、事実、俺は死ななかった。しかし、それは凶器がブロッコリーだったからではない。
電波ちゃんの死角から飛んできたキャベツの玉が彼女の頭に命中し、糸の切れた操り人形のように倒れたからだ。
「間に合ったわね」
キャベツを投げたのは委員長さんだった。しかし、何故キャベツなんだろう。
「委員長さん? どうして……いや、それより彼女は大丈夫なんですか?」
「安心して。手加減したから軽い脳震盪を起こして倒れているだけよ」
手加減で脳震盪レベルなら本気で投げたらどうなるんだろうか。
「私は野菜王様から彼女の監視を命じられていたの。彼女は同族であるカリフラワーをとても憎んでいたから……」
監視? というか、野菜王ってなんですか?
電波ちゃんがブロッコリーで、きぐるみの人物がカリフラワー。その理論でいくと委員長さんも?
「……委員長さんはキャベツですか?」
「ええ、その通りよ」
だそうです。
こうして一連の事件は幕を下ろした。
そもそもの疑問であった「カリフラワーを陥れるだけなら最初からブロッコリーではなくカリフラワーを刺して置けばよかったのではないか」については、「ブロッコリーを刺した方が知名度が上がっていいですよー」といった電波ちゃんならではの短絡的な発想によって実行された犯行だった。
翌日には町中の自転車にサドルが返却され、謝罪の手紙とお詫びの品としてキャベツが置かれていたらしい。
それ以降は自転車のサドルの代わりにブロッコリーが生えていることもなく、平穏な日々が帰ってきた。
―完―