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王家の盾  作者: 柳本 紘
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 アーロンにとってアリシアは、最初は苦手な存在だった。


 まぁ、アリシアに限らず、女の子、という存在が苦手だったのだけれども。


 今でこそアリシアは愛おしく、何物にも変えがたい存在だが、婚約者となるまで――シモンが生きている頃は、出来る限り距離をとっていた。


 余談だが、婚約の申し込みをしたいと非公式に義父に申し出た時、苦手と知っていた彼からはかなり渋られた。「大切な娘を不幸にしそうな男に任せる気はない」と。


 それでも彼女の婚約者の座を勝ち取れたのは、その後から必死にアリシアとの関わりを持ち、大切にしたいのだと無言のアピールを続けたから。

 ついでに自身が有能であると売り込みも頑張った。


 義父から認められるまで、あんなに必死になったのは生まれて初めてで、認められた時は不覚にも泣きそうになったほどだ。

 後にアリシアからこっそりと、「父様、ずっと早い段階で貴方を認めていたけれど、幼い頃から娘の婚約者を認めるのが悔しくて先延ばしにしていたのよ」と聞いた時は、あの時の涙を返せと言いたくなったが。


 そんなわけで、アリシア一筋のアーロンは、実は未だに女の子――もとい、女性が苦手である。


 昔から女性受けする顔なのだと知っていた。

 幼少期からアーロンを取り囲む女の子、特に貴族令嬢にとって、見目が良く王子様然とした辺境伯三男は、婿がねとして優秀な物件だった(ちなみにこの言葉はアリシア談である)。

 裏では誰々は相応しくない、自分こそが、と盛大なマウントの取り合いをしていることを偶然知ってからは、余計に辟易とした。ドン引きしたと言ってもいい。

 いやお前ら全員願い下げだよ、と心の中で叫んでいた。

 ちなみにアリシアが言う分には構わない。むしろ言って欲しいと思っている。人間惚れた方が負けだというが、まったくもってその通りだろう。


 ともかく、何が言いたいのかというと。

 アーロンにとってアリシア以外の女性は須く苦手で、かつ、有象無象ということなのだが。

 いつの時も、女性はアーロンのことを同じようには思ってくれないらしい。


「殿下ったら。アーロン様を独り占めしてズルいですわ」

「おや。これはこれは、俺はご令嬢方の不興を買ってしまっているのかな? どう思う、アーロン」

「私に答えを求められても困ります」


 クスクス、と上品な笑いが起こる。


 アーロン含め側近が誰であれ、エドガルドの送迎、特に帰り際が担当になると、こうして令嬢たちに囲まれるのが常だった。

 これがホセならば、嬉々として話を聞いただろう。もちろん、情報収集的な意味でだが。


 今までは、遠回しな断りを入れつつも、長々と話に付き合っていた。

 だが、今のアーロンには難しい。


 何故なら、帰宅すればアリシアに会えるのだ。

 早く帰りたいアーロンは、しかしそれを滲ませることなく笑みを深めた。


「殿下がアーロン様とお茶会に来てくだされば、万事解決なのですけれど」

「…申し訳ありません、リンダ嬢。来年度から私の大切な人がここに通うのです。誤解されたくないですし、皆様が私などよりも相応しい人を見つけた時に、誤解を与えたくもないのです」


 口を開いた殿下が言葉を発する前に、わずかに前屈みになって注目を集める。

 視線が集まったのを確認し、すかさずそう告げた。

 なるべく困ったように笑いながら、分かってくれと言わんばかりの雰囲気を醸しだす。


 目を瞬かせたのは令嬢たちだけではない。エドガルドもだった。


 ここぞとばかりに、アーロンは彼に話を振る。


「殿下もそう思われるでしょう?」


 暗に彼の婚約者である、フェリシアナのことを匂わせた。


 エドガルドの側近の婚約者の中で、彼女の側近に選ばれたのは、同学年であるアリシアのみとなる。

 他は年齢がさらに下、あるいは同年か婚約者がいないに振り分けられていた。


 少し視線を泳がせた彼は、少しして「ああ、そうだな」と呟く。


 二人の関係は、あまり良好とは言えない。

 不仲、と噂されるほどではないが、距離は依然離れたままだ。


 エドガルドの女癖は公然の秘密だが、フェリシアナはそのことに対して沈黙を守っている。

 泰然とも言えるその姿勢は、さすが王妃となるべく教育を受けている女性と、大人からは高評価だ。


 そのことに劣等感を刺激され、どこか窮屈に思っていることは知っていた。


 ちなみに、エドガルドの側近とフェリシアナの関係は比較的良好だ。

 彼のサポートについての同志とも言え、婚約者がフェリシアナだからこそ、アーロンたちもこの役目に文句も言わずにこなしている面が強い。


 今取り囲んでいるご令嬢方も、エドガルドや側近の婚約者に成り代わることを期待しているのだろう。


 だからこそ、牽制の意味も込めて告げたのだ。

 ここまで言われて引き下がらない者はいない。引き際の見極めも、貴族――特に高位貴族には必須事項と言えた。


「殿下。そろそろ…」

「、ああ。すまないな、ご令嬢方。残念ながら、今日はこの後予定があるんだ」

「まぁ、それは大変失礼をいたしました。殿下、アーロン様、ごきげんよう」


 一人が代表するようにそう言えば、その場の皆が口々に別れの挨拶をする。


 それに礼をすることで応え、エドガルドを先頭に歩き出した。


 馬車に乗り込んで、ようやくエドガルドが口を開く。


「…余計なことを」

「差し出がましいようですが。そろそろ火遊びもほどほどになさったほうがよろしいかと。殿下のご婚約者はフェリシアナ嬢です」


 笑顔を消してはっきりと言えば、彼は苦々しげな顔をする。


「分かっている」


 分かっているさ、と繰り返し、そのまま黙り込んだ。

 不機嫌を表に出すエドガルドに、内心でため息をつく。


(アリーに会いたい…)


 窓の外に目をやり、アリシアに想いを馳せた。


 やらなければならないことから思考を逃避する。

 帰りに、花屋に立ち寄ろうか。

 小さな花束なら、彼女も喜んでくれるだろう。


 そうしよう、と決める。

 やけに長く感じる王城への道のりも、そんなことを考えていれば苦ではなくなった。






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