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王家の盾  作者: 柳本 紘
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お久しぶりです。






「お嬢様、お待ちしておりました」


 よく通るアルトトーンが喜色を滲ませて発せられる。

 アーロンに馬から下ろしてもらい、アリシアも笑みを浮かべた。


「リズ、カインも。ご苦労様」

「勿体ないお言葉でございます」


 一つに赤い髪を結わえた男装の麗人は、ふわりと笑んで一礼した。


 リズは数少ない女性騎士だ。


 この国では、実は職業婦人も多く存在する。

 ただし組織の中で高い地位にいる者は、ほぼいないに等しいが。


 とはいえ、剣を取る女性は少ない。

 それに厳しい訓練についていけなくなり、その道を諦める場合も少なくはなかった。

 だからこそ、正式に騎士に任命される女性は希少で、また、貴族からは重宝されることが多かった。


 リズは元々ロレンソの平民出身だ。

 中々のお転婆であった彼女は、休暇を利用して家族と実家に帰省していたベネディート家の騎士団長・カインストの目にたまたま留まり、声を掛けられたことがきっかけで騎士を目指すこととなった。


 あの事件当時は王都の騎士養成学校の寄宿舎にいたため、リズ自身はその場を知らない。

 ただ、元々アリシア付になることは決まっていたとはいえ、その筆頭となるなど思いもしなかっただろう。


「さぁ、長旅でお疲れでございましょう。ひとまず中に入られては」

「えぇ、そうさせてもらうわ。アーロンはこの後の予定はあって?」

「もちろん一日空けている…と言いたいところなんだが。すまない、アリシア。夜にどうしても外せない用事があるんだ」


 カインに手綱を渡しながら、アーロンは眉尻を下げる。

 てっきり夜も一緒に過ごせると思い込んでいたアリシアは目を瞬かせた。


 とはいえ、アーロンにも付き合いはある。

 彼のことだから、本当に断れない約束なのだろう。


「…そうなの。なら、それまでは私と過ごしてね」

「ああ、もちろんだとも」


 沈んだ気持ちを上向かせるように、わざと明るい声を出せば、柔らかい了承の声。


 その一旦途切れたところで、リズが「さ、お嬢様」と声を掛けてくる。

 それに応えて、腕を差し出してくれたアーロンに笑い、そっと寄り添った。











     ◇ ◇ ◇











 アーロンは目の前の光景を冷めた目で見ていた。


「すまんな、もうこんな時間だとは」


 そう笑う男は、悪びれた様子もなく緩く服を纏う。

 色気の滴る、とはこのことと思える様は確かに世の女性方を騒がせているが、アーロンからすればただのだらしない姿だ。

 約束の時間に参上すれば、取次の侍従が困った様子だったため強行突破した。

 案の定火遊びの最中で、女性はまろぶように逃げたが。


「殿下。特に用がないのであればお暇しても?」

「まぁまぁ、そう殺気立つなアーロン。夜は長いじゃないか」


 眉間に皺が寄る。

 精神的な頭痛に襲われ、実際にはしないが内心ため息が止まらない。


「…殿下。発言にはお気を付けて頂きたい」

「ははは。俺とお前の仲じゃないか。知ってるか? 最近の俺の火遊びは、手に入らない硬玉への苛立ちゆえだそうだぞ」


 イラッとした。


 硬玉が何を示すか――それは、アーロンのことだ。

 女性関係では堅物と呼ばれ(本人からすればアリシア一筋なだけである)、どちらかというと硬派の美しさを持つと言われているのは知っていた。


 分かっていて言っているし、放置している。

 というより、それを楽しんで煽っているのだこの悪趣味な男は。

 そんな噂が立つことで、アーロンがどんな立場に置かれるか、考えもせずに。


 さきほどの女もそうだ。

 ちらりと見えた顔は、アーロンも知っていた。

 最近城に上がったばかりの、子爵令嬢のメイドだった。


 この男の女遊びを知る面々から、彼の好みそうな容姿の者が働くことになる場合、秘密裏に側近たちに共有されることになって久しい。


 これが未来の主君と思えば憂鬱になる。


 傲岸不遜で軽薄、女たらし。

 成績は優秀ではあるものの、決断力にやや乏しい。

 なにより、深く考えるよりも流されるほうが好きなのだとは、陛下含め側近の暗黙の了解となっているこの男。

 彼こそが、この国唯一の直系男子にして王位継承権第一位の王子、エドガルド・リ・イグレシアスだ。


「帰ります」


 返事も待たずに踵を返す。

 やってられるか、と内心で吐き捨てた。


 今日は大切なアリシアが王都に来た初日なのだ。

 移動手段が苦手な馬車しかなく、それでも気丈にしていたアリシア。

 きっと寂しい思いをさせている。

 この男からの呼び出しでなければ、絶対に断っていた。


「待て待て、辺境に関することで聞きたいことがあるのだ」


 その言葉に渋々足を止め、向き直る。

 側近としてではなく次期辺境伯として呼ばれたとなれば話は別だ。


 感情面を一切隠したアーロンに、エドガルドは苦笑した。


「最近、変わったことはないか?」

「…と、言いますと?」

「いやなに、最近隣国の次代について、ちょっとした噂を耳にしてね」


 思い当たる噂はあった。

 けれど、だからこそアーロンは眉間に皺を寄せる。


 その表情に何を思ったのか、エドガルドはやや得意げになって話し始めた。


「あそこは王子が二人いるだろう? 継承について、事態が動いてもおかしくない年齢だしな。その中で、第一王子が将軍職に就くらしい、と小耳に挟んだ」

「……殿下。その件については、後日改めてお話をさせていただきます」

「なんだと?」


 もし許されるのならば、頭を抱えたい。

 その情報は、一月ほど前にベネディート家から重要案件として秘密裏に調べ、陛下へと奏上していた。


 掴んだ大筋は、第一王子が継承権を放棄し、第二王子が王太子となる。第一王子は将軍として国を支えていくこととなるようだ。

 同い年の彼らは、母は違えど仲が良い。豪胆な気質の第一王子は、適材適所と笑っていたという。


 ただしこれは、あくまで水面下での話だ。国交問題も含め、近隣諸国ではこのネタはどこも掴んでいるだろう。

 現在国の方でも情報を精査しているはずだ。


「現在、私からお答えできることは何もない案件ですので」

「…どういうことだ?」

「お察しください。お話がそれだけならば、失礼します」


 一礼し、退出する。

 引き留められることはなかった。あれで、ただ愚鈍なわけではないから、察したのだろう。現在国で調査中なのだと。


「はぁぁ…」


 帰途につく馬車の中で、思いっきりため息をつく。


 しかし、なぜ今頃その話題を彼が知ったのか?

 かなり遅い上に、彼の側近でそんな噂を彼の耳に入れる者はいないと断言できる。


(あの男の性質を知る者ならば、こんなデリケートな噂を耳に入れることはしない。ならば、どこから仕入れた? 学園含め、そもそも出回っている噂ではないはずだ)


 基本的に深く考えることが難しく、さらには胸の内に溜めることがそうそう出来ない男なのだ。

 だからこそ親世代から託されている側近のメンバーは、あらゆる面での高水準を要求される。


 ある意味結束の固いアーロンたちに、そんなミスを犯す者はいない。


 これは明日の朝、共有するべき事項だろう。


 そう思い、目元に腕を乗せ仰向く。




 ひとまず今は、ただ、アリシアに会いたかった。






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