遺跡の侵入者達
夜空に浮遊する同盟都市で起きた激闘は、それぞれの戦場を作り出す。
エリクとユグナリスは世界の破壊を目論むウォーリスと対峙し、浮遊する都市を大きく破壊しながら激戦を繰り広げている。
しかし到達者の能力を遺憾なく発揮するウォーリスによって、ユグナリスは心臓を貫かれながら崩れていく同盟都市の亀裂に落下し、エリクは苦戦する状況の中で一人で対峙する事となった。
その余波を受けながら破壊されていく同盟都市の一画で、もう一組の戦いも行われている。
魔力と生命力を合わせた『精命武装』によって武装を身に纏う首無騎士マギルスと、青い甲冑姿の騎士へ変身する。
そして下級悪魔達の血肉を武装にして身に纏う悪魔騎士ザルツヘルムと相対し、互いに『騎士』を冠する者として矜持と武器を衝突させた。
同盟都市は二つの激戦が交えられる戦場と化しながら、浮き上がる大地を徐々に削り飛ばしていく。
しかし削られていくのは都市部分だけであり、浮遊機能を果たす魔鋼の遺跡には傷一つも付いていない。
その遺跡の表面部分となる場所まで落下した狼獣族エアハルトは、優れた嗅覚に届いたある匂いを辿って重傷の身体を歩かせる。
胸部の骨や内臓を損傷しているエアハルトは激痛に表情を歪めながらも、体内に魔力を循環させながら自己治癒力を高めながら堪え続けていた。
「――……ゥ、ガ……ッ」
それでも苦痛の声が口から漏れるエアハルトは、暗闇の中で足を止めながら鼻を微かに動かす。
周囲にある魔鋼とは別の匂いを辿るエアハルトは、しばらく歩きながら嗅覚と凝らす視界で進み続けた。
真上では大きな地響きが鳴る音が聞こえ、エアハルトは都市部でまだ戦闘が続いている事を理解している。
しかしエアハルトの表情には痛み以外の感情が僅かに滲み出ると、悔しさを宿す声が漏れた。
「……俺は、足手纏いか……。……クソ……ッ!!」
都市部で行われる戦いの次元が、既に自分の技量では足元にも及ばぬ戦いになっている事をエアハルトは否応なく察している。
僅か三年ほど前には実力的にそれほど差の無かったマギルスやエリクには圧倒的な実力差が生まれ、今回の戦いを通じて異常な成長速度で強くなるユグナリスの能力を見せつけられた。
しかもそれ等と相対するのは、それ以上の実力と能力を持つだろう異質な悪魔や到達者達。
合成魔人にすら勝てなかった自分の不甲斐なさを自覚するエアハルトは、歯を食い縛りながら自身に対する憤りを強めた。
「……俺の実力では、奴等には及ばないのか……。……これが、俺の限界か……」
自身の実力を遥かに上回る存在を見たエアハルトは、ある種の絶望を抱く。
頂上にさえ感じてしまう彼等の実力を間近で晒されたエアハルトは、遥かに劣る自分の力量との差を否応なく感じさせられていた。
しかし次の瞬間、エアハルトは目を凝らしながら鼻の嗅覚を働かせる。
するとその場に留まりながら前屈みになって右手を魔鋼の地面へ着け、嗅覚である匂いを嗅ぎ取りながら目を見開いた。
「……ここか」
その部分から何かしらの匂いを感じ取るエアハルトは、両膝を着けながら座り右手の親指と人差し指で上半身に身に着けている衣服の一部を千切り削ぐ。
すると削いだ布生地を電撃で燃やし、その場に僅かな炎を灯らせながらその部分を観察するように確認した。
確認した部分の魔鋼の表面は、傷一つも無く接合部分や切れ目なども見えない。
しかし眉を顰めながらその部分を凝視するエアハルトは、その部分から微かに香る匂いに注目しながら魔鋼の表面に右手を触れさせた。
「……!」
しかし次の瞬間、魔鋼に触れたエアハルトの右手が沈み込むように動く。
そして手の平一個分の表面空間が僅かに押し込まれた瞬間、押し込まれた部分を中心に直径二メートル程の魔鋼が突如として消失し、エアハルトの身体を前に傾けながら姿勢を崩させた。
「ッ!!」
傾いた身体を腹筋と背筋で引き戻したエアハルトは、その場から飛び退きながら状況を確認する。
そしてよく見るように開いた空間を確認し、周囲を確認しながら声を呟かせた。
「……隠し扉……。……そして、隠し通路か……?」
突如として開いた空間に顔を覗き込ませたエアハルトは、その奥に広がる階段状の通路を確認する。
そして更なる暗闇へ誘うように降りていく階段を見下ろしながら、僅かに緊張を強めた表情で呟いた。
「……この通路から地中を通じて、魔力の匂いが流れていたのか。……間違いない。あの女が持っている、紙札から放たれていた魔力だ」
エアハルトはそうした言葉を明かし、今まで辿っていた匂いが追跡していたアルトリアの持つ紙札に通じる魔力である事を確認する。
そして布生地の炎によって仄かな視界の先に見える底の見えない階段を確認しながら、右足を降ろして踏み込もうとした。
しかし次の瞬間、エアハルトは突如として出現した別の気配と匂いに気付く。
それが自身の左側にいるのを察して振り向こうとした瞬間、その位置から放たれる打撃がエアハルトの顎下を見事に打ち抜きながら身体を浮かし飛ばした。
「ガグッ!?」
突然の衝撃と打撃を受けて首を大きく仰け反らせたエアハルトは、そのまま魔鋼の表面に背中から倒れる。
そして脳が揺れ動くながら強い眩暈を感じながらも、右腕と左脚を支えに起き上がろうとした。
それを阻むように、エアハルトを吹き飛ばした人物は駆け跳びながら膝蹴りをその顔面に浴びせる。
僅かな足音と空気を斬るような音で打撃が来る事を理解していたエアハルトは、右手の平でそれを防ぎながらも再び身体を横倒しにさせられた。
「ぐ……ぁあ……っ」
傷も癒えない状況で身体を二度も叩きつけられたエアハルトは、苦痛の声と咳を漏らしながら血を吐き出す。
そんなエアハルトに打撃を浴びせた人物は、暗闇の中で声を向けながら言葉を向けた。
「――……君、魔人だね」
「……貴様は……っ」
「先客がいると思えば、自力で入り口を探し出せる魔人がいるとは。……その容姿、狼獣族かな? 随分と珍しい」
「……誰だ、お前は……っ!!」
突如として現れながらそう話し掛ける青年らしき声に、エアハルトは痛みを堪えながらも睨むように怒りの籠る声で問い掛ける。
しかしその答えは返されず、倒れたエアハルトを一瞥し終えてから横顔を向けてこう言い放った。
「死に掛けてるようだし、そこで寝ていた方がいい」
「…ッ!!」
「我々は、巫女姫様に命じられた目的を果たしに来た。生きていれば、帰りに回収してやろう。ではな――……」
「お前、まさか……!!」
そう言いながら発見した階段を降りて行く青年の言葉を聞いたエアハルトは、先程の相手が誰かを思考に浮かべながら藻搔いて状態を起こす。
しかし頭部の打撃で脳の揺れたままのエアハルトは立ち上がれず、魔鋼の表面に座った姿勢で呟いた。
「……アレが、フォウル国の干支衆という奴か……。……奴等め。俺達を囮にして敵勢力を引き摺りださせ、同盟都市へ潜入していたということか……ッ」
エアハルトは苦々しい面持ちを浮かべながら状況を分析し、先程の相手が干支衆の一人であり、更にこの場に現れた意味を察する。
しかし言われるがまま休んでいる気など無いエアハルトは、脳と意識の揺れが落ち着いた時に身体を起こし、相手が降りて行った階段を再び見下ろした。
「……俺が、見つけた入り口だぞ……。……貴様等に、好き勝手はさせん……っ!!」
折れかけていた闘争心に再び火が付いたエアハルトは、自分に攻撃を仕掛けて発見した入り口を勝手に使った干支衆らしき人物に苛立ちと怒りを抱く。
そして痛みを堪えながら階段を降りるよう実行し、その場から姿を沈めながら覆われる暗闇の中に消えて行った。
こうして地下に広がる魔鋼の遺跡に辿り着いたエアハルトだったが、そこで遺跡の出入り口を発見する。
しかし潜みながら潜入していた干支衆に先を越され、その怒りを燃料として痛めつけられている自分の身体を動かし続けた。
しかし彼等の行動を、遺跡内の管理者は発見している。
それはウォーリスの側近であるアルフレッドによって、既に認識されている状況となっていた。
「――……侵入者の数は、一人……二人か。……いや、他の出入り口の反応が無い。という事は、既に別の出入り口からも侵入されている可能性がある……」
操作盤の前に座りながら映像越しに遺跡全体の構造を把握するアルフレッドは、エアハルト達の侵入した出入り口の警報装置が作動した事を察する。
それに連動して他の出入り口の警報装置も調べると、全て無力化されて作動できなくなっているのを確認した。
これにより遺跡内部に侵入者がいる事を掴んだアルフレッドは、帝都に攻め入らせていた死者と合成魔獣の侵攻を自動操縦に切り替える。
そして遺跡内部の侵入者達に対して、その対策とも言える防衛策を起動させ始めた。
「出来るだけ、内部を傷付けたくはないが。――……より厄介な状況になる前に、始末する」
アルフレッドは機構として左右に出現した操作盤を指で激しく叩きながら、対侵入者用の防衛機構を起動させる。
その防衛装置が合成魔獣や死体よりも厄介である事を知るのは、未来の出来事を知る極一部の者達だけだった。




