新たな力
夢から目覚めたエアハルトだったが、同盟都市周辺の状況は以前に変化を見せない。
そんな時に現れたのは、かつて同じマシラ共和国の闘士部隊に所属し成長していた青年マギルスだった。
ドワーフの製造した特殊な二輪車に乗って空を走り抜けて来たマギルスは、友達の願いを叶える為に自らの意思でリエスティアを救う決断をする。
その決意と共に敵拠点が存在すると思われる同盟都市建設予定地に向かおうとしてたエアハルトだったが、そこに置いて来たはずの帝国皇子ユグナリスも追い付いて見せた。
「――……貴様……ッ!!」
「やっと、追い付けた――……うわっ!!」
森側の木々から飛び出したユグナリスだったが、そのままの勢いで峠の先に広がるある崖下まで跳び越えそうになる。
それを必死に踏み止まりながら落下するのを回避すると、一気に跳び退いてエアハルト達の傍まで近付いた。
「ふぅ、危なかった……」
「……膝を着いていた男が、何をしに来た」
安堵の一息を零すユグナリスに対して、エアハルトは再び軽蔑を含む鋭い視線を向けて問う。
その表情と向き合うユグナリスは、真剣な表情と身体の正面を向けながら突如として頭を下げた。
「!」
「貴方に言われるまで、俺はまた自分の愚かさに気付けませんでした。ありがとうございます」
「……何のつもりだ?」
「それでも俺は、リエスティアを助ける為にここに来ました。……そうしなければ、俺は一生後悔し続ける。それに気付いたんです」
「……ッ!!」
「その為にも、俺はウォーリスを討ちます。……でも、身勝手な憎悪や憤怒では戦いません。愛する者と、そして父上が託した帝国の人々を守る為に、俺は戦います」
自らの決意を改めて示すユグナリスの様子に、エアハルトは僅かながらも驚愕を見せる。
別れた時点では自ら起こした出来事だと責められ、打ちひしがれ立ち上がる事も出来なかった馬鹿な皇子。
それが二時間にも満たぬ間に、気力を戻すどころか見違える程の精神的向上を見せている姿は、エアハルトに少なからず動揺を与えた。
動揺を与えた理由は、先程まで見ていた夢が原因に含まれている。
この時ユグナリスの姿と夢に見たレミディアの姿が、まるで重なるように見えたからでもあった。
そうして表情を歪めながら後退るエアハルトに対して、ユグナリスは奇妙な様子を向ける。
「エアハルト殿?」
「……やはり、気に喰わん」
「え?」
「貴様も、そしてあの女も。……俺は絶対に、認めてやるものか」
そうした言葉を呟きながら向けるエアハルトは、ユグナリスから顔を背ける。
すると横で二人の話を聞いていたマギルスが、やや苛立ちの籠る様子で問い掛けた。
「ねーねー。そっちの話は終わったの?」
「ああ」
「じゃあ、さっさと行こうよ。……そっちのお兄さんも、エアハルトお兄さんの仲間かな?」
「仲間ではない。……足手纏いが、ようやく自分で歩けるようになっただけだ」
不機嫌な様子でそう告げるエアハルトに、マギルスは首を傾げながら意味を理解し損ねる。
そこで今度は、初めて見るユグナリスに対して問い掛けた。
「そっちのお兄さん、リエスティアって人を助けに来たって言ったよね。なら僕と一緒だね!」
「えっ。君も、リエスティアを……?」
「うん! お兄さんも同盟都市に行くの? なら、僕の二輪車で一緒に行く?」
「バイクとは……。というか、君はいったい……?」
「僕はマギルス! お兄さんは?」
「俺は、一応この帝国の皇子で、ユグナリスです」
「あれ、帝国の皇子? ……じゃあもしかして、お兄さんがあの子のお父さん?」
「あの子のお父さん……? もしかして、シエスティナの事を言っているんですか?」
「そっか、この人かぁ。……あれ、もしかしてその子って生きてるの?」
「えっ。……まさか、シエスティナに何かあったんですかっ!?」
「そんなの、僕が知りたいよ。クロエが教えてくれた未来だと、その子は生まれた時に死んじゃって、リエスティアってお母さんも一緒に死んじゃったって聞いてたのにさ。訳が分かんない!」
「……俺も、君の言っている事が分からないよ。クロエというのは、確かアルトリアが言っていたリエスティアの皇族名だったはずだけど……」
「えっ?」
「……えっ?」
マギルスとユグナリスは互いに知る出来事に関して大きな違いがあり、噛み合わない話で首を傾げ合う。
そんな様子を見せ合う二人を無視するように、エアハルトは青い二輪車に近付きながらマギルスに声を向けた。
「くだらん話をしている暇があるなら、さっさと行くぞ」
「うーん、そうだね。分かんない話は、後で確かめればいいや! ユグナリスお兄さんも来るんだよね?」
「あ、ああ。というか、どうやって……?」
話が見えないユグナリスを理解させる暇も無く、エアハルトとマギルスは出発の準備を進める。
二輪車に近付いたマギルスは再び精神武装の甲冑を顔に纏うと、鞍に跨りながら取っ手に両手を置いた。
「じゃあ、二人が乗れる席を作るよ!」
「なに?」
マギルスはそう言うと、取っ手を捻るように軽く回す。
すると二輪車の後部に付いた原動機が青い魔力を放出し始める。
その魔力が新たな物体へと形作られ、二輪車の左側に二人が座れそうな側車を作り出した。
それを見た二人に対して、マギルスは誘うように言葉を発する。
「――……二人は、側車に乗ってね!」
「チッ。分かった」
「え? アレに乗るって……。そもそもあんな物体を、どうやって作って……?」
「いいから乗ってよ。お兄さんだけ置いてくよ?」
「わ、分かりました! 乗ります!」
マギルスの精神武装を初めて見たユグナリスだったが、エアハルトがすぐに順応して側車に乗り込む。
戸惑いながらもそれに続くように乗車したユグナリスを見たマギルスは、口元を微笑ませながら取っ手を大きく握り回した。
すると二輪車と側車を包むように青い魔力の光が纏われると、凄まじい速度で加速しながら走り始める。
しかし目の前には数十メートルは落下する崖が存在し、ユグナリスは声を荒げながら叫んだ。
「お、落ちるっ!?」
「落ちないもんねっ!!」
マギルスは更に取っ手を捻りながら加速し、三人を乗せた車体が崖から飛ぶ。
そして落下するかに思えた車体は、見事に空中を飛びながら更に高度を上げつつ夜空を走り始めた。
ユグナリスは瞼を開いたまま、外を見下ろして唖然とする。
今まで走り泳ぐという経験しかしたことのなかったユグナリスにとって、初めて空を駆ける体験を味わっていた。
「……と、飛んでる……?」
「いちいちこんな事で驚いていると、コイツの行動についていけんぞ」
「……エ、エアハルト殿は……彼をよく御存知で……?」
「初めて会った頃から、コイツに常識は通用せん。今となっても、更に常識から外れた存在になったらしい」
「――……ん、あれって……」
マギルスに関する事を言い合う二人を他所に、進行方向に何かが居る事をマギルスは察する。
それは上空を飛ぶ悪魔化した鳥獣系の合成魔獣達であり、それ等が大群となって自分達に目掛けて押し寄せる光景が見えた。
エアハルトとユグナリス達もそれを確認し、腰を上げて身構えようとする。
しかし二人を止めるように、マギルスが笑いを含んだ声を伝えた。
「大丈夫!」
「!」
「僕達に任せてよ! ――……行くよ、ファロスッ!!」
『――……ヒヒィンッ!!』
「!?」
マギルスがその名を呼ぶと、精神武装として車体に憑依している青馬が咆哮を上げる。
それと同時に纏わせる青い光が更に強まると、馬の顔を造形をした二輪車の前方が機械的に変貌し、そこから連射砲が姿を現した。
「これは……!?」
「邪魔な奴は全部、撃ち落としちゃえっ!!」
『ブルルッ』
変化した車体の構造に、側車に乗る二人は驚愕を見せる。
一方で意気込みを見せるマギルスと青馬は、その銃砲から凄まじい勢いで青い魔弾を連射し始めた。
すると前方から押し寄せる鳥獣の合成魔獣達に命中し、その肉体を大きく破損させながら撃ち落としていく。
その殲滅力と破壊力は二人の記憶にある特級傭兵スネイクや『砂の嵐』が使っていた狙撃銃を思い出させたが、それ以上を誇る力は二人を圧巻させた。
撃ち落とされた合成魔獣達の上空を、マギルス達の二輪車は通り抜ける。
それからも合成魔獣達の速度を遥かに上回る速力で、マギルス達は同盟都市建設予定地を目指し始めた。
こうしてユグナリスとエアハルトに合流したマギルスは、相棒である青馬ファロスと共に新たな力を披露する。
常識に捕らわれないマギルスの好奇心と発想力は、目的となるリエスティア達の奪還に大いな力となっていた。




