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【完結】虐殺者の称号を持つ戦士が元公爵令嬢に雇われました  作者: オオノギ
革命編 五章:決戦の大地

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すれ違う姉妹


 自身の過去を夢で追うエアハルトは、マシラ共和国で出会ったレミディアとの出来事を思い出す。

 それはエアハルト自身では自覚できなかったレミディアに対する感情を露にし、またその感情に対する答えを導けぬまま苦悩する光景でもあった。


 そして記憶は、当時のマシラ王が死去した時間に移る。

 これにより王子ウルクルスは正式にマシラ共和国の象徴となる第二代マシラ王として就く事になった。


 それに伴い、ウルクルスの傍仕えと護衛を兼ねているレミディアも忙しく時間の猶予が無い時期が増える。

 新たな就任に伴いウルクルス自身が共和国内の領地に赴き、そこで民に対しての顔見せと新たな安寧の象徴となる意思を儀礼的に魅せていく。

 更に同盟国に対する挨拶として、直に各国へ赴いて顔見せと挨拶を行うこともあった。


 丁度この時期に、マシラ王ウルクルスはレミディアを伴ってガルミッシュ帝国に赴いている。

 その祝宴には九歳頃のアルトリアも参加しており、礼節に乗っ取った形で挨拶だけを交わしていた。


 そうして新たな王としての各行事に表立って参加するようになったウルクルスに伴われるレミディアは、休む暇も無く傍仕えと護衛の務めを果たしていく。

 しかし仕事以上の心労が(かさ)んでいた原因は、ウルクルスの向ける強い愛情と周囲が圧し掛ける重圧だったのは間違いなかった。


 仕事上だけながらもそんなレミディアの姿を見ていたエアハルトは、ウルクルスや周囲の人間に対する嫌悪を色濃くさせる。

 そして二人があの日の庭園で別れてから二年が経った後、エアハルトは王宮内にて奇妙な人物を目撃した。


『――……なんだ、アイツ。……あの服は衛兵か。だが、あの仮面は……?』


 エアハルトが見たのは、今まで王宮で見た事が無い仮面を付けた衛兵。

 明らかに他の兵士や衛兵とは異質な様相を見せるその衛兵は、エアハルトが日課として向かう庭園へ足を進めていた。


 訝し気な表情を見せるエアハルトは、その衛兵からかなり離れた後で追う。

 そして嗅覚を頼りにその人物を追跡しようとすると、その匂いに強い既視感を抱いた。


『……この匂い……。あの女に似ている……?』


 仮面を付けた衛兵がレミディアの匂いと酷似している事を察したエアハルトは、更に訝し気な表情を色濃くさせる。

 そして二人に何らかの関連性があるのをすぐに察すると、仮面を付けた衛兵の後に続くように庭園へ入った。


 しかしそれほど時間が掛かることなく、エアハルトは仮面の人物を視界で捉える。

 それはレミディアが世話をしているであろう例の赤い花が咲いた場所であり、そこで仮面の人物が足を止めていた。


 仮面の人物は増えている赤い花の方へ顔を向けながら、そのまま見下ろし眺めている。

 表情の見えないその人物に対して、エアハルトは小さな鼻息を漏らしながら自ら姿を現して歩み寄った。


 すると仮面の人物もエアハルトの接近に気付き、赤い花から視線を移す。

 互いに顔を向け合う形となった二人の中で、先にエアハルトが強い口調で声を向けた。


『――……貴様、何者だ?』


『……先日から、王宮(ここ)で衛兵として雇われている者です』


『名は?』


『ケイティルです』


『どうして庭園(ここ)に居る?』


『衛兵如きは、庭園(ここ)に立ち寄ってはいけない場所でしたか? 闘士殿』


 ケイティルと名乗る人物は、仮面の下から中性的な声を発する。

 背はエアハルトより低いが、男か女か分かり難いように装われているその姿ながら、やや闘士に対する皮肉が込められた物言いで問い返していた。


 それを聞いたエアハルトは、やや苛立ちを込めながら言葉を返す。


『何故、そんな仮面を付けている?』


『幼い頃に、酷い火傷を負いまして。人に見せられる顔ではないので、敢えて隠しています』


仮面(それ)を付けたまま衛兵になるのを、誰が許可した?』


『元老院の推薦にて』


『!』


『私はこれでも、傭兵ギルドで一等級傭兵(ファースト)(クラス)を得ています。元老院からの正式な雇用により、王宮(ここ)の衛兵として雇われました。仮面についても、元老院側から許可を得て装着しています』


 そう述べるケイティルの言葉に、エアハルトは僅かに眉を(ひそ)めながら表情を強張らせる。


 人間社会に在る傭兵ギルドなる組織について耳にしながらも、そこに(クラス)がある事をエアハルトは知らない。

 ただ元老院の推薦と豪語するケイティルの強い口調は、少なくとも偽りではない可能性を頭の中に入れた。


 しかしエアハルトが最も気にしているのは、ケイティルの纏う雰囲気と匂い。

 それは以前、エアハルトと立ち合ったレミディアを彷彿とさせる雰囲気を漂わせていた。


『……まさか……』


 エアハルトは小さく呟き、目の前に居るケイティルとレミディアの姿が重なるように思える。

 そして以前にレミディアから聞いていた、生き別れながらも共和国で見たという妹の存在を思い出した。


 エアハルトはこの時点で、目の前のケイティルがレミディアの妹だと察する。

 しかしその事を言及せず敢えて睨みを向けながら、再びケイティルに問い掛けた。


『お前の素性は、後でこちらでも確認する。……だが、お前が答えていない問いに答えろ。庭園(ここ)で何をしている?』


『……まだ王宮(ここ)に来たばかりなので、休憩中に何処に何があるのかの確認を』


『一人でか? 案内も無しに』


『許可は頂いています』


『……ならば、それも後で聞くとしよう。……もう一つ。何故、その花を見ていた?』


 エアハルトは赤い花に視線を向けながら問い質すと、ケイティルもまたその花に顔を向ける。

 そして顔の向きを戻しながら、エアハルトの問い掛けに答えた。


『見覚えのある花だと思って、見ていただけです』


『……なるほど。そうか』


『?』


 エアハルトは自身の中で納得を浮かべ、自ら背を向けながらケイティルから離れていく。

 それを仮面越しに怪訝そうに見送るケイティルは、エアハルトの真意を読み取れずにいた。


『……あの女の故郷に、あの花が咲いている。……だからあの女は、庭園(ここ)に来て自分で世話をしていたのか……』


 今までレミディアが世話をしていたであろう赤い花の理由をそうして察したエアハルトは、疑問の一つが解けて心の蟠りが僅かに軽くなる。

 しかし新たな疑問として、どうしてレミディアの妹が衛兵として王宮(ここ)に勤めるようになったのかという経緯に興味を抱いた。


 エアハルトはゴズヴァールを通じて仮面を付けた衛兵(ケイティル)の話を元老院側に確認するよう求め、その身元保証が本当に行われているかを確認する。

 それを通じて聞いた話に、思わぬ人物が関わっている事をエアハルトは知った。


 それは、同じ闘士部隊の序列第四席を務める妖狐族クビア。

 彼女の口利きによって元老院側は傭兵ギルドの一等級傭兵に依頼を行い、ケイティルを王宮の衛兵として雇用するよう求めていた事が発覚したのだった。


 エアハルトはそれを聞き、女狐(クビア)がケイティルと何かしらの関わりがある事を察する。

 それを聞く為に、敢えてクビア自身にケイティルとの関係を問い質した。


『――……女狐(クビア)。貴様、奴とはどういう関係だ?』


『あらぁ? 部屋まで来たと思ったらぁ、いきなり何よぉ?』


『仮面を付けた衛兵だ。貴様の紹介で王宮(ここ)に入ったと聞いたぞ』


『あぁ、あの子の事ぉ? もう来てたのねぇ』


『……顔を見ているのか?』


 クビアの物言いから性別が分かり難い仮面の人物(ケイティル)を実際に見ている事を悟り、そうした問い掛けを向ける。

 するとクビアは部屋の中に戻るように歩き、微笑むような声で答えた。


『その様子だとぉ、貴方も気付いてるのねぇ』


『!』


『あの王子……あぁ、もう王様だったわねぇ。王様の護衛をしてるレミディアって子にぃ、とっても似てるわよぉ。あの子の素顔はねぇ』


 微笑みながらそう教えるクビアの言葉に、エアハルトは苛立ちを込めた表情を浮かべる。

 それを知ってか知らずか、クビアはケイティルを王宮に招いた理由を自ら明かした。


『それでぇ、あの子を王宮(ここ)で雇わせた理由だったかしらぁ。……あの子の目的はぁ、奴隷になった一族と家族を探す事ですってぇ』


『なに……?』


共和国(このくに)にそれっぽい奴隷が流れたって聞いてぇ、わざわざ一人でここまで来たみたいよぉ。健気よねぇ』


『……奴とは、何処で会った?』


王宮(ここ)に侵入しようとしてたからぁ、私の結界に引っ掛かったのよぉ。それでちょっと追い詰めたらぁ、見覚えのある顔だなぁって思ったのよねぇ』


『侵入だと……。何故、それをゴズヴァールや俺に報告していない?』


『だってぇ、いちいち報告してたら面倒臭いじゃないのぉ。それに理由を聞いたらぁ、王宮(ここ)に勤めてるっていう元奴隷の女性を一目見たかっただけだって言うしぃ』


『……わざわざ侵入者を、衛兵にして雇わせたのか?』


『そうよぉ、コネを使ってねぇ。私って優しいでしょぉ?』


『……心底、呆れる女狐(おんな)だ』


 王宮に侵入しようとしたケイティルを追い詰めながら、その理由を信じて衛兵として雇わせたクビアの所業を聞いたエアハルトは、心の底から呆れ果てた様子を見せる。

 しかしそれに動じないクビアは、今度は別の話題を口にした。


『あぁ、そうだわぁ。ついでに言っておくわねぇ』


『なんだ?』


『私ぃ、今年中には共和国(このくに)を出て行くからぁ。後はよろしくぅ』


『……勝手にしろ』


『でぇ、私の穴埋めだけどぉ。あの子にやってもらうからぁ、気になるなら貴方が御世話しなさいよぉ』


『穴埋め?』


『闘士の第四席ぃ、あのケイティルって子にやってもらうわぁ』


『……なんだと?』


『あの子ぉ、相当な腕前よぉ。少し()り合ったから分かるわぁ』


『……それも、コネとやらか』


『そうよぉ。権力者と繋がりさえあればぁ、他人(ひと)の為にだって行動できるわぁ。……まぁ、自分の為にしか力を求めない貴方にはぁ、分からないだろうけどねぇ』


『……もういい』


 嘲笑染みた表情でそう述べるクビアに対して、エアハルトは苛立ちは一気に跳ね上がる。

 すると壊さんばかりの勢いで部屋の扉を閉めると、呆れるような表情と吐息を漏らすクビアは、赤い葡萄酒(ワイン)の入った(グラス)を口に傾けた。


 それからエアハルトは、仮面を付けたケイティルが時折ながら庭園へ向かう姿を見るようになる。

 するとレミディアの匂いも庭園に有り、二人の姉妹はそこで会っているのだと察する事が出来た。


 幾度かそうした機会が設けられている事を察し、いつしかエアハルトは庭園に寄り付かなくなる。

 しかしある日、庭園から出て来るケイティルの姿を見た後、何を思ったのか自分も庭園に入りレミディアの居る場所に近付いた。


『――……あっ、貴方ですか』


『……ああ』


『御久し振りですね。最近は、あんまりサボりに来てないんですか?』


『……仮面を付けている衛兵、貴様の妹だな』


『!』


『貴様達の関係も、そして庭園(ここ)での密会も邪魔する気は無い。安心しろ』


 不機嫌そうな表情ながらもそう伝えるエアハルトに、レミディアは驚きながらも僅かな笑みを浮かべる。

 しかし彼女の口から出た言葉は、エアハルトが想像していた展開では無かった。


『私は、気付かないフリをしています』


『……なに?』


『あの子はずっと、私の前で仮面を付けたままです。……時々、ここに来てくれはします。でも自分の事は、何も喋ってくれません』


『……どういうことだ?』


『あの子はきっと、置いて行った私の事を許していないんです。……だから私も、気付かないフリをする事にしました』


 寂し気に微笑むレミディアの表情に、エアハルトは驚きと共に胸中に不快な感情が湧き出る。

 それを自覚して吐き出すのを抑え込んだエアハルトは、レミディアに問い掛けた。


『……貴様は、それでいいのか?』


『はい』


『……そうか。……なら、もう何も言わん』


 強い口調ながらも、込み上げる不可解な感情を抑え込んだエアハルトは背を向ける。

 そして庭園から去る道へ進むと、その背中をレミディアが寂し気に見つめる視線だけは気付いていた。


 こうして思い出されるエアハルトのかこは、レミディアとその妹が関わる話で締め括られる。

 そして一時の休みを終えたエアハルトは、自ら瞼を開いて目覚めの時を迎えていた。


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