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【完結】虐殺者の称号を持つ戦士が元公爵令嬢に雇われました  作者: オオノギ
革命編 五章:決戦の大地

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狼狽する心


 エアハルトは一時の眠りの中で過去を思い出し、マシラ共和国での出来事を追憶していく。

 その夢の中心に映し出されるのは、ケイルの姉レミディアに関わる嫌悪や不快の感情が入り混じった交流だった。


 しかし犯罪奴隷に堕ちた経緯を自ら教えたレミディアは、その罪に対して後悔している事も明かす。

 それを寂し気に微笑みながら告げるレミディアの表情を見たエアハルトは、不快感にも似た感情を抱きながら声を向けようとした。


『……貴様は――……』


『あっ!』


『!?』


『私、そろそろ行かないと。今からしばらく、木陰(ここ)は貴方に譲りますね』


 立ち上がりながら下半身を軽く叩いて土埃を払うレミディアは、自らその場を去ろうと動き出す。

 それを視線で追うエアハルトは、訝し気な表情をしながら強い口調で問い掛けた。


『休日じゃなかったのか?』


『これから、前の主人(マスター)だったお婆さんの所に行くんです! それじゃあ、ごゆっくり!』


『おいっ!! ――……チッ……』


 レミディアは笑みを見せながら二度ほど手を振り、そのまま生垣の向こう側へと消えていく。

 それを見送る形になってしまったエアハルトは、舌打ちを漏らした。


 そして定位置と呼べる木陰に歩もうとした時、エアハルトの感性が自らの行動に引っ掛かりを覚える。

 自身の矜持(プライド)がこれからの行動を許していない事を察すると、憎々しい声を漏らしながら呟いた。


『……どうして俺が、あの女に譲られた場所で、あの女の言う通りに(くつろ)がねばならんのだ……ッ』


 人間(レミディア)の言う事に従うような形で木陰で(くつろ)ぐのを拒むエアハルトは、それに従うまいとその場から離れる。

 しかしレミディアに抱いた嫌悪と不快感を更に強めて苛立ちを高めていると、脳裏に過った僅かな可能性が口から漏れ出た。


『……あの女、前の主人のところに行くと言っていたな。……もし密偵(スパイ)なら、休日を利用して何かしらの工作をしているのかもしれん』


 密偵(スパイ)の可能性を捨てていないエアハルトが、この機会()に乗じてレミディアの行動を調べようと考える。

 そして狼獣族特有の嗅覚で木陰付近に残るレミディアの匂いを覚えると、彼女の同行を探る為に王宮から下層までの追跡を始めた。


 闘士部隊の上着(コート)は目立つ黄色に染められている為、エアハルトは途中で上着を脱ぐ。

 そして完璧な人化で人間の姿に擬態すると、普通の衣服を身に纏いながら王宮を出ようとした。


 そんな時、不意にエアハルトが毛嫌いしている人物と遭遇してしまう。

 それは当時、同じ闘士部隊に所属している序列四位の妖狐族クビアだった。


『――……あらぁ、エアハルトじゃなぁい』


『……チッ』


『会ってすぐに舌打ちなんてぇ、ひっどいわねぇ。これでも貴方より十倍くらいは生きてる年長者よぉ?』


『魔人としての誇りが無い貴様を、尊敬する気など無い』


『あらぁ、魔人がそんなに偉いのかしらぁ?』


『この世は力がある者こそが生きていける。貧弱な人間も、貴様のように人間の作り出した権力や金などと言うくだらぬ物に執着する輩にも、興味は無い』


『世の中ってのはぁ、力だけでは回らないのよぉ。貴方がくだらないって言ってるモノで回ってるのを理解できないのはぁ、世の中の仕組みを知らないお子ちゃまが言うことねぇ』


『……フンッ』


 闘士の衣服を身に着けながら扇子を広げてほくそ笑むクビアに対して、エアハルトは鼻息を吐き出しながら意識を無視させて通り過ぎる。


 当時のエアハルトとクビアは互いが持つ価値観が完全に相容れず、同じ魔人という立場ながらも険悪な様相を見せていた。

 しかしクビアの実力はゴズヴァールが信頼を置く程に保証されており、魔符術を使った多彩な魔術はマシラ共和国に対して多大な貢献を行っている。


 その実力についてエアハルトは疑っていなかったが、人間が抱くような金銭や権力思考で行動するクビアに対して強い嫌悪を抱いていた。

 更に共和国内の元老院の幾人かを篭絡しているという話もあり、人間の商人達とも積極的に交流を行っていると聞くクビアの行動は、到底エアハルトには理解できるものではない。


 そんなクビアを無視してレミディアの追跡し始めるエアハルトは、王宮を出て匂いを辿る。

 多くの人間が行き交い様々な匂いが漂う首都の中に僅かな嫌悪を示すエアハルトだったが、それでもレミディアの匂いを嗅ぎ分けながら下層まで降りた。


 そして下層に降りると、嗅覚を通じてエアハルトの表情が更なる嫌悪に塗れる。

 上層や中層よりも環境や人々の清潔さが欠ける下層の匂いは、エアハルトの嗅覚には思った以上の不快感と嫌悪を与えていた。


『……チッ。何故わざわざ、俺がこんな事を……』


 自分で起こした行動ながらも、こんな場所に自ら赴いた理由をエアハルトは見失いそうになる。

 それでも嫌悪を上回る矜持(プライド)が優先され、レミディアの追跡を継続した。


 下層に降りてから十数分後、エアハルトはレミディアを発見する。

 そこは一見すれば廃墟にも思える土地が広がっている一帯だったが、その中に建てられた小さな建物のある敷地に老婆とレミディアが居る姿をエアハルトは見つけた。


『――……洗濯物は、これで全部かな? 後は何か、やれる事はある?』


『無いよ。それよりもアンタ、休日ならゆっくり休んどきゃいいのに。わざわざ下層(ここ)まで来るこた無いのにさ』


『休日と言っても、王宮(あそこ)ではやることも無いもん。それに貰った御給金も、お婆さんに預けたかったし』


『アンタが働いて稼いだ金なんだから、アンタが管理して好きに使えばいいだろうに。アタシみたいな老婆(ババア)に預けて、盗まれても知らないよ』


『お婆さんに恩がある人がいっぱいいる土地(ここ)で、そんなことする人なんて居ないよ』


『ふんっ、恩を仇で返すような連中だっているんだ。油断は出来ないね』


『そんなお婆さんだから、安心して預けられるんだよ。もしお金が足りなくなったら、いつでも使っていいからね?』


『要らないよ。これでも土地の商売をやってんだ、金の管理について小娘に心配される事なんかないね』


『はいはい、そうだね』


 悪態染みた口調と声色でそうした声を向ける老婆に対して、レミディアは終始一貫して微笑みながら話し掛け続ける。

 それを建物の影に潜み気配を消しながら覗き聞くエアハルトは、予想とは裏腹の状況に渋い顔を浮かべていた。


 それから庭先に生えた雑草を抜き始めたレミディアと、それを手伝うように籠と草刈り鎌を倉庫から取り出した老婆は、二人で庭の手入れを始める。

 その様子は一見すれば、仲の良い祖母と孫娘の光景にさえ見えた。


『……何をやっているんだ。俺は……』


 しばらくその光景を覗き見ていたエアハルトは、突如として冷めた感情が浮き彫りになる。

 そして自分の行動を冷静に思い返し、その場から離れながら王宮まで歩き戻った。


 それから二人は、互いに仕事上で顔を合わせる事はあっても、仕事以外(プライベート)で遭遇しながら言葉を交わす機会は少なくなる。

 レミディアの休日には休息に利用している庭園に赴く事は無くなり、休日ではない六日間の間だけは木陰に行くようになった。

 

 しかしそうした中で、庭園に見覚えの無い赤い花が咲いている事にエアハルトは気付く。

 それは以前に(つぼみ)のままだった花であり、その匂いを通じてエアハルトは何かを察した。


『……この花、あの女の匂いがする……。……いや、あの女が世話をしているのか……?』 


 花の周辺からレミディアの匂いが漂っている事に気付き、エアハルトは不快感とは異なる感情(モノ)が僅かに湧き上がる。

 そしてその花に近付きながら匂いを嗅ぐと、エアハルトは眉を(ひそ)めながら呟いた。


『……どうして俺は、あの女を気にしている……。……戦って負けたからか? ……何なんだ、この胸の奥にある不快さは……』


 今まで無自覚に宿していた感情を、エアハルトは意識的に気付き始める。

 それはレミディアの事を考えると湧き上がる感情(モノ)だったが、その感情を誰からも与えられたことが無かったエアハルトには、レミディアの事を考えてしまう自分の思考を理解する事が出来ずにいた。


 そうした思いをエアハルトは(いだ)き続けながら、一年半程の時が流れる。


 この頃には当時のマシラ王が歳のせいのあってか(とこ)に長く()くようになり、王の位を王子ウルクルスに継がせるという話も様々な所で出始めていた。

 そこで王子の周囲で再浮上し始めた話題は、やはり次の王として必要な婚約者となる女性を決めること。

 その候補には各元老院達の推す身内の女性などが多く挙げられたが、王子ウルクルスは一貫して自分の情熱を一人の女性に注ぎ続けていた。


『――……私が愛しているのは、レミディアだけだ。他の女性を愛するつもりはない』


『ですから、元老院(われわれ)も譲歩案を述べております。レミディアという娘を愛妾とする事は良しとして、正妃となられる品格のある女性を娶って頂きたいと……』


『愛妾などにする気はない。妻にするなら、レミディアだけだ』


 王子ウルクルスはそうした主張を強くし、元老院側が推す正妃の勧めを(ことご)く跳ね除ける。

 この時期になると(とこ)に伏したマシラ王は秘術を使えず、その秘術を王子が使う為には術者(ウルクルス)の子が必要不可欠という事もあり、元老院側も焦りの表情を色濃くしていた。


 (かたく)なに他の女性を愛する気は無いと主張する王子の言葉は、必然として張本人のレミディア自身にも()し掛かる。

 王子側と元老院側の意思に板挟みされているレミディアの表情には以前まで見せていた明るく元気な姿は衰え、常に疲労を抱えているような様子さえ窺えた。


 そんな時期に、いつも通り庭園へ赴いたエアハルトは久し振りにレミディアと再会する。

 木陰に座りながら顔を伏せているレミディアを見下ろすエアハルトは、微妙な面持ちを向けながら問い掛けた。


『――……今日は、休日じゃないはずだが?』


『……あっ、貴方ですか。……庭園(ここ)だと、御久し振りですね』


 声を掛けられながらもやや反応が遅れたレミディアは、顔を上げながら愛想笑いと分かる表情で返事を行う。

 それを見ながら眉を(ひそ)めるエアハルトは、特に事情も聞かずに自らの意思で右隣の芝生に座りながら不機嫌な声を向けた。


『今日は、俺の日だ』


『……そうですね。じゃあ、私はこれで――……えっ』


 逆に立ち上がろうとするレミディアだったが、それを引き留めるようにエアハルトの左手が上げられる。

 するとレミディアの細い左腕を掴み、そのまま力強く引いて無理矢理ながら座らせた。


 そんな行動をするエアハルトは、不機嫌そうな表情で視線を逸らしながら呟く。


『別に、居たければここに居ろ。サボっているのは言わないでおいてやる』


『……貴方もサボりじゃないですか?』


王宮(ここ)の仕事など、暇な人間共に勝手にやらせておけばいい。それに俺は、人間共の為に動く気は無い』


『……相変わらずですね。……でも、ありがとうございます』


『フンッ』


 疲れを隠せぬ中でレミディアは苦笑を浮かべ、エアハルトに感謝の言葉を伝える。

 それに対して不機嫌な表情で応じるエアハルトは、(しばら)く二人だけで隠れるように木陰の下で過ごした。


 そんな時間を過ごす中で、不意にレミディアはこうした言葉を呟く。


『……私に妹がいるって話は、しましたっけ?』


『覚えていない』


『そうですか。……実は先日、生き別れた妹に会いました』


『!』


『あっ。会ったと言っても、私が勝手に覗き見ただけなんですけどね。……でも、間違いなく私の妹でした』


 疲れた表情ながらも嬉しそうに話すレミディアの言葉に、エアハルトは違和感を抱く。

 それについて言及するように、敢えてエアハルトは問い掛けた。


『妹なら、どうして(じか)に会わない?』


『……妹は、私のように奴隷にはなっていませんでした。でも私は、元とはいえ犯罪奴隷です。そんな私が妹に会ったら、きっと妹に凄く迷惑が掛かります』


『……』


『だから、会わない方がいいんです。……生きて、そして無事でいてくれた事が知れただけで、嬉しいんです』


『……お前は、それでいいのか?』


『はい。……この事は、誰にも内緒にしてください』


『?』


『ゴズヴァール様に知られると、きっとウルクルス様にも伝わります。そうなったら、私の事情(こと)で妹も巻き込んでしまうかもしれない。……そうなったら、もっと迷惑を掛けてしまいます』


 当時はケイティルと名乗っていた(リディア)が共和国の首都に来ている事を知ったレミディアは、自分から妹に会わない事情をエアハルトに明かす。

 それを聞いていたエアハルトは耳に届いていたレミディアの事情も鑑みながら納得しようとしたが、不意に別の疑問を浮かべて問い掛けた。


『……なら、どうして俺に喋った?』


『口が堅そうだなと思って。それに貴方は、そういう御喋りする人も少なそうですし』


『……それは侮辱か?』


『そう聞こえたなら謝ります。……それとも、誰かに喋っちゃいますか?』


『……興味の無い話など、覚える気も無い』


『そうですか。……ありがとうございます』


『……フンッ』


 そう話す二人は、互いに対象的な表情を見せる。

 すると鼻息を吐き出しながら今度こそレミディアは立ち上がり、前に歩み出ながら下履きを軽く叩いて土埃を払いながら振り返った。


『じゃあ、私は仕事に戻りますね。貴方も、サボるのは程々に』


『……もういいのか?』


『はい。……今度からは休日以外にも、またここを使っていいですか?』


『……好きしろ。お前が先に見つけた場所だ』


『じゃあ、遠慮なく。……それじゃあ』


 そうした言葉を向け合う二人は、以前のように生垣を堺として姿を見失う。

 そして見送る側になったエアハルトは、レミディアの右腕を掴んだ左手を広げ見ながら呟いた。


『……どうして俺は、あの時に掴んでしまった……? ……そして今も、どうして俺は……。……あの女が去ると、こんなにも(むな)しくなるんだ……』


 再び自身を襲うように湧き上がる感情に、エアハルトは困惑を浮かべる。

 それが彼女(レミディア)に向けるとある感情である事も気付けぬまま、過去の追憶は流れ続けていった。


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