未来の欠片
天変地異の後に興された人間大陸の国々について、ウォーリスの側近から驚くべき事実が明かされる。
それは代々に渡りゲルガルド血族によって繁栄した文明であるという事実は、帝国宰相であるセルジアスに動揺と驚愕を与えた。
そして学園長等に襲われるセルジアスの前に、思わぬ人物が現れる。
それはローゼン公爵領地を未知の魔導人形で襲撃し、アルトリアと対峙した謎の人物だった。
謎の人物は魔法学園の魔法師達を無力化し、画面越しにアルフレッドとその背後に居るだろう黒幕に挑発染みた言葉で煽る。
その去り際には自らを【魔王】と名乗り、セルジアスの前から姿を消した。
そして場面は、そうした出来事の直後であるアルフレッドに移る。
複雑な魔導器と装置が設置された場所で幾つもの操作盤の置かれた中央の椅子に座るアルフレッドは、両手を動かし指を縦横に動かしながら焦りの表情と声を漏らしていた。
「――……どういうことだ。各国に魔導装置に仕掛けた制御が、機能できない……。……いや、魔力波動の中継地点が潰されているのか……っ!!」
各方角に浮かぶ画面を見ながら凄まじい速さで操作盤を扱うアルフレッドは、そうした言葉を呟く。
セルジアスにも教えた各国の魔道具を制御している機能を復活させようとしながらも、それを操作する為の中継地点を潰されている事をアルフレッドは判明させた。
そうした理由を導き出しながらも、アルフレッドは表情を強張らせて右手の親指を噛みながら呟く。
「馬鹿な、あり得ない……。一つを潰されるならともかく、各国に仕掛けた中継地点を同時に……しかも的確に、全て潰されている……。……こんな事を、たった一人で出来るはず……!!」
「――……どうした? アルフレッド」
「!!」
中継地点を全て同時に潰された状況に、アルフレッドは怒り混じりの焦りを呟く。
そしてアルフレッドが居る室内に備えられた扉が開けられると、そこからウォーリスが現れながら呼び掛けた。
それに対してアルフレッドは立ち上がり、頭を下げながら状況を報告する。
「ウォーリス様、申し訳ありません。……何者かに、魔導装置の制御機能を無力化されました」
「なに?」
「各国に仕掛けた中継地点を全て潰されたようです。しかも、先程になって同時に」
「……なるほど。またしても不穏因子か」
「そのようです。……更に、それを仕掛けた首謀者と思しき者にこの拠点を暴かれました。そして、セルジアス=ライン=フォン=ローゼンの暗殺と、残存する帝国内部の分裂も失敗しました。……申し訳ありません」
アルフレッドはそうした謝辞を述べ、頭を上げずにそうした報告を行う。
それを聞いていたウォーリスはアルフレッドの傍まで歩み寄ると、右腕を動かした。
頭を下げながら瞼を閉じた表情を強張らせるアルフレッドは、何もせずに下される沙汰を待つ。
しかしウォーリスが伸ばした右手は、アルフレッドの左肩に触れながら軽く叩くだけに留まった。
「頭を上げろ、アルフレッド。お前が謝るべき事では無い」
「……しかし……」
「計画が全て上手く進むことなどありえない。ましてや、確認できなかった不穏因子を放置して進めた計画だ。こうなった責任を問うのなら、この計画を強行させた私の方にあるだろう」
穏やかな表情でアルフレッドの失敗を咎めないウォーリスは、動かしていた右手を止める。
そして叩いていた肩に止めるように置くと、僅かに冷たい視線を向けながら問い掛けた。
「それで、お前を妨げた不穏分子は何者か分かっているのか?」
「……首謀者と思しき人物を確認しました。ただ、顔や性別は分かりません。恐らくはローゼン公爵領を魔導人形で襲撃した時に現れたという者と、同一人物かと」
「あの件の不穏因子か」
「そして、これも恐れ多い事ながら。その人物はウォーリス様の中にいる貴方の事を、知る人物であると思われます」
「なに? ……私の事を覚えている可能性があるのは、『青』くらいだろうが。だが奴が、私の存在を知れるはず……」
「そして、もう一つ奇妙な事を言っていました。……奴は自らを、【魔王】と名乗ったのです」
「!!」
アルフレッドが得た情報を聞く中で、【魔王】という言葉を聞いたウォーリスは最も驚愕した様子を浮かべる。
そして右手を置いていたアルフレッドの肩に力を込めて痛みを感じさせる程に握ると、低く怒り混じりの声で再び問い掛けた。
「魔王だと……。そいつは本当に、そう名乗ったのか?」
「は、はい……っ」
「魔王……。この世で【魔王】などと名乗ったのは、この箱庭では一人だけ。――……千五百年前に前世の私を殺した、あの【始祖の魔王】ジュリアだけだ」
「……グ……ッ」
「だが奴は、五百年前に起きた天変地異より以前に消息不明になっているはず。当時の人間大陸では死亡説も流れ、第二次人魔大戦の呼び水にもなった程だ。……その魔王が今になって現れ、私の計画を邪魔しているだと……!?」
「わ、分かりません……。魔王を名乗っているだけの、可能性も……」
「だとしても、奴が生きている可能性は十分にある。何せ奴は、『マナの樹』の実験で生み出した勇者と同じ『到達者』なのかもしれんのだから」
ウォーリスは苦々しくも憎悪が込められた声色で呟き、アルフレッドの傍で語り聞く。
そして掴んでいたアルフレッドの左肩を解放すると、痛みに堪えるアルフレッドに背を向けながら伝えた。
「……アルフレッド。各国に配置している合成魔獣を動かし、首都を襲わせろ。死体共もだ」
「よ、宜しいのですか? この段階で……」
「仮に魔王が私の計画を妨げようとしているのならば、魔大陸側の勢力が動き出している可能性もある。それを見極める為だ。……日食まで、あと十二時間。それまでに不穏分子を全て炙り出す」
「……御意のままに」
左肩の痛みを癒す事も無く、アルフレッドは再び室内の椅子に座る。
そして魔導装置の操作盤を扱い始めると、左側の画面に世界地図と共に浮かび上がる大量の赤い点滅が表示された。
更に操作盤を扱うアルフレッドの行動に伴い、世界地図が各大陸事に分裂しながら拡大される。
画面に浮かび上がり赤い点滅が動き始めると、各大陸の首都が表示されている地点へと侵攻を始めた。
拡大された赤い点滅には大小の二種類があり、大きな赤い点滅の数は凡そ五百にも及ぶ。
更にその周囲には小さな点滅は千から二千を超えており、そうした画面を見ながらウォーリスは暗い微笑みを見せた。
「……そうだ。中継地点を破壊したところで、直接操作に切り替えればいいだけのこと。しかしこれだけの数を同時操作できるとは、お前は優秀だな。アルフレッド」
「ありがとうございます」
「悪魔化させている強化合成魔獣と、各国で集め強化させた死体共。現在の人間国家でも対抗できる許容量を遥かに超えている」
「はい。帝都と同じように襲わせれば、一時間もせずに防衛戦力は瓦解するでしょう。……あと三十秒で、合成魔獣の先頭が各首都に直撃します」
「……さぁ、どう出る。魔王」
魔導装置を介して大量の合成魔獣と死体を動かすアルフレッドの後ろで、ウォーリスはそうした言葉を零す。
そして予告通り、先頭を走る合成魔獣が首都部分に触れるように映り、その場に居る二人は画面を凝視した。
しかし次の瞬間、二人は同時に目を見開く。
それは各首都に外壁に直撃した合成魔獣の点滅が消えていき、更に後から追いついた点滅達も削れるように消えていく光景だった。
それを確認したアルフレッドは操作盤を扱いながら状況を確認し、それをウォーリスが問い質す。
「何が起こっている?」
「……襲撃させている怪物共が、何者かに殺されています」
「それは分かっている。そいつ等の姿は?」
「御待ちください。……出ました、ルクソード皇国の投影映像です。……これは……!」
「……なんだ、コレは……っ!?」
画面に表示されたのは、ルクソード皇国の外壁から見える景色。
そこに仕掛けられた投影装置を用いてそこで起きている出来事を確認した二人は、思わず驚愕の声を漏らした。
画面に映し出されているのは、襲わせている合成魔獣を迎撃している銀色の物体達。
それ等も様々な様相と異なる体格ながらも、一見して分かるその見た目は、まさに魔導人形と呼ぶに相応しい姿を模っている。
一際に目立つのは十メートルを超えるだろう銀色の骨格と巨大な姿をした大型魔導人形であり、悪魔化し強化された合成魔獣達を次々と殴り倒しながら蹴散らしていた。
更に小型の魔導人形には球体形状から人型に変わる種類もあり、それ等の手からは魔弾が放たれ、更に両腕を合わせて変形させながら高威力の魔砲を放ちながら対象を蹴散らす魔導人形も存在している。
極めつけは羽形状の翼を持つ人型魔導人形が上空をそれ等の飛翔し、各魔導人形と連携を取りながら合成魔獣と死体を次々と襲い留めていた。
その異様とも言える性能の魔導人形が合わせて数百体以上も存在し、次々と映し出される大国の首都を守るように合成魔獣達を迎撃している。
こうした光景を目にするウォーリスは、信じ難い様相を見せながら呟いた。
「……馬鹿な。魔族でも魔人でもなく、魔導人形だと……? しかしこんな性能の魔導人形は、今の魔導国ですら作れないはず……。……誰だ。誰がこれ程の魔導人形を、我々に気取られずに製造したっ!!」
不可解な魔導人形達の出現に対して、ウォーリスは困惑と怒りを混ぜた感情を吐露させながら画面に怒鳴る。
それを聞きながら息を呑むアルフレッドは、次々と消えていく各大陸の戦力を自ら操作しながら連携する魔導人形を撃破する為に対抗しようとした。
こうして時間の流れを待つウォーリス達だったが、予想外の不穏因子達が再び動き出す。
それは人々を虐殺していた未来の魔導人形達が、人々を喰らう怪物達から人々を守る現在の光景を作り出していた。




