ドワーフの技術
アルトリアが飛び込んだ巨大な影を追う女勇士パールとエリクは、飛竜に乗りながら帝都の外まで出る。
しかし影が放つ黒棘の迎撃を浴び、その怯んだ隙を突くようにウォーリスが放つ魔力砲撃が襲い掛かる。
するとエリクの持つ黒い大剣が変形し、見事に魔力砲撃を吸収して見せる。
そして互いの顔を見ながら敵意で睨み合うエリクとウォーリスは、暗雲に覆われた夜の上空で対峙することになった。
その対峙する二人の威圧感は並々ならぬ様相を見せ、騎乗する飛竜と同乗する女勇士パールに悪寒を感じさせる。
そして自身の腕が鳥肌を立てている事に気付いたパールに、エリクは上空を見据えたまま声を向けた。
「――……パール。お前は影を追ってくれ」
「!」
「奴は……ウォーリスは、俺が倒す」
「……だが、奴は空に浮いているぞ。飛竜がいないと……」
「大丈夫だ」
「お、おいっ!?」
エリクはそう言いながら前へ飛び、飛竜の頭部分から跳ぶ。
それに驚くパールは焦りながら怒鳴った瞬間、跳んだエリクの全身を白い光が包み込んだ。
するとエリクの身体は中空で留まり、ウォーリスのように浮く姿を見せる。
それに見たパールは口を開き、驚く様子を見せながら問い掛けた。
「……お、お前も飛べるのか……!?」
「ああ。だが、短い時間だけだ。長い時間は飛べない」
「……アリスもお前も、相変わらず私を驚かせる……。……あの影を追うぞ、急げっ!!」
「ガ、ガォッ」
再会したアルトリアやエリクが飛行する姿を目にし、パールは呆れにも近い諦めの溜息を漏らす。
そして吹っ切るように飛竜に命じ、離れていく影を追うように飛翔を再開した。
それを見るウォーリスは再び左手を翳し、影を追おうとする飛竜に照準を定める。
そして手の平の先に飛竜の大きさを超える巨大な光球を一瞬で作り出し、躊躇せず撃ち放った。
「クッ!!」
再び巨大な光球が迫る光景を見たパールは驚愕を浮かべたが、凄まじい速さ故に回避は間に合わない。
しかしその速度より速く飛翔するエリクが突っ込み、右手で握る黒い大剣を光球へ翳し向けた。
すると再び黒い刃が開かれ、内部に備えられた魔玉が光球の魔力を粒子状に吸収していく。
その吸収力と速度は凄まじく、一秒にも満たない時間で巨大な光球は消失し、飛竜は無事な姿を見せながら影を追い続けた。
しかし光球を放ったウォーリスはそれを追撃せず、ただエリクの持つ黒い剣に注目しながら眉を顰める。
「あの剣、まさか魔剣か……。……ドワーフめ。まだあんな技術力を……」
「……」
「奴め、まさか魔大陸に……。……いや、魔人も来ていると言っていたな。ならば、フォウル国が味方しているということか」
ウォーリスはエリクの持つ大剣の能力を観察し、その技術にドワーフ族が関わっている事を見抜く。
更に予定に無い魔人達の登場により、フォウル国の魔人やドワーフ族がエリクに味方している事を洞察した。
するとエリクは魔玉を見せたままの大剣を両手で握り持ち、身体の正面をウォーリスに向けたまま左側へ振る。
そして次の瞬間、エリクの振り翳した大剣から白い極光が放たれ、二百メートル以上先に居るウォーリスを襲った。
「やはり、魔力の吸収と放出か。ドワーフが作る、くだらん武器だ」
ウォーリスは迫る極光を視認しながらも避ける素振りは見せず、ただ右手を翳しながら親指と中指を擦り音を鳴らす。
すると迫る極光が粒子状になって弾けるように四散し、放たれた斬撃はウォーリスに届かず消失した。
しかし次の瞬間、余裕に満ちたウォーリスは瞳が驚きに変わる。
それは消える極光の後ろから、光を纏ったエリクが迫る姿を見たからだった。
「!」
「――……ハァッ!!」
エリクは上昇しながら構える大剣を上段から振り下ろし、先程と同じ色合いの斬撃を放つ。
しかし魔玉部分が閉じられた大剣を見たウォーリスは、この攻撃が先程のような魔力で作り出された斬撃とは違うことを察した。
「チッ!!」
ウォーリスは大きく横に飛び避けながら斬撃を回避し、再びエリクを見る。
しかし斬撃を放った位置には見えず、僅かな時間ながらウォーリスはエリクを見失った。
しかし次の瞬間、ウォーリスは自分の真後ろから悪寒を感じる。
その感覚を信じて振り向いた瞬間、ウォーリスの背後に大剣を振り翳しているエリクの姿が在った。
「な――……ッ!!」
「――……っ!!」
突如として背後に現れたエリクに驚愕しながらも、ウォーリスは自己転移で振り抜かれた大剣の刃を回避する。
あと僅かな間合いで消えたウォーリスに渋い表情を見せるエリクは、すぐに右側へ顔を向けながら数百メートル先に浮かぶウォーリスの姿を見据えた。
「転移魔法か」
「……奴め……っ」
エリクは転移魔法でウォーリスに逃げられた事を察し、再び剣を両手で握りながら構える。
一方でウォーリスは動揺した面持ちを見せながらも、謎めいたエリクの消失と出現の理由を思考しながら冷静に観察を続けた。
そして二発目に放ったエリクの斬撃が上空に消えていく光景を見ながら、エリクが消えて背後に現れた理由を導き出す。
「……そうか。先程の斬撃を放つと同時に、同速で突っ込んで来ていたのか……。……しかし奴は、この短期間で生命力の飛行能力を身に着けたのか……?」
エリクが背後に現れた理由が、自身で放った斬撃で身体を隠しながら背後に回り込んだ事をウォーリスは察する。
更に秘術の類ではなく生命力を用いて飛行している事を見破りながらも、『神兵』ランヴァルディア戦の時と大きく進化しているエリクの能力に思わず疑問を漏らした。
一方でエリクは、僅かながらも額に汗を流す。
ここまで悪魔化した合成魔獣を七百体前後も討伐する為に何百発という生命力の気力斬撃を放ち、更にウォーリスと対峙する時点で、通常の人間や聖人でも倒れる程の消耗をエリクは起こしている。
しかし今でも無事に戦えている自分の状態を見ながら、その脳裏に浮かぶ光景を思い出しながら微笑んだ。
その光景は、この事態が起こる以前に遡る。
フォウルの里に到着して鬼の巫女姫レイの修練を受けていたエリクは、修復と改造の為にドワーフ達に預けていた自分の大剣が完成した知らせを受けた。
そして修練に大剣を使う事を考えたエリクはドワーフ達が居る里の工房に訪れ、工房長を務めるドワーフ族のバルディオスと再会する。
そして大剣を受け取る際、エリクは様々な事と別の品々も受け取っていた。
『――……来たな、エリク! 待っとったぞ!』
『爺さん。俺の大剣が直ったのか?』
『直った? 違うな。生まれ変わったんじゃよ!』
『生まれ変わった……?』
バルディオスはそう言いながら嬉々とした笑みを見せ、エリクを誘うように工房の遅れ連れて行く。
そして大きな石の台座に置かれた黒い大剣を見せながら、改めてエリクに説明を行った。
『ほれ、コレがお前さんの大剣だ』
『……折れていたのに、前と変わらない大きさになっている。なんでだ?』
『なんだ、お前さん。黒魔曜鉱石の特徴を知らんのか?』
『特徴?』
『黒魔曜鉱石は、魔力を糧にして体積を増やす習性がある。精製した魔鋼も同様にな。それを利用すれば、ある程度の修復は可能なんじゃよ』
『……知らなかった。この大剣が修復できる魔力は、お前達が?』
『まさか。魔鋼が増殖させる程の魔力量なんぞ、儂等全員が注いでも一ミリも戻らんわい』
『なら、どうやって……』
『お前さんも知っとるじゃろ? この近場で膨大な魔力が溢れ出ている場所は』
『……巫女姫か?』
バルディオスの話を聞いていたエリクは、魔鋼を修復できるだけの魔力を巫女姫から得たと察する。
その答えを聞いたバファルガスは微笑みを深め、改めて説明を続けた。
『そう。巫女姫の魔力は、この山脈全体を通して浸透しておるからな。おかげでこの山脈全体が魔力で満ちておるし、そこに一年も置いておればこのくらいの大きさまで魔鋼も増殖するというわけじゃ』
『……凄いな。どっちも』
『そうじゃろう。……だが黒魔曜鉱石は特性上、自然界で発生するのが難しい。何故だが分かるか?』
『……魔力を吸うからか?』
『そうじゃ。魔力を吸うということは、大地そのものの力を奪うということ。もし魔力を必要とする種族が生きる場所で黒魔曜鉱石が発生すれば、その土地の魔力を全て吸い尽くし、いずれはそうした者達が住めない土地に変えてしまう。過去には黒魔曜鉱石を、妖精や魔族殺しの石とも呼ぶ時代もあったそうだ』
『……もし発生したら、どうするんだ?』
『無論、すぐに大地から摘出する。そして魔鋼に精製し、こうした武器の形に留める。そうする事で大地から切り離して、魔鋼に意味を持たせる』
『意味?』
『物質の形には、必ず意味がある。お前さんや儂等のように人の形になる物質もあれば、この剣や机のような形になる物質がある。そして物質が形を持つ意味を持つと、その物質には形に応じた魂が生まれる』
『!』
『生物が命を持ち、そして魂を宿すのと同じように。物もまた形作られた物としての意味を持ち、魂を宿す。……剣が剣である以上、その意味は武器という意味になる。自然の石ならばともかく、武器が無作為に魔力を吸い尽くすという事は無い。……まぁ、一部の例外はあるがの』
『……例外?』
『かつて伝説の鍛冶師と呼ばれたバファルガスというドワーフ族の王が、生きる武器を幾つも作った。その武器は持ち主を選び、自分の意思で動く事もあったという。それ故に随分と持ち手を悩ませる武器となったそうじゃ』
『生きる武器……。……俺の大剣も、そうなのか?』
『いいや、お前さんの大剣はそうではない。確かに魂は宿っとるが、生物のように生きているわけではない。だが始めから剣の形であったからこそ、無作為に周囲の魔力を吸い尽くすような事は無かったのだろう』
『……魂があるのに、生命が無い……。……よく分からないな』
バルディオスの話を聞いていたエリクは、首を傾けながら魂と生命の関係について理解できない。
そんなエリクを見るバファルガスは、口元を吊り上げながら顎髭を触りながら口を開いた。
『まぁ、お前さんがそういうのを考えずとも良かろう。そういう事を考えるのは、儂等ドワーフだけでいい』
『……それは、どういう意味だ?』
『儂等ドワーフはな、先祖代々からこの黒魔曜鉱石を発見し、魔鋼に精製し加工する事を使命としている。この大地を生命の住めぬ星に、枯らさぬ為にな』
『!』
『だからまぁ、黒魔曜鉱石や魔鋼についてはどの種族よりも詳しい。そしてそれ等を使った技術もな。……その技術を、この大剣に施した』
『……どんな技術だ?』
『お前さんの場合、実際にやった方が理解し易いじゃろう。持ってみろ』
『ああ』
そう言われるエリクは、大剣の柄を右手で握り締める。
そして右手で持ち上げた瞬間、目を見開きながら驚愕を見せた。
『……前より軽くしたのか?』
『いや、付与しとるんじゃよ。だからお前さんには、軽く思える』
『付与?』
『魂を持っておる武器に能力を与える技術。儂等ドワーフが言うところの付与術じゃな。……まず、大剣を持ったまま吸えと言ってみるといい』
『……吸え?』
そう述べるバルディオスの言葉に首を傾げるエリクは、言われた通りの『吸え』と口にする。
すると突如として大剣のは部分が半分に別れるように変形して伸び、その内側部分に内蔵された青い魔石の宝玉が埋め込まれているのを視認した。
『これは……?』
『吸えと命じた時、その大剣はその姿に変化する。するとお前さんの意思に反映して、生物以外の魔力を吸い尽くそうとする。吸収した魔力はその魔玉を通じて、魔鋼に蓄積していくんじゃよ』
『!?』
『ほれ、早く閉じろ。儂等のような生物には影響は無いが、目的も無く命じると周囲の物体からは魔力を吸ってしまうぞ』
『……閉じるのは、どうすればいい?』
『戻れと念じるか、声に出して言えばいい。そうすれば、大剣が勝手に応える』
『も、戻れ』
言われるがままエリクは大剣に戻るように命じると、大剣は伸ばして開いた宝玉部分を刃で閉じる。
一息を吐き出したエリクに対して、バルディオスは次に傍に置いてある銀と青の鋼で出来た鞘も差し出した。
『で、これが鞘だ。これはお前さんの大剣の魂に呼応して発動するよう、付与術を施しとるぞ』
『……どんな付与だ?』
『お前さん、悪魔と戦うんじゃろ? だったら空くらい飛べんと、色々と不便じゃろ?』
『……その鞘で、俺も飛べるのか?』
『まぁな。ただし、お前さんの生命力を吸いながら飛ぶ事になる。自分の意思で自由に飛べるが、使い過ぎると生命力が底を尽いて、動けなくなるから注意しろ』
『どのくらい飛べる?』
『実際に、お前さんが試してみんと分からん。誰かで試すことは出来んからな』
『そうか。じゃあ、後で試す』
『そうするといい。あと、他にも色々と防具を作った。勿論、付与もしとる。身を守る術は多い方が良いじゃろ?』
『……何故、そんなに色々としてくれるんだ?』
エリクは頼みもしない事を用意してくれているバルディオスに問い掛け、浮かんだ疑問を口にする。
それを聞いたバルディオスは少し考えた後、エリクの顔を見上げながら理由を伝えた。
『まぁ、久し振りの客じゃからな。それにお前さん、鬼神の依り代という奴なんじゃろ?』
『!』
『鬼神フォウルは、ドワーフ族にとっては恩人みたいなもんじゃ。何せ儂等の御先祖様達を人間達から救い、伝説の鍛冶師が伝えなかった技術をドワーフ達に教えてくれた鬼じゃからのぉ』
『……技術を教えた?』
『伝説の鍛冶師と呼ばれたドワーフ王バファルガスは、その生涯で誰一人として弟子を取らなんだ。しかしただ一人、バファルガスの旅に付き添い技術を盗み見ていた鬼がいた。それが若い頃の、フォウルと呼ばれる鬼だった』
『……!』
『鬼神フォウルが居なければ、儂等はバファルガスの技術を何一つとして受け継ぐ事は出来なかった。……その礼とでも思って、受け取っておくといい。まぁ、使いこなせるかはお前さん次第じゃがな?』
『……そうか』
バルディオスの話を聞いていたエリクは、精神世界で対面したフォウルに聞いた話を思い出す。
一人のドワーフに出会い世界を旅したというその話が、バファルガスというドワーフ族の王だったのだと悟った。
そしてフォウルはドワーフ達に恩を感じさせる程の事もしている事を知り、不思議と納得を浮かべる。
精神世界で罵倒し追い詰めながらも自分を強くしてくれた事を恩に着ているエリクにとって、ドワーフ達の心情を理解し易かったのだ。
こうした話をバルディオスと行いながら、エリクは他のドワーフ達が作った防具や服を受け取る。
それ等全てに大剣の魂に呼応した付与術が施され、エリクに様々な能力を身に着けさせる事に成功した。
こうして巫女姫やドワーフ達の助力を得ながら、エリクは新たな武器を身に着けて到達者と対峙する。
それはウォーリスの予測を遥かに凌駕する力を見せ、油断の出来ない敵として立ちはだかる事が出来ていた。




