希望は拓かれる
悪魔騎士ザルツヘルムの居る会場内では、敵勢力に追い詰められている状況を改善すべく狭い希望を目指そうとする。
しかし帝都で起きている地獄のような惨状を把握する事は出来ておらず、危機的な状況に対処する為の策が限られていた。
一方で、帝城内部に及んでいた状況に視点が移る。
悪魔化し異形の人型となったベイガイルに襲われていた妖狐族クビアは、瀕死の重傷を負いながら床に倒れ伏していた。
そして逃げる間も無く傍に立つベイガイルの両拳が、クビアの頭上に振り下ろされる。
次の瞬間には巨大な振動と衝撃音が響き渡り、帝城内の一画は崩壊を起こしていた。
「――……ぇ……?」
しかしその時、クビアには訪れる死が来ない事を不思議そうにしながら声を漏らす。
そして僅かに動く顔と視線で、衝撃音が響いた方角を見た。
視線の先には廊下の壁が在ったはずながら、瓦礫が落ちる巨大な穴が出来上がっている。
その状況を理解できないクビアの耳に、懐かしい声が届いた。
「――……アンタ、何やっとんの?」
「……タマモ……お姉、ちゃん……?」
クビアは薄れる意識の中、五十年以上前に別れた双子の姉タマモの声を聞く。
そしてタマモの声は呆れた声色で息を漏らし、クビアの様子を見るような言葉を向けた。
「アンタが尻尾出した思て来てみたら、なにもう死に掛けてんねん?」
「……」
「これでピンピンしとったら、容赦なくぶち殺そう思っとったんに。ほんま、萎えるわぁ」
苛立ちと憤りの籠るタマモは罵りを向けた後、大きな溜息を漏らす声を聞かせる。
すると力なく見上げるクビアの視界には、着物姿で自分と同じ顔と九つの尾を持つ姿が見えた。
そのタマモは右手に持つ扇子を広げ、同時に左手から一枚の紙札を取り出す。
そして倒れるクビアの背に紙札を投げながら貼り付けると、淡い緑色の光を放ちながらその身体を包み込んだ。
そして新たに空けられた壁の穴を見ながら、クビアは呆れ気味に言葉を向ける。
「後で仕置きはやるさかい、覚悟しんさい」
「……無理、よぉ……。……お姉ちゃんでもぉ、アイツはぁ……」
「アンタみたいに遊び呆け取った未熟者と、一緒にすんなや。――……そもそも、ウチが手ぇ出すまでも無いやろうしな」
「……?」
緑色の光に包まれるクビアの肉体は、少しずつ全身に受けた傷が治癒されていく。
そのクビアの身体には新たな衝撃と振動が届き、穴が開いた壁の向こう側で何かが暴れ回っているのが理解できた。
しかしタマモが見つめる視点の先には、余裕を見せる理由が姿として存在する。
それは幾多の部屋を突き抜けた巨大な穴と、悪魔ベイガイルを片手で頭を掴み地面に叩き付けている、二メートルを軽く超えた大男が居た。
それはフォウル国の干支衆が一人、『亥』ガイ。
彼はベイガイルが振り下ろす拳より先にその頭を掴み取り、凄まじい加速力で壁に叩き付けながら床に倒していた。
「――……むっ」
「……ガ、ガァアア……ッ!!」
頭を握り潰しながら倒しているベイガイルが、再び動き出す様子を見せる。
それを見たガイは怪訝な表情ながらも、凄まじい加速を付けてながら腕力で投げ放った。
投げ放たれたベイガイルは幾多の壁や柱を破壊しながら、帝城の外まで放り出す。
悪魔化したベイガイルを容易く放り投げるガイは奇妙な様子を見せ、穴の開いた壁の向こう側に立つタマモに声を掛けた。
「……タマモ。アイツ、死んでない」
「そうなん? まぁ、そういう類は殺し続ければ死ぬやろ。ガイ、頑張ってな」
「うむ」
タマモの声を受けたガイは、放り投げたベイガイルで開けた壁の穴に向けて歩き出す。
そしてガイの名前を聞いたまま倒れているクビアは、困惑した様子を見せながら聞いた。
「……なんでぇ、お姉ちゃんだけじゃなくてぇ……他の干支衆もぉ……?」
「ウチ等だけやないで。他にも来とる」
「……!」
「しかし、奇妙な事になっとるなぁ。外から奇怪な魔獣が襲ってきとるし、中は中で人間以外に変なのはウヨウヨ彷徨っとるし。オマケに、到達者の気配も上空からするし。どないなっとるねん? この国」
「……多分ねぇ、悪魔かもしれないわぁ……」
「悪魔? あの悪魔かいな。また奇妙なのが人間大陸にも残っとるなぁ」
「……私達の知ってる悪魔とはぁ、ちょっと違う……。……多分、瘴気を使って人工的に作った悪魔……だと思うわぁ……」
「はぁ? 悪魔を作るて、そないなこと――……まぁ、ええわ。それより、別のお客さんが来たようやし。相手せんとな」
「……!」
クビアに状況を聞いていたタマモだったが、周囲に意識を向け直す。
それに気付いたタマモも治癒されていく身体を僅かに動かし、破壊された帝城内の影に奇妙な気配と動きがある事を感じ取った。
「……多分、アレが帝城の人間達を喰った、悪魔達……」
「ほぉ。人喰いとは、随分と悪食なことやね。……まぁ、ええわ。少し相手したるか」
タマモは左右の振袖に両手を差し込み、その中から幾多の紙札を取り出す。
そして周囲の壁や床、そして天井に紙札を投げ放ちながら貼り付け、その部分から眩い程の白い閃光を放った。
それと同時に影の中で蠢く何かが黒い煙を放ち始め、奇妙な呻き声を放つ。
そして閃光を放つ紙札の周囲から影は下がっていき、下級悪魔達を退かせていく。
『……ギャアアアア――……ッ!!』
「……何をやったのぉ……?」
「別に。瘴気を使う相手やったら、真逆に生命力をぶつければいいだけやろ?」
「……魔符術に、生命力なんて込められたのぉ……?」
「自分の魔力が込められるんやったら、生命力も込められるに決まっとるやん。……そんな不真面目やから、アンタは当主にも、干支衆にもなれんかったんよ」
「だってぇ……。お姉ちゃんは私より強いしぃ……。それにぃ、巫女姫を守って里に閉じ籠りながら子供を産むだけの生涯なんてぇ、嫌だったんだものぉ……」
「……それでこないな事になってるんやったら、自業自得やで。馬鹿妹」
呆れる口調で言葉を漏らすタマモは、退きながらも閃光の外側に留まる下級悪魔達が犇めく影を見る。
そして新たな紙札を左手で取り出しながら複数枚も広げると、クビアの横に立ちながら下級悪魔達と対峙した。
一方で、帝城の城壁付近まで吹き飛ばされていた悪魔化したベイガイルも、既に身体を修復させながら起き上がり始めている。
そして突き破られた穴から外に出たガイは、拳を握り締めながら構えを見せた。
「……コレが、悪魔というヤツか」
「……貴様ァアア……。よくもぉオオオ……ッ!!」
改めてベイガイルの全容を見るガイは、その姿から悪魔である事を察する。
そしてガイに向ける憤怒により更に力を増しながら体格も大きく膨らませたベイガイルは、凄まじい脚力を見せながら右拳を突き放った。
その拳が顔面に見舞われるより先に、ガイは脱力と共に凄まじい加速を見せながら左手でベイガイルの拳を掴み取る。
そして逆側の左拳で殴り付けようとするベイガイルに対して、ガイは冷静に初動を抑えながら右手でも相手の拳を掴み取った。
「ッ!!」
「……ふんっ!!」
両拳を掴みながらベイガイルの突撃を完全に止めたガイは、そのまま掴む腕を引かせながらベイガイルの顔面へ頭突きを浴びせる。
頭突きを受けたベイガイルの顔面は原型を留めておらず、ガイはその身体に右足の蹴りを浴びせながら離れた外壁に吹き飛ばした。
しかし次の瞬間には、吹き飛ばしたベイガイルの顔部分が黒い泥に覆われながら修復されていく。
それを見るガイは眉を顰め、小さな溜息を漏らしながら呟いた。
「弱い。だが、再生が早い」
「――……こ、このぉおおお……っ!!」
「奴の瘴気は、俺の生命力で防げる。……倒せる」
ガイはベイガイルの拳を掴んだ両手を広げ、僅かに腐食した手の平を見る。
しかし自身の生命力を高める事で、腐食した手の平の傷を白い生命力で覆い、魔力も併用した凄まじい治癒力で完治させた。
そうして向かい合う『亥』ガイに、再び悪魔化しているベイガイルは力任せに激突を始める。
思わぬ形で参戦を見せるフォウル国の干支衆達は、それぞれに悪魔達と対峙しながら状況に介入を始めた。
その時、帝城で最も高い塔の真上に一人の人影が立っている。
そこに立つ人物の視線は、南側に広がり始める地獄のような光景を見渡した後、月も見えない暗闇の上空に注がれていた。
「……」
その人物はそうした声を漏らし、腰に背負う大剣の柄を右手で握る。
すると大剣の柄に嵌め込まれた赤い宝玉が光り輝き、意匠の凝った大鞘から大剣を引き抜いた。
それから大剣の刃に白く凄まじい光が収束し、その人影は両手で大剣の柄を握る。
そして下から斜め様に切り上げた大剣の刃から、凄まじい生命力で巨大過ぎる程の斬撃が放たれた。
「――……なにっ!?」
「……えっ」
上空に浮かぶウォーリスと捕まっているアルトリアは、突如として下から迫る巨大な斬撃に気付く。
地上から三百メートル以上は離れているだろう二人の位置に届く勢いの斬撃に、ウォーリスは初めて驚愕を見せた。
するとウォーリスはアルトリアと共に転移しながら避け、斬撃を放った人物の正体を確認する為に高度を下げた位置に移動する。
そして斬撃を飛ばした人物の影を見ると、ウォーリスは苦々しくも憤りを宿す声を漏らした。
「……奴は……。……奴が、どうしてここに……っ!!」
「……!」
背後に居るウォーリスがそうした声を漏らす様子を聞きながら、アルトリアも帝城の塔に立つ人影を見る。
そこには黒に染まる外套や軽装鎧を身に纏い、右手に持つ大剣に生命力の光を纏わせている男の姿があった。
そしてその男は、天にも届く大声でそこに居る人物の名前を呼ぶ。
「――……アリアッ!!」
「……間違いない……。アレは……エリク……!!」
塔の真上に堂々とした様子で立つエリクを見たアルトリアは、安堵の息を漏らしながら青い瞳から僅かな涙を零す。
それは地獄を見せられ絶望の選択肢を強いられるアルトリアにとって、長らく待ち望んでいた唯一の希望となった。




