運命の二人
悪魔化させた千匹を超える合成魔獣にガルミッシュ帝国の帝都を襲わせるウォーリスは、その口から新たな真実を語る。
それは今までの事件で根幹に位置していたナルヴァニア=フォン=ルクソードの生い立ちを、自ら作り出したという言葉。
彼女の出自である皇国侯爵家を皇王暗殺未遂の冤罪に陥れ、自身が治めるゲルガルド伯爵家に娶らせることを明かした。
その思惑の根幹には、『黒』の七大聖人であり『創造神』の肉体から生まれた子孫の血を求めてのこと。
ウォーリスの肉体に潜み続けていた悪魔の一貫した目的に、過去の記憶とアルトリアの思考がようやく結び付いた。
しかし真実を話すウォーリスは、微笑みから落胆に変わる小さな溜息を漏らす。
「――……しかし、ナルヴァニアは実に残念な女だったよ」
「な……っ!!」
「ああ、誤解をしてほしくないのだが。私は彼女を娶る上で、目的こそあれど伴侶として愛するつもりだった。……だが残念な事に、その目的に沿わぬ結果が私を失望させた」
「……どういう、ことよ……っ」
「当時の私が抱いていた目的は、『創造神』の血を引く肉体を手に入れ、私の魂をその肉体に宿らせることだった。……しかし、それは目的の途上であって、手段を用いようとしたと言う方が正しいか」
「……!!」
「だからこそ、当時の私はナルヴァニアに子供を産ませた。それが、この身体だったわけだが。……だが子供は、その手段を用いる事の出来ない不完全な存在だと判明した」
「不完全……っ!?」
「確かに、ナルヴァニアやウォーリスは『創造神』の血は引いている。……だが血を引くというだけで、権能を有してはいない」
「権能って……何よ、それ……ッ」
「『創造神』は、この箱庭を掌握する『権能』を有している。五百年前に起きた天変地異と呼ばれる現象も、『創造神』が箱庭を破壊しようと権能を使った結果だ」
「!?」
「私は『創造神』の持つ権能を、血族で紡ぐ誓約や秘術に類する何かだと結論付けていた。ならば『創造神』の血を引く子孫であれば、その権能を有する為の資格……要素を備えていると考え、ナルヴァニアを娶り私の血と交わらせ、子供を作った」
「……ッ!!」
「だが、私の考えは誤りだった。血を引くというだけでは、『創造神』の権能は使えない。……誤算だったよ。これでは、ナルヴァニアの肉親を全て処刑させ、彼女を孤立させて迎え入れた意味が無い」
「アンタ……ッ!!」
「私はナルヴァニアに……いや、彼女に流れる『創造神』の血に失望し興味も失せ、ルクソード皇族ではないという理由で皇国へ送り返した。……だが子供は、私の魂を移す次の器と出来る。そして『創造神』の血を引くという事実に変わりは無い。私は子供を使い、様々な試みを繰り返し、権能を行使できる条件が有るかを確認し続けた」
「……この……っ!!」
そこまで話を聞いていたアルトリアは、首を掴むウォーリスの手を引き剥がそうと両手の指を喰い込ませようとする。
しかしウォーリスの握力は緩まず、逆にアルトリアの首を更に強く締めさせた。
「ぅ、あ……ッ!!」
「やれやれ。大人しく話も聞けないのかい?」
「……なんでよ……!」
「ん?」
「そんな話を、何故……っ!!」
「何故、聞かせるのか? ……それは、君を絶望させようとしている理由と、君を手に入れようとする理由にも繋がる話だからよ」
「……っ!?」
「話を続けよう。……父親である私の教えを受けたウォーリスは、短期間で『聖人』に至った。しかしそれでも、権能が発動するような兆候は無かった。……そこで私は、ある実験をウォーリスにさせた」
「……実験……?」
「ナルヴァニアやその一族のように、聖人に至っていない『創造神』の一族では、権能が得られないと始めは考えていた。……しかし聖人に進化した『創造神』の血を継ぐ子供ならば、権能を有する条件を得るのではないかとね」
「……それが、リエスティア……!?」
「そう。私はウォーリスに指示し、屋敷に仕えていた侍女に子を産ませた。……その結果、私も予想しない嬉しい誤算が訪れた」
「……『黒』の、七大聖人……っ!!」
「そうだ、『黒』が生まれたのだよ! ウォーリスの子供として、そして私の孫として! ハッハッハッ!! これが笑わずにいられるだろうかっ!?」
「ク……ッ!!」
「『創造神』の一族から権能を得ようとしていたところに、まさか『創造神』本人が生まれたのだっ!! ……ならば、やる事は一つしか思い浮かばないだろう?」
「……『創造神』の肉体を……奪う……っ!!」
「そう、それが私の考えた最短の手段だった。……だが私は、落ち着きを戻して冷静に考えた」
「!」
「『黒』には、いや『創造神』の肉体には、内容すら不明な制約が幾多も施されている。……もし私の魂を『創造神の肉体』に移植した場合、私もその制約に影響されるのではないかとね」
「……!!」
「だから私は、『創造神』の肉体に施された誓約と制約を解く手段を考えた。……そこで一つ、ある仮定が思い浮かんだ」
「仮定……?」
「『誓約』とは魂に刻むモノであり、『制約』とは肉体に課すモノである。……ならば魂に施した『誓約』と、肉体に施された『制約』を切り離せば、『創造神』の肉体に課せられた制約が作用しなくなるのではないか、とね」
「……じゃあ、リエスティアの……魂と記憶が、消えていたのは……っ!!」
「ふっ。……第一次人魔大戦時に作られた技術には、魂を抽出する装置もある。念の為にその装置を作っていた私は、『黒』の魂を肉体から抜き取り、そのまま装置を停止させて消滅させた」
「ッ!!」
「準備は整い、いざ当時の肉体から『創造神の肉体』に私の魂を移植しようとした時。……あの馬鹿者が、私の計画を阻んだ」
今まで余裕に満ちた表情を浮かべていたウォーリスの表情が、途端に険しく不機嫌さを見せ始める。
そして憤りさえ籠るのが感じ取れる声色で、その時に起きた出来事を話した。
「当時の私には、長男の他に次男がいた。ウォーリスが実験に耐え切れず死んだ場合に備えた、言わば予備の器として育てていたのだが……。……その次男が計画を邪魔し、父親だった私を殺害した」
「!」
「完全な油断だったよ。何せ目の前に舞い込んだ『創造神』ばかりに、私の意識は向かっていたのでね。……そして魂を消失させた『創造神』の肉体を、その次男が帝国の外へ隠した。おかげで、私は『創造神の肉体』を五年も探し続ける破目になった。……だから仕方なく、私の魂は予め繋いでいた回線を通じて、ウォーリスの肉体へ移ることにした」
「……?」
落胆にも似た息を漏らすウォーリスの様子を見たアルトリアは、眉を顰めながら視線を向ける。
その脳裏には奇妙な違和感が浮かびながらも、そのままウォーリスの話を聞き続けた。
「ウォーリスも、私が殺される前に次男の不意打ちを受け、傍に置かせていた従者と共に屋敷の地下牢に囚われていた。……私はウォーリスの肉体に魂が馴染んだ頃を見計らい、拘束を解き次男を殺害した。そのついでに、屋敷の者達も全て殺した。私に反逆した報いとして」
「……」
「それからは、日々忙しい時を過ごしたよ。……次男が『創造神の肉体』を国外に出した経路に、ルクソード皇国が含まれている事を探り当てた。そして息子として母親に接触し、『創造神の肉体』の捜索に手を貸してもらった」
「……王国は、なんで……」
「念の為に、『創造神の肉体』が死んでいた場合に備えたのだよ。ベルグリンド王国を奪い、王としてウォーリスに対する信仰心を集め、到達者となれる下地を整える。王国の利用価値は、それ以上でも以下でもない」
「……でも、リエスティアは見つかった……」
「その通り。私は五年の月日を経て、隠された『創造神の肉体』を発見した。……だが見つけた時には、魂を失ったはずの肉体に意識があり、両目の視力を失い下半身が動かぬという、見るに耐えない傷物になっていた」
「……ッ」
「私はあらゆる手を尽くし、『創造神の肉体』を修復しようとした。……だが『黒』の魂が無いにも関わらず、『創造神の肉体』には魔力を受け付けないという制約は外れていなかった。……それを知った時にも、私は自分の仮説が誤りだった事を察し、酷く落胆した」
「……『黒』の魂が無いのに、肉体には制約が掛かったまま……。……つまり、『創造神』の肉体にアンタの魂が移っても、制約に影響される……」
「ああ。……だがそこで、思い出したのだよ。――……君のことをね」
「!」
「あの時、あの会場で。魔力を受け付けない『創造神』の肉体を、見事に修復して見せた君の姿。……私はそれを思い出し、君に『創造神の肉体』の治療をさせる計画を考え、色々と手を回した。非常に回りくどいやり方もしたが、見事に君はやり遂げてくれた」
「ク……ッ」
「だがその計画を立てた時、一つの疑問もあった。……何故、君は『創造神』の肉体を治せたのだろうとね」
「……えっ」
「君が自身の生命力を『創造神の肉体』に分け与えているのは、ウォーリスの記憶を介して視た私も理解できた。ならば『創造神の肉体』と血の繋がるウォーリスにも、同じ事が出来るはず。……そう思い試したのだが、君のように生命力を送り込んで傷を治すという事は出来なかった」
「……なによ、それ……っ」
「今の状況を見る限り、魔力の理解においても、技術も、私は君より遥かに上回っている事は証明している。……だが私には出来ず、君だけが『創造神』の肉体を治せる。……その事実に改めて奇妙さを抱いた私は、君と『創造神』に何かしらの所縁があるのではないかと考えた。……それで思い出したのだよ。五百年前の天変地異を」
「……五百年前なんて、生まれても無い私に、何の関係が……っ」
「天変地異が起きた原因。それは『創造神』の肉体に、この箱庭に絶望した『創造神』の魂が戻ったからだと伝えられている。しかし箱庭が崩壊する前に、天変地異は止まった。……その止め方も、『創造神』は封じたという実に曖昧な伝えられ方をしている」
「……!?」
「『創造神』を封印など、誰であっても不可能だ。ならば、こう考えるのが普通だろう。再び『創造神』の肉体と魂が別けられたのだと。……『創造神』の肉体は、再び『黒』に戻った。では、『創造神』の魂は何処に在る?」
「……何を、言って……」
「肉体から離れた魂の、行き着く場所。――……そう、魂を保管する場所。『輪廻の世界』だ」
「……!!」
「私は考えた。『創造神』の肉体から別れた魂は、『輪廻』に向かった。そこで『創造神』の魂は浄化され、五百年を経て記憶や人格を失い、その魂が現世の生命へ移った。――……では『創造神』の魂を得た肉体と、『創造神』の肉体が接触したら、どうなると思う?」
「……そんな、馬鹿なこと……」
「『創造神』の『魂』と『肉体』が共に在る時、肉体に課せられた制約は全て外れ、箱庭を掌握する権能が発揮されるのだとしたら。……君も理解できるだろう? 君の持つ能力が何なのか。そしてアルトリア=ユースシス=フォン=ローゼンという存在になる前の君が、何者だったのかっ!!」
「……違う。私は、違う……っ!!」
「いいや、違わない! ――……アルトリア。君こそ、私が求め続けた存在。この箱庭を創造し、五百年前の天変地異を引き起こした張本人。『創造神』の魂を持つ、生まれ変わりなのだよっ!! ハッハッハッハッ――……!!」
ウォーリスは狂気を含む笑い声を上げ、アルトリアを見ながら邪悪な微笑みを強くする。
それを聞いていたアルトリアは驚愕しながらも首を横に振り、ウォーリスの言葉を嘘だと思いながら身体から力が抜ける感覚を味わっていた。
こうして語る様子を終えたウォーリスは、リエスティアと共にアルトリアを手に入れようとする理由を明かす。
それは、『創造神』の権能を手に入れようと画策する者が辿り着いた真実。
幼き頃に偶然の出会いを果たした二人が、『創造神』の肉体と魂だったという、とても信じ難い話だった。




