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【完結】虐殺者の称号を持つ戦士が元公爵令嬢に雇われました  作者: オオノギ
革命編 三章:オラクル共和王国

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亡国の末裔


 今から百八十年ほど前に創設されたベルグリンド王国は、フラムブルグ宗教国家に属する傘下国だった。


 初代ベルグリンド王は宗教国家が崇める神を信奉する敬虔な信者であり、その繋がりによって援助を受けながらベルグリンド王国を設立する。

 創られたばかりの王国は神の教えを広める信仰国として教会と大聖堂を置き、ベルグリンド王族を主体とした王政を敷いていた。


 しかし時代の流れは、残酷にもベルグリンド王国の政治体制を大きく変えていく。


 百年前にフォウル国と宗教国家は深刻な対立を起こし、フラムブルグ宗教国家は自ら四大国家から外れた。

 そして代わるようにルクソード皇国が四大国家の代表国に立てられ、両国の傘下に収まっていたガルミッシュ帝国とベルグリンド王国もまた、深刻な対立を見せ始める。


 この時期から宗教国家も各傘下国や同盟国とは疎遠な関係を見せ始め、ベルグリンド王国は帝国と相対する為にも政治体制の強化を必要とした。

 その為に神の信仰を主体とした派閥は疎外され、実力と身分を主体とした貴族至上主義が台頭する。

 自然と神への信仰は王族や貴族達から薄れていき、また国民も貴族達の設ける(しがらみ)の中で懸命な生活を送り続け、ベルグリンド王国から神の信仰心は失われていった。


 それでもベルグリンド王国が宗教国家の傘下国として関係を保ち続けた理由は、ルクソード皇国を親国とするガルミッシュ帝国と対抗できるだけの強大な後ろ盾を必要としていたから。

 また四大国家から外れながらも『黄』の七大聖人(セブンスワン)ミネルヴァを切り札とし、『代行者(エクソシスト)』を始めとした強力な戦力を擁する宗教国家と関係性を保つ事は、決して損では無かったからでもある。


 しかし近年、ベルグリンド王国内の状勢に大きな亀裂が生じる。


 ベルグリンド王族である第一王子と第二王子の勢力がクラウスの率いるガルミッシュ帝国軍の迎撃によって呆気なく敗れ、今まで築き上げた勢力図が瓦解してしまった。

 更に第三王子として迎えられていたウォーリスの台頭と、平民のみで構成された黒獣傭兵団の活躍により、王子達と各派閥貴族は民衆からの支持も大きく失ってしまう。

 

 しかし黒獣傭兵団の虐殺事件を機に混乱が生じた王国内の状況を見極めた王国貴族達は、ベルグリンド王族である第一王子と第二王子を再び王位継承者に据えるべく、武力を主体に王都に居る王とウォーリスを押さえるという最後の反抗に出た。

 それが成功していれば、再び王国貴族の時代が戻り、ベルグリンド王族の血を継ぐどちらかが王となり得ていただろう。


 しかし結果として、王国貴族達の目論見は成功しなかった。

 反抗勢力は排除された後にウォーリスは王となり、『黄』の七大聖人(セブンスワン)ミネルヴァの襲撃を機にベルグリンド王国はオラクル共和王国へ改名され、フラムブルグ宗教国家とも完全に縁を切られてしまう。


 現在の共和王国には若き共和国王ウォーリスが絶対的な支持を受け、彼の側近であるアルフレッドを中心に少壮気鋭の若者達が民衆と政治体制を支えている。

 もはや本来の正統血族であるベルグリンド王族の者達は忘れ去られ、誰もその名を口にする事は無くなっていた。


 しかしワーグナー達の目の前にいる人物こそ、忘れ去られたベルグリンド王族の第一王子、ヴェネディクト=サーシアス=フォン=ベルグリンド。

 齢は三十歳前後であり、黄土色の髪と翡翠の瞳を持つヴェネディクトが現在、何故かシスター達の村で鶏小屋の掃除を行う貧相な装いの村人となっていた。


 それを見たワーグナーは流石に困惑し、ヴェネディクトと思しき男に動揺を秘めた声で話し掛ける。


「――……ア、アンタ……。確か、第一王子だよな……?」


「……!?」


「ベルグリンド王族の、第一王子……。確か、ヴェネディクトだっけか……?」


 ワーグナーは困惑気味にそう尋ね、その男が第一王子ヴェネディクトなのか尋ねる。

 しかしその男は目を見開きながらワーグナーの言葉に驚き、掃除に使用している掻き出し棒を落としながらも、焦る様子を見せて柵の出入り口へ駆け出した。


 逃げようとする男に気付いたワーグナーと団員の二人は、急いで柵の出入り口側へ回り込み、男の逃げ道を塞ぐ。

 そして怯えを含んだ男の表情を見ながら、ワーグナーは柵を挟んで話を向けた。


「ちょ、待てよ!」


「!!」


「なんで逃げるんだよ! ……やっぱりアンタ、第一王子の――……」


 ワーグナーは正面から男の顔を見て、見覚えのある第一王子の顔と酷似している事を改めて認識する。


 過去に帝国との戦いで黒獣傭兵団も参じた際、彼等は第一王子の軍に雇われる形で所属していた。

 そして騎兵のクラウスに迫られた第一王子(ヴェネディクト)の窮地を救った事もあり、まだ十代後半だった彼の顔を見ている。


 その似通った容姿で成長した男の姿は、ワーグナーが以前に見た第一王子ヴェネディクトで間違いない。

 しかしヴェネディクトと思しき男は、顔を両手で覆いながら背中を見せ、必死に首を横へ振りながら荒げた声で怒鳴った。


「――……ち、違う!」


「え?」


「わ、私は……王子なんかじゃない……!!」


「……いや、でも。アンタは……」


「わ、私は……王子なんかじゃないんだ……!! だ……だから、私のことは、もう放っておいてくれ……!!」


 男は取り乱しながら、必死に自分が第一王子(ヴェネディクト)ではない事を訴える。

 それを聞いていたワーグナーはワケが分からず、共に居た団員と共に困惑した表情を見合わせていた。


 そうした中で、その場にある人物が近付いて来る。

 ワーグナーと団員は近付く足音に気付き、その方角を向いて相手の顔を確認した。


「……クラウスか」


 その場に現れたのはクラウスであり、彼は無言で頷きながらワーグナー達に応える。

 そして視線を柵の中に居ながら俯き顔を隠す男に注目し、ワーグナーに近付きながら状況を尋ねた。


「どういう状況になっている?」


「……いや。その男、多分だが……第一王子だ」


「なに?」


「ベルグリンド王国の、第一王子だったと思う。十年以上前だが、顔を見た事がある」


「……第一王子。確か、ヴェネディクト=サーシアス=フォン=ベルグリンドだったか」


「アンタも知ってるのか?」


「名前はな。それに、十四年前に一戦交えた事もある。その時に、黒獣傭兵団(おまえたち)もいたな」


「……ああ、そう言えば。あの時、アンタが帝国軍の指揮をしてたんだっけか」


「ふっ。お前が私に矢を入れて足を止めたのも、忘れているようだな」


「……そんな事、あったっけか?」


 クラウスとワーグナーは互いの知る過去の戦争について語り、再びヴェネディクトと思しき男に視線を向ける。

 そして再び歩き出したクラウスは柵の入り口を開き、怯えるように顔を隠す男の近くへ歩み寄りながら話し始めた。


「……君は、ベルグリンド王族のヴェネディクトか?」


「ち、違うっ!!」


「そうか。ならば、君の名を聞こうか」


「……で、出て行ってくれ……ッ!!」


「そうだな。名を尋ねるのなら、先に私が名乗る方のが礼節だろう。――……私の名は、クラウス=イスカル=フォン=ローゼンだ」


「……っ!?」


「今は息子のセルジアスに家督を譲ったが、ガルミッシュ帝国の公爵をやっていた者だ」


 クラウスは落ち着いた口調でそう話し、自身の本名と身分を明かす。

 それを聞いていたヴェネディクトは顔を覆う手の隙間から驚きの声を漏らし、ゆっくりと両手を下げながらクラウスの方へ顔を向けた。


「……あ、貴方は……本当にあの、帝国のローゼン公……?」


「そうだ。……君とは以前、戦場で(まみ)えたな」


「!?」 


()ろうとした大将(もの)の顔だ、よく覚えている。……馬を射られて落ちた君に迫っていた、赤い槍と鎧を纏った騎兵。アレは私だ」


「……!!」


 クラウスはそう話し、第一王子ヴェネディクトとかなりの距離で僅かな時間ながらも(まみ)えた時の事を語る。

 それを聞き思い出したように目を見開いた男は、僅かに身を退かせながら腰が抜けたように地面へ尻を着いた。


「ひ……っ」


「別に、あの時に獲れなかった君の首を取りに来たわけではない。その点は安心しろ」


「……ち、違う。私は……」


黒獣傭兵団(かれら)が、ここの者達を気に掛けてな。話の流れ次第では、この村の者達を帝国へ亡命させるという話になるかもしれん」


「!?」


「君もその中に含もうと思ったのだが……。……どうやら、私達の事を信用できぬようだし。君だけこの村に置いて――……」


「……ま、待ってくれっ!!」


 クラウスは残念そうな表情と口調でそう話し、この状況で脅しに近い言葉を述べる。

 それを聞いていた男は声を荒げながらクラウスの足を両手で掴み、怯えと動揺を宿した表情で訴えた。


「た、頼むっ!! 私を、この国から……奴から、逃がしてくれッ!!」


「奴?」


「……あ、あの男……人間じゃない……!! アレは、悪魔だ……!!」


「!」


「み、みんな……あの男に……あの悪魔の化物達に……食われて……。ジェレミアも、ツェールンも……あの化物に……!!」


「……ジェレミア=サルフィネス=フォン=ベルグリンド。第二王子のことか?」


「私達を支持していた貴族達も……ジェレミアも……みんな、あの男が放った化物に喰われた……。嫌だ、私は喰われたくない……っ!!」


 男は怯えた声でそう呟き、何かを思い出しながら恐怖に堕ちた表情で語る。

 それを聞いていたクラウスは、改めて男の名前を尋ねた。


「もう一度だけ、尋ねよう。……君の名は?」


「……私は、ヴェネディクト……。ヴェネディクト=サーシアス=フォン=ベルグリンド……」


「やはり、ベルグリンド王族の第一王子か。……いったい、君達に何があった?」


「……い、嫌だ……。話したくない……思い出したくない……!!」


「話してもらう。出来なければ、君をこの共和王国(くに)に置いて行く」


「!?」


「わざわざ、滅びた王国の王族を亡命させる理由も無いからな。帝国も、今更ベルグリンド王族を国内に入れて火種にしたくはないだろう」


 クラウスは冷たくもそう告げ、ヴェネディクトの手を引き離すように足を引かせる。

 そしてその場から去ろうとすると、再びクラウスの足を掴んだヴェネディクトが必死の様相で叫んだ。


「わ、分かった! 言う! 何でも言うから、私を置いて行かないでくれッ!!」


「……ここで話をするというのもなんだろう。私達が仮宿にしている、集会所(たてもの)に来るか?」


「行く! 行くから、私も帝国へ連れて行ってくれ……!!」


「分かった、分かった。考えてやる。ほら、立って歩け」


 クラウスはそう述べると、ヴェネディクトを立ち上がらせて歩かせる。

 そして柵の外で待っていたワーグナー達と合流し、ヴェネディクトを集会所に連れて行った。


 こうしてクラウスとワーグナー達は、亡きベルグリンド王国の末裔たる第一王子ヴェネディクトを発見する。


 第一王子(ヴェネディクト)がどのような理由で身分を隠し、そしてどのような事態に巻き込まれ、この村に行き着いたのか。

 それは彼自身の口から語られ、ウォーリスに反抗しようとした王国貴族達の結末が明らかにされた。


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