不完全な希望
黒獣傭兵団の団員達は決意し、ワーグナーやクラウスと共にウォーリスの野望を打倒する為に協力の姿勢を見せる。
その決意を聞き届けたワーグナーは笑みを戻し、再び同じ目的を共有する仲間として団員達を受け入れた。
そしてシスターの手により、呪術を打ち消す『聖魔石』の粉末が眠るミネルヴァの体内に注がれる。
それを見守る一同は、ミネルヴァに訪れる変化を確認した。
「……ぐ、ぅあ……アアア……ッ!!」
「!?」
「お、おい……。大丈夫なのかよ、コレ……」
「めっちゃ、苦しんでるんっすけど……」
聖魔石の粉末を服用したミネルヴァは、今まで平静とした眠る表情に苦痛を見せる。
シスターと団員達は不安を見せながらクラウスを見たが、ワーグナーが過去の出来事を思い出しながらミネルヴァの様子をこう述べた。
「……クラウスの時と一緒だ。あの爺さんが呪術だが呪印だかって言ってたのを消そうとしてた時も、かなり苦しんでた」
「うむ。俺自身、かなり苦しかったのは覚えている」
「……つまり、苦しんでるのは消せてるって証拠なんっすかね……?」
「だろうな」
ワーグナーとクラウスは、聖魔石を服用したミネルヴァの容態に効果が及んでいる事を察する。
それを聞いた一同は不安が混じりながらも、苦しむ声を浮かべるミネルヴァを観察し続けた。
そして数十秒が経つと、敷布を除けられたミネルヴァの全身に黒い痣のような跡が浮かび上がる。
突如として浮かび上がる黒い痣は不気味な鎖状の紋様をしており、シスターはそれを見て目を見開きながら呟いた。
「……これは、間違いありません。呪印です」
「やはりか。呪印のせいで、ミネルヴァは目覚められないようだな」
「呪印が、少しずつ消えていく……。……あっ」
「……まずいな、薄れる速度が弱まっている。聖魔石の効果が……」
ミネルヴァの全身に浮かぶ呪印が消えようとする最中、その消失速度が目に見えて低下するのが一同にも理解できる。
それは粉末状の聖魔石だけの効果では呪印の解除に限界があり、完全に呪印を解くのは難しい事を示していた。
「……ダメか」
「……ッ」
そして呪印の薄れが完全に停止し、ミネルヴァも苦しみの声を漏らす事が無くなる。
それから何も変化が起きない様子から、呪印の解除が失敗した事を全員が察しようとした。
しかし次の瞬間、諦め掛けた全員の瞳が大きく開かれる。
それはミネルヴァの瞼と口が僅かに動き、掠れた声を発したからだ。
「――……ぅ、あ……」
「!」
「ミネルヴァ様っ!?」
眠っていたミネルヴァが意識を戻す前兆を見たシスターは、その名を必死に呼ぶ。
そして混沌に眠る意識を引っ張り出すように、ミネルヴァの左手を両手で強く握った。
それから十数秒後、眠っていたミネルヴァの瞼が緩やかに開かれる。
そして呆然とした表情と意識でゆっくりと視線を動かし、自身の左手を握るシスターの存在に気付いて声を発した。
「……ここは……。……貴方は……?」
「ミネルヴァ様っ!! ――……私です。貴方様に神の教えと修練を受けました、ファルネです……!」
「……ファルネ……」
「覚えていらっしゃいますか……? 百年前に、代行者として共にフォウル国に赴こうとした……」
「……ええ、覚えています……。……とても優しい、ファルネ……」
「……あぁ、神よ……。ありがとうございます……っ!!」
朧げな意識ながらも、ミネルヴァは年老いた姿のシスターが自分の教え子であるファルネという少女であった事を思い出す。
そうした確かな意思と記憶を残すミネルヴァに、シスターは神への感謝を呟きながら握る左手を掲げて涙を流した。
そしてミネルヴァの朦朧としながらも視線は流れ、シスターの後ろに控え立つ黒獣傭兵団とクラウスに目を向ける。
寝台に横たわるミネルヴァは、そのままの姿勢で見覚えの無い彼等にも呼び掛けた。
「……貴方達は?」
「私の名は、クラウス=イスカル=フォン=ローゼン。そして後ろの彼等は、黒獣傭兵団という傭兵達です」
「……フォン=ローゼン……。……まさか、アルトリア=ユースシス=フォン=ローゼンの……?」
「アルトリアは、私の娘です。……娘を御存知なのか?」
クラウスは黒獣傭兵団と共に自身の名を偽らずに明かし、ミネルヴァの反応を見る。
すると思わぬ人物の名がミネルヴァの口から明かされ、クラウスは小さな驚きを向けながら尋ねた。
そしてミネルヴァの口から、アルトリアについて語られる。
「……アルトリア=ユースシス=フォン=ローゼン。……世界を、破滅に導いた者……」
「!」
「……しかし、神が許した者。……あの男の復讐に利用された、哀れな娘……」
「復讐……あの男……? まさか、ウォーリスの事か?」
「……ウォーリス=フォン=ベルグリンド……。……悪魔に魂を売り、世界の破滅を望んでいる男……」
「!」
ミネルヴァの口からアルトリアの事だけではなく、ウォーリスの事も語られる。
それを聞いていたクラウスと黒獣傭兵団の一行は驚愕を浮かべたが、ミネルヴァは僅かに首を横に振って自身の言葉を否定した。
「……違う。……奴は、ウォーリスではない……」
「!?」
「……あの男の肉体には、別の何かが……いる……」
「!?」
「別の、何か……?」
「ゴホッ、ガハ……ッ!!」
ミネルヴァはそう述べた後、掠れた声を荒げながら強く咳き込む。
そうした状態のミネルヴァを介抱する為にシスターは動き、困惑する一同の中でクラウスは冷静な声で提案した。
「彼女は目覚めたばかりだ。少し休ませてから様子を伺い、事情を聴くべきだろう」
「……そうだな」
クラウスの言葉を聞いたワーグナーと団員達は、意見の一致を見て小屋の外に出る。
そして起きたミネルヴァの介抱はシスターに任せ、彼女が快復し話せる状態を待つ事にした。
それから丸一日、シスターの介抱を受けながらミネルヴァの容態は確認される。
肉体に施されている呪印の解除は不完全のままながら、記憶や意識を正確に保ち、暖かさを宿す肉体を動かせる様子も見られた。
こうして『黄』の七大聖人ミネルヴァは、アルトリアと同じく一年余りの静寂から目覚める。
しかしその口から語られた言葉は、再びウォーリスという男の存在に疑惑を生じさせるモノだった。




