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緑の七大聖人 (閑話その九)


 右手の服袖を素早く動かし、食器ナイフを三本も取り出したヴェルフェゴールが、ログウェルを狙って全てを放つ。

 それをログウェルが長剣で叩き落しつつ加速して近付くと、ヴェルフェゴールは両手の袖口から食器ナイフを取り出し、両手に持ってログウェルの長剣を迎撃した。


 長剣の素早い突きを食器ナイフの突きで迎撃し、目を見開くログウェルは鬼気とした笑みを浮かべた。


「ほぉ、ただのナイフではないのぉ!」


「御主人様から頂いた、特注品ですよ」


 長剣と食器ナイフが弾けると同時に、ヴェルフェゴールが飛び退きつつ、新たに出した食器ナイフを投げ放つ。

 ログウェルはそれを迎撃して撃ち落すと、飛び退いたヴェルフェゴールを追って長剣で薙いだ。

 それをまた食器ナイフで受け流して防いだヴェルフェゴールに、老人らしからぬ顔でログウェルが狂気の笑顔を晒した。


「お前さんのような者が帝国に居たとはのぉ!」


「お褒めの言葉、恐縮の至りです」


「ゲルガルドめ、人材は豊富なようじゃな」


「御主人様は人望がありますので」


「狸に人望とは、よく抜かすのぉ!!」


 長剣で突き薙ぐログウェルに、食器ナイフだけで対抗し続けるヴェルフェゴールは、思わぬ拮抗状態を見せていた。


 そうして数分間を戦う中で、周囲に人が集まりすぎた。

 競り合う中でヴェルフェゴールがそれに気付き、舌打ちをしつつ食器ナイフを投げ放ち、ログウェルが迎撃して立ち止まった瞬間に引いた。


「……今日はこの辺にしておきましょうか」


「逃がすと思うかい。お前さんを」


「ええ。貴方は私を見逃すしかない。――……今ですよ、皇子を連れていきなさい!」


「!?」


 突如として自分の後ろに意識と声を向けたヴェルフェゴールに、思わずログウェルは後ろを振り返った。

 しかし皇子の傍には誰も居なかった。


 ログウェルの意識が逸れた瞬間を待っていたヴェルフェゴールは微笑みながら、腕袖から取り出した小さな球を複数個を地面に投げ放つと、その場に凄まじい閃光が発生した。

 片目を塞ぎ閃光を防いだログウェルは、光によって閉ざされた視界の中でユグナリスを守る為に下がった。


「またお会いしましょう、ログウェル様」


「!!」


 その声が響いた数秒後。

 光が収まった風景の中にヴェルフェゴールは存在しなかった。

 逃げられたログウェルは憮然とした表情をしつつ、長剣を収めて周囲を見る。


 刺客達の死体はそのままながら、丁寧にも額を刺し抜いていた食器ナイフが全て抜き取られ、散らばっていた食器ナイフも全て無く、去ったヴェルフェゴールによって回収された事が窺える。

 そして閃光から視界を戻した人々の目には、凄惨な刺客達の亡骸が場に広がって見えていた。


 町を守る守備兵や傭兵達が駆けつける光景に、ログウェルは面倒臭さを感じた。


「……はぁ。やれやれ、後始末を儂にせいと言うか。厄介な男じゃ」


 守備兵と傭兵達に囲まれたログウェルは、それぞれに武器を向けられて溜息を吐き出す。

 そんな悪いタイミングで目を覚ましたのは、気絶していた皇子ユグナリスだった。


「……う……、ここは……」


「起きたか、ユグナリスよ」


「ジジイ……、俺は、負けて……」


「今は周囲を見てみぃ」


「……え?」


 起きたばかりのユグナリスは、守備兵や傭兵達に取り囲まれた光景を目にした。

 そして自分達の周囲で転がり殺されている覆面の男達。

 始めこそ呆然としつつも、次第に意識をはっきりさせたユグナリスは驚いた。


「な、なんだよ。なんだよこれ!?」


「ちと厄介事に巻き込まれてのぉ」


「厄介事!?」


「お前さんのせいじゃよ」


「俺のせい!?」


 理由も分からず自分のせいにされたユグナリスは、立ち上がってログウェルに理由を聞こうとしたが、その前に取り囲む守備兵や傭兵達の中から、代表するように二人の人物が立った。

 一人は守備兵と同じ武装を施した体格の良い兵士。

 そしてもう一人は傭兵ギルドのマスター、闇属性魔法の使い手のドルフだった。


「この町の守備隊だ! お前達、武器を捨てろ!」


「……ログウェル=バリス=フォン=ガリウスかよ。こりゃあ、また随分と殺りやがったな」


 東港町の守備隊長が武器を捨てるように命じ、ドルフが周囲の光景を見ながら呟いた。

 刺客達の死体と周囲の観衆達の証言で、既にログウェルが十名近い人数を殺害する現場が目撃され、言い逃れが効かない状態だった。


「お、おい爺。どうするんだよ!?」


「ふむ。まぁ、任せなされ」


「お、おい!」


 任せろと告げたログウェルが、守備隊長へ無造作に歩み寄る。

 守備兵達と守備隊長は武器を構え、帯剣したまま近付くログウェルに警告した。


「武器を捨てろと言っている!」


「まぁまぁ、落ち着きなされ。お若いの」


「こいつ!!」


 守備隊長が持つ槍が振り上げられ、ログウェルの頭上から振り下ろされる。

 それを片手で軽く受け止めたログウェルに、守備隊長は驚き槍を引こうとしたが、一歩も動かない。


 そのログウェルが口で左手の手袋を外して手の甲を見せると、そこには円と翼が描かれた緑の刺青が刻まれていた。

 それを守備隊長とドルフにログウェルは向けて見せた。


「これに免じて、許してくれんかのぉ」


「クッ、貴様! それがどうしたと――……」


「……お、おい。まさか、それって……!?」


 ログウェルが見せたモノを理解出来ない守備隊長に代わって、傭兵ギルドマスターのドルフが驚きの声を上げた。

 信じられないモノを見た様子のドルフは、ログウェルを見ながら零すように聞いた。


「……騎士ログウェル。アンタ、まさか……」


「な、なんだ。コイツのコレが、どうしたというのだ!?」


「聖紋だ」


「せいもん……?」


「人間大陸の国家間で取り決められた紋印(サイン)だ。この紋を刻まれてる奴は、どの国も罪に問えない」


「な、なんだそれは!?」


「これは、何百年も前から続いてる取り決めだ。これを破った国は、人間大陸最大の四大国家に宣戦布告したも同然になるぞ」


「!?」


 ドルフが守備隊長にそう教えると、ログウェルは槍を手放して守備隊長を開放した。

 そして聖紋が刻まれた左手を手袋で再び隠す。

 そんなログウェルに、ドルフは聞いた。


「ログウェル。アンタが世界に七人しかいない、【七大聖人(セブンスワン)】の一人だったとはな」


「話が通じて助かるのぉ」


「俺はアンタの事をガキの頃から知ってる。……納得いったぜ。今のアンタの姿と、ガキの頃の記憶のアンタに」


「ほぉ、お前さんは帝国出身じゃったか」


「……アンタ、今は何歳だよ?」


「ほっほっほ。秘密じゃよ。お前さんも、絵本の嘘は秘密にしておいてほしいのぉ」


 そう小声で呟きドルフに微笑みながら、軽くログウェルは今回の事情を話す。

 納得し難い守備隊長と共に、ドルフはそれを聞いた。

 そしてドルフは周囲に倒れ死んだ覆面の男達を見ながら、考えつつ呟いた。


「……突然襲って来た覆面の男達か。確か、あいつ等が同じような事を……。なら、コイツ等はもしかして……」


「どうした、傭兵ギルドのマスター?」


「……守備隊長。この場は傭兵ギルドマスターである俺が預かる。とりあえず死体をこのままにしておけねぇから、片付けて検死だ。いいな?」


「なっ、勝手に……!!」


「ここの領事にも納得させる。守備隊長としては、とりあえず集まり過ぎた奴等を散らしてくれ。現場検証や死体の片付けも、検死も埋葬もこっちでやっとく。報告はちゃんとしてやるから、アンタは自分の仕事をやってくれればいい」


「……ッ」


 ドルフはそう守備隊長に告げて、守備隊長は苦虫を噛み潰したような表情で引き、守備兵達に命じて集まった人だかりを散らした。

 そしてドルフは呟きつつ、ログウェルに向けて言った。


「守備兵と傭兵との確執も、どうにかしねぇとなぁ。……アンタ達も、これ以上の厄介事は勘弁してくれよ?」


「ほっほっほ。そうじゃのぉ。少し休ませてもらうわい」


 ドルフは傭兵達に命じて周囲の片づけを行い始めると、ログウェルはユグナリスが居る場所に戻る。

 しかし動揺した面持ちを崩せないユグナリスに対して、ログウェルはいつもの穏やかな笑みを浮かべながら話し掛けた。


「これで大丈夫じゃよ」


「い、いったい。何があったんだ……?」


「それは後で話すとしよう。今日は宿に泊まり、明日には帝国領西側へ戻るぞい」


「ゲッ」


「まだお前さんの稽古は続いておるんじゃ。お前さんには、もっと強くなってもらうぞ。少なくとも、儂の攻撃を全て受けきれるくらいにはのぉ」


「無理に決まってるだろ!?」


「ほれ、宿を探すぞい。ほっほっほ」


イタッ、分かった。分かったから首を引っ張るなよ、クソ(ジジイ)!!」


 ログウェルはユグナリスの襟首を掴みながら、泊まれる宿を探す。

 こうしてユグナリス皇子誘拐は未然に防がれ、ゲルガルドが計画する反乱計画の一つは阻止された。


 しかしこの事件は、これから起こる波乱の前触れに過ぎない。

 それはマシラ共和国へ向かうアリアやエリクにも、予想できない事態でもあった。


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― 新着の感想 ―
ここまで読んで、原因ってアリアじゃね•́ω•̀)?と思ってしまう 皇子の子供時代も甘々だったのかもしれないけど、会う度に喧嘩腰にされてもねぇ そんな奴に友人なんてできるわけが無いし、自分の不幸話と頑張…
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