銃弾が舞う中で
『銃』の訓練を受けている数百名の外国人兵士達を南方で発見したクラウスとワーグナーは、その中に【特級】傭兵スネイクが団長を務める『砂の嵐』が存在している事が判明する。
そのスネイクに発見された可能性をすぐに察した二人は、荷馬車を捨てこの場から一刻も早く離れる為に、荷馬車を切り捨て馬での逃走を選択した。
クラウス達は荷馬車を隠した後、最低限の荷物と各々の武器を携えながら荷馬車から離した馬へ騎乗する。
そして馬が通れる道を選び、クラウスを含む七名は森の中を駆け抜けていた。
「――……このまま離れて、隠れられる場所を探すぞ!」
「隠れられる場所って!?」
「廃村だ! 奴等は銃を持っている。拓けた場所で逃げ続けるよりも、銃を有効に使わせない場所を選ぶ!」
「え、選ぶって……まさか!?」
「南方は、奴等の領域だ! 追跡され続ければ、いずれ捕まってしまうだろう。――……ならば、迎撃するしかない!」
「!」
クラウスの言葉に団員達は驚愕し、その思考を理解するまでに至れない。
彼等は『銃』がどのような武器なのかを理解しておらず、彼等の戦術とクラウスの思考が今は合致していない。
故にクラウスの判断に関しては、自分達の指導者であるワーグナーの言葉を待つ。
それを理解し僅かに沈黙していたワーグナーは、クラウスの提案に関する返答を知らせた。
「――……奴の判断に従うぞ」
「!」
「いいんですか!?」
「銃って武器に関しちゃ、奴の方が詳しい。俺等は実際にどれだけの性能なのか、実戦で学んじゃいないからな」
「……了解です!」
「とにかく、逃げて隠れるって事は分かりました!」
「見つかったら、戦り合おうって話っすね!」
「廃村を発見したら、途中で馬は離しましょう。蹄の後で追跡されるなら、しばらく馬を走らせて自分等の足で廃村に駆け込むってことで」
「そうだな。――……というわけだ、クラウスの旦那。ここは、アンタの指示に従うぜ」
「……ふっ。良い仲間を持っているな」
ワーグナーの決断を支持した団員達は、それぞれ作戦に関する補足と提案を述べ合う。
それを聞くワーグナーとクラウスは、互いに口元を微笑ませながら馬を走らせ続けた。
それから十数分ほど馬を走らせた一行は、寂びれた看板を見つけて道の先に廃村がある事を把握する。
そして廃村がある場所とは逆方向へ向かい、途中で疲弊している馬から降りながら手綱や鞍を外した後に馬だけをそのまま走らせた。
そして取り払った騎乗道具は全て茂みの中に隠し、足跡が残り難い深い草地を選びながら廃村がある場所へ向けて自分達の足を進めさせる。
それから更に十数分後、数十人程度が住んでいたと思われる廃村を一行は発見した。
「――……在ったな。廃村が」
「ああ。……出来るだけ散らばって隠れる。別々の建物内に隠れて、このまま夜まで待機。追手が来ていない事を確信したら、夜に一旦合流だ」
「了解」
ワーグナーは適切な指示を送り、それぞれに別れて廃村の中に隠れ潜む。
入り口から近い建物は出来るだけ避け、追跡者が廃村に入り込んだ場所が探り易い場所を選ぶ。
また建物内に入っても迎撃と逃走がし易い作りを選び、それぞれが配置に付いた。
時刻はまだ昼過ぎ頃であり、日が暮れて暗闇になるまで三時間は掛かる。
そうした中で廃村に潜伏する一行は、それぞれに緊張と焦りを抱きながら追跡者が来ない事を願っていた。
しかし彼等の願いは、無惨にも敗れる。
潜んでから一時間後、一行が隠れた廃村に複数の馬が走り近付く音が聞こえる。
それに全員が気付き、追跡者が赴いた事を察した。
「来やがった……ッ」
「数は、十人……いや、二十人以上か……。……やはり、【特級】に見られていたか……」
ワーグナーは隠れ潜む建物内で追跡者の存在に小さな舌打ちを鳴らし、眉を顰めながら表情を強張らせる。
逆にクラウスは馬の足音から追跡者の人数を把握し、その人数こそが自分達の存在に気付かれた証拠だと理解した。
他の団員達も息を飲み込みながら沈黙し、全員が短剣や弩弓を静かに構え持つ。
ワーグナーも左腕に備えた弩弓に矢を装填し、クラウスは帝国から持参した折り畳み式の槍を冷静に組み立てた。
そして廃村の中に、追跡者である『砂の嵐』の団員達が声を発する。
「『――……この付近に隠れているはずだ。三人一組で捜索しろ』」
「『了解』」
「『発見した場合、問答無用で射殺して構わん。死体は回収し、後で例の場所に運ぶぞ』」
「『はい』」
『砂の嵐』の団員達は異国の言葉で話し合い、この廃村で侵入者の捜索を開始する。
王国出身の黒獣傭兵団はその言葉を理解できなかったが、異国を旅した事のあるクラウスは『砂の嵐』が話す言語を理解し、その中で発せられた言葉に訝し気な面持ちを浮かべて呟いた。
「……死体を運ぶだと? ……相手の正体も探らす殺すのに、わざわざ死体を回収する必要があるのか……?」
会話の中に不可解な部分がある事を察したクラウスは、眉を顰めながら訝しさを醸し出す。
そして『砂の嵐』達は廃村の出入り口付近の建物内部と周囲から捜索を開始し、扉を蹴破り閉じられた木窓を破壊しながら建物内部の様子を窺った。
その手には弾倉式の小銃が握られており、銃を持つ団員全員が組織的な動きで廃村内の偵察を行い始める。
その音で相手が何をしているのか察した黒獣傭兵団達とクラウスは、窓や扉付近から離れて視界の死角となる室内へ身体を移した。
そしてついに、『砂の嵐』の一組がある建物の捜索に移る。
その建物はクラウスが隠れた場所であり、他の黒獣傭兵団の面々よりも出入り口に近い為に必然として捜索の手が早く及んだ。
他の建物と同様に、『砂の嵐』の団員は扉を蹴破り木窓を鉄で覆われた小銃の銃床で叩き割る。
そして小銃を構えながら外から建物内部を探り、その部分から確認できる場所を見渡した後、二人が建物内に侵入する足音が聞こえた。
「……ッ」
窓の無い倉庫部屋に移っていたクラウスは、足音で建物内に侵入された事を察する。
そして扉を開けた敵団員の喉元に槍の刃を突き立てる覚悟を決め、表情を険しくさせながら構えた。
そして扉の前で足音が止まった時、一つの銃声が建物の外から鳴り響く。
その銃声が響いた瞬間、クラウスは目を見開きながら扉の向こうから聞こえる声を聞いた。
「『――……なんだ?』」
「『侵入者を発見したのか?』」
扉の向こうで声を発する『砂の嵐』の団員達は、外に意識を向ける。
しかし次の瞬間、更なる銃声が廃村の中に響き渡り、連発される銃声と一人や二人ではない考えられない発砲音が建物内にまで聞こえた。
「『な、なんだ……!?』」
「『行くぞッ!!』」
クラウスが潜む倉庫部屋前の扉に立っていた『砂の嵐』の団員達は、外の状況を確認する為に急いで建物から走り出る。
その足音と声を聞いていたクラウスは僅かに安堵の息を漏らしたが、外で続く銃声音が何なのか気になり、扉を開けて外の様子を探れる位置まで移動した。
「……なんだ。……まさか、何かと戦っているのか……?」
クラウスは次々と鳴り響く発砲音を聞き、追跡して来た『砂の嵐』の団員達が小銃を用いて交戦している様子を確認する。
そして建物内部から見える場所に移動して来た『砂の嵐』の団員が、焦りを浮かべながら仲間達へ状況を伝える為に大声を発していた。
「『――……例の奴だッ!! 全員で仕留めろッ!!』」
「……例の奴?」
敵団員達の発する言葉を理解したクラウスは、『砂の嵐』が自分達一行とは異なる相手と戦闘している事を理解する。
そして外から銃声に混じった敵団員達の叫び声が響き、小銃を使う二十人以上の彼等が苦戦を強いられている様子が窺えた。
「『クソッ、素早いッ!!』」
「『また一人やられたッ!!』」
「『森や建物に近付くなッ!! 村の中央に、拓けた場所に集まって応戦しろッ!!』」
「『な、なんでこんな奴が、ここに――……ッ!!』」
「『ウワァアアアッ!!』」
銃声と共に聞こえる阿鼻叫喚の声がクラウスを含む黒獣傭兵団の面々にも聞こえ、全員が外で理解を超えた状況が起きている事を否応なく察する。
そして聞こえていた銃声が次々と途絶えていき、数分後には銃声と叫び声は全て消失してしまった。
クラウスと黒獣傭兵団の面々は、それでも建物から出ようとは思わない。
小銃を持つ数十名の集団を数分で鎮圧できる何かが、この廃村に潜んでいるのだ。
迂闊に表に出ればやられかねないと理解している一行は、建物から決して出ようとはしない。
そうして沈黙し建物内から外の状況を必死に窺っていた一同に、突然の声が耳に入った。
「――……もう大丈夫ですよ。皆さん」
「……!」
「え……?」
「……この声、まさか……!?」
外から呼び掛ける女性の声を聞き、ワーグナーと黒獣傭兵団の団員達は驚愕して耳を疑う。
しかし聞き覚えのある声なのは確かであり、ワーグナーは屈めていた身を起こして窓部分から顔半分を出して外の様子を確認した。
「……やっぱり……!!」
ワーグナーは窓から見た声の人物を確認すると、建物の扉から出る。
そして驚愕しながら声の主に姿を見せると、その人物は微笑みを見せながら話し掛けて来た。
「――……御久し振りですね。ワーグナーさん」
「アンタ、シスターなのか……!?」
驚きの声を向けるワーグナーは、目の前の居る見知った人物に話し掛ける。
それに応えるように初老の女性は微笑んだが、その周囲には倒れ伏し小銃を破壊された『砂の嵐』の団員達が全て倒れ伏していた。
その初老の女性こそ、エリクやワーグナーを含む黒獣傭兵団を王国から逃亡する手助けをした人物。
今は彼等の知る修道服は身に纏っていなかったが、その下に隠れていた鍛え抜かれた肉体を露にする白髪のシスターが、ワーグナー達の前にその姿を現したのだった。




