過去が映す光景
セルジアス達が客間にて密談し、その最中にウォーリスが悪魔を伴って来た出来事から数時間後。
自室に籠り自身が残していた詩集に偽装した研究書物を読み漁っていたアルトリアは、不意に読み終わった本を閉じながらある事を口にした。
「――……お墓参り」
「?」
不意に零したアルトリアの言葉を聞いた老執事バリスは、紅茶の無くなった器を下げようと部屋を出る動きを止める。
そしてアルトリアは椅子から腰を上げると、バリスの方へ向いて話し掛けた。
「そういえば、行ってなかったなって」
「クラウス殿の……御父君のですか?」
「そう。ずっと籠ってるのもなんだし、気分転換にちょっと行って来るわ」
「では、私も御供させて頂きます」
「……たまには、一人になりたいんだけど?」
「しかし、先日の襲撃と同じ状況に見舞われるかもしれません。あの時に御傍を離れるべきではなかったと、私としても悔いているのです」
「大丈夫よ。もう襲って来ないだろうから」
「……アルトリア様。先日の襲撃者に関して、何か御存知なのですか?」
「……知りたくなかったわよ」
「?」
「とにかく、一人でも大丈夫よ」
「では、墓地まで同行させて頂きたい。墓地に到着し、クラウス殿の墓前に参られる際に、私は御傍を少し離れます。それが最低限の妥協案と御考えください」
「……分かった。それでいいわ」
バリスの妥協案にアルトリアは渋々ながらも承諾し、解読作業の気分転換として自分の父クラウスの墓前へ赴く事が決まる。
そしてバリスを通じて屋敷の家令と兄セルジアスもこの外出を知り、数百名規模の護衛団を道中と墓地周辺に配置させる事を即座に命じた。
これを聞いたアルトリアは嫌そうな表情を浮かべたが、バリス同様に護衛達を自分の傍には近寄らせないという条件で仕方なく応じる。
そして墓地に赴く為の馬車も用意され、アルトリアはバリスと共に乗車して都市に設けられた父クラウスの墓前へと向かった。
クラウスの墓地は都市内部の大きな公園に築かれており、いつもであれば多くの都市住民が様々な日常の風景を見せる場所でもある。
しかし今回はアルトリアが訪問するという事で、一時的に公園内部の住民を退去させ、多くの兵士達で出入り口を封鎖するという状態になった。
そうした対応を馬車の中で聞いたアルトリアは、溜息を漏らしながら外に見える景色を眺める。
「……なんで私が行くだけで、そんな大事にするんだか……」
「それだけ、アルトリア様が兄君から大事に思われているのだと御理解ください」
「ふんっ。……なに、あれ?」
「……あれは……」
馬車の外を眺めていたアルトリアは、中央の敷地を抜けて都市内部の道路を通り抜けた先で不意に疑問を漏らす。
それを聞いたバリスは僅かに腰を上げ、硝子が嵌め込まれた窓枠に視線を近付けながら、アルトリアが見たモノと同じ光景を目にした。
それは道路を挟む形で広がる両脇の歩道部分に、多くの人垣が集まり並ぶ姿。
その光景は民間人と呼べる都市の住民達が大半で、兵士と思しき者達はそうした民間人を道路側に近付けぬように押し留めていた。
そうした状況に怪訝さを浮かべるアルトリアだったが、馬車が人垣に近付くことで外の声が聞こえる。
それは人垣を作っている住民達の声であり、それが自分に向けられている言葉だとアルトリアは理解させられた。
「――……アルトリア様ぁー!」
「おかえりなさいー!」
「え……?」
人垣の中から聞こえるのは、アルトリアを迎え喜ぶ住民達の声。
そして窓越しに見る人々の顔は嬉々とした様子を見せており、それが決して作られた表情ではないことが窺えた。
そうした人々の様子に困惑を見せるアルトリアは、呟きながら疑問を漏らす。
「……なんで、私がこの馬車に乗ってるのが知られてるのよ?」
「訪問自体は内密でしたが、先日の襲撃でアルトリア様が戻られている情報が住民達にも知れ渡っていたのでしょう。そしてクラウス殿の墓地がある公園が大々的に封鎖され、多くの護衛と思しき兵が配置されたとなれば。頭の良い者ならば、貴方が父君の墓前に訪れることを察して情報も広まってしまったのかもしれませんな」
「なるほどね。……でも、なんで歓迎されてるのよ」
「アルトリア様が、皆々から慕われているからでしょう」
「家族からも化物扱いされてた私が、なんで顔も名前も知らない連中から慕われなきゃいけないのよ?」
「……これは、屋敷の家令殿から聞いた御話ですが。アルトリア様が御屋敷に籠られていた時期、様々な発想で既存技術の発展を行い、帝国の技術を著しく引き上げていたそうです」
「!」
「ただ、御自身でそうした事を発表をするのが面倒だったそうで。父君であるクラウス殿を通して、そうした技術研究を行う分野の者達にその研究報告を渡し、その者達の名で発表をさせていたと聞いています」
「……なら、私がそれをやってたってバレてないんじゃないの?」
「人の口とは、思うように扱えぬモノです。そうした事情を知る者が他者に教え、それが内々に広まっていたのでしょう。貴方が帝国に対して貢献した出来事を人々は知り、こうして歓迎を行いたいと思う程に、アルトリア様が慕われていたということかもしれません」
「……」
バリスの話を聞いたアルトリアは疑問に満ちた表情を覚めさせ、僅かに驚きを浮かべながら再び馬車の窓越しに外を眺める。
公園まで通じるであろう道の歩道には多くの人々が詰め寄るように人垣を作りながら、アルトリアを歓迎する様子を見せていた。
幼い頃のアルトリアは師ガンダルフから教えを説かれた後、十三歳になるまで屋敷に籠り様々な研究と開発に熱中していた時期がある。
それは基礎的な言語学や幾何学を始め、医学や科学などの特殊分野、更に皇国で発展している機械学などを修め、数多くの技術を学習していた。
その副産物として、アルトリアは更に効率的な作業機械の考案しながら設計し、薬学を用いて難病とされる病気に対する医療技術を大きく進歩させる。
更に魔導技術を修めることで魔導具関連にも精通し、魔導国からの輸入が主だった魔道具を帝国でも生産可能な状態へ持ち込み、その中で魔獣や鉱山からしか得られない魔石を人工的に生産できる装置を開発した。
それは実家であるローゼン公爵領地を豊かにするだけではなく、ガルミッシュ帝国全体を以前よりも繁栄させる事に繋がる。
しかし当の本人には帝国を繁栄させたという自覚は無く、また興味も無かった。
ただ自分が興味を抱いた分野に手を出し、既存の技術を良り効率的に、そして効果的に出来ると思うことを実行していただけに過ぎない。
特に十三歳になってからは魔法学園に籠りながら魔法に関する研究に没頭し、気分転換で姿と身分を偽りながら外出していた時には、自分に関する話題など皇子との結婚ぐらいしか聞いていなかった為、他者が述べる自分への情報にすら無関心な状態だった。
だから今、人々が自分の帰還を喜びながら歓迎する光景をアルトリアは理解できない。
例え理解する事が出来たとしても、自分が化物である事を自覚しているアルトリアにとって、この歓迎は化物を知らない者達の声でしかないのだと心の中で考えてしまっていた。
「……違う。私は、そんなんじゃないのに……」
「……アルトリア様……」
領地の人々から慕われ暖かく迎えられる光景とは裏腹に、アルトリアは困惑しながら自己否定によってその事実から目を逸らす。
そして外から聞こえる歓声を自身の両手で遮るように耳を塞ぎ、顔を伏せながら人垣が築かれる道路を通過し続けた。
こうしてアルトリアは、過去の実績によって成された人々の声を確認する。
それに苦悩するアルトリアを乗せた馬車は、父クラウスの墓地がある公園へと辿り着いた。




