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一難去って


 老騎士ログウェルと帝国皇子ユグナリスの強襲から数日後。


 重傷を負っていたエリクが目を開けると、木板の天井と部屋全体が揺れるように感じる場所だった。

 体を起こそうとしたエリクだったが、横目に見えた人物に視線を向ける。


 いつもは後ろに束ねている長い金色の髪を解き、毛布を背中に羽織ったアリアが、エリクが眠っていたベットの横で自分の腕を枕にして寝ていた。


「……アリア?」


「すぅ……すぅ……」


 寝息が聞こえる事で安心するエリクだったが、今度こそ上半身を起こして周囲を見ると、そこはやや狭い部屋ながらも、寝具や家具が置かれた部屋だった。

 そして感じる揺れは気のせいではなく、吊るされた照明が僅かに揺れ、波の音が周囲から聞こえているのをエリクは知った。


「……船の、中か」


 今居る場所が船室であり、自分達が船の中に居る事をエリクは自力で知る。

 アリアが眠っていない方向から足を降ろし、立ち上がったエリクは僅かに腹部に痛みを感じた。


「……そうだ。俺は、あの男と戦って……」


 腹部の痛みでエリクは記憶を蘇らせ、ログウェルとの戦いで負傷した事を思い出す。

 白い包帯の巻かれた腹部と左手に僅かに痛みを感じながらも、近くにあった布を纏いつつ、歩みながら部屋の扉を開けた。


 木板が敷き詰められた廊下と幾つかの部屋が見える中で、エリクはゆっくりと歩きながら外に繋がる通路を探し、上に登る階段を見つけて進んだ。

 そして閉ざされた扉を開けると、エリクは外に出た。


「……やはり船か」


 外に出たエリクが見たのは、見渡す限り広がる青い海と空。

 そして帆を広げて海の上を航行する船の甲板。

 幾人かの船員らしき人々が作業を行っている風景が見えると、エリクは船員の所まで歩いて話し掛けた。


「すまないが、ここは、どこだ?」


「え? ……あ、アンタ起きたのかい!」


「?」


「た、大変だ。皆に知らせないと! 船長! 船長!!」


 話し掛けた船員がエリクを見ると、慌てて向かい側の船室らしき建物に入った。

 状況がよく分からないエリクは、仕方なく海を眺めながら待つ事にした。

 数分後、エリク達を送り届ける商人のリックハルトが出て来た。

 そしてリックハルトがエリクに話し掛けた。


「エリク殿、お目覚めになられましたか」


「お前は、商人の……」


「ええ、貴方達を南の国まで運ぶ商人の、リックハルトでございます」


「……ここは、何処だ?」


「私の商船です。あの老騎士と戦い傷ついた貴方を乗せて、船を出航させたのです」


「……南の国に、向かっているのか?」


「ええ。その通りです」


 船の行き先を聞いて納得して頷いたエリクは、リックハルトに続けて尋ねた。


「あの男は、どうした?」


「あの男、と申しますと。老騎士ログウェル殿の事でしょうか?」


「そうだ。あいつはどうした?」


「アリア殿に何かを伝え、去っていきました。私達はその後にアリア様に進言され、船に乗って出航したのですよ」


「アリアが?」


「傭兵達にエリク殿とケイル殿を担がせ、二人にちゃんとした治療は船内で行うから部屋を用意してくれと仰いました。手遅れだと思ったのですが、本当に重傷だった御二人を助けてしまうとは。アリア様は優秀な魔法師ですね」


「……そうか。ケイルは?」


「エリク殿のお隣の部屋で休んでおられるはずです」


「そうか」


「アリア殿も御一緒だったのでは?」


「寝ていた」


「そうですか。エリク殿の回復が芳しくない為、三日三晩の間、ずっと魔法による治療を施されていたようですからな。流石に疲れたのでしょう」


「……俺はそんなに寝ていたのか?」


「ええ。あの時、大量の血を流しておられるエリク殿を見た時には、死んでいるものだとばかり思っていましたが。いやはや、魔法の治癒とは素晴らしい」


「……」


 あの戦いから既に三日以上が経過し、その間に船が進んでいる事をエリクは知った。

 そして腹部の痛みが傷からくる腹痛だけではなく、空腹から来る痛みも訴え始めた。

 自分が危ない状態だったと聞かされながらも、何処か他人事のような気持ちを抱くエリクに、リックハルトが勧めるように話した。


「もうすぐ昼食ですが、エリク殿もお召し上がりに?」


「……ああ、腹が減った」


「倒れていた三日間、水しか飲んでいないでしょうからな。それでは、部屋まで食事を多めに運ばせましょう。用意しますので、お部屋でお待ちください」


「ああ、分かった」


 リックハルトに促されたエリクは、そのまま来た扉を潜って船室に戻った。

 そして自分が居た部屋に戻って来たエリクは、まだ眠っているアリアを見て扉を閉めると、ケイルが居るという隣の部屋を開けた。

 そしてベットの上で横たわるケイルに、エリクは話し掛けた。


「ケイル」


「エリク!?」


「大丈夫か」


「お前こそ大丈夫なのかよ!?」


「ああ。お前は大丈夫か?」


「……ああ。少し背中に斬られた痕は残ってるけど、アリアの奴が魔法で傷自体は塞いでくれたよ」


「そうか」


「それで、そっちの傷は?」


「まだ少し痛むが、大丈夫だ」


「そうか。……アリアは?」


「寝ている」


「……アリアの奴、死にかけのアタシとエリクを船まで運ばせて、治療してここまで回復させちまった。恐れ入るよ」


「ああ。アリアの回復魔法は凄い」


「エリクのお墨付きか。通りで効くワケだ」


 そう話すエリクとケイルだったが、そのケイルが何かを言おうとした口を閉じ、改めて口を開いた。


「……エリク、すまん」


「?」


「護衛として雇われたのに、お前等を守りきれなかった」


「いや、相手が悪かった」


「まさかエリクを圧倒する爺さんがいるなんて、夢にも思わなかったよ」


「あの男は恐ろしい。戦うな」


「……初めて聞いた。アンタが恐ろしいなんて言葉を使う相手なのか?」


「ああ」


 エリクの口からログウェルの事を聞き、ケイルは唖然とし厳しい表情を浮かべる。

 二年以上の時間を仲間として過ごしたケイルでも、エリクが恐ろしいという相手は戦場でも魔物や魔獣相手でも聞いた事が無い。

 それを言わせる程の相手がログウェルという老騎士だという事実が、今更になってケイルの身体に震えを起こしていた。


「ケイル、俺は部屋に戻っておく。食事が来るらしい」


「あ、ああ。分かった」


 そう言って部屋を出たエリクは、そのままアリアが居た部屋まで戻った。

 そのエリクが部屋を出た後に、思い出したようにケイルは呟いた。


「……あっ。あいつ、アタシの名前……。ハハ……ッ」


 名前を覚えたエリクにケイルは今更になって驚きつつも笑った。

 その原因とも言うべき事をやってのけたのが、二十にも満たない少女だと更に気付いた時に、ケイルは僅かな敗北感も感じた。


「……エリクが必死に守るわけだよ、あの御嬢様。……やっぱ、気に入らないね」


 年下のアリアに嫉妬しながら、ケイルは不貞寝するように横になる。

 そして背中の痛みを無視するように、揺れる船室の中で睡眠に入った。


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