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幕引き


 皇子ユグナリスが振り下ろした炎の剣は、地面に倒れ座るアリアを斬ろうとした。

 しかしその剣はアリアに触れず、違う人物の背中を斬る。


 斬られたのは、エリクの傭兵仲間の一人。

 ユグナリスより濃い赤毛のケイルだった。


「……ッ」


「なっ!?」


「ケイルさん!?」


 アリアを庇う為に飛び出していたケイルが、炎の剣を手持ちの武器で防ぐ事はできないと察し、アリアを押し退け自分の体を使ってアリアを庇い、背中に炎の剣を受けた。

 斬ったユグナリスと守られたアリアは驚き、ケイルに視線を向ける。

 崩れたケイルはアリアを庇うように身で覆い、苦しみの声と表情を浮かべていた。


「ケイルさん、どうして!?」


「……言った……ろ。依頼は、ちゃんと、してやるって……」


「!!」


「……それに、エリクが、アンタのことを……大事にしてるんだ。守って、やんなきゃ……」


「ケイルさん! 待ってて、今、回復魔法を……」


 焼けた背中から人体が焦げる匂いと共に、血液が流れ出て地面に落ちている事に気付き、アリアはケイルの傷を治す為に回復魔法を行った。

 そして斬り付けたユグナリス本人は、ケイルとアリアを見ながら僅かに手と体を震わせつつも、震える手を握り締めて気丈な態度で言い放った。


「……脅しの為にちゃんと当たらないように剣を振ってやったのに。守り損だな」


「……ユグナリスッ!!」


 ユグナリスの物言いに怒りを浮べ、鋭い睨みを向けるアリアに真っ向から向き合うユグナリスが、再び剣を向けてアリアに告げた。


「降参しろ、アルトリア。潔く俺と一緒に、帝都に戻るんだ」


 ケイルの回復を施す為に動けないアリアは、剣を向けるユグナリスに応じない。

 しかしその時、一匹の大型の黒い獣がユグナリスを襲った。


「ガァアアッ!!」


「なっ、グッ!?」


 凄まじい速度の左拳が放たれ、それに気付いたユグナリスがギリギリ回避し、転がりつつ遠ざかる。

 そしてアリアとケイルの前に腹から長剣の刃先を生やす背中を見せたのは、全身が傷だらけで血塗れのエリクだった。

 その剣先からは血が流れ、地面に滴らせている。

 そんなエリクにアリアは呼び掛けた。


「エリク……剣が、それに血が……」


「……ハァ、ハァ……。……アリア。ケイルを」


「……ええ」


 ケイルを託したエリクは、そのままアリアに背中を見せて歩き始めた。


 刺さった剣で大量の血が流れる事を塞き止めている状態とはいえ、急激な動きの影響で血が溢れ、足にも滴り始めた状態のエリクは、それでも歩きながらユグナリスと対峙する。

 そんな満身創痍のエリクを相手に、ユグナリスは炎の剣を向けた。


「お前が、ログウェルの言ってたエリクか」


「……」


「知ってるぞ、王国の蛮族兵だろ。……死に損ないが。お前も、俺の剣で斬り伏せてやる!!」


「……」


「……ッ!?」


 無言で歩み寄ってくるエリクは、凄まじい形相を浮かべながら近づいてくる。

 その表情を見たユグナリスは瞬間的に寒気を感じ、身体中から冷や汗を掻き始めた。

 その寒気を振り払うように強く握った剣と強張った体を動かし、ユグナリスはエリクに斬りかかった。


「ハァアッ!!」


「……」


 エリクの右肩口を袈裟懸けに斬り、身に着けている黒鉄の鎧を溶かしてその身を焼き斬ろうと狙ったユグナリスだったが、思わぬ形で剣が止められた。

 炎の剣を、エリクは左の素手で掴んでいた。


「なにッ!?」


「……ッ」


 炎を纏っているはずの剣を素手で掴み握り、肌が焼けているにも関わらず剣を離そうとせず、ユグナリスは異様な寒気を再び感じた。

 それはエリクの殺気となって現れ、太い右腕の豪腕が筋肉で膨れながら右拳が硬く握られると、エリクは力を込めて構えた。

 ユグナリスはエリクの狙いを今になって分かり剣を手放そうとしたが、間に合わなかった。


「フンッ!!」


「グ、ア……ッ」


 左手で炎の剣を握ったまま、右手でユグナリスの胴を拳で殴り飛ばしたエリクは、ユグナリスを中空に浮ばせる程の腕力と膂力を見せる。

 身に着けていたユグナリスの防具が砕け、血を吐き出したユグナリスが空中から地面に落下し、転がりながら貨物の箱に激突して停止した。


「……」


「グ、アァ……ゥ……」


 息をする事さえ困難になったユグナリスに、左手に大火傷と腹に剣を刺されているエリクは、炎が消えた剣を投げ捨て、再びユグナリスに歩み寄ってトドメを刺そうとした。


 しかしエリクの進路を阻んだのは、あの老騎士ログウェルだった。

 右手にはエリクの黒い大剣を軽々と持ち、左手には投げ捨てられたユグナリスの剣が拾い持たれている。

 軽々と両手に武器を持つ姿で、ログウェルは満身創痍のエリクに話し掛けた。


「その状態でまだ動くか。化物じゃのぉ」


「……」


「ほれ、お前さんの武器じゃ。返すぞ」


 そう言って大剣を持ったログウェルが軽々と大剣を投げて、エリクは大剣の柄を右手で掴み持つ。

 それに応じたエリクは大剣を地面に突き刺し、腹に生えるログウェルの長剣を右手で引き抜いた。


「……グッ……」


「自分で引き抜くかい。やはり化物じゃな」


 痛みを堪えて引き抜いたエリクは、その長剣を回転させつつ投げ渡した。

 回転した長剣の柄を苦も無く掴んだログウェルは、剣を振って血を飛ばし鞘に収める。

 そして向かい合う中で、ログウェルが提案するように言った。


「さて。今日はここまでにしておこうかの」


「……」


「儂はな、ちと皇子(こやつ)の教育を任されとる。ここで死なれても困るのでな、休戦としとこう」


「……俺達を、追ってきたんじゃ、ないのか?」


「追ってきたのは確かじゃが、ちと趣向が違う。儂はクラウス様にアルトリア様への伝言を託されたのじゃよ。皇子は勘違いしとったがの。お前さんとは、つい我慢できずに戦ってしまったわい」


「……」


 ログウェルの真の目的がエリクと戦う事ではなく、ローゼン公爵の使いだと聞き、それが聞こえたアリアは驚きの顔を浮かべた。


 ログウェルはアリアの方を見ながら、提案するように聞いた。


「アルトリア御嬢様じゃな。大きゅうなられたようで、何よりじゃ」


「……初めましてじゃないわね。ログウェル=バリス=フォン=ガリウス伯爵」


「ログウェルで構わんよ。……さて、お前さんの父親からの伝言じゃ。聞くかい?」


「……聞くわ。戻れって話なら、お断りだけど」


「ほっほっほっ。なるほど、確かにクラウス様の娘じゃ。瞳の力強さが似ておる」


「……」


「さて。お父君からの伝言は、こう記されておるよ」


 懐から手紙らしき物を取り出し、それを広げたログウェルが伝言を読み始めた。


「『王国が私の留守を狙い、帝国領に侵攻を開始した』」


「!?」


「『今回の王国軍の侵攻は、明らかな侵略戦争を意図した行為だ。私は領土に戻り、我が軍を指揮して王国軍を迎え撃つ。お前の捜索は一時の間は打ち切り、戦争に備えなければならない』」


「……」


「『アルトリア、私はお前をもう追わないと決めた。だが、戻ってきて欲しいと思っている。お前は私の大事な娘なのだから。』……以上が、クラウス様が儂に委ねた貴方への伝言ですじゃ」


「……」


「どうですかな? 御父君の所へ戻られては。何なら、儂が帝都まで貴方を護衛をしますぞ。勿論、そこの傭兵エリクも連れて」


「……」


「貴方が戻られる事を期待しているのは、クラウス様だけではありませぬぞ。貴方の家の者達も、そしてゴルディオス様やクレア様も、御学友達も、皆が心配して戻る事を待ち望んでおりますぞ。アルトリア公女殿下」


 ログウェルから伝えられる父親の伝言にアリアは苦々しい表情を浮かべ、治療を終えたケイルを地面に委ね置くと、立ち上がってエリクの横に歩み寄った。

 そして、ログウェルに伝言に対する返事をした。


「……私は戻りません。私はもう、ローゼン家の令嬢ではありませんから」


「ほぉ……」


「帝都を出る時、私は確かにお父様に宛てた書状を届けさせました。ローゼン公爵家との縁を切らせてもらうと。今までの養育費として、私が築いた化粧品店の利権をそのまま譲渡しています。売り上げや将来の展望を考えれば、今まで育てて下さった養育費の返上としては十分でしょう。……私はローゼン公爵家の娘として、そしてお父様に育てられた義務は、既に果たしました。私はそれ等を撤回するつもりはありません」


「……なるほど。やはりクラウス様の娘じゃ。そういう部分は、よく似ておられる」


「ログウェル様。その大馬鹿(ユグナリス)を連れてどうぞお帰りください。ついでに、その馬鹿を一人前にしておいてください。でないと、帝国が滅びますよ?」


「ほっほっほ。分かりましたわい。老いぼれは素直に、若者の教育でもしておきましょうかのぉ」


 伝言を伝え終えたログウェルは、ユグナリスの腰を掴んで抱えると、そのまま荷物でも持っていくように運びながら背中を見せて振り返った。

 その際に、ログウェルは後ろを向きながら話した。


「それでは、また何処かでお会いしましょう。ただの魔法師アリア殿、それに傭兵エリク。また戦える日を、楽しみにしておくぞい。ほっほっほ」


 ユグナリスを抱えて別れの挨拶を告げるログウェルが、二人の前から遠ざかり去っていく。


 それを見送りつつ内心でお断りの返事を述べたアリアは、溜息を吐き出してエリクに話し掛けた。


「……ふぅ、一難は去ったみたいね。ありがとう、エリク。助かっ――……エリク?」


「……」


 剣で貫かれた腹部から大量の血液が溢れるエリクが、足元に血溜まりを生み出している事にアリアは気付いた。

 エリクは立ったまま気を失いかけていた。

 大小様々な傷で体の各所から流れる血液が、エリクの生気を薄れさせていた。


「エリク、今すぐ治すわ! しっかりしなさい、エリク!!」


「……」


「エリク! エリ――……」


 エリクはそのまま倒れ、意識を失った。

 最後にエリクが聞いたのは、アリアが必死に呼ぶ声だった。


 その後。

 エリクは数日の間、目を覚ます事は無かった。



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