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【完結】虐殺者の称号を持つ戦士が元公爵令嬢に雇われました  作者: オオノギ
革命編 一章:目覚める少女

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少女の思い出


 記憶を失っているアルトリアは、目と足を患うリエスティア姫の治療を行う為にローゼン公爵家の別邸に訪れる。

 そして皇后クレアに出迎えられリエスティア姫の居る寝室に足を踏み入れた瞬間、その姿を見て目を見開き身体を硬直させた。


 そして過呼吸にも似た状態に陥り、膝を崩し倒れそうになる。

 それを傍に控えていたバリスが支え、アルトリアの身体を運び出すように抱えて居間の長椅子(ソファー)で寝かせた。


 その時には既に、アルトリアは荒い呼吸と共に青い瞳を閉じて意識を失っている。

 しかし薄れる意識と失った記憶の狭間で、アルトリアは瞼の裏側に焼き付いたような光景を見ていた。


『――……はぁ、はぁ……!』


 アルトリアが見たのは、赤い絨毯が敷かれた長い廊下を走る光景と僅かに聞こえる吐息。

 しかし廊下を走りながらも見える壁の位置から、視界の主が背の低い人物だというのが理解できた。


 その視界(じんぶつ)は後ろを気にしながら走っていると、後ろから複数の人間が追って来る足音と声が聞こえてくる。

 そして前を向き直して廊下の曲がり角を左折した視界は、目に飛び込んだ部屋の扉に手を伸ばして開けた。


 扉を開けて部屋の中に入った視界は、扉を閉める。

 そして扉越しに聞こえる足音と複数の声が通り過ぎると、安堵した様子を見せながら息を漏らした。


『――……はぁ……。しつこかった……』


 視界の主は幼い少女の声でそう呟き、ゆっくりと息を吐き出す。

 そうして気を緩めていた様子を見せ、部屋の奥側に視界を向けた。


『……!』


 その時、視界の主である少女は再び驚きの声を漏らしそうになる。


 そこには様々な家具が置かれた客間の部屋であり、一つの寝台(ベット)が部屋の奥に備わっていた。

 そして寝台(ベット)には上半身だけを起こした状態で視界の主を見ている、黒髪の幼い少女が居たのだ。


『……だれ?』


『……あなたこそ、だれ?』


 互いに視認した事を確認して声を交えると、視界の少女は扉の前から寝台(ベット)の方へ歩み出す。

 そして寝台に近付くと、黒髪の少女は僅かに驚いた様子を見せながらも、口元を微笑ませながら伝えた。


『わたしは……クロエオベール。あなたは?』


『そう。わたしはアル……アリスよ』


 少女達は互いに名乗り合い、視界の少女が僅かに口籠りながらアリスという名前を伝える。

 そしてクロエオベールと名乗る少女に対して、アリスは話し掛けた。


『あなた、ここでなにやってるの?』


『あなたも、どうしてここにきたの?』


『おしえないわ!』


『えぇ……っ、ごほっ……』


『!』


 アリスはここに訪れた理由を話す事を拒否して見せると、クロエオベールは苦笑しながら微笑む。

 その際、唐突にクロエオベールは咳き込みながら身体を前に倒し、アリスは驚きながら更に近くへ駆け寄った。


『だいじょうぶ?』


『ごほっ……。……う、うん。いつものことだよ』


『いつも……?』


『わたし、身体が弱いんだって。だから、ここで休んでるの』


『ふーん。治してもらわないの?』


『おくすりは、もらってのんでるんだけどね』


『そう』


 咳き込む様子を治めたクロエオベールを見たアリスは、寝台(ベット)に手を掛けて腕と顔を乗せる。

 そしてクロエオベールの膝元に置かれているモノを見て、不思議そうに尋ねた。


『それ、なに?』


『これ? これは、刺繍(ししゅう)をしてたの』


『ししゅう?』


『こうやって糸を通した針で、布で絵を描くの』


『ふーん。それ、おもしろいの?』


『うん。……ほら、これが他にも縫ったもの』


 クロエオベールはそう言いながら、枕元に置いていた適度な大きさの布をアリスに見せる。

 それ等には様々な花や動物を描いたような綺麗な刺繍が施されており、アリスはそれ等を見て感嘆とした声を漏らしながらクロエオベールを見た。


『……あなた、すごいのね』


『アリスちゃんも、やってみる?』


『わたし、こういうのやったことがないわ』


『じゃあ、やらない?』


『……まぁ、暇だし。やるわ』


『そっか』


 アリスは微笑みながら尋ねるクロエオベールの誘いに乗り、差し出された予備の針と糸を使い刺繍を学ぶ。

 寝台に上がり向かい合うように座る二人は、そこで刺繍を教え学び合った。


 初めて刺繍に挑戦するアリスに、クロエオベールは針の扱いを注意させながらゆっくりと教えていく。

 まずは簡単な四角形や三角形などの()をさせていき、アリスは一時間もしない内に簡単な動物の顔を模した縫い方を出来るようになっていた。


『――……すごいね、アリス。もうこんなにできるなんて』


『ふふんっ。――……!』


『!』


 初めての刺繍を褒められるアリスは鼻を鳴らし上機嫌な様子が窺える中、部屋の扉を叩く音が鳴る。

 それに気付いた二人の中で、アリスは扉からは死角となる寝台の奥側へ急いで移動した。


 すると数秒の内に扉が開けられ、女性らしき声が聞こえ来る。

 その女性と話すクロエオベールの声も聞きながら、アリスは寝台の奥側に隠れ潜んでいる事が視界で分かった。


『――……失礼します。……御加減はいかがですか?』


『はい。少し良くなりました』


『そうですか。……たくさん縫われたようですね。どれも綺麗……あら? こちらは、少し(つた)いような……』


『ちょっとだけ、手を慣らす為の練習に使いました』


『そうなのですか。ところで、誰かこの部屋に訪れませんでしたか?』


『いいえ。なにかあったんですか?』


『実は、とある御嬢様が会場から居なくなったそうで。その御家の方々が、城内を探し回っておられるのです』


『そうなんですね。でも、ここには来ていません』


『そうですか。今日のパーティーはもうすぐ終わると思われますので、お兄さんがすぐに御迎えに来ると思いますから。それまでここで、ゆっくりと御休みください』


『ありがとうございます』


 女性の声はそう述べると、足音が遠ざかりながら扉を開けて閉める音が聞こえる。

 そしてアリスが隠れる上から、クロエオベールが微笑みながら声を掛けた。


『――……もう大丈夫だよ』


『……なんで、ここにいるって言わなかったの?』


 アリスは立ち上がりながら、クロエオベールに話し掛ける。

 それに対して口元を微笑ませるクロエオベールは、簡単な理由を伝えた。


『ここで一人でいるより、二人の方が楽しいから』


『……そんな理由?』


『うん』


 アリスは呆れたような声を漏らし、クロエオベールが微笑む顔を見る。

 その後、アリスは再びクロエオベールから刺繍を教わり、二人は一時間程の(いこ)いを過ごした。


 それから夕刻が過ぎ空が暗くなり始めるのを部屋の窓から確認したアリスは、小さな溜息を吐きながらクロエオベールに話す。


『――……そろそろ戻らないと、さすがにマズいかも』


『そっか。……そろそろ、わたしもお兄ちゃんが来るかも』


『へぇ、そっちもいるのね』


『アリスも?』


『うん。……しばらくパーティーは続くみたいだけど、明日はクロエもくるの?』


『……体調が良ければだけど、アリスがくるならがんばろうかな』


『じゃあ明日、会えたら刺繍(これ)の続きをおしえてよ』


『うん。……またね、アリス』


『またね。クロエ』


 アリスはそう述べながら寝台(ベット)を降り、互いに微笑みを向けながら再会の約束を行う。

 そしてアリスが部屋を出る為に扉へ手を伸ばした時、手に触れずに扉が外側へと開け放たれた。


 扉を開けたのは、クロエオベールと同じ黒髪を持つ十代前半の少年。

 その少年が向ける青い瞳とアリスの視線が重なると、その口から声が漏れ出た。


『げっ』


『……君は?』


『た、ただの通りすがり!』


『あっ、ちょっと――……』


 少年は見下ろしながら問い掛けるが、アリスはそれを聞かずに扉と少年の隙間をすり抜ける形で部屋を抜け出す。

 そして再び廊下を走りながら、呼び止めようとした少年を振り切るように部屋を後にした。


 そこで瞼の裏側に映る視界は途絶え、次の瞬間にアルトリアは緩やかに瞼を開けて青い瞳を晒す。

 更に視界を動かすと、自分の周囲には老執事バリスを始め、皇后クレアと複数の侍女達が目覚めた自分を見ている様子だった。


 こうしてアルトリアは卒倒した状態から、奇妙な記憶を垣間見る。

 それは懐かしさと同時に、薄らと涙を浮かべる悲しみをアルトリアに与えていた。


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