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【完結】虐殺者の称号を持つ戦士が元公爵令嬢に雇われました  作者: オオノギ
修羅編 二章:修羅の鍛錬

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招かれる客へ


 髪を黒く染めてアズマ国に入ったケイルは、(きょう)(みやこ)と呼ばれる場所を目指して一人旅を続ける。


 港から続く町の様子はルクソード皇国のような洋式ではなく、古めかしく感じる木製の建築物が立ち並んでいる和式の風景。

 硝子(ガラス)や石造りの建築物は少なく、大通りを歩く人々も獣の毛皮などを用いた服装より布や絹を織った着物を身に付けていた。


 そうした大通りをケイルは歩き、両替商で換金した銭を使って旅に必要な物を購入する。

 そして町の外へ出ると、軽く首と肩を揺らしながら手足を動かし準備運動を始めた。


「――……さて。今のアタシで、(みやこ)までどのくらい掛かるかな」


 ケイルはそう述べながら準備運動を終え、走り出す姿勢になる。

 そして次の瞬間、高めた生命力(オーラ)を両脚に纏わせながら土を蹴り、凄まじい速度で走り出した。


 それを間近に見ていた人々は、唖然とした様子で口を開く。


「――……は、速ぇな……。あの女子(おなご)……」


「もう、見えんくなっとる……」


 僅かな土煙を撒いた後に後ろ姿すら見えなくなったケイルは、港町を離れる。

 そして村や町以外の道になりそうな場所をケイルは跳び走り、アズマ国の(みやこ)を目指した。


 アズマ国の内側は自然が多く残っているが、平地や山には農民が耕し水を張る田畑が多く存在している。

 特に稲作はアズマ国内で盛んであり、他の大陸では小麦を使ったパンや芋などが主食となっているが、アズマ国の人々は稲作の収穫で得られる『米』を主食としていた。


 米は同盟国や交流国にも伝来しており、その国の料理に用いられる事もある。

 しかし米の味はアズマ国のモノが最も美味しいと言われ、海外からはその米を買う為に入国する商人もいるほどに有名だった。

 また食文化も豊かであり、米を使った清酒や酢を始め、醤油や味噌と呼ばれる調味料を用いた料理は絶品と評されている。


 その反面、機械技術や魔導技術を用いた道具がほとんど存在せず、在るとしても普通の民に普及されていない。

 また医学に関しても他国に比べて医者や医療施設が少なく、医者を兼ねた薬師を頼る事が多い。

 病気になれば、他所の村から薬師を呼ぶ事もあると聞く。

 

 一見すれば過酷にも思えるアズマ国の環境だったが、それでも人々はこの島国に根強く生きている。

 あの五百年前にも起きた天変地異にもアズマ国は耐え、長い文化と歴史を人間大陸の中で続けていた。


 そんな国内を走り抜け、ケイルが港町を出立してから三日後。

 (みやこ)と呼ばれる(きょう)が見える山の中腹に辿り着いたケイルは、そこから景色を見渡しながら軽い溜息を吐き出した。 


「――……十年くらい経っても、変わらねぇな。ここは」


 ケイルは懐かしむようにそう述べ、山を下りる。

 しかし(みやこ)へは向かわず、京から少し離れた山畑地帯へ向かった。


 季節は秋頃であり、稲や作物を収穫する時期。

 大人や子供が畑に出て稲や作物を取る姿を横目にしながら、ケイルは田畑や山畑の合間に道を進んでいく。


 そんなケイルに農民の幾人かが気付き、物珍しい様子で視線を向けていた。


「――……あれ、誰だっぺねぇ?」


「あん着物(きもん)は、外人(そとびと)でねぇか?」


(そと)(ひと)が、こんなとこさ来るのかぇ?」


 田畑で作業している農民の老夫婦がそう話し、訝し気な視線をケイルに向ける。

 その視線にケイル本人も気付いており、その老夫婦がいる方へ顔を向けて軽く御辞儀をしながら通過した。


 それから数十分後、田畑を抜けた先に塀に囲まれた大きな屋敷が見えてくる。

 屋敷の前に辿り着いたケイルは、出入り口である門の前に立った。


 そしてケイルは、木製の門に設けられた小さな扉を右手で叩く。


「――……(たの)もう!」


 そう声を出して何度か扉を叩いた後、ケイルはしばらく待つ。

 そして一分程が経過した時、その小扉が開けられた。


 そこから出て来たのは、背が低く皺の多い老婆。

 その老婆はケイルの顔を見ると、厳かな表情を浮かべながら口を開いた。


「――……何用でしょうか?」


「御久し振りです、お千代(ちよ)さん。……軽流(けいる)です」


「……!」


 千代(ちよ)と呼ばれる老婆はケイルの名を聞いた瞬間、驚きの表情を見せる。

 そして鋭い視線をチヨは放ち始め、ケイルの全身を見渡すように観察した。


「……本当に、軽流(けいる)なのかい?」


「はい。髪は、今は染めてるんですが。御元気でしたか?」


「お前さんこそ、達者なようだね」


「おかげ様で。……師匠と頭領は?」


「今は出かけているよ。夕刻には戻る予定だ。……(はい)りんさい」


「はい、ありがとうございます」


 千代(ちよ)はそう述べ、扉の中に戻っていく。

 それに礼を伝えて門の扉を潜ったケイルは、屋敷の中に招かれた。


 千代(ちよ)が案内するように前を歩き、屋敷の中に入る扉を開ける。

 それに続くケイルは扉を潜って屋敷の中に入ると、玄関となる場所で靴を脱ぎ、木の板を敷いた廊下を素足で歩いた。


「――……ここで待っとりなさい。茶でも入れるかい?」


「お構いなく」


 そして畳が敷き詰められた庭の見える客間に招かれ、両腰に下げていた二つの剣を左側に並べて置き、畳の上で膝を曲げて座ろうとする。

 その瞬間に千代(ちよ)が襖を閉めて部屋から出ると、ケイルは座る動きを止めた。


「……五人か」


 ケイルがその言葉を口にした途端、三方に存在する襖が勢いよく開け放たれる。

 更に庭側に一人の人影が飛び出し、天井の板が外れると同時に一人が飛び降りて来た。


 それ等の人影全員が顔すらも隠す黒子(くろこ)装束を身に纏い、一斉にケイルへ襲い掛かる。

 それに対してケイルは正座の姿勢から立ち上がり、素手のままで襲い掛かった者達に対応した。


 まずは真上から落下して来た黒子(くろこ)の足蹴りを最小限の動作で避け、着地した瞬間の蹴り足を右足で払う。

 攻撃と共に着地の役目を担うはずの足を払われたその黒子(くろこ)は転倒し、畳の上で仰向けになった瞬間にケイルの右拳を鳩尾に叩き込まれた。


 そして前後左右から迫る他の黒子(くろこ)に対して、ケイルはまず庭先から来る黒子(あいて)に向かい跳ぶ。

 それに合わせて庭先から来た黒子(くろこ)は右脚の跳ね上げて蹴りを放ったが、逆にケイルはそれを右手で受け腕力で真上に動かし、跳ね上がった蹴りを更に上へ向けて相手の体勢を完全に崩し倒す。

 すると倒れた黒子(くろこ)に対して右足を落とし、首を圧し折らんばかりの勢いで足刀を浴びせた。


 襲撃して来た二人を完封したケイルは庭に飛び出ると、残る三人が居る室内へ正面を向ける。

 そして庭先に降りて来た黒子(くろこ)達は同時に襲い掛かると、ケイルはその動きに合わせて真正面から相対し、瞬きすら許さぬ刹那の時間で激突した。


 その際、ケイルは黒子(くろこ)三人の拳と足蹴りを全て捌き避ける。

 そしてすれ違う際に各自の急所部分に固めた手刀を突き放ち、一秒にも満たない時間で三人を地面に伏させる事に成功した。


 ケイルは姿勢を整え、倒れた三人と先に倒した二人の方を見る。

 そして(おもむろ)に顔を上げると、屋根の上に視線を向けて呟いた。


「……相変わらず精巧ですね、お千代(ちよ)さんの影分身(ぶんしん)は。殴った感触以外は、普通の人間と判別が出来ませんでした」


「――……お前さんこそ、腕を上げたようだね。軽流(けいる)


 屋根の上に立っていたのは、部屋の(ふすま)を閉じて出て行ったはずの千代(ちよ)

 あの黒子(くろこ)達が千代の作り出した分身体だと接触して気付いたケイルは、述べられる評価に対して謙遜の言葉を伝えた。


「いいえ、剣を持つ余裕がありませんでした。まだまだ未熟です」


「確かにそうだね。親方様なら、あそこから一歩も動かずに全てを叩き斬っただろうね」


「自分の未熟を差し引いても、『()いては益々(ますます)(さか)んなるべし』でしたか。現役を退(しりぞ)いて(なお)、流石は御庭番衆(おにわばんしゅう)の先代頭領です」


(ひよこ)に劣るつもりは、まだ無いさね」


 ケイルと千代(ちよ)は互いにそう述べ合い、言葉を交わしていく。

 その間に庭先と室内に倒れていた黒子(くろこ)装束の全員が、まるで湯気のように蒸発して衣装すらも残さず消えた。


 それに驚く様子も見せないケイルに、千代(ちよ)は見下ろしながら伝える。


「部屋で待っていなさい。茶を入れよう」


「ありがとうございます」


 そう述べる千代(ちよ)の言葉を受け、ケイルは軽く御辞儀をしながら応じる。

 そして千代(ちよ)は屋根の上から消えるように跳ぶと、ケイルは一息を漏らしながら部屋に戻った。


 こうして幼少時の故郷に戻って来たケイルは、過激な歓迎を受ける。

 それは独特な歓迎ではあったが、ケイルにとっては郷愁(きょうしゅう)を感じさせるに十分な光景(もの)だった。


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