人魔大戦の話
数千年の時を生き永らえる鬼の巫女姫レイの口から、三千年前に起きたとされる第一次人魔大戦の出来事が語られる。
そこで述べられるのは、魔族に対する人間の凄惨な行いと、その人間と魔族の間に生まれた『魔人』がこの世界でどのような立ち位置なのか。
エリクとマギルスはそれを聞き、初めて『魔人』という存在の実情を知ることになった。
『人間』と『魔族』の血を流しながらも、どちらとも認められていない存在。
人間の姿に近しく擬態し、魔族に近しい姿へ変身し魔力を使えるにも関わらず、『魔人』は両者から忌むべき者として認識されている。
語り終えたレイは、人間にも魔族にも深く介入しない理由を教え、表情を変えないまま口を閉じた。
その理由を聞いたマギルスは少し寂しそうな表情を浮かべ、代わりに隣に立つエリクが口を開く。
「――……フォウル国は、人間に対して魔族の奴隷を禁じていると聞いた事がある。その理由は、魔族が強いからというだけではなく、第一次人魔大戦の話も関わっているんだな?」
「はい。……当時の人間側が魔族に対する行いは、あまりに苛烈でした。それ故に、魔族側も人間に対して苛烈な報復を行いました。その結果、人間大陸と魔大陸は互いに壊滅的な打撃を受け、そこに生ける者達を壊滅させるに至りました」
「……ここも、その被害を受けたのか?」
「当時、この里が魔大陸から最も離れ、人間大陸から最も近い位置にありました。それ故に人間側からの攻撃を幾度も受けていましたが、当時の十二支士達と私自らが尽力し、侵攻を防ぐ事に成功していました」
「……」
「しかし、人間大陸に人間の到達者が生まれたのと同様に。魔族側にも新たな到達者が誕生しました。……それが、『始祖の魔王』ジュリア。そして『魔大陸を統べる女王』と後に呼ばれるヴェルズェリア。ハイエルフ族の二人でした」
「!」
「彼女達が台頭すると、それまで侵略の限りを尽くしていた人間達の戦力を諸ともせず、容赦無く屠り始めたのです。それによって人間側は攻勢を失い、互いの大陸を挟む形で戦況は膠着状態に陥りました」
「……人間側と魔族側の、到達者同士の戦いになったのか?」
「最終的に、そうなってしまいました。……その結果、人間側の『帝王』は敗北し、『始祖の魔王』と『魔大陸を統べる女王』の二名が人間の国々へ攻め込み、人間を滅ぼし尽くそうとしたのです」
「……!」
「あの二人にそれだけの憎悪を抱かせる事を、人間側は行ってしまいました。……『神』と崇めた者を失い、対抗する手段も失われ続け、守る術が無くなった人間達は逃げ惑い、絶望を抱きながら殺されていく。そうして生き残った人間達が頼る他に無かったのが、『魔人の国』でした」
「!」
「当時の里は、人が辛うじて辿り着ける場所に在ったのです。人間を無差別に殺戮する『始祖の魔王』と『魔大陸を統べる女王』から逃げる者達は、里まで訪れ助命を乞いました」
その話を聞いていたマギルスが、思わず顔を顰めてしまう。
そして自身が思った事を口にし、レイに問い掛けた。
「……それって、凄く勝手じゃない? 人間はここも攻め込んでたんでしょ?」
「そうですね。当時の十二支士の戦士達も、あまりに身勝手な人間達に怒り、彼等を見捨てるという意見が大半でした」
「そうだよねぇ」
「しかし、彼等の怒りを諫めて人間達を保護するよう命じたのは、私です」
「え……?」
「確かに、人間は悪辣な事を行いました。……しかし、全ての人間がそうだと私は考えません。……いいえ、私はそう考えたくありませんでした」
「……」
「魂を持ち、意思を持つ者の中には、良いと思える者も必ずいます。……私はそう判断し、逃げ延びた人間達を里に保護しました」
「……でも、それじゃあ……」
「勿論、彼女達はそれを察知して向かって来ました。……私はその時に、『始祖の魔王』と『魔大陸を統べる女王』と初めて出会いました」
「もしかして、戦ったの?」
「……いいえ。彼女達は『人間』と『魔族』の混血である私達の在り方を見て、驚いていました。そんな二人に私は提案し、今後は両種族が争いを生まぬように、両大陸に対する不可侵の盟約を結ばせました。それに伴い、奴隷となった魔族を全て解放して魔大陸に戻し、二度と魔族を奴隷にしないよう生き残った人間達に誓いを立てさせたのです。……そうして千五百年に渡って続いた一度目の人魔大戦は、終わりを告げました」
三千年前に起きた第一次人魔大戦の終わりを語ったレイは、少し寂し気な声色を見せながら口を閉じる。
エリクとマギルスはそれを察せられず、魔族の奴隷が人間大陸で固く禁じられている経緯を知った。
同時に、異なる疑問をエリクの脳裏に浮かび上がらせる。
それを尋ねる為に、エリクは口を開き疑問を言葉にした。
「――……だが、その盟約は守られなかったのだな?」
「……第二人魔大戦。五百年前に天変地異が起こる、少し前の出来事ですね」
「ああ。当時の七大聖人と魔大陸の強者が争ったと聞いた。そして、七大聖人が敗北したとも」
「……正確には、七大聖人の中で集まったのは六名のみ。『黒』は参加していませんね」
「どうして、二回目の戦争は起こったんだ?」
「人間とは、定命であるが故に過去の過ちを忘れてしまいます。千年も経てば、それ以前の事すらも語り継ぐ者は少なくなってしまう。そうして起こってしまった事と言えば、分かるでしょうか?」
「……二回目も、人間からか」
「そうですね。……丁度その時期、魔大陸は混沌とした様子でした。数百年前に魔大陸を統べていた女王ヴェルズェリアを含む魔族の強者達が重傷を負い、【始祖の魔王】と恐れられたジュリアは行方不明になっていました。更に魔大陸でも各勢力の争いが生じたという事も伝わり、人間側は今こそ機会たと浮かれてしまったのでしょう。……何より、彼等には『七大聖人』という強者達が付いていましたから」
「それで、また侵攻したのか」
「はい。……しかし魔族達も、新たな若き強者達が生まれていました。そして互いの強者が一対一で相対し、七大聖人の六名は敗北しました。それで事は収まり、人間側も魔族側も被害は無かったと聞いています」
「……なら、それは戦争とは呼べないんじゃないか?」
「強者と名乗れる『聖人』と『魔族』の戦いは、十分に『戦争』と呼べるモノです。特に当時の七大聖人は、今の者達と比べても実力が段違いです。その敗北は、当時の人間達に魔族に対する畏怖を再び与え、率いた軍を戦わせずに引かせたと聞いています」
「なるほど……」
「私はそうした事があったので、ある程度は『人間』に対して諦めています。……ただ幸か不幸か、その後に起こった天変地異の影響で世界全体の地形が変わり、人間大陸から魔大陸へ渡り歩く事は不可能になりました。この山々を超えられる手段を人間が持たない限り、限られた聖人しか魔大陸に足を踏み入ることを許されています」
「そうか」
エリクとマギルスの問いに答え終えたレイは、二人がそれ以上の事は聞こうとしない様子を確認する。
そして一息を漏らした後、二人に対して言葉を向けた。
「――……ここまでの話を聞いて頂いた通り。これから人間大陸で起こるだろう事に、私は大きく関わるつもりはありません。勿論、干支衆を含めた里の戦士達を動かすことも、命じようとは思いません」
「うーん。そういう理由なら、仕方ないのかなぁ……?」
「ただ、貴方達があの未来を防ぐ為に必要なモノがあるのなら。それを得られるよう助力したいとは考えています」
「!」
「先程、貴方達に懸けられた賞金というモノの話ですが。『子』を通して『青』へ解くように頼みましょう」
「そうか。それは助かる」
自分達に懸けられた賞金が解かれる事を聞いたエリクは、僅かに安堵を漏らす。
しかしその中で、レイは妥協しない内容も述べられた。
「ただ、『黒』に対する警戒は続けさせて頂きます。彼女の事を昔から知る故に、私には拭えない不安がありますので」
「ぶー。まぁ、いいもんね。僕しか知らないこともあるし!」
「やはり、次の母胎が誰かを聞いているのですね」
「秘密!」
「そうですか、ならば御相子ということにしましょう。……ところで貴方は、『青』と同じ生命力を感じますね。宿す魔力は、首無騎士のようですが……」
「分かるの?」
「はい。……なるほど。どうやら鬼神の魂に惹かれて、貴方も出会ったのですね」
「えっ?」
「貴方の魂から流れる波動を、私は覚えています。……貴方が『黒』に惹かれてしまうのも、仕方ないのかもしれません」
「えっ、なにそれ?」
「いいえ、私個人の話です。……ここに来る前に、シンと戦ったようですね。彼は強かったですか?」
「……うん、強かったよ。全力でやって負けた」
「彼より強くなりたいと思うのなら、修練と経験を積む以外に方法はありませんね。……貴方は、強くなりたいですか?」
「……そんなの、当たり前だね!」
「そうですか。……バズディール、貴方はこの子をどう思いますか?」
「良き戦士になれるかと」
「ならば、この子を貴方に預けます。彼の気が済むまで、修練を施してあげなさい」
「ハッ」
レイはそう述べ、バズディールにマギルスを任せる事を伝える。
それを聞いたマギルスは口元を微笑ませ、嬉々とした様子を見せた。
強さを求めていたマギルスにとって、更に強くなれる好機が訪れる。
バズディールが立ち上がりレイに対して頭を下げた後、後ろを振り返りマギルスの横を通りながら声を向けた。
「――……ゴズヴァールは良き指導者だったろう。……だが、俺は奴ほど甘い修練はしない」
「……へへっ。そうこなくっちゃ!」
バズディールが横目で見下ろしながら通り抜け、靴を履いて洞窟の道へ戻っていく。
それを見ていたマギルスも応じるように靴を履いて後を追い、バズディールの後を追った。
それに連動するように、エリクもマギルスを追おうとする。
しかしそれを呼び止めたのは、座った姿勢を保っていたレイだった。
「――……貴方には、まだ御話があります」
「……何だ?」
「始めに、私は言いましたね。――……貴方の魂。私の『鬼神』について」
「……どうして、それが俺だと分かる?」
「魂から感じられる波動で、すぐに分かります。……そしてその魂に在る、貴方以外のもう一つの精神も」
「……到達者とは、そんなことも分かるのか?」
「『黒』の予言を聞いていなければ、私も混乱していたでしょう。思わず、人間大陸に赴いてしまう程に」
「……」
「少しだけ、私と御話をしませんか?」
レイがそれを口にした時、座っていたタマモは緩やかに腰を上げる。
そして無言のまま頭を下げ、身を引くようにマギルス達と同じく洞窟の方へ歩み去ってしまった。
残されたエリクは渋い表情を見せながらも、改めてレイと向かい合う形で座る。
こうして『鬼神』と繋がる奇妙な関係の二人が、話す場を設ける事となった。




