予言の対応
フォウル国に鎮座する鬼の巫女姫レイ=ザ=ダカンと対面したエリクとマギルスは、その口から驚くべき事を語り聞かせられる。
今から百五十年前、『黒』はレイに対して世界の滅亡を予言した。
それに付随する形として、五百年前の天変地異の前後で死亡したとされる到達者達が人間大陸に生まれ変わる事を伝える。
その予言を聞いたレイは、『青』の七大聖人が提案する【結社】の設立に助力し、更に未来の滅亡を招く原因とされる『黒』が生まれ変わる度に攫い殺し続けた。
それが未来の滅亡を回避する手段であると肯定するレイに対して、エリクは冷や汗を流しながらも訝し気な表情を浮かべて口を開く。
「――……本当にクロエが……『黒』の七大聖人が、そんな予言をしたのか?」
「はい」
「だが、何故そんなことをお前に伝えに来た? しかも自分が原因で、世界が滅亡するなどということを……。……それでは、自分を殺してくれと言っているようなものだ」
「彼女にとって、自身の死はそれほど重要では無いということでしょう。……貴方達は、それをよく御存知ではありませんか?」
「!」
「『黒』はこの世界で生きながら、世界の理から外れている存在。その死生観は、他者とは決して相容れません。……そうした予言を平然と告げることもまた、彼女にとっては危機感を持つ程の事ではなかったのでしょう」
「……確かに、そうかもしれないな」
『黒』について語るレイの言葉に、エリクは理解を示す。
『黒』は砂漠の大陸で巻き込まれた『螺旋の迷宮』の中で自身の命を犠牲にし、更に三十年後では自身の命を代償として世界の時を遡らせた。
自身の死に対する恐怖心というモノが感じられない『黒』の様子を、エリクは生者の思考として異常だと察している。
だからこそ、レイが述べる事に対してエリクは反論を出来なかった。
しかし再び、マギルスが反論を口に出す。
「……でも、おかしいよ! おじさん!」
「え?」
「だって『黒』って、『青』のおじさんが【結社】を作るのに反対してたり、そうやって自分を殺そうとしてることにも反対してたじゃん!」
「……!」
「僕は、おじさんみたいに騙されないよ! もし本当に自分が原因で世界が滅ぶなんて予言をしてたら、クロエなら【結社】を作るのにも、自分を殺し続けることにも、賛成したって言うもんね!」
一行の中で『黒』と最も親しく接していたマギルスは、そう力説しレイの語った予言の言葉を嘘だと告げる。
それに対してレイは強い反論をせず、落ち着いた面持ちでマギルスの疑問に答えた。
「私も始めは、『黒』を殺めようとはしませんでした」
「!」
「『青』に助力し、立ち上げられた【結社】を使い『黒』を見つけ出し、彼女を再びここへ招きました。……百年ほど前のことです」
「……宗教国家が、フォウル国に攻め込んだ時か」
「そうですね。……私は、滅亡の危機となる時期を超えるまで人間大陸から離れるよう、『黒』に提案しました」
「!」
「彼女が到達者達の生まれ変わる人間大陸に留まることで、世界の滅亡が招かれるのなら。魔大陸に数百年ほど身を置き、その間に危機の原因となるモノを『青』の【結社】に探させ、事態を解決することを提案しました。……しかし、『黒』はそれを承諾してはくれなかった」
「……!!」
「その時に、彼女はこう告げたのです。『例え時の流れを歪めることになったとしても、今の人間大陸から離れるつもりは無い』と」
「……時を、歪めても……」
「私はその時、五百年前の出来事を思い出しました。……彼女が原因で起こされた、世界の滅びを」
「……クロエの身体が『創造神』と同じモノで、それが奪われたって話?」
「はい」
レイは過去の出来事を再び語り、その中でマギルスが思い出した事を口に出す。
三十年後で出会った『青』がマギルスに語り、『黒』に対して怯えていた理由の一つ。
『黒』が生まれ変わる際に魂に因って変質する肉体が、この世界を作り出したという『創造神』と肉体と同じ複製だという話。
その肉体が五百年前に奪われ、『創造神』が復活したことで世界中に天変地異が起きたという出来事。
それを聞いていたマギルスはレイの述べる言葉を察し、その話を聞いていなかったエリクは視線を横に向けて尋ねた。
「……マギルス。どういう話だ?」
「三十年後で『青』のおじさんが言ってたんだよね。転生してるクロエの身体は、この世界を作ったっていう『創造神』の身体なんだって」
「!」
「そのクロエの身体を、五百年前に誰かが奪ったらしいよ。だから天変地異が起きたって、『青』のおじさんが言ってた」
「……なら今回の滅亡という話も、クロエの身体が誰かに奪われるかもしれないということか?」
マギルスの話にエリクは耳を傾け、その問い掛けをレイに向ける。
それに対して、同意する言葉をレイは述べた。
「私は、そう考えています。……彼女の肉体が『創造神』と完全な同一体になるのは、成人の歳を迎えた時。私は『青』に依頼し、各国に存在する【結社】を通じて『黒』が成人になる前に発見していました」
「なら、百年前も……?」
「……承諾してくれない彼女に対して、私は空間跳躍が出来ないよう妨げる結界を張りました。そして『黒』の説得を続けていました。……しかし宗教国家がその事態を察知し、動いてしまった」
「……ミネルヴァが攻め込んだ時のことか」
「それを退ける事はしましたが、『黒』を奉る宗教国家は私達と敵対してしまった。そして私達と同盟関係にあるアズマ国や、『赤』の血を主軸とした皇国も巻き込み、人間大陸は大陸間戦争に陥りました」
「……だからお前は、滅びの原因となる『黒』の身体を殺し続ける策に切り替えた。そして『黒』を殺したことを教え、宗教国家を止めようとしたんだな?」
「はい。……貴方の言う通り、人間の国々に不和と戦争を招いた事を認めます。その犠牲者達に対して、謝罪以上の言い訳をするつもりもありません。……しかし、より多くの犠牲を招く滅亡の事態を防ぐ為にも。この選択に後悔はしていません」
レイはそう話し、エリクとマギルスに対して自身の考え方を述べる。
百年前、人間大陸の大国同士で戦争が起きた。
その起因が『黒』の七大聖人が述べる滅びの予言であり、またその原因となる本人にレイは対処しようとする。
しかしその行動がフラムブルグ宗教国家を始めとした大国同士の争いに発展し、あの砂漠の大陸を中心に多くの犠牲を生み出す結果となった。
その裏で『青』の設立した【結社】を使い、生まれ変わる『黒』を捜索する。
それを攫い殺すことで再び起こりかねない世界の滅亡を、レイと『青』は防ごうとした。
エリクとマギルスはその話を聞き、互いに神妙な面持ちで思考する。
二人が把握していた情報は更に幅が広がってしまい、『黒』の予言が今まで起きていた出来事の大元に在ることを理解し始めた。




