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【完結】虐殺者の称号を持つ戦士が元公爵令嬢に雇われました  作者: オオノギ
螺旋編 閑話:舞台裏の変化

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波乱の訪れ (閑話その四十四)


 人間大陸を中心に人々が悪夢を見てから二ヶ月も経つと、人々は落ち着きを取り戻している。


 噂となった悪夢を見た者達の中で、幾人か悪夢を数度ほど見た者達もいた。

 しかしそれは十日も続かず、人々は日々を過ごす中で悪夢の事を過去に置いて自分自身の生活を営んでいる。

 それでも一部の人々は悪夢(それ)に影響されるように、何かを求めて日常に変化が見えていた。


 そうした悪夢とほぼ無縁だったガルミッシュ帝国の帝都、その中央に(そび)え立つ皇城の皇宮内に構えられた一室に視点は移る。

 そこには帝国の官僚達が執務を行う場所が設けられており、十数人以上の者達が書類仕事に追われている様子が見える中、その奥に設けられた執務室では宰相職に就いた若き公爵セルジアス=ライン=フォン=ローゼンの姿も在った。


 セルジアスは机に座りながら届けられた書類に目を向けながら、一人の官僚が話す報告を聞いている。


「――……元反乱領の各復興状況ですが、順調なようです。難民となっていた者達も戻り、土地改善案を基に農地や事業を復旧。各領地からも商業の支店を設け、国内の経済流通と関わりを戻せる形を整えています」


「復興地の、領民達の様子は?」


「領民達は各自で自治体を組織させ、治安改善と各作業への割り当てを自主的に行わせています。そうした支援も政府(こちら)で補助しておりますので、今のところは敵対心や不満を見せる様子は無いそうです」


「民衆が不満を持ち暴走する原因は、主に食料不足と環境の悪化が主な理由だ。それを満たしながら彼等が自立できる状況をこちらで促し少しずつ改善すれば、彼等の生活力も向上する。ただ彼等独自の規律が生まれてしまうのは、妨げる必要があるね」


「独自の規律を妨げる、と言うと……?」


「こちらが支援するというのは、言い換えれば彼等に『(らく)』をさせている状態でもある。その『楽』な状況に彼等が慣れきってしまうのは、出来るだけ避けたい」


「……なるほど。支援を弱めた場合、『楽』を知ってしまった彼等が反感を持つかもしれないということですね?」


「それもあるね。それともう一つ、彼等自身の生活力が育たないのが最も懸念すべきことだ。……彼等自身に身を立てる手段を教えはするけど、それを行うのは彼等自身の思考と判断、そして行動で行ってもらう必要がある」


「いずれは各領地との交渉も、彼等自身で行わせるのですね」


「その通りだ。……彼等は確かに被害者だ。けれどその立場に甘えたまま、与えられるばかりで自分では何も出来ないと言われるのは困る」


「仰る通りだと、私も考えます」


「今は帝国(こちら)から統治の代行官を立てて復興を行わせているけれど――……この報告書を見る限り、幾つかの領地は復興支援の資源要請が多過ぎるようだ。どうするべきだと思う?」


「えっ。――……あっ、ハッ!! すぐに確認し、閣下の御意向をお伝えします!」


「頼むよ」


 渡された十数枚の資料を僅か数十秒で速読したセルジアスは書類を官僚へ返し、そこに書かれていた各領地支援の報告内容を読んで正確に状況を読み取る。

 それを尋ねられた官僚は戻って来た書類を読み直し、同時期に復興が始められた各領地の中で支援金額や支援物が減少できていない領地を確認した。


 官僚は慌てながら敬礼し、書類を持って急ぎ足で執務室から出て行く。

 そして一人に戻った執務室で小さな溜息を吐き出したセルジアスは、机に残る書類に筆を付けながら呟いた。


「――……退屈だな」


 その一言はセルジアスの心情を見せ、同時に落ち着きを取り戻したガルミッシュ帝国が平穏になったことも示している。


 妹アルトリアの脱走から続くように始まったベルグリンド王国の侵攻、そして反乱貴族達の決起。

 僅か半年程の期間で動乱を迎えたガルミッシュ帝国の状況は一転二転と状況が転がり、波乱に満ちた状況だった。


 しかし反乱貴族達が予想外の速度で瓦解し、更にベルグリンド王国側から持ち掛けられた和平によって荒立てられた波が収まってしまう。

 王国側に対して警戒を向けながらも内政に勤しめるようになった帝国側は、荒れた反乱領地の復興に尽力することが出来ていた。


 そして各領地の復興作業も、一年に満たぬ期間で終わりを迎える兆しを見せている。

 内政に関する仕事量は以前に比べれば落ち着きを持ち始め、執務室の前に並んでいた官僚達も途切れるようになったことで、セルジアスの周囲には静けさが戻りつつあった。


 意外にも早く終わったように見えるそれ等の出来事に関して、帝国の官僚達は口々に述べる。

 『セルジアス=ライン=フォン=ローゼン』という人物が居たからこそ、それが成し得たということを。


 常人であれば一日以上は掛かる執務作業を長くとも二時間以内に終わらせ、更に各人材と各組織を適切に割り当て復興作業に赴かせることで、予定期間より大幅に早い段階で工事等を終わらせている。

 更にローゼン公爵領地内部で開発されていた魔道具や生産される魔石を用いることで、工程作業の簡略化が行えるという指示書(マニュアル)まで作成し各復興作業地にて技術支援を惜しまない。


 帝国を二分する大規模な反乱後にも関わらず、またそれに因って自身の父親が戦死している状況で落ち着きながら事に対処し、僅か半年間でそれ等を落ち着かせてしまった若い宰相(セルジアス)を、周囲は畏敬を持って敬礼を向けている。


 しかし当の本人は、そうした状況に退屈を感じていた。


「……思えば、アルトリアや父上(クラウス)がいたから、退屈せずに済んだのかもしれないな……」


 セルジアスは再び零すように呟き、自身の本音を吐露させる。

 破天荒な妹と父親を持つセルジアスの二十年近いの人生は、極めて荒ぶった事ばかりだった。


 突飛な行動ばかり起こし周りを振り回す父親(クラウス)と、異能とも言うべき才能と知識を振る舞い暴れる(アルトリア)

 そんな二人の抑えと後始末の役目に回るようになったセルジアスは十歳にも届かぬ年齢で何かを悟り、自身や周囲に達観し接しながら身の回りに起こる出来事に対応していた。


 故に父親と妹が目立ち過ぎて、ローゼン公爵家の長男であるはずのセルジアスは幼少期から少年期を通じて人々に与えられる印象が薄い。

 一部では『天才』の妹に才能を全て吸い取られた『凡才』なのではと、周りから噂されたこともあった。


 だからなのか、セルジアスは自分自身の能力自体を過大に評価せず、常に過小に見積もる。 

 世の中には自分の考えが及ばぬ思考を持つ者や、自分には無い異能を持つ者もいると理解し、自分自身を特別な存在だとは絶対に思わなくなった。


 逆にそんな父親や妹の長所と短所を見極め、自分に必要な役回りをこなしていたセルジアスは、ローゼン公爵家と帝国内で自分の存在意義を(みい)出だしている。

 そんな二人が居なくなり張り合いが無くなってしまったセルジアスは、常人であれば激務で倒れかねない状況を、ただ漫然と退屈な業務として捌き過ごしていた。


 しかしこの日、一つの報告がセルジアスの執務室に届く。

 それはローゼン公爵領でユグナリスの監視をしていた近衛騎士の一人が伝令として赴き、セルジアスにある一報が伝えられた。


「――……黒獣傭兵団が戻った?」


「はい。現在(いま)は閣下の領地に帰還しています」


「ログウェル=バリス=フォン=ガリウス殿は?」


「ログウェル殿も帰還しています。――……そのログウェル殿から、この書状を閣下に届けるようにと……」


 騎士が差し出す赤い蝋の封がされた封筒を、セルジアスは机越しに受け取る。

 それをペーパーナイフで切り開けると、セルジアスは中に収められた二枚の書状を取り出した。


 一枚目に書かれていたのは、捜索していた父親(クラウス)に関する捜査報告とそれに関する申し出。


 クラウスは樹海の奥地で既に死亡しており、またその遺品である赤い槍を回収したという情報が内容として書かれ、それに伴い捜索の完了を伝えていた。

 故に今後の捜索は無用であるという一言も書き加えられており、セルジアスはそれによって何かを察する。


「……そうか」


 セルジアスは呆れたように溜息を漏らし、最後の部分に書かれている事を読む。

 それで微笑していた表情が、僅かに眉を顰めた。


「……聞いていいかな?」


「ハッ!」


「ログウェル殿はこの手紙に、『クラウス=イスカル=フォン=ローゼンの死の証人を連れて来た』と書いている。それは事実だろうか?」


「は、はい! 確かに、傭兵団とは別に見慣れぬ者を連れてきていました」


「そうか。その人物の身元を、ログウェル殿は保証しているのかい?」


「はい!」


「そうか。なら問題は無いだろうが……」


 ログウェルが証人を連れて来たという文章に怪訝さを覚えたセルジアスは、二枚目の書状を読み始める。

 そこに書かれていた内容を見ると、その証人が他の用件も有ると領地まで赴き帝国宰相たるセルジアスとの面会を求めている事が書かれていた。


「……なるほど。――……了解した。確かにこの書状は受け取ったと、ログウェル殿に伝えてほしい」


「ハッ!」


「それと、一週間以内に私も領地に戻ると伝えておいてくれ。書状を書くから、少し待ってくれ」


「えっ? は、はい!」


 セルジアスは騎士にそう伝えて一枚の書状を持たせ、ローゼン公爵領地の屋敷に戻らせる。

 そして予告通り、五日後にセルジアスは自身の領地へ戻り、ローゼン公爵家の屋敷に戻って来た。


 家令や侍女達は屋敷の前で当主であるセルジアスを出迎え、それを労うセルジアスは屋敷の中に入る。

 そして旅路用の服を礼服に着替え身嗜みを整えると、客間として設けている一室に赴いた。


「――……ログウェル殿。よく戻られました」


「ほっほっほっ。戻りましたのぉ」


「……そして貴方が、父クラウスの死を証明し、私と交渉を行いたいと仰っている方ですね?」


「あ、ああ。……私は、この大陸南部の樹海に棲む部族を代表して来た。センチネル部族のパールだ」


「パールさん、ですね。――……私が、セルジアス=ライン=フォン=ローゼン。このガルミッシュ帝国にて、宰相職を務めている者です」


 セルジアスは用意されたソファーに座るログウェルを見て挨拶を交えながら、対面のソファーに座る。

 そして不慣れな衣服と座り心地が良過ぎるソファーで姿勢が揺れる人物に対して、微笑みながら問い掛けた。

 対してその人物はセルジアスの顔を見て僅かに動揺した後、気を落ち着けるように呼吸を整えた後に答えた。


 現ローゼン公爵家当主であり帝国宰相セルジアスと交渉の席に付いたのは、女性用の騎士服を身に付けた褐色肌と黒髪の女性。

 帝国南部に広がる大樹海に棲む部族、その中でも屈指の実力を持つ、女勇士パールだった。


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