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【完結】虐殺者の称号を持つ戦士が元公爵令嬢に雇われました  作者: オオノギ
螺旋編 閑話:舞台裏の変化

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明かされる正体 (閑話その四十一)


 投擲され傷を負った右脚に『呪印スペル』を打ち込まれていたクラウスは、襲った【悪魔】ヴェルフェゴールに関する情報を忘却され、その情報を得ようとした事で呪印の効力に因り死の危機に陥る。

 しかし呪印(スペル)を解呪できる老騎士ログウェルによって、死を免れる事に成功した。


 それでも呪印に侵された反動で気絶したクラウスは小屋で寝かされ、今後の話が一時中断されてしまう。

 クラウスの容態を確認する為に寝かされている小屋に入っていたログウェルが外に出て来ると、待機していたワーグナーやセンチネル部族の族長ラカムとその娘パールを交えて話が行われた。


「――……あの元公爵様、死にはしないんだよな? 爺さんよ」


「大丈夫じゃよ。ただしばらくは、安静にした方が良いじゃろうな」


「そうか。まぁ、黒獣傭兵団(おれら)としては証拠は貰ったわけだし。後は帰りつつ『元ローゼン公はやっぱり死んでた』ってのを言い触らしながら、遺品の槍を若いローゼン公に渡せば依頼は終わりでいいんだな?」


「そうじゃのぉ」


「ただ、帰るにしても今日はもう暗い。出発するにしても、獣道ばっか通らされて戻り道が分からんし、罠を探りながら帰らなきゃならん。あぁ、面倒だなぁ」


「――……それは我々に、道案内をしろと言っているのか?」


 ログウェルと会話するワーグナーは、これ見よがしに面倒そうな表情と声を出して帰りについて話す。

 その言葉を聞いた族長ラカムは睨むようにワーグナーを見ながら、言葉の真意を聞いた。


「別に、そうは言ってないがね。ただアンタ等としちゃあ、さっさと俺達には樹海(ここ)から出て行ってほしいわけだろ?」


「そうだ」


「なら、俺達が手間取りながら森を出て行くより、さっさと帰る事が出来る道を知ってる奴がいれば、お互いの為になると思わんかい?」


「……使徒様といい、クラウスといい、お前といい。外の者はこう言う者ばかりなのか……」


「どうするね?」


「……分かった。罠を避けて帰るよう、案内を付けてやる」


「よし」


「長居はせぬという話だ。明日の朝には、(ここ)から出て行ってもらう。よいな?」


「ああ。俺達も、さっさと帰って酒を飲んでベットで寝たいんでね」


 ワーグナーの要求にラカムは溜息を吐く形で応じ、帰り道の案内を保証させる。


 そうした話を交える傍らで、ログウェルはパールの方を見ながら微笑み掛けた。

 逆にパールはその微笑みに戦慄にも似た悪寒を感じ、表情を強張らせながら睨み返す。


 そんなパールを見て、ログウェルは僅かに微笑む口元と表情を深めた。


「――……そこの娘さん、中々に見所があるのぉ」


「……ッ」


「どうかね? ちと暗いが、今から儂と手合わせでも――……」


「断る」


「ほぉ? 何故かね。儂はただの、老人じゃよ?」


「お前は、ただの老人じゃない」


「ほっほっほっ。これはこれは、中々に勘も良いようじゃな」


「――……フゥッ!!」


 提案を拒絶したパールに、ログウェルは更に深い微笑みを浮かべる。

 それに思わず身の毛を弥立(よだ)たせ飛び退いたパールは、まるで野生動物が威嚇するように表情を強張らせながら喉を鳴らした。


 そんな二人のやり取りを見ていたラカムは、更に大きな溜息を吐き出しながらワーグナーと話す。


「……あの男も、連れ帰ってくれるのだろうな?」


「さぁな? 俺はあの爺さんの御守(おも)りまでは、依頼されてないんでね」


 そう言いながらワーグナーはラカムの傍から離れ、他の団員達が待つ広場の方へ戻っていく。

 そして依頼を終えて明日には森を出る事を伝えた上で、村の広場で野営を行う準備を行った。


 ログウェルも広場の方へ戻り、就寝する場所を探すように辺りを見回しながら移動する。

 それを見届けるラカムもパールも大きな溜息を吐き出し、村の者達に来客が明日には帰る事を伝えながら夕食の片付けを行うように伝えた。


 こうして夜が訪れ、森と村の中では静寂が響く深夜となる。

 村の周囲に設けられた柵付近で周囲を監視するセンチネル部族以外は設けられた家の中で寝静まり、黒獣傭兵団の面々も野営用の天幕(テント)の中でそれぞれが雑魚寝し、二人の若い団員が天幕の外で焚火をしながら見張りを行っていた。


 その団員達の背後で、ある人物が声を掛ける。

 それはエリクとワーグナーにとっては馴染みが深い、団長補佐を務めているマチスだった。


「――……よぉ。ご苦労さん」


「あっ、マチスの兄貴」


「どうしたんっすか?」


「見張り、交代してやろうと思ってな」


「え? いや、でも……」


「今は、俺達の番ですし……。マチスの兄貴は、まだ寝ててもいいんじゃ?」


 予定に無い見張りの交代を申し出られた団員の二人は、不思議そうな表情を浮かべる。

 そんな二人にマチスは笑いながら肩に手を置き、明るい声で伝えた。


「お前等も疲れてるだろ? 明日は今までの道を一気に通って戻るんだ。少しでも休んどかないと、身体が持たんだろ?」


「で、でも……」


「俺が後で、ワーグナーの旦那にも言っといてやるから。誰もサボったなんて言わせねぇさ」


「……そ、そうですか?」


「なら、お願いしてもいいんっすかね……?」


「おう。お前等はゆっくり休みな」


「へ、へい……」


「それじゃあ、お先に……」


 マチスはそう話し、疲労感と僅かな眠気に襲われていた二人の若い団員に休むように話す。

 二人はその言葉に甘えるように承諾し、自分達が張った天幕の中に入っていった。


 それを見届けたマチスは、十数分ほど焚火の前で座りながら周囲を監視する。

 そして天幕に戻った二人から寝息が聞こえ、更に団員達が眠る天幕からも寝息や起きている気配を感じなくなったマチスは、影を宿した厳かな表情で音も無く緩やかに立ち上がった。


 更に音も無く歩行するマチスは焚火の光から外れ、月に雲が陰る村の暗闇に溶け込む。

 そのマチスが音を殺しながら向かった場所は、クラウスが眠っている小屋だった。


「……」


「……ぅ……」


 入り口側に降ろされている薄布の天幕を押し退け、マチスは小屋の中に入る。

 そして部屋の奥で藁と薄布が敷かれた寝床で小さく呻きクラウスの横にマチスが立ち、それを見下ろしながら腰後ろに備えた短剣を左手で引き抜いた。


「……悪いな」


 マチスはそう呟くと、左手で引き抜いた短剣の柄を逆手に持ち変える。

 そしてクラウスの胸に狙いを定め、左腕を大きく上へ振り被りながら腰と膝を落として心臓を一突きにしようと迫った。


 その時、風を切るような一筋の刃がマチスの左側から顔面に迫る。

 それに気付いたマチスは振り下ろした左手に持つ短剣を跳ね上げ、左側から迫る刃を払い除けた。


「ッ!!」


「――……何をしている?」


 マチスは目を見開き、気配を消して自分に刃を放った人物を見る。

 それは褐色の肌に赤い塗料を顔に塗り石槍を構えた、センチネル部族の強者である女勇士パールだった。


「……チィッ!!」


「ッ!!」


 マチスはパールの妨害を受けて舌打ちを鳴らし、左手に持つ短剣をクラウスに向けて投げ放つ。

 それに反応できたパールは石槍を突き放ち、クラウスに投げられた短剣を払い飛ばした。


 払われたマチスの短剣は、小屋の板壁に突き刺さる。

 しかし石槍の突きで生じた隙を逆に突いたマチスは、左足を軸にした右脚の回し蹴りをパールの腹部に突き放った。


「グッ!!」


 マチスの蹴りを諸に受けたパールは、僅かに身体を浮かせて歯を食い縛りながら表情を強張らせる。

 そして片膝を着いてよろめいた隙を狙い、マチスは右腰に備えたもう一本の短剣を右手で握り、今度こそ確実にクラウスを仕留めようとその胸に短剣を振り下ろした。


「ッ!!」


「しま――……!?」


 パールは崩された態勢で槍を放てず、マチスの短剣がクラウスに突き刺さる状態を防げない。

 しかし次の瞬間、クラウスの周囲に僅かな光の流動が見えた。


 その光がまるで膜のようにクラウスを覆い、振り下ろされたマチスの短剣を遮り突き立てようとした刃を折れ砕かせる。

 それに二人が驚愕した時、小屋の入り口側からある声が聞こえた。


「な……ッ!?」


「――……ほっほっほっ。やはり、動いたようじゃのぉ」


「!」


「……お前は……!!」


 マチスとパールは入り口側に視線を向け、新たに声を発した人物を見る。

 そこには老騎士ログウェルが微笑んだ表情で立ち、刃の折れた短剣を持ち驚愕しているマチスに話し掛けた。


「やはり、クラウス様とセルジアス様の読み通り。黒獣傭兵団(おぬしたち)の中に、裏切り者が()ったようじゃな。――……マチス殿よ」


「……結界か。いつのまに……」


「念の為にのぉ。――……儂が気付かぬと思ったかね? お前さんの狙いに」


「……やっぱり化物だな、爺さん」


「ほっほっほっ。――……お互い様じゃろ?」


「ッ!!」


 微笑みを深めたログウェルが緩やかに左腰に携えた長剣に右手を伸ばす。

 それに気付いたマチスは右手に持った折れた短剣をログウェルに放ち、それを避けた動作の隙を突いて逆側の壁板へ跳びながら右脚で回し蹴りを放った。

 そして放たれたマチスの蹴撃は凄まじい威力を見せ、小屋の壁一面を破壊して見せる。


 明らかに人間離れした威力の脚力にパールは驚愕し、小屋の壁を破壊して外に出たマチスはその場から逃げようとした。

 しかしそれを追うようにログウェルが駆け出し、二秒にも満たない時間で追い付きながら右手で長剣を引き抜き斬り掛かる。


「ほっ!」


「クッ!!」


 マチスは目にも止まらぬ速さで抜かれ放たれた長剣の刃を右側へ跳び、ログウェルの一撃を避ける。

 しかし追い付いたログウェルは容赦なく長剣の薙ぎ突く形で連撃を放ち、マチスに襲い掛かった。


 その剣速はエリクに向けられた剣より速く、確実にマチスの人体と急所を斬り裂き命を絶つ為に放たれている。

 にも(かかわ)らずマチスは暗闇に中で紙一重とも言うべき形で避け、逆に手足を放ち格闘術で迎撃するという凄まじい身体能力と反射神経を見せた。


 二人は剣と手足を武器に交え、それを避けながら激しい戦いを繰り広げる。

 それを追う形で見ていたパールは強張った表情を晒し右手に持つ石槍を震わせながら、二人が戦う姿を目撃していた。


「――……や、奴等は……あんなに強いのか……!?」


 一目で二人が自分以上の実力者である事を察したパールは、驚きと同時に悔しさを感じながらも興奮に似た思いを宿らせる。


 エリクやクラウスという外の強者と戦い敗北したことで自身を未熟を知り鍛え直していたパールだったが、その鍛錬が無意味に思える程に圧倒的な戦いを目にしてしまう。

 仮に自分があの二人と戦っても瞬く間に殺されるだろう事を察してしまったパールは、複雑な感情を抱きながらも圧倒的な強者が交える戦いを目から離せなかった。


 しかし二人が拳と剣を交えて一分程が経つと、その騒ぎが村中に響き渡る。

 そして騒動に気付いた者達の中には黒獣傭兵団も含まれており、ワーグナーや団員達が焚火を火種にした松明を持ちながら二人が戦う現場に駆け付けた。 


「――……マチス! 爺さん!? お前等、何やってんだッ!?」


「ッ!!」


「ほっ?」


 ワーグナーに気付いたマチスは表情を渋らせ、ログウェルから離れるように後方転回(ばくてん)しながら大きく飛び退く。

 剣の間合いを外されたログウェルは驚きにも似た不可解な表情を見せ、互いに距離を保った形で静止した。


 そして動きを止めた二人の間に割り込むようにワーグナーは駆け付け、互いを見ながら声を荒げて聞く。


「――……お前等! こんな真夜中に、なんで戦ってんだよ!?」


「……ッ」


「ほっほっほっ。……そのマチスという者が、クラウス様を(あや)めようとしたのでのぉ」


「え……!?」


「――……その男の言う通りだ。そいつはクラウスが寝ている小屋に入り、短い剣で突き殺そうとした」


「……!!」 


 ログウェルと近付き歩くパールが状況を教え、ワーグナーはその言葉に驚愕しながらマチスを見る。

 それに対してマチスは反論をしようとせず、ただ強張った表情で両手を握り締めていた。


 そんなマチスに対して、ワーグナーは歩み寄りながら聞く。


「マチス、お前……。……いや、嘘だよな? なんかの冗談だよな……?」


「……すまねぇな、ワーグナーの兄貴」


「!」


「俺はもう、後戻りは出来ないんだ……。……ごめんな」


「……お前、何言って――……!?」


「!!」


 騒動を聞きつけた者達が徐々にその場所に集まり、松明を持って周りを囲み始める。

 それを横目で確認したマチスは、何かを諦めたように口から溜息を零してワーグナーに謝罪した。


 その瞬間、静かな樹海に突如として吹き荒れるような風が吹く。

 しかもその風はマチスから突如として溢れ出すと、暗闇にも関わらず不自然な赤い光がその小柄な身体から滾る様子を人々は目にした。


 センチネル部族の勇士達は、それを見て森の中に棲む魔物や魔獣の気配を思い出す。

 ワーグナーや黒獣傭兵団の団員達もまた、それに近い存在感をマチスから感じ取った。


 そしてログウェルは不自然な光と風を放ち始めるマチスを見ながら、その正体を口から零す。


「――……巧妙に隠しておったのぉ。……お主、やはり魔人じゃったか」


「!?」


「……爺さん。お前さえ居なきゃ、こんなことをせずに済んだのによ……」


「ほっほっほっ。――……で、どうするのかね?」


「――……ァアアアアアアアッ!!」


「マ、マチス……!?」 


 突如として雄叫びを上げるマチスは、自身の身体から放たれる赤い光を更に強める。

 周囲の樹海はマチスから放たれる光が生む風で揺らされ、木々で休んでいた小動物達を目覚めさせながら、その場から離れるような動きをさせた。

 そしてマチスの肉体や骨格が徐々に変化し、全身から茶色の長い毛を生やし始める。

 

 ワーグナーは長年に渡って知るマチスがその姿を変貌させていく光景を見て驚きながらも呆然とし、団員達もまた同じように動きを固めていた。


 それから数秒後、赤い光が収まり風が止む。

 そしてマチスだった人物の姿は、ある魔獣の特徴に似た人の姿へと変貌していた。


 ログウェルはその姿を見て、納得するように頷き呟く。

 

「――……なるほど。鼠獣族(そじゅうぞく)じゃったか」


「――……クラウス=イスカル=フォン=ローゼンには、死んでもらうぜ。……『緑』の七大聖人(セブンスワン)ログウェル」


 マチスの面影を残す声を放つソレは、全身に茶色の毛を生やした鼠の頭と手足、更に尻尾を生やした獣族。

 魔大陸では鼠獣族(ラットマン)と呼ばれ、その祖先は鼠型の魔獣であると伝えられている。


 こうしてマチスは自身の目的と同時に、仲間(ワーグナー)達の前で正体を晒す。

 それは人非ざる者、人間とは異なる『魔人』だった。


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