疑念と推理
密航業者を捜索中に謎の集団から襲撃を受けたエリクとアリアは、その状況である男に助けられる。
それはエリクと同じ黒獣傭兵団所属の傭兵マチスであり、彼は傭兵ギルドの依頼によって二人を監視していた。
するとマチスから王国から逃げた黒獣傭兵団がこの東港町に来ている事を聞き、エリクは彼等と再会することに応じる。
アリアもそれに同行することが決まり、その日は別れる事となった。
次の日、二人は宿の受付を通じて傭兵ギルドマスターのドルフから来るように伝言を受ける。
そしてエリクとアリアの二人は早朝から傭兵ギルドへ赴き、ギルド受付を通じて支配人の部屋へ訪れていた。
アリアは弩弓の矢で受けた傷口を完全に治癒させ、破れた衣服も縫い合わせて可能な限り痕跡を消している。
これは自分達が要らない騒動に起こしたと悟らせない為の隠蔽でもあったが、本当にマチスがドルフへ昨日の自体が伝えていないかを確認する為だった。
そんな二人が支配人の部屋に入ると、ドルフがそれを迎えるように呼び掛ける。
「――……おう、来たな」
「……」
「ん? どうした」
「いえ、なんでも」
ドルフは特に怒気も怪訝な様子も見せず、入口で止まる二人に問い掛ける。
そしてアリアは自分が受けた傷の箇所へ視線を向けないドルフに対して歩み寄り、敢えて素気なく対応し始めた。
「それで、御用は何ですか?」
「ああ。依頼の件だが、同行する傭兵達が決まったぜ。全員それなりの腕前だし、ギルドの方でも実績と貢献をしてくれてる奴等だ。経歴はともかく、人格は信頼はしてくれていいだろう」
「……今日呼び出したのは、その件だけですか?」
「ああ。……どうした。まさか、何かしたのか?」
「いいえ、別に」
自分達が呼び出された件が密航業者の捜索を行っているからではないと知り、アリアとエリクは互いに顔を見合わせる。
二人は改めて、本当にマチスが昨日の事件を報告していない事を理解した。
そんな二人の様子に特に疑いも無く、ドルフは話を続ける。
「それで、一度は傭兵同士で依頼人と顔合わせをしたい。今日は傭兵達と依頼人が忙しいんで都合が合わないんだが、明日の昼頃に都合を付けて、依頼人と一緒に会って欲しい。どうだ?」
「……」
僅かな沈黙を浮かべた一秒未満も中で、アリアは内心で悩む。
アリアの心境を考えれば、密航業者を探したい気持ちが残っていたからだ。
しかし同行者となる傭兵達や依頼人との顔合わせは重要でもある為、選択の天秤がどちらに傾いたかをアリアは答える。。
「分かりました。顔合わせに参加します」
「そうか、それじゃあ明日の昼食頃に傭兵ギルドの会議部屋に来てくれ。そこで同行者になる傭兵達と、運んでくれる商人を紹介する。バックレたりするなよ?」
「分かってますよ。他に御用は?」
「特に無いな。そうだ、旅の前に受付で認識票の更新を一応しといてくれ。二年間の更新が無いと傭兵ギルドはそいつを死亡ないし失踪したと判断しちまうから、傭兵ギルドの活動圏内で動くなら、更新は忘れずにしといてくれよ」
「はい、そうしておきます」
「……なんか、今日は随分と大人しいな。やっぱり何かやってるんじゃないか?」
「いいえ、何も」
「……まぁ、厄介事は勘弁してくれよ。一応、俺等としてはお前等を逃がした方が遥かに儲かるんでな」
素直に応じつつ微笑みながら隠し事を否定するアリアに、ドルフは怪訝な表情を見せる。
しかし数秒後には興味を無くし、依頼の達成を第一に考えていると主張したドルフとの対談は終わった。
それからギルドの外に出た二人は一息だけ吐き出しながら、通りを歩いて話し始める。
「――……マチスという人は、本当に喋らなかったみたいね」
「ああ」
「……でも、あと二日。何とかして密航業者と接触したかったけど、現実的に難しいわね」
「そうだな。せめて昨日、一人でも捕まえる事が出来ればよかったんだが……」
「エリクのせいじゃないわよ。私のせいだから」
「ああ、そうだな」
「そこは、そんなことないぞって私を気遣うところよ」
「そ、そうか」
「冗談よ、冗談。……樹海での経験で有頂天になってたわ。あれだけパールと訓練をしてたから、あんな相手余裕だと思ってて油断した。ごめんね」
「いや、いい」
「……それに、訓練で人と戦った事はあるけど。ああいう殺し合う為の戦いは、魔物や魔獣以外だと二度目の経験だった」
「二度目?」
「……」
「……もしもの時は、俺がやる。俺は、慣れているからな」
「それって、エリクなりの気遣い?」
「ああ」
「そっか。……でも、いざとなったら私もやるからね」
「……そうか。分かった」
「うん。――……宿に戻りましょう。明日の準備をしないと」
「ああ」
エリクの気遣いに対して、アリアは微笑みを浮かべながら前を歩く。
それに付いていくエリクは、強がりながらも華奢な身体で前を歩く彼女を見守った。
そして宿に戻った後、荷物の確認をしていた最中にアリアが不意に話を始める。
「――……エリク、聞いてもらいたいことがあるの」
「なんだ?」
「一通り聞き込みで得た情報と私なりの推理を挟んだ、私の盗賊組織に対する見解」
「……どういうことだ?」
「多分、この港町で噂されてる盗賊組織の正体、そして昨日襲って来た連中の正体は――……」
そうして話し始めたアリアの話を、エリクは真剣に聞き入る。
しかし聞いている内に表情に怪訝さが浮かび上がり、思考が理解に追い付かずに首を傾げ始めた。
そして数分ほど説明を交えて話し終えたアリアは、改めてエリクに問い掛ける。
「――……以上が、私が盗賊組織の根幹が、彼等だと考える理由よ。ね、どう思う?」
「……よく分からない。だが、君はそう思うのか?」
「そうね、これはあくまで仮説に過ぎない。でも、可能性は十分にあるわ」
「どうして、そう言える?」
「私の家。ローゼン公爵家の領地自治が、まさにそういう体制だから」
「そうなのか?」
「領地を支配するには、表の顔と裏の顔を持つのは当たり前なの。だからこそ、それが出来てるローゼン公爵家やゲルガルド公爵家の利益は莫大よ。……この港町がこれほど栄えてる理由も、そういう事なんでしょうね」
「……」
自身の推測を話したアリアだったが、それを聞いたエリクは納得と理解が追い付かずに浮かない顔を見せる。
するとそんな彼に対して、彼女は今まで隠していた話を始めた。
「……さっき。私が人間同士の殺し合いを一度は経験したみたいな話、覚えてる?」
「ん? ああ」
「実は私ね。帝都を出てすぐに、暗殺者っぽい奴等に追われて殺されそうになったの。それが一度目」
「!!」
「エリクに黙ってたのは、厄介な事を話すと貴方が護衛の話を拒否して離れてしまうと思ってたから」
「……そうなのか」
「私の馬が死んだ話もしたわよね? 本当はその馬も、ただ死んだんじゃないわ。その暗殺者達に殺されたのよ」
「!」
「私は人間を治す治癒や回復の魔法は学んだけど、動物……馬を癒し治す魔法は学んでなかった。……あの子は足を射抜かれ毒を受けたけど、最後まで私を背負って走り続けてくれた。あの子が頑張ってくれなかったら、私はエリクにも会えずに、そのまま奴等に殺されていたかもしれない」
「射抜かれた……。馬が殺した武器は、矢か」
「ええ。……そして昨日、私達と襲って来た連中。その時の暗殺者達と似ている気がする」
「!」
「確証は無い。あくまで私の推理と感覚。けどエリクは一応、それを頭に入れておいて。でないと、いつ足を掬われるか分からないから」
「……分かった」
昨日の襲撃者達がアリアを暗殺しようとした者達と同じ存在かもしれないという話に、エリクは驚愕と同時に緊張感を高める。
それと同時に今回の事態についても真剣に考え、この東港町から離れるまで気が抜けない事を改めて認識した。
そうして話をし終えた二人は再び荷物の確認を再開し、足りない物資を補充する為に買い物へ行く。
そうしながら夕方まで時間を潰してから買い物を終えて荷物を宿に置くと、夜になってから二人はマチスと待ち合わせをした酒場を兼ねた宿へ向かった。