再会
東港町に潜む密航業者を探していたアリアとエリクだったが、その道中に覆面をした集団に襲われる。
狭い路地で迎撃する事態となった二人は、襲撃してきた者達と交戦を開始した。
その最中、一人の覆面が弩弓から矢を放つ。
するとアリアの右肩にその矢が掠め、地面に血痕を落とす流血を起こさせた。
警告が遅れたエリクは即座にアリアの前へ移動し、弩弓を持った覆面に胸に収めていた短剣を投げ放つ。
短剣は避けられ路地の壁に衝突しながらも、弩弓を持った覆面の身を引かせた。
そして自身の身体を盾にしながら、エリクは後ろで血を流すアリアに声を掛ける。
「大丈夫か?」
「痛……ッ」
物理障壁を発動するのが遅れたアリアは、痛みで表情を歪める。
しかし左手を翳しながら右肩に近付けると、負傷した部分に回復魔法を施し始めた。
「『中位なる光の癒し』。……これで、大丈夫よ」
「そうか」
裂傷で血が溢れる右肩を癒し終えたアリアは、エリクの背中に微笑みを向ける。
それを聞いたエリクは僅かに安堵した声を向けると、今度は覆面の男達に厳しく彫りの深い怒りの表情を向けた。
エリクの殺気に気付く覆面の男達は、寒気を感じながら身構える。
するとアリアに対して弩弓の矢を当てた覆面の男が下がると、エリクはそれを追うように鬼の形相で駆け出した。
狭い路地で素手のまま真正面から迫るエリクに、他の覆面集団は迎撃しようと短剣や小剣を突き向ける。
しかし次の瞬間、唐突な声が頭上から裏路地に鳴り響いた。
「――……エリクの旦那!」
「!」
その声の人物は頭上から飛び降りて来ると、小剣を持つ一人の覆面男を頭上から襲い蹴る。
顔を蹴られた覆面の男は倒れて、武器を地面へ落とした。
すると他の覆面男達は敵増援が来たことを理解し、倒れた仲間を抱え上げすぐその場から逃げるように走り去る。
それを追おうとしたエリクだったが、背後で更なる回復魔法を唱えるアリアの声を確認して足を止めながら振り返った。
「アリアッ!?」
「へ、平気。傷自体は治したから。矢に毒が塗られてたかもしれないし、解毒魔法も使ってたとこよ」
「……すまない」
「エリクのせいじゃないわよ。私が前に出過ぎたの。それに、相手の動きが遅いからって油断してた。私こそ、ごめんなさい」
「……そうか、無理はするな」
「うん、そうする。……それで、そっちは何処の誰?」
自分の油断によって負傷した事を謝罪するアリアに、エリクを特に責めずその場に留まる。
そうした間に覆面の集団は居なくなっていた事を確認した後、改めて現れた人物にアリアは訝しげな表情を向けながら話し掛けた。
アリアが問い質す先に立つ人物は、覆面男を蹴り倒した一人の男。
茶と白が混ざる髪色に皮鎧と黒色の外套を身に付けた軽装で、アリアより小柄ながらも顔立ちや身体付きは十分に鍛えられていた。
すると小柄な男はエリクを見ながら、再び親しそうに呼び掛ける。
「久し振りだな、エリクの旦那」
「……マチスか」
「覚えててくれたかい」
小柄の男の呼び掛けに、エリクは頷きながら応える。
するとアリアは驚きを浮かべながら、エリクを見て問い掛けた。
「知り合い?」
「王国で傭兵をしていた時の仲間だ」
「じゅあ、エリクの傭兵仲間?」
「ああ。……そうか、マチス。お前だったのか、俺達を見張っていたのは」
「え?」
かつての傭兵仲間と再会したエリクは、マチスにそう訪ねる。
すると再び驚きを見せたアリアを他所に、聞かれたマチスが苦笑を浮かべながら事の経緯を説明してくれた。
「ああ。エリクの旦那とそっちのお嬢ちゃんを見張ってたのは、俺だったんだよ。傭兵ギルドの依頼でな」
「お前も、傭兵ギルドに入っていたのか?」
「傭兵がこの町で生きていくには、傭兵ギルドが手っ取り早いからな。他の奴等も、今は傭兵ギルドに入ってるんだぜ」
「みんな、この町に来ているのか?」
「勿論さ。ワーグナーやケイルの奴も、王国から逃げ出した連中は、皆が来てるぜ!」
「……そうか。みんな、無事だったか。良かった」
マチスの話を聞いていたエリクは、小さくも深い安堵の息を吐き出す。
すると新たな疑問を浮かべたエリクは、それをマチスに問い掛けた。
「お前なら、どうして最初から俺に声を掛けなかった?」
「ギルドの依頼なもんで、監視中に対象者と接触しちゃいけないんだ。でも折を見て会えないかと思ってたんだ」
「他の皆も、俺が来ている事を知ってるのか?」
「ああ。というか、少し前に下町の宿に泊まってただろ? そこでアンタの事をエリクってそのお嬢ちゃんが呼んでたんで、もしかしてとは思って皆にも声を掛けてたんだ」
「あの時にも居たのか」
「ああ。そしたらすぐに、試験で飛び級して【二等級】の傭兵になった大男と可愛いお嬢ちゃんがいるって噂が立ってな。その大男は間違いなく、エリクの旦那だと思ってたぜ」
笑いながら話すマチスは、そう言いながらも周囲を見渡す。
すると呆れたように溜息を吐き出し、二人に対して別の話題を始めた。
「しかし旦那、何やってんだよ? らしくない事して襲われるなんてさ」
「……これには、事情がある」
「事情? どんな事情さ」
不可解な顔で問い掛けるマチスに対して、エリクはアリアに視線を向ける。
その表情が事情を話していいかという問い掛けだと気付いたアリアは、少し悩んだ数秒後に代わるように前へ出ながら話し始めた。
「マチスさんでいいのかしら? 今回は助けに入っていただいて、ありがとうございます」
「おう。さっきの、大丈夫だったかい?」
「はい。私はアリア、今はエリクと一緒に行動している者です」
「まぁ、ここ二日間くらい監視してたし。ギルマスのドルフからも色々聞いてるから、お嬢ちゃんの事も知ってるぜ。確か、帝国貴族の御嬢様なんだろ?」
「ええ。私達はとある理由で、盗賊団に接触しようとしていました」
「理由?」
「理由については、マチスさんの今現在の立場が邪魔で答えられません」
「……なるほど。こっちの依頼主にはバレたくないって話か」
「そういう事です」
「……分かった。依頼主には黙っておくから、事情を教えてくれよ。何なら、協力するぜ?」
理由を話さないアリアに対して、マチスはそうした提案をする。
するとアリアはエリクに視線を向けると、再び問い掛けた。
「エリク、この人は喋っても大丈夫そう?」
「……マチス、本当に喋らずにいてくれるか?」
「ああ、旦那との仲だ。喋らないさ」
「なら、大丈夫だ」
「……そう、じゃあ話します。協力してくれるかは、それを聞いてからってことで」
互いの意思を確認して承諾すると、アリアは一部の事情を素直に話し始める。
自分達が南の国に依頼以外で行ける方法を探す為に、密輸業者を探していたこと。
それを足掛かりとして、盗賊団を探り接触しようとしたこと。
それを聞いていたマチスは、厳しい表情で腕を組みながら自身の意見を伝えた。
「――……無謀だな」
「!」
「盗賊組織の奴等と接触したところで、密航業者に辿り着けるとは限らないぜ。それに、こうして殺されそうになってんだ。向こうだって部外者を入れて、自分達の危機に繋がりかねない要素を加え入れようとは思わないだろ。それに傭兵ギルドは盗賊組織と対立してるんだ。傭兵になった時点で、嬢ちゃん達は目の仇にされてるだろうよ」
「……確かに、そうでしょうね」
「大人しくギルマスの依頼を受けておけよ。その方が確実に、南の国にいけるんだからさ。盗賊組織と無理に接触する必要はないだろ?」
「……」
「まぁ、今日は大人しく帰っておきな。今日の事は、ギルマスには報告しないでおいてやるから」
マチスは堅実な意見を提案をし、二人の行動を諌める。
すると今度はエリクに顔を向け、気軽な様子で問い掛けた。
「エリクの旦那。良かったら明日、時間あるかい?」
「……アリア次第だ」
「そのお嬢ちゃんも一緒で良いさ。他の仲間も集めるからさ、皆で会わないかい?」
「いいのか?」
「ああ。集合場所は、エリクの旦那達が最初に泊まった下町の宿の酒場。あそこは親父さんが色々融通してくれるから、話し合うには便利だぜ。明日の夜に、久し振りに皆で会おうぜ!」
そう提案するマチスの言葉を聞くと、エリクはアリアに顔を向ける。
すると許可を求めるように、短く尋ねた。
「アリア、いいか?」
「ええ。私も同行するから、行っていいわよ」
「ありがとう」
「いいのよ、生き別れた仲間との再会の邪魔なんてしないわ。マチスさん、そういうことで」
「マチス、明日の夜に」
「ああ、んじゃ!」
二人の返答を聞いたマチスは笑みを浮かべ、その場で軽く別れの挨拶を向ける。
すると路地裏の窓や壁を上手く利用して登り去ると、再び監視者に戻ったマチスについて二人は話し合った。
「……随分と、身軽な人なのね」
「ああ。身軽な動きなら、マチスは俺より上だ。昔から斥候も得意だった」
「昔って、かなり長い付き合いなの?」
「もう二十年近く、同じ傭兵団で一緒にやっていた」
「へぇ、そんなに……。……斥候ね……」
「……どうかしたか?」
「別に、何でもないわ。……今日は疲れちゃった。服も直したいし、言われた通り戻りましょう」
「ああ……?」
微妙な表情を浮かべるアリアに、エリクは心配な表情を向ける。
そして二人は路地裏を出て、自分達が泊まる宿へ戻った。
こうしてエリクは、傭兵仲間と再会の約束する。
それに対して彼の内情は、確かな喜びを浮かべていた。