襲撃
南の国に向かう為に密航業者との接触を考えたアリアは、エリクと共に東港町にそれと関わる盗賊組織が存在するかを確認する。
そして宿屋で休んだ翌日、再び傭兵ギルドに訪れた二人はギルドの依頼掲示板に挙げられた依頼書を眺めていた。
するとその中で、アリアは目当ての内容が書かれた依頼を発見する。
「――……ビンゴよ、エリク」
「あったのか?」
「港から入る輸入品や輸出品を窃盗する組織の捜索と捕縛。新たな情報には情報料の払いも。依頼主は東港町の町長。町の代表直々の依頼よ」
「君の考え通りか」
「どうやら、思った以上に大きい組織みたいね。これなら……」
密航業者が見つかるかもしれないという期待の言葉を飲み込んだアリアは、傭兵ギルドを出て行く。
そして町中に繰り出した二人は、輸入品と輸出品の窃盗を行う組織の捜索を名目として密航業者と関わりある組織の情報を集めた。
その手段として道端で出店している商人から、買い物がてらにアリアは質問をしていく。
「――……この皿、綺麗な焼き色をしてますね」
「そうだろ。これは東の国にある陶器なんだぜ。輸入品の中では質も良い。どうだい一枚。お嬢ちゃん可愛いから、この小皿もマケとくよ」
「そうですね、私達は旅をしているので、出来れば多少揺れても割れないモノが欲しいんですけど」
「じゃあ、こっちの木彫りの食器はどうだい? 材質は熱にも強いこの地域の木材だから、熱々のスープを入れても長く持つし、ごちゃごちゃした荷物に入れて揺れても多少の事じゃ割れないぜ」
「そうですね。それじゃあ、その大皿を二つと、小皿を二つ。そしてフォークとスプーン、ナイフを二本ずつお願いします」
「おお、ありがとさん!」
「……そういえば輸入品で思い出したんですが。こちらの町に、輸入品や輸出品を目的とした窃盗団があるというのは、事実なんでしょうか?」
「ああ、あいつ等か。俺達商人も、奴等には困ってたんだ」
「何か御存知なんでしょうか?」
「噂みたいなもんだが、奴等は下町の方を根城にしてる裏の組織でな。輸入品や輸出品だけじゃなく、他の港から来る密航者を引き取ったり、そういう奴等に仕事を回す斡旋もやってるらしい。傭兵ギルドが追い回してるんだが、中々に見つからないらしいぜ」
「……そうなんですか。あっ、お金は?」
「ああ、全部で銀貨七枚だよ」
「はい、ありがとうございます」
旅の為に必要な備品を仕入れながら盗賊団の情報を仕入れていく。
そして次は下町の方に向かい、そこで店を開く商店の店員などから情報を聞いた。
「――……窃盗団? ああ、奴等なら昔からいるんだが……最近は滅多に姿を見かけねぇな。昔は表でも粗暴で偉ぶってたんだが、傭兵ギルドの台頭ですっかり大人しくなってたんだ」
「なっていた、ということは最近は違うんですか?」
「どうやら最近、組織の頭が変わったらしいぜ。そいつが相当なキレ者らしくてな。昔みたいに表立って動かずに、裏でコソコソやってるらしい。だから傭兵ギルドも根っこが掴めずに苦労してるみたいだ」
「組織の頭が変わった……」
「アンタ等、新米の傭兵かい? 気をつけなよ。下町には奴等の目が利いてるんだ。下手に探ろうとしたら、嬢ちゃんみたいな奴は攫われるか身包み剥がされちまうから。……まぁ、隣の厳つい大男がいれば、向こうも迂闊に近寄らんだろうがな」
「はい、ご忠告ありがとうございます」
そうした証言も得ていくアリアとエリクは、以前に住んでいた宿の酒場に入る。
そして食事を取りながら今までの情報を紙に書き纏め、エリクにも理解できるように説明しながら共有した。
「――……盗賊組織は昔からこの港町に居る連中で、元々は港を牛耳ってた札付きの悪共だった。でも傭兵ギルドがこの町で拠点を築いて、勢力が衰退していった」
「しかし、頭目が替わった事で盗賊達の行動が変わったんだな」
「そう。今まで表立って動いてた連中が裏で動くようになって、傭兵ギルドでも組織の全貌を暴けなくなった。それが噂だと一年近く前。その間に奴等は巧妙に輸入品や輸出品を奪い、上手く売り払ってるみたいだし。密航者達を引き入れて、組織を拡大させてるみたいね」
「俺達が逃げて、樹海にいた間のことだな」
「そうね。……話を聞く限り表にいても裏にいても、碌でもない連中には変わりないけど。それでも、密航業にも手を広げてるのが唯一の良い点かしら」
昼食を食べつつ話をする二人は、窃盗を行う組織の情報を纏め終わる。
そして盗賊組織と関わりを持つ為の、手段となる話に移行した。
「北港町の時みたいに、私と私の杖を囮にして誘き出すとかどう?」
「……護衛として言えば、そういう手段は止めて欲しい」
「私もエリクの立場だったら、そう言うわね。……でも、他に手段がある?」
「……このまま、探り続けてはどうだ?」
「え?」
「商人達が言っていただろう。深く奴等を探ろうとすると、奴等が狙いに来ると。そこを狙って、捕まえるんだ」
「……なるほど。金目の物を持ってると分かったら、盗賊以外からも狙われちゃうし。なら、向こうに私達が探している事を気付かせた上で、狙わせたほうが手っ取り早いのかな」
「その方が、相手を絞れて守り易くなる」
「じゃあ、しばらくは情報収集を下町でしましょう。エリク、監視の目はどう?」
「今日は、一人だけだ」
「下町に来ても一人だけなら、まだドルフに狙いはバレてないわね。なら深くまで探して、盗賊組織を釣り上げましょう」
「ああ」
盗賊組織の捜索し接触する為の手段を選んだ二人は、暫く下町で情報の聞き込みを行う。
しかしその日は何も起こらず、夜になる前に宿に戻って休んだ。
南の国マシラまでの護衛依頼まで残すところ三日となった翌日、二人は再び下町の裏通りに入る。
すると先導していたエリクが突如として立ち止まり、隣を歩くアリアも止まりながら問い掛けた。
「――……エリク?」
「……こちらを見ている視線と気配が、一気に増えた」
「傭兵ギルドの監視者が増えたの?」
「……いや……これは……!」
視線が一気に増えた事に気付いたエリクは、そう言い淀んだ瞬間に身構える。
すると前後の通路を塞ぐ形で、覆面を被った者達が続々と現れた。
人数は合計で六名であり、それぞれが手元に短剣らしき武器を備えている。
覆面で顔を隠しながらも、僅かに見える目の色や肌の色でアリアが察した。
「……こいつ等、異邦人が多い。……釣り上げたみたいね」
「盗賊組織か」
「じゃないと、私達が困っちゃうわ」
無言を貫く六名の覆面達を他所に、相手が盗賊組織だとアリアは断定する。
すると次の瞬間、エリクの立つ前方から覆面をした二人組が襲い掛かった。
「エリク!」
「アリア、自分の身を守れ」
エリクは突っ込んで来た覆面達を迎え撃ち、その後ろに立つアリアを守る。
背負う大剣を振れる空間ではない為に素手での対応になってしまっているが、大柄ながらも素早いエリクは一人目の覆面を殴り飛ばした。
それを見たアリアは微笑みを浮かべ、自身はその背後を守りながら身構える。
「流石ね。私も、特訓の成果を見せないとね」
短杖を右手に持って構えたアリアは、背後からも向かって来る覆面の男を相手にする。
この狭い通路では味方さえ巻き込みかねない大規模な魔法は出来ないことを理解しているのか、覆面の男は詰めよりながら短剣で切りつけて来た。
しかしパールとの訓練で身のこなしを軽くしたアリアは、難なく短剣を避ける。
逆に迎撃するように右手に構える短杖で、相手の顔面を強打しながら地面へ倒した。
「ふっ。パールの動きに比べたら、遅いわね!」
友達を称賛しながら相手の実力が予想より低い事を察したアリアは、次に突っ込んでくる覆面の男を見る。
それは樹海での訓練によって満ちた自信が来る余裕だったが、逆に対人戦の経験不足から来る油断でもあった。
するとエリクが二人目を殴り倒した時、アリアの方を振り返りながら大声で叫ぶ。
「アリア、避けろッ!!」
「えっ」
エリクが気付いたのは、差し込む光と集団に隠れながら一人の覆面が構えている弩弓。
その矢尻がアリアの方に向けられている事に気付きながらも、彼女自身の反応は大きく遅れた。
すると放たれた弩弓の矢は、そのままアリアの身体に向かう。
そして血飛沫が舞い、地面に数滴の血が落ちた。