絶えない憎悪
時は少し遡り、アリアが『救済の光』を使い憎悪に塗れた死者の魂と瘴気を浄化する直前。
『赤』と『緑』の七大聖人を継承し自身の肉体を炎に変えたユグナリスが、聖剣ガラハットを使い『悪魔』と上空で激しい交戦をしていた。
互いに爪と剣を武器として放つ中で、炎の肉体であるユグナリスは『悪魔』の爪を避けず相手の左手と左足に聖剣を当てる事に集中している。
一方で『悪魔』は赤い聖痕を刻まれない為に、残る左手と左足を聖剣から遠ざけながらの戦いを余儀なくされている。
赤い聖痕から放たれる浄化の炎が『悪魔』の力である瘴気を焼失させていき、徐々に瘴気の力を弱らせていく。
それを実感し焦りを色濃くする『悪魔』は、苛立ちと憤怒の表情をユグナリスに抵抗していた。
『――……こ、のぉおオオ……ッ!!』
『――……ォオオオオオッ!!』
『悪魔』はユグナリスと聖剣に注意しなければならず、他の事に注目できない。
そうした中でアリアが放った『救済の光』が都市全体を包み込むように迫り、戦いを続けていた二人にも覆うとした。
『――……!』
『……この光は……ッ!!』
『今ッ!!』
迫る白い光に『悪魔』は驚愕し、それが浄化の効果を持つ事を瞬時に悟る。
その一瞬の焦りを生んだ『悪魔』の隙を突くユグナリスは、躊躇せず聖剣を振るい向けた。
『ッ!!』
『あと一つッ!!』
聖剣は『悪魔』の左脚を薙ぎ斬り、赤い聖痕を刻む。
更にユグナリスは薙いだ聖剣をすぐさま返し、残る『悪魔』の左腕を斬ろうとした。
その時、ユグナリスの意識が左腕に集中した事を瞬時に見抜いた『悪魔』は、聖痕が刻まれた右手を動かす。
そして瘴気ではなく魔力を使い、目の前に居るユグナリスに単純で強力な魔力の放出で迎撃した。
『な……ッ!!』
『――……いい加減、鬱陶しいのよッ!!』
魔力によって吹き飛ばされたユグナリスの肉体は、聖剣を手放し炎状に飛散する。
しかし『悪魔』は黒い瞳で炎に紛れる小さな光を見つけ、それを黒い左手で素早く掴み取った。
『――……コレが、お前の魂ねッ!!』
『ッ!!』
『肉体が完全なる炎に成れたとしても、魂までは不可能だったみたいねぇ!!』
『くっ、アルトリ――……』
『――……『死滅の光』ッ!!』
ユグナリスの魂を掴む『悪魔』の右手は黒い輝きを増し、魂を完全に砕き破壊してしまう。
この時、アリアの『救済の光』が『悪魔』の肉体を覆った。
『――……グ、ァアアアアッ!!』
『悪魔』の体内に残る瘴気が『救済の光』を浴び、瞬く間に浄化されていく。
特に赤い聖痕を刻まれた箇所の肉体は瞬く間に瘴気が消滅し、頭部に生えた角や肌の黒さが消え失せ、更に右背の羽も吹き飛ばした。
『悪魔』の身体を満たしていた瘴気が失われ、人間の姿に戻り掛ける。
更に死者である自身の魂すらも浄化させようとする『救済の光』に、『悪魔』は防御手段を用いた。
ユグナリスを破壊した時に掻き集めた左手の瘴気と、人間の手に戻った右手で掻き集めた魔力によって瞬時に円形状の黒い結界を作り出す。
そして自身の死んでいる肉体と瘴気を宿す魂の消滅と浄化を防ぎ、アリアの『救済の光』を自身の『死滅の光』によって相殺した。
『悪魔』はこうして死者である自身の魂を浄化させることを防ぎ、アリアの浄化から生き残る。
そして同じく生き残ったエリク達の前に、その姿を晒した。
それは生存した者達にとって、まだ絶望が終わっていない事を意味している。
「――……よくも、私の夢を崩してくれたわね。……ゴミ共……!」
「ッ!!」
「!?」
吹き飛んだ瓦礫と共に現れ中空に浮かぶ『悪魔』アルトリアの姿を視認した全員が、表情を強張らせながら驚愕する。
浮遊都市の破壊に成功し、更に死者の魂と満ちた瘴気の浄化に成功しながらも、その元凶を倒せてはいなかった事を全員が知った。
エリクを含めた三人を見た『悪魔』は、左背に残る黒い羽を使い凄まじい勢いでその場所に突っ込む。
それを察し迎撃態勢を整えたケイルと、青馬を消して大鎌を構えたマギルスは、飛来する『悪魔』に立ち向かった。
「やぁああああッ!!」
「はぁああッ!!」
「――……そんなモノがッ!!」
ケイルは気力で、マギルスは魔力を使い、飛来する『悪魔』に斬撃を飛ばす。
しかし『悪魔』は左腕で作り出した黒い瘴気の結界で斬撃を受け止め、一瞬で消失させた。
「な……ッ!?」
「ッ!!」
「目障りなのよッ!!」
飛来する『悪魔』は瞬時に両腕を顔の前で組み交わし、そして二人に向けて薙ぐように動かす。
その瞬間に黒い瘴気と白い魔力によって編み出された巨大な斬撃が作り出され、二人に目掛けて放たれた。
その巨大さと速さは二人の斬撃を遥かに凌駕し、二人は逃げる間も無く互いに気力と魔力を肉体に纏い高めて防ぐしかない。
「グ、ゥアア――……ッ!!」
「うわああああああ――……ッ!!」
そして直撃を受けた二人は地形ごと吹き飛ばされ、その場から瓦礫の中に突っ込む。
大半の瘴気を消失させられ浄化を受けながらも、『悪魔』の力は今も強者達を圧倒するモノだった。
僅か数秒で二人を迎撃し吹き飛ばした『悪魔』は、三人が居た溝道に着地する。
そして立ち尽くすだけのエリクを睨み、互いに思う表情を見せながら視線を交えた。
「……アリア……」
「――……どいつもこいつも、殺したはずなのに生き返って……。結局お前達は、私の夢を……私が居られる場所さえ、奪っていく……」
「!」
「お前等、全員、絶対に許さない……ッ!! 肉体も、そして魂も、完全に消滅させてやるッ!!」
怒りの咆哮を上げる『悪魔』は再び魂から夥しい瘴気を生み出し、全身から漲らせ放つ。
その凄まじさは周囲に残る瓦礫すら吹き飛ばし、離れた箱舟まで寒気を感じさせる風を届かせた。
そうした間に箱舟の生存者達も現れた存在が敵勢力だと察し、それぞれが武器を持ち動き始めている。
各隊長達や艦長が兵士達に指示を飛ばし、三人を助ける為に動いていた。
「――……アレは、都市の上空にいた敵ですッ!!」
「戦える者は、銃を持てッ!! 他にも使えそうな武器をッ!!」
「砲塔と銃座は、一つも使えないのか!?」
「駄目です! 全て人形達に潰されて……ッ!!」
「三人を援護し、あの敵を倒すんだッ!!」
兵士達は三人を助け『悪魔』を倒す為に準備を行っている。
そうした騒がしい様子を横目で確認し憎悪に満ちた金色の左目で見る『悪魔』は、左手に力を込めながら呟き放った。
「――……塵は塵らしく、粉微塵になってろッ!!」
憎々しい呟きと共に黒い左腕を全力で箱舟側へ振った『悪魔』は、指と同じ数で放たれる黒い瘴気の刃を生み出す。
それは凄まじく巨大であり、五本の斬撃が箱舟の周辺に居る生存者達に凄まじい速度と圧力で向かっていく。
「ッ!!」
「う、うわあああッ!!」
既に障壁も展開できない箱舟と、普通の人間である兵士達や闘士達では瘴気の刃を防ぎ切れない。
多くの者達が迫り来る攻撃に驚愕し、硬直する者や恐怖で声を上げた。
しかし一人だけ、冷静さを持ってその攻撃に対処した者がいる。
その人物は自身の両手を翳し、瘴気の刃に阻むように十層以上に重厚な結界を前面に敷いた。
「!」
「――……むぅッ!!」
「青……あのジジイも……ッ!!」
『悪魔』は箱舟の船体真上に陣取り姿を見せた『青』を視認し、更に憎らしい表情と声を漏らす。
そして瘴気の刃が『青』の結界に接触すると、その威力を軽減しながら幾層もの結界で止めて見せた。
それに対して更なる憎悪で瘴気を生み出した『悪魔』は、普通の右手と悪魔の左手を同時に箱舟へ向ける。
右手は風を操る魔法を扱い、箱舟の周囲にある瓦礫や砂を巻き込むように竜巻を生み出す。
それに瘴気の刃を含ませ、箱舟が巨大な一つの黒い竜巻に覆い捕らわれた。
それに対応した『青』は四方と真上の中空に魔法陣を展開させ、全方位に幾層もの結界を作り出す。
箱舟を覆い狭まる黒い竜巻は『青』の結界に阻まれながらも、それを黒い瘴気の刃が確実に削っていた。
「む……っ!!」
「――……それだけじゃないわよ」
「!」
『悪魔』が悪魔らしい影が宿る笑みを浮かべて呟くと、『青』も周囲に起こる異変に気付く。
吹き荒れる黒い竜巻には数多の砂粒が含まれ、結界の隙間を通過し箱舟に降り注ぐ。
その砂粒が黒く染まっている事に、『青』はすぐに気付いた。
そして外に居る兵士達に黒い砂粒に触れた途端、明らかな異変が起こる。
「――……な、なんだ!?」
「うわあぁああッ!?」
「う、腕が黒く……あ、ぁあアアアッ!!」
「ぁ……ぇ……?」
黒い砂粒に触れた者達は、その部分が突如として黒く変色し服と共に人体も黒く変色していく。
それは凄まじい激痛を生むようで、黒い砂を浴びた者達が悲鳴を上げた。
そして変色が胸部分まで到達した瞬間、その人物は瞳に生気を失くして瞳を開いたまま倒れる。
一人の兵士がそれに気付き、倒れ込んだ者に呼び掛けた。
「ど、どうしたんだ!? おいっ!! ――……し、死んでる……?」
「な……!?」
「――……全員、黒い砂に触れるなッ!!」
「箱舟の中へ! 急げッ!!」
黒い砂に触れた者達が続々と黒く染まり絶命していく姿に、兵士達や闘士達も流石に異常に気付く。
そして各隊長達の声で外に出ていた全員が箱舟の中に避難し、黒い砂を浴びないようにしていた。
ある者は服に黒い砂が付着し染まり始めると、人体に届く前に服を脱ぎ捨てる。
しかし直に触れてしまった者は対処できず、人体を瞬く間に黒く染めながら絶命していった。
その状態を見た『青』は、黒い砂の正体に気付く。
「――……砂に、瘴気を含ませたのか……!」
「その結界、いつまで維持できるかしらね?」
「……ッ!!」
「塵には、砂で十分よ」
『悪魔』はそう呟きながら箱舟から顔を逸らし、『青』や他の生存者達をそのまま放置する。
半壊しているとはいえ箱舟を覆う程の巨大な結界を幾層も周囲に作り出している『青』に、瘴気を含んだ魔力で成された巨大な竜巻の制御は奪えない。
更に黒い砂に触れないように自分自身にも結界を覆っている為に、身動きさえ取れないでいた。
時間が経つ程に結界は削られていき、隙間や削れた部分から黒い砂粒が吹き込んで来る。
『青』の結界が破られれば、亀裂が走り傷だらけの箱舟では吹き荒れる黒い砂の侵入は防げない。
百名前後の生存者達の運命は、『青』に掛かっている状態になった。
だからこそ、『悪魔』は彼等を放置する。
そのまま放置すれば、彼等は必ず死ぬ事が分かりきっていたのだから。
「――……でも。私の夢を、私の居場所を壊したお前達だけは、私の手で消してやる……ッ!!」
「……アリア……ッ」
憎悪と憤怒に染まった表情で、『悪魔』はエリクを睨む。
それを受けたエリクは、この世の全てを憎悪し滅しようとする『悪魔』に悲痛な表情を見せていた。




